◆ パイロクロア格子上の磁性体について、スピンの大きさが任意の値をとる場合の相転移を統一的に分類しました。
◆ 相の区別がループ状の励起によって支えられ、磁気モノポールがそれを切断すると区別が失われることを明らかにしました。
◆ 対称性で区別できない相の違いが有限温度で失われる条件を明らかにしたものであり、対称性による相の分類の適用範囲を定める成果として、今後の研究の指針となることが期待されます。
絶対零度では閉じているループが、有限温度では磁気モノポールによって切断される
概要
東京大学大学院工学系研究科の渡邊 瀬名 大学院生、求 幸年 教授、香港科技大学の渡辺 悠樹 教授らによる研究グループは、パイロクロア格子(注1)上の磁性体について、スピンの大きさが任意の値をとる場合の相転移を統一的に分類する理論を構築しました。
物質の相を分けているのは対称性です。水と水蒸気は同じ対称性をもつため、臨界点を回り込めば連続的につながり、一つの相と見なされます。ところが高圧下の氷には、対称性だけでは区別できない例があります。氷VIIと氷Xは酸素の骨格が同じで水素原子の位置だけが違いますが、時間平均をとると対称性は一致します。
そこで本研究では、スピンアイス(注2)と呼ばれる磁性体を舞台に、スピンの大きさが任意の値をとる場合の相転移を統一的に解析しました。その結果、二つの状態の区別を支えているのがループ状の励起であることを見いだしました。このループが閉じている限り両者は別の相ですが、有限温度で熱励起される磁気モノポール(注3)がループを切断すると、区別は失われます。この描像は、スピン1の場合には高圧下の氷の問題にも対応しています。
本研究成果は、2026年10月14日(米国東部夏時間)に科学雑誌「Physical Review X」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
【研究背景】
物質の相は、一般に対称性によって分類されます。例えば水は1気圧のもとでは100℃で沸騰しますが、水と水蒸気を分ける境界線は臨界点(374℃、218気圧)で途切れており、臨界点を回り込むように温度と圧力を変えると、水は沸騰を経ずに連続的に水蒸気へと移り変わります(図1)。これは水と水蒸気が同じ対称性をもつためで、両者は同一の相と見なされます。一方、分子が結晶格子上に規則的に並ぶ氷は、水とは対称性が異なるため、両者の境界が途切れることはありません。
ところが、対称性だけでは区別できない状態も存在します。例えば氷には20種類以上の結晶構造があることが知られていますが、そのうち高圧下で現れる氷VII、氷VIII、氷Xは酸素の骨格が共通しており、水素原子の位置だけが異なります。氷VIIでは水素が無秩序に、氷VIIIでは規則的に配置され、氷Xでは水素が二つの酸素のちょうど中点に位置します(図2)。このうち氷VIIの無秩序な水素配置は、時間平均をとると氷Xと同じ対称性をもつため、対称性だけでは両者を別の相として区別できません。このように対称性では区別できない状態の違いが、絶対零度だけでなく有限温度でも保たれるかどうかは自明ではなく、その条件は明らかになっていませんでした。

図1:水の相図(模式図)
水と水蒸気の境界は臨界点で途切れる。対称性の異なる氷と水の境界は途切れない。白丸は三重点、黒丸は1気圧での凝固点と沸点を示す。

図2:高圧下で現れる3種類の氷
酸素の骨格は共通で、水素原子の位置だけが異なる。酸素の骨格は互いに貫入する二つのネットワークからなる。
【研究内容】
この問題は、磁性体の問題に置き換えて考えることができます。高圧下の氷で酸素どうしを結ぶ結合の中点はパイロクロア格子をなし、これはスピンアイスと呼ばれる磁性体と同じ格子構造です。また、各水素がとりうる三つの位置は、スピン1の三つの状態に対応します。
研究グループは、スピン1を含む任意のスピンの大きさについて、とりうる相と相転移を網羅的に分類しました。二つの状態の区別を支えているのは、結晶を貫くループ状の励起です。このループが閉じている限り、二つの状態は異なる相として区別されますが、熱励起された磁気モノポールがループを切断すると、その区別は失われます(図3)。この機構により、整数と半整数のスピンで振る舞いが質的に異なることや、ほとんどすべての相転移が有限温度ではクロスオーバー(注4)に変わることが、統一的に理解できます。ただしスピン3/2の場合に限り、二つの異なる状態を隔てる不連続な相転移が有限温度でも残ることが予言されます。
スピン1の場合、この枠組みは高圧下の氷に対応し、熱励起されたイオン欠陥が磁気モノポールの役割を果たします。そのため、対称性では区別できない氷VIIと氷Xは、有限温度では同一の相として連続的につながると考えられます(参考文献[1])。一方、水素配置が特定の方向を選ぶ氷VIIIは対称性を破るため、別の相として区別されます。

図3:パイロクロア格子上のループ状の励起
絶対零度では、励起は端点をもてず閉じたループになる(左)。有限温度ではアイスルールを破る磁気モノポールが端点として現れてループを切断し(右)、二つの状態の区別が失われる。
【研究の意義、今後の展望】
本研究の結果は、対称性によって相を分類するという従来の枠組みが、有限温度では広い範囲で成り立つことを示すものです。対称性で区別されない二つの状態の間の境界は、熱励起された磁気モノポールによってクロスオーバーへと変わりました。一方で、対称性では区別できないにもかかわらず、有限温度においても異なる相として区別が保たれる状態が存在するかどうかは、依然として重要な問いとして残されています。研究グループは今後、そのような相の探索を進めていきます。
参考文献:
[1] S. Watanabe, Y. Motome, and H. Watanabe, "Continuous crossover between high-pressure ice phases VII and X driven by monopole screening: A model study", Physical Review B 114, 094108 (2026).
https://doi.org/10.1103/6m5r-8k5m
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
渡邊 瀬名 博士課程
求 幸年 教授
香港科技大学 物理学科/高等研究院
渡辺 悠樹 教授
論文情報
雑誌名:Physical Review X
題 名:Topological Phase Transitions and Their Thermodynamic Fate in Arbitrary-S Classical Pyrochlore Spin Ice
著者名:Sena Watanabe, Yukitoshi Motome, Haruki Watanabe
DOI:10.1103/bkkq-q1v9
URL:https://doi.org/10.1103/bkkq-q1v9
研究助成
本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)、科研費「スピン相関が拓く創発物性(課題番号:JP25H01247)」、「超伝導体のゲージ不変な非線形応答理論の構築(課題番号:JP24K00541)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)パイロクロア格子
正四面体が頂点を共有して三次元的に連なった格子構造のこと。希土類パイロクロア酸化物などで実現し、格子の形のためにすべての相互作用を同時に満たせない「幾何学的フラストレーション」の代表的な舞台として知られる。
(注2)スピンアイス
パイロクロア格子上の磁性体で、各四面体において2本のスピンが内向き・2本が外向きとなる「アイスルール」に従う状態のこと。水の氷における水素原子の配置規則と同じ構造をもつことからこの名がある。
(注3)磁気モノポール
アイスルールが破れた四面体に現れ、磁荷をもつ粒子のように振る舞う励起のこと。スピンアイス中で実効的に実現し、中性子散乱などで観測されている。
(注4)クロスオーバー
相転移とは異なり、熱力学的な特異性を伴わずに性質が滑らかに移り変わること。相の区別は存在しない。
プレスリリース本文:PDFファイル
Physical Review X:https://doi.org/10.1103/bkkq-q1v9
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