発表のポイント
◆ 鉄さびの主成分である身近な磁性材料「ヘマタイト(酸化鉄の一種)」を対象に、電場印加とX線照射を組み合わせた新手法を用いて、物質内の電子の複雑な広がり(高次多極子状態)を解明することに成功しました。◆ 第一原理計算と組み合わせることで、電場で誘起される原子核スケール(1兆分の1mm)の極めて微小な原子のズレ(イオン変位)まで検出可能であることを実証しました。
◆ 注目を集める新磁性状態「交替磁性」などの詳細な解明が可能となり、次世代の超高速・省エネデバイス設計への貢献が期待されます。

本研究の実験配置(上)と観測された電場誘起X線非相反線二色性の要因となる
電場で誘起されるイオン変位(下)。変位の大きさは誇張して描いている。
概要
東京大学大学院工学系研究科の林田 健志 助教(研究当時、現在:Radboud大学HFML-FELIX ポストドクター)、木村 剛 教授、理化学研究所放射光科学研究センターの田中 良和 研究員、玉作 賢治 チームリーダーらの研究グループは、フランス・ネール研究所のYves Joly 博士、レンヌ大学のSergio Di Matteo 教授と共同で、鉄さびの主成分である酸化鉄の一種「ヘマタイト(α-Fe2O3、注1)」を対象に、電場をかけながらX線を照射する新測定手法を開発し、電子の複雑な分布である「高次多極子状態(注2)」の検出に成功しました。
ヘマタイトは、鉄さびの主成分であり、また古くから知られる磁性材料ですが、近年、次世代デバイスとして期待される「交替磁性(注3)」を示す物質として世界的に再注目されています。しかし、従来の手法ではその内部にある高次多極子状態がどのような応答を示すかを観測することは困難でした。
本研究では、電場印加によって物質の対称性を制御し、特殊なX線応答「電場誘起X線非相反線二色性(注4)」を引き出すことで、この多極子状態の観測に成功しました。さらに第一原理計算(注5)との融合により、電場印加によって誘起される1兆分の1mmという原子核(注6)の大きさ程度の極微小なイオン変位が、この応答を引き出す要因となっていることを突き止めました。
本成果は、2026年10月14日(米国東部夏時間)に米国物理会誌「Physical Review X」に掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
鉄さびの主成分として知られるヘマタイト(α-Fe2O3)は、古くから研究されてきた最も身近な磁性材料の一つです。近年、環境に優しく高速な情報処理が可能な次世代デバイスのキーテクノロジーとして期待される交替磁性や、複雑な電子の広がりを示す高次多極子と呼ばれる新しい磁性状態を示す候補物質として、世界的に再び大きな注目を集めています。
ヘマタイト内部では、磁石のような単純なN極とS極の並びだけでは説明できない非常に複雑な状態(高次多極子)が形成されています。このような「隠された複雑な磁性状態」の解明は、次世代の省エネデバイス設計の鍵を握るとされています。しかし、従来の測定技術では磁気信号が互いに打ち消し合ってしまうため、実際の物理現象として詳細に観察することは困難でした。
〈研究の成果〉
本研究グループは、外部から電場を印加した状態でX線を照射する新しい測定手法を提案・実施しました。電場を加えることで物質の空間的な対称性をあえて崩し、これまで打ち消し合って隠れていた微小な磁気信号を取り出すことに成功しました。具体的には、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL19LXUにおいて鉄のK吸収端付近のエネルギーのX線を用い、電場印加の下でのX線吸収測定を行いました。その結果、電場の強さに比例して現れる特殊なX線応答である電場誘起X線非相反線二色性を観測することに成功しました。
さらに、第一原理計算を実施したところ、実験で得られたスペクトルや磁気ドメイン(注7)依存性、X線偏光依存性などの詳細な結果(図1)を見事に再現しました。この解析により、電場をかけた際に生じるイオンのわずか数フェムトメートル(fm、10-15 m=1兆分の1mm)という原子核スケールの極めて微小な位置のズレ(変位)が、高次多極子の応答を引き出す要因となっていることを突き止めました。これらの結果から、観測された電場誘起X線非相反線二色性が磁気四重極や磁気トロイダル八重極といった高次多極子成分に起因することが明らかとなり、本手法を用いることで、従来は観察不可能だった磁性材料内の隠された高次多極子状態を可視化・同定できる枠組みを確立しました。

図1:(上)ヘマタイトにおける4種類の磁気ドメイン状態と実験配置の模式図。(下)各磁気ドメイン状態における電場で誘起されるX線透過率の相対変化スペクトル。ピーク振幅200 Vの交流電圧を印加した条件下で測定された。実線はFe3+イオンとO2-イオンの相対変位を5 fmとしたときの第一原理計算による数値シミュレーションの結果を表す。
〈今後の展望〉
本研究で確立した「電場印加下でのX線吸収測定」と「理論シミュレーション」を組み合わせた手法は、ヘマタイトにとどまらず、多様な磁性材料が持つ隠された磁気的性質を解明するための標準的なツールとなることが期待されます。特に今回検出に成功した磁気トロイダル八重極などの詳細な解明は、電子のバンド構造の非対称性に起因する非相反輸送現象(電流が一方向に流れやすくなる特殊な性質)などの新しい物理現象の開拓につながります。将来的には、電流のロスを抑えた超高速・低消費電力な次世代スピンデバイス(スピントロニクス素子)や量子材料の設計・開発へ大きく貢献することが期待されます。また、本研究手法は、通常の手法では観測が難しい「外場によって誘起される数フェムトメートル規模の極微小なイオン変位」を定量的に観測する新たな測定・解析技術としても、今後のさらなる応用が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科
林田 健志 助教(研究当時)
現所属:Radboud大学HFML-FELIX ポストドクター
松本 滉永 修士課程(研究当時)
木村 剛 教授
大学院新領域創成科学研究科
荒川 慶人 博士課程
理化学研究所 放射光科学研究センター
田中 良和 研究員
玉作 賢治 チームリーダー
ネール研究所(フランス)
Yves Joly 博士
レンヌ大学(フランス)
Sergio Di Matteo 教授
論文情報
雑誌名:Physical Review X
題 名:Electric-field-induced X-ray Nonreciprocal Dichroism in Hematite(10月14日付掲載)
著者名:Takeshi Hayashida, Koei Matsumoto, Keito Arakawa, Yves Joly, Sergio Di Matteo, Kenji Tamasaku, Yoshikazu Tanaka, and Tsuyoshi Kimura*
DOI:10.1103/p5ry-x2wr
URL:https://doi.org/10.1103/p5ry-x2wr
研究助成
本研究は、JSPS科学研究費助成事業(JP24K22855、JP25H01247、JP25H01247)および村田学術振興・教育財団 研究助成の支援を受けて実施されました。
用語解説
(注1)ヘマタイト(α-Fe2O3)
酸化鉄の一種(α-Fe2O3:三酸化二鉄)。和名では「赤鉄鉱」と呼ばれ、古くから主要な鉄鉱石として利用されてきた。近年では、太陽光を利用した水分解光触媒や次世代の環境・エネルギー材料のほか、独特な磁気特性を活かしたスピントロニクス分野の基礎研究対象として注目を集めている。
(注2)高次多極子状態
磁石のように単純なN極・S極(二重極)のペアだけでは表現できない、電子のスピンや軌道のより複雑な空間分布を表す概念。例えば、2つずつのN極とS極が並んだ磁気的構造を磁気四重極と呼ぶ。
(注3)交替磁性
強磁性(通常の磁石)と反強磁性(磁力を打ち消し合う物質)の双方の長所を併せ持つ、新種の磁性状態。周囲への漏れ磁場がほぼゼロでありながら、電気や磁気などの外場を使って情報の超高速制御が可能という特長を持つ。近年世界中で理論・実験研究が急速に進んでいる。
(注4)電場誘起X線非相反線二色性
物質が特定の方向に振動する(直線偏光した)X線を吸収する際、その振動方向によってX線の吸収強度が異なり、また光の入射方向に応じてその大小が逆転する現象を「X線非相反線二色性」と呼ぶ。この性質が外部からの電場印加によって引き起こされる現象。
(注5)第一原理計算
物質を構成する元素の原子番号と立体構造のみを入力パラメータとし、実験データなどの経験的な数値に頼ることなく、量子力学の基本原理に基づいて物質の電子状態や性質をシミュレーションする計算手法。
(注6)原子核
原子の中心にあり、プラスの電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子から構成される。その大きさは、約10-15 ~ 10-14 m(1 ~ 10 fm)と原子全体の大きさ約10-10 m(0.1 nm)に比して著しく小さい。
(注7)磁気ドメイン
磁性材料の内部において、電子のスピン配列の向きや磁気状態が一様にそろっている微小な領域のこと。物質内に異なる状態のドメインが存在し、それを制御することで、磁気状態を情報として記録するメモリなどに応用される。
プレスリリース本文:PDFファイル
Physical Review X:https://doi.org/10.1103/p5ry-x2wr
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