二酸化炭素から作る新しいプラスチック:100%再生可能資源由来を達成 ―カーボンネガティブな次世代プラスチックに向けて―

2025/08/29

発表のポイント

◆ 二酸化炭素を原料とする100%再生可能資源由来のラクトンCOOILの効率的合成を達成し、世界で初めてその重合体を得た。COOIL合成に二酸化炭素とともに用いる原料のイソプレンは、植物由来であり、大気中にも多く含まれる。
ポリ(COOIL)はガラス転位点44℃の比較的柔らかい材料であり、多くの反応点を含むためさらなる分子変換が可能である。現在、硬化剤としての使用を検討している。
◆ COOILおよびその重合体ポリ(COOIL)の利用拡大はカーボンネガティブの実現につながる可能性がある。

 

fig1

産業活動で生じるCOと植物が排出するイソプレンから得られるCOOIL 

 

概要

東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻のマリウス ルッツ 客員研究員(研究当時)、フェリックス クラハト インターンシップ研修生(研究当時)、丸本康太 大学院生、野崎京子 教授らの研究チームは、二酸化炭素とイソプレン(炭素数5の共役ジエン(注1))をパラジウム触媒でつなぎ合わせ、6員環δ-ラクトンを合成する効率的な手法を開発しました。二酸化炭素(COO)とイソプレン(I)からなるラクトン(L)の略称として、この物質はCOOILと命名されました。
野崎教授らは、2014年に二酸化炭素とブタジエンからできるラクトン(EVPと略称)の重合体ポリ(EVP)合成を報告しましたが(関連情報参照)、EVPは二酸化炭素を29重量%含むものの、残りの71重量%は依然として化石資源に依存していました。今回、ブタジエンに替えて使用可能になったイソプレンは、植物から大量に放出されており、大気中に含まれる含炭素物質としては二酸化炭素、メタンに次いで3番目に多いものです。また、昨今の発酵技術の進歩によってますます入手が容易になっています。
本研究では、ルイス酸を用いる重合により、COOILを高分子ポリ(COOIL)に導くことができました。比較的柔らかい材料であり、その特性を活かしたコーティングなどの用途が考えられます。また、ポリ(COOIL)はオレフィン結合やラクトン構造などの反応点を多く含むため、さらなる分子変換も可能です。今後は、未反応ガスのリサイクルと触媒寿命の延長に焦点を当てた研究を進めることで、スケールアップ合成につながることが期待されます。
なお、本研究成果は、2025年8月28日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

参考:先に報告したEVPを含むポリマーについては先行して架橋剤としての利用を検討しており、丸本康太大学院生が9/16~9/18に関西大学にて開催される第74回高分子討論会での発表を予定しています。

 

発表内容

〈研究の背景〉
二酸化炭素(CO₂)は大気中に豊富に存在する炭素資源であり、その有効活用が切望されています。CO₂を化学的に固定し、材料として利用する方法が各種開発されており、高分子合成はその一例です。野崎教授らは2014年、1,3-ブタジエンから合成されるδ-ラクトン「3-エチリデン-6-ビニルテトラヒドロ-2H-ピラン-2-オン(EVP)」の重合によって、高分子ポリ(EVP)の合成を達成しました(関連情報参照)。以来、国内外でEVPを用いる高分子合成が活発に研究されています。しかし、EVPの主原料であるブタジエンは石油由来の原料であり、化石資源からは完全に脱却できていませんでした。

 

〈研究の内容〉

本研究では、ブタジエンに替えてイソプレンを用いることで、原料の100%再生可能資源化に成功し、化石資源からの完全脱却を果たしました。二酸化炭素とイソプレンから生成されるδ-ラクトンを、以下COOILと略称します。イソプレンは、植物から年間数百テラグラム放出されており、大気中に含まれる含炭素物質としては二酸化炭素、メタンに次いで3番目に多い物質です。また、昨今の発酵技術の進歩によってますます入手が容易になっています。すなわち、COOILは、24重量%のCO₂を封じ込めた、完全に再生可能資源由来のCO₂含有モノマーといえます。

これまでにもイソプレンと二酸化炭素からラクトンを得る試みはありましたが、触媒の性能が不十分で生成物の収量は1%、触媒回転数は14と極めて低く、数ミリグラムしか合成できていませんでした。本研究チームは、パラジウム触媒に含まれる水分量が、触媒性能を大きく左右することに気づき、正確な水分量の制御を行うことで高効率化に成功、収率23%、触媒回転数114を達成し、初めてグラムスケールでのCOOIL合成を達成しました。反応は低温でCO₂圧力下(70℃, 20~40気圧)で進行し、最大23%の収率と114のターンオーバー数(TON)でCOOILが得られました(図1上段)。理論計算で推定した反応機構は、還元的脱離が反応の速度と選択性を支配していることを示しており、これは観察された選択性に一致しています。

大きいスケールでの合成が可能になったため、COOILの重合により高分子を合成することにも成功しました。例えば、ガラス転移点(注2)が44℃のオリゴマー(Mₙ ≈ 3.9 kg mol⁻¹)を得ることができました(図1下段)。この値は、先に報告したポリ(EVL)の180℃よりも130℃以上低く、その比較的柔らかい特性を活かしたコーティングなどの用途が考えられます。

fig2

図1:今回開発したCOOILの合成とその重合

 

〈今後の展望〉
COOILならびにその重合で得られたポリ(COOIL)は100%再生可能資源による二酸化炭素由来材料です。未反応ガスのリサイクルと触媒寿命の延長によってCOOIL合成プロセスの効率化が可能になれば、スケールアップ合成によりカーボンネガティブな合成も夢ではありません。
また、ポリ(COOIL)は柔らかさを活かしたコーティングなどの用途が考えられます。さらに、単独での利用に加え、オレフィン結合やラクトン構造などの反応点を利用したさらなる分子変換も可能です。先行するEVPを利用した材料については、架橋剤としての利用の検討を開始しています。こちらは丸本康太大学院生が9/16~9/18に関西大学で開催される第74回高分子討論会での発表を予定しています。本発見を契機に、さまざまなアプローチによる新材料開発につながることが期待されます。

 

〇関連情報:
「プレスリリース:二酸化炭素から作る新しいプラスチック」(2014/3/9)

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_e8c60028f0bb_2014031001_jpn.html

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 野崎 京子 教授
 マリウス ルッツ(Marius Lutz) 研究当時:客員研究員
  現:Roche株式会社研究員 
 フェリックス クラハト(Felix Kracht) 研究当時:大学院国際インターンシップ研修生
  現:テュービンゲン大学 博士課程
 丸本 康太 博士課程

 

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Gram-scale selective telomerization of isoprene and CO₂ toward 100% renewable materials
著者名:Marius D. R. Lutz, Felix Kracht, Kota Marumoto, Kyoko NOZAKI*
DOI:10.1038/s41467-025-62409-2
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-62409-2

 

研究助成

本研究は、The Swiss National Science Foundationなどの支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)共役ジエン
炭素-炭素多重結合2つが単結合1つを挟んで隣接している構造。

(注2)ガラス転移点
ガラス状態のプラスチックを加熱したとき、流動性が増す温度。ガラス転移点以下では硬いガラス状態、それ以上ではゴム状態になる。

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-025-62409-2