発表のポイント
◆ 陽電子の3光子崩壊を利用した独自の幾何学的イメージング原理を確立し、多孔質物質中におけるポジトロニウム比率の画像化に世界で初めて成功しました。
◆ 特殊なPET薬剤の開発を必要とする従来の陽電子平均寿命法とは異なり、既存の臨床用PET薬剤をそのまま活用して組織の微小環境を評価できる点に画期的な新規性があります。
◆ がん腫瘍の悪性度評価やアルツハイマー病などの早期発見に加え、治療と診断を一体化するセラノスティクスへの応用を通じて、次世代の個別化治療への貢献が大きく期待されます。

陽電子3光子崩壊による次世代核医学検査のイメージ図
概要
東京大学大学院工学系研究科の島添 健次 准教授と、英国・ヨーク大学(University of York)のDan P. Watts 教授らによる研究グループは、陽電子(注1)の3光子崩壊を利用した新しい幾何学的イメージング原理を確立しました。さらに、シンチレータ(注2)とSiPM(注3)を用いた独自のガンマ線(注4)計測システムと、既存のPET(注5)薬剤(18F-FDG、注6)を用いることで、3光子崩壊比率の画像化に世界で初めて成功しました。
先行研究である陽電子平均寿命法は特殊な薬剤の開発を必要としますが、本手法は新たな薬剤開発を必要とせず、既存のPET検査のワークフローをそのまま活かして高次診断を可能とする画期的なものです。
本研究成果は今後、がん腫瘍の低酸素状態の把握や治療抵抗性の診断、アルツハイマー病の早期発見などに活用され、次世代の個別化治療の実現に貢献することが期待されます。
発表内容
現在の核医学PET検査は、陽電子の2光子対消滅過程を利用して薬剤の集積量を可視化するため、得られるのは量的情報にとどまっており、疾患の悪性度を左右する低酸素状態(hypoxia)などの質的情報を十分に捉えることができません。近年では、陽電子の消滅過程で生じるポジトロニウムの平均寿命イメージングが期待されていますが、その実現には特殊な核種の導入が必要であり、実用化に向けた大きな障壁となっていました。
一方、ポジトロニウムの3光子・2光子崩壊比率に着目すると、薬剤の種類によらずより多くの情報を抽出することができます。しかし、その画像再構成には複雑な方程式(二元四次方程式)の逐次解法や逆解析が必要となるほか、高いエネルギー分解能を持つ検出器システムが不可欠であるため、計算コスト・技術コストの両面からこれまで実用化には至っていませんでした。
今回、本研究グループは、3光子崩壊のエネルギー・運動量保存則が満たす幾何学的対称性に着目し、複雑な問題を解析的な二次方程式へと帰着させる手法を発明しました(図1)。さらに、臨床PET装置と互換性があり、高エネルギー分解能を持つHR-GAGGシンチレータアレイとSiPM光検出器アレイを用いた独自の検出システムを開発しました。このシステムと既存のPET薬剤(18F-FDG)を用いて実験を行った結果、多孔質物質中においてポジトロニウム比率が優位に向上することを観測し、世界初のポジトロニウム比率イメージング(PRI: Positronium Ratio Imaging)の原理検証に成功しました(図2)。

図1:3光子イメージングの原理図

図2:水と多孔質物質(XAD-4)をそれぞれ18F-FDGと混ぜ合わせた際のイメージング結果
(a) 従来の2光子PET画像、(b) 3光子画像、(c) 世界初の崩壊比率画像(論文より転載)
PRIを用いると、追加の被ばくを伴うことなく、生体や物質内の微小環境(空隙の大きさや低酸素状態)を非侵襲的に可視化することが可能です。特に、組織の低酸素状態は、がんの悪性度や治療抵抗性を決定づける重要なバイオマーカーである一方、これまで定量的な測定が困難でしたが、PRIを用いることで、最適な治療方針の早期決定が可能となることが見込まれます。また、脳内低酸素領域の発生が初期病態に関与すると示唆されているアルツハイマー病の超早期診断への貢献も期待されます。
さらに、本手法は近年の核医学の潮流であるセラノスティクス(Theranostics = 治療(Therapeutics)+ 診断(Diagnostics)、注7)とも高い親和性を秘めています。例えば、64Cu(注8)などの治療・診断一体型核種を用いてPETとPRIを併用することで、腫瘍の代謝と低酸素環境を定量化しながら同時に治療を行うことが可能となり、個別化治療の実現に大きく寄与することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
藤本 眞音 修士課程
佐藤 凛空 研究当時:修士課程
島添 健次 准教授
University of York
Dan P. Watts 教授
論文情報
雑誌名:Communications Physics
題 名:Advancing PET through Direct Imaging of Three-Photon Decay using Pure Positron Emitters
著者名:Macoto Fujimoto*, Riku Sato, Moh Hamdan, Mizuki Uenomachi, Peter Caradonna, Laura Stephenson, Archie Montgomery, Julien Bordes, James R. Brown, Daniel P. Watts, Kenji Shimazoe*
DOI:10.1038/s42005-026-02782-6
URL:https://www.nature.com/articles/s42005-026-02782-6
研究助成
本研究は、JSPS科研費 JP22H05022、JP22H05021、JP23H00278 の支援により実施されました。
用語解説
(注1)陽電子(Positron)
電子の反粒子(反物質)であり、物質中で電子と衝突すると、ガンマ線としてエネルギーを放出して消滅(対消滅)する性質を持つ。
(注2)シンチレータ
ガンマ線などの目に見えない放射線が当たると、そのエネルギーを吸収して可視光(光)を放出する蛍光素子のこと。
(注3)SiPM(Silicon Photomultiplier)
半導体技術で作られた、光子1個レベルの微弱な光でも検出可能な高感度光センサー(シリコン光電子増倍管)のこと。
(注4)ガンマ線
非常に高いエネルギーを持った光(電磁波)の一種。物質を通り抜ける力(透過力)が強いため、核医学診断をはじめとする医療分野などで広く用いられる。
(注5)PET(Positron Emission Tomography)
陽電子放出断層撮影法。陽電子を放出する放射性同位元素を含む検査薬を体内に投与し、体内で対消滅する際に生じるガンマ線を検出することで、体内の機能や代謝状態を画像化する検査手法のこと。
(注6)18F-FDG
ブドウ糖に似た分子(FDG)に、陽電子を放出するフッ素の放射性同位元素(18F)を結合させたPET検査薬。がん細胞が正常細胞より多くのブドウ糖を消費する性質を利用して、がんの発見や転移の診断などに広く用いられる。
(注7)セラノスティクス(Theranostics)
治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を融合させた新しい医療コンセプト。診断用と治療用で似た性質を持つ薬剤を用い(あるいは同一の薬剤を用いて)、画像診断で病変の位置や性質を事前に正確に把握しながら、同時にあるいはシームレスに標的治療を行う手法のこと。患者一人ひとりに合わせた個別化医療を実現する技術として期待されている。
(注8)64Cu(銅-64)
診断用の陽電子放出と、がん細胞を攻撃する治療用のベータ線(β線)放出の両方の性質を併せ持つ放射性同位元素(核種)。1つの核種で画像診断と放射線治療を同時に行うセラノスティクスに最適な治療診断一体型核種として、近年注目を集めている。
プレスリリース本文:PDFファイル
Communications Physics:https://www.nature.com/articles/s42005-026-02782-6
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