発表のポイント
◆ 原子核を高感度なセンサーとして用いる磁気共鳴測定により、カゴメ金属CsV3Sb5の内部で、原子スケールの電流の渦に由来する微小な磁場を検出しました。
◆ この結果は、電子が結晶格子上で輪を描くように自発的に流れる「ループ電流秩序」の微視的証拠であり、電子の流れが生み出す新しい磁性状態を示すものです。
◆ 本成果は、高温超伝導体などでも長年議論されてきた隠れた電子秩序の理解を進め、量子材料に現れる新しい機能の探索に貢献すると期待されます。

原子スケールの電流の渦がつくる局所磁場
概要
東京大学大学院工学系研究科の末次 祥大 准教授、京都大学大学院理学研究科の北川 俊作 准教授、石田 憲二 教授、バージニア大学物理学科の浅場 智也 アシスタント・プロフェッサー、東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内 孝禎 教授、名古屋大学大学院理学研究科の紺谷 浩 教授、ロスアラモス国立研究所の松田 祐司 上級研究員らによる研究グループは、南京大学と共同で、カゴメ金属(注1)CsV3Sb5において、原子スケールの電流の渦がつくる新しい磁性状態の微視的な証拠を捉えました。この状態は、長年理論的に提案されてきたものの、その存在を実験的に確かめることは困難でした。
本研究では、CsV3Sb5の内部に生じる微小な磁場を検出し、電子が結晶格子上でミクロな円電流を作るループ電流秩序(注2)の証拠を確認しました。この現象は、電荷の濃淡が周期的に並ぶ「電荷密度波」(注3、図1左)と対比して、「虚数電荷密度波」(注4、図1右)と呼ばれ、電子の流れ方そのものが秩序化する新しい量子状態として理解されます。本成果は、量子材料に潜む新しい電子秩序の理解を大きく進めるものです。

図1:(左)通常の電荷密度波。電荷の濃淡や結合の強弱が周期的に並ぶ。
(右)今回見つかった虚数電荷密度波。電子の「流れ」が周期的にそろう。
発表内容
金属や超伝導体の性質は、物質中の電子がどのように動き、どのように集団として振る舞うかによって決まります。電荷の濃淡が規則正しく並ぶ「電荷密度波」は、その代表的な例です。一方で、電子の密度ではなく、電子の流れ方そのものが秩序化し、原子スケールの小さな渦を描くような電流が自然に生じる状態も理論的に提案されてきました。この状態は「ループ電流秩序」と呼ばれ、通常の電荷密度波とは異なる「虚数電荷密度波」として理解できます。
ループ電流秩序は、高温超伝導体の擬ギャップ状態(注5)といった未解明の電子状態とも関係すると考えられ、長年にわたり注目されてきました。しかしながら、物質の内部で流れる電流は極めて小さく、それらの電流がつくる磁場を外から直接検出することが難しいため、その存在は長年の論争の的となっていました。特に、近い温度領域で複数の電子秩序が現れる場合、観測された信号が本当にループ電流に由来するのかを見分けることが大きな課題でした。
本研究グループは、カゴメ格子と呼ばれる三角形が連なった特徴的な原子配列を持つカゴメ金属CsV3Sb5に着目しました。この物質においては、通常の電荷密度波や超伝導に加え、時間反転対称性(注6)の破れを伴う未知の電子状態の存在が議論されてきました。研究グループは、物質内部の原子核を精密なセンサーとして用いる核四重極共鳴および核磁気共鳴測定(注7)を行い、アンチモン(Sb)原子核の共鳴信号を詳細に調べました。
その結果、通常の電荷密度波が現れる94 Kよりも高温の120 K付近から、Sb原子核の共鳴信号のスペクトルに、内部磁場の発生を示唆する異常な拡がりが現れることを発見しました。さらに、磁場中の測定では、核スピンの向きが異なる共鳴線で、スペクトルの裾が反対方向に拡がることが分かりました(図2)。これは、局所磁場と核スピンとの相互作用が、核スピンの向きに応じて共鳴周波数を反対方向に変化させるためです。この特徴は、通常の電荷密度波の効果では説明できず、物質内部に局所的な磁場が生じていることを示しています。この局所磁場を理論模型と比較すると、電子がカゴメ格子上でミクロな円電流を作るループ電流秩序と定量的に一致することが明らかになりました。
本成果は、CsV3Sb5がまず120 K付近で虚数電荷密度波状態に入り、その後より低温で通常の電荷密度波と共存する状態へ移ることを示唆しています。これは、長年探索されてきたループ電流秩序を物質内部から微視的に捉えた重要な成果です。今後、カゴメ金属に限らず、高温超伝導体や他の量子材料に潜む「隠れた電子秩序」を理解する手がかりとなり、新しい電子機能や量子現象の探索につながることが期待されます。なお、本論文はその広い波及性が評価され、Nature Physics誌のResearch Briefingに選出されています。

図2:磁場中の核磁気共鳴測定で得られた2つの遷移スペクトル。
核スピンの向きが異なる共鳴線でスペクトルの裾が反対方向に拡がることから局所磁場が存在することがわかった。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科
末次 祥大 准教授
大学院新領域創成科学研究科
芝内 孝禎 教授
京都大学 大学院理学研究科
堀 文哉 研究当時:博士課程
現:東北大学理学研究科 助教
柴田 真咲 研究当時:修士課程
北川 俊作 准教授
石田 憲二 教授
バージニア大学 物理学科
浅場 智也 アシスタント・プロフェッサー
名古屋大学 大学院理学研究科
中沢 正剛 博士課程
紺谷 浩 教授
ロスアラモス国立研究所
松田 祐司 上級研究員
学会情報
雑誌名:Nature Physics
題 名:Microscopic signatures of an imaginary charge density wave in a kagome metal
著者名:S. Suetsugu, F. Hori, M. Shibata, S. Kitagawa, K. Ishida, T. Asaba, S. Nakazawa, Q. Li, H. -H. Wen, T. Shibauchi, H. Kontani, and Y. Matsuda
DOI:10.1038/s41567-026-03339-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41567-026-03339-8
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費「(課題番号:JP23K13060、JP23H00089、JP25K00958、JP24K00568、JP22H00105、JP26K21719、JP23H01124、JP23K22439、JP23K25821、JP25H00609、JP26K00654)」、学術変革領域研究(A)「極限宇宙」(JP24H00965)、「相関設計科学」(JP25H01248)および「アシンメトリ量子」(JP26H00655、JP26H00660)、ならびに科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR19T5)およびさきがけ(JPMJPR2252)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)カゴメ金属
三角形が角を共有して並んだ「カゴメ格子」と呼ばれる原子配列を持つ金属のこと。カゴメ格子では、電子同士の相互作用や幾何学的な効果により、通常の金属では見られない電子状態が現れやすい。本研究で扱ったCsV3Sb5は、バナジウム原子がカゴメ格子を形成する。
(注2)ループ電流秩序
電子が物質中の原子配列に沿って、微小な輪を描くように循環して流れる秩序状態のこと。通常の電流のように物質全体を一方向に流れるのではなく、原子スケールの小さな閉じた経路を回るため、外から直接検出することが難しい。ループ電流により物質内部に極めて小さな磁場が発生するため、通常の磁石とは異なる、電子の流れに由来する磁性状態として捉えることができる。
(注3)電荷密度波
物質中の電子の密度が、空間的に周期的な濃淡を持って並ぶ状態のこと。通常の電荷密度波では、電子が多い場所と少ない場所が周期的に現れ、原子の並びや結合の強さも変化することがある。
(注4)虚数電荷密度波
通常の電荷密度波が電子の「濃淡」の周期的な変化として理解されるのに対し、虚数電荷密度波は電子の「流れ方」が周期的にそろった状態となる。この状態では、電子が原子スケールで輪を描くように流れるループ電流が自発的に生じる。
(注5)高温超伝導体の擬ギャップ状態
高温超伝導体が超伝導転移温度よりも高い温度にあるにもかかわらず、超伝導状態に似たエネルギーギャップが現れる特異な状態のこと。高温超伝導体の超伝導発現機構と密接な関係があるとされており、その発現機構の解明は高温超伝導体における最重要課題の一つとなっている。
(注6)時間反転対称性
時間の向きを逆にしても物理現象が同じように見えるという性質のこと。例えば、電子の流れや磁場は時間を逆向きにすると向きが反転するため、ループ電流が生じると時間反転対称性が破れる。
(注7)核四重極共鳴・核磁気共鳴
原子核を高感度なセンサーとして用い、物質内部の電場や磁場の状態を調べる実験手法。核四重極共鳴は主に原子核が感じる電場の偏りを、核磁気共鳴は磁場による原子核の応答を利用する。本研究では、アンチモン原子核の信号を調べることで、CsV3Sb5内部に生じる微小な局所磁場を検出した。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Physics:https://www.nature.com/articles/s41567-026-03339-8
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