発表のポイント
◆ 国際政府組織(IGOs)は、大量の科学的知見をエビデンスとして用い、感染症対策から気候変動まで幅広い政策を策定しています。今回、世界の学術文献と政策文書を統合したデータベース(23万論文)を用いて、科学的知見がIGOsに伝わるパスやメカニズムを定量的に明らかにしました。
◆ IGOsの政策文書に引用された論文の著者は少数の研究者に偏っており、その傾向は、人工知能などの進化途上の分野に比べ、気候変動などの成熟した分野では特に顕著です。また、この偏りの傾向は、IGOsによるエビデンス多様化へ向けた努力にもかかわらず持続していることが分かりました。
◆ 限られた研究者の間の密な共著関係やIGOsの委員との兼務などを通じて、IGOsによる論文引用が特定の研究者(HIC-Sci)に集中するメカニズムが明らかになりました。

(A) 国別の論文のIGO被引用率の観測値/予測値比、(B) 著者の過去のIGO被引用論文数(最大値)、(C) 分野別・研究者1人あたりのIGO被引用論文数の補累積分布(両対数)。
概要
東京大学大学院工学系研究科の浅谷 公威 特任准教授、岩田 由理恵 大学院生(研究当時)、友清 雄太 大学院生(研究当時)、坂田 一郎 教授、University College LondonのBasil Mahfouz リサーチフェロー、香港科技大学の鎗目 雅 教授らの研究グループは、2015年から2023年に国際政府組織(IGOs、注1)の政策文書が引用した230,737本の論文を分析し、科学的知見がIGOsに伝わるパスやメカニズムを定量的に明らかにしました。
国連、WHO、世界銀行、IPCCといったIGOsが発行する報告書は、各国の政策や国際合意の土台となる科学助言の中核を担っています。IGOsが出版する膨大な文書は、気候変動、エネルギー、人工知能からCOVID-19まで多岐にわたる領域の論文を引用していますが、それらの知見がどのようなパスやメカニズムで伝わり、選択・活用されるかは知られていませんでした。
本研究では、以下の諸点が明らかになりました。第一に、学術界とIGOsの間の知識移転を担うのはごく少数の科学者であることです。この集中傾向はIGOsによるエビデンス多様化へ向けた取り組みにもかかわらず長期的に維持されており、特に気候変動などの成熟分野で顕著です。第二に、この集中傾向は中核科学者間の密な共同関係やIGO委員との兼務といった人的な重なり合いにより作り出されています。第三に、引用が集中する少数の科学者(Highly IGO-Cited Scientists, 略称HIC-Sciと名付けた(注2))が移転に関与した学術知ほど、より早く、より幅広く、エビデンスとして活用されています。第四に、国・研究機関単位でIGOからの被引用率を見ると、欧米の機関では被引用率が高い一方、アジアではオーストラリアやシンガポール等を除き低く、アフリカなどグローバルサウスの研究成果は引用されにくい傾向があります。このように、IGOsで活用される知の多様性に課題があります。
本研究成果を踏まえると、IGOsは、エビデンスとして活用する知識の多様化へ向けた努力を継続する必要があります。また、日本の科学技術コミュニティは、地球規模の課題の解決に対しより大きな貢献をするため、IGOsの活動への参加や共同研究の拡大が必要です。さらに、科学の現場とIGOsを橋渡しするアクセラレーション機能と、科学者の中核コミュニティへの参加を支える国際頭脳循環の双方を強化する必要があると考えられます。
本研究成果は、2026年4月22日付で米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に掲載されました。
発表内容
【研究背景】
IGOsは通常は科学的知見を自ら生産しません。研究者が生み出す膨大な知見の中から、何を選び取るかというIGOsの選択がそのまま国際政策の方向性を規定します。これまでの研究は、論文単位での引用や国別の地理的バイアスを扱ってきましたが、「どの研究者が選ばれるか」という個人レベルの構造は体系的に問われてきませんでした。本研究は、誰の研究がIGOsに引用されるかという問いを大規模データから検証しました。
【研究内容】
研究グループは、政策文書データベースOvertonと学術論文データベースScopus(注3)を連結し、23万件超の論文を引用ネットワーククラスタリングにより23分野に分類した上で、全体および各分野の著者レベルの引用集中構造を解析しました。
国別の科学研究のIGO被引用率は、欧米が高く、アジア(オーストラリアやシンガポール等は例外)は低く、アフリカなどのグローバルサウスも低い傾向があります(図1A)。日本のIGO被引用率は世界平均の半分以下です。また、IGO被引用論文の多い上位200の研究機関に入る日本の研究機関は東京大学(115位)のみであり、その順位は研究量や学術インパクトと比べて大幅に低くなっています。
この国別のIGO被引用率の差の多くは、論文の掲載ジャーナル、引用文献、著者の過去のIGO被引用歴を考慮することで概ね説明できます(図1A)。IGO被引用歴に着目すると、過去のIGO被引用数を16本以上持つ共著者が一人でもいれば、新論文の引用確率は約15%以上に達し(図1B)、これは特定の著者にIGOsからの信頼性が累積的に集中するマシュー効果と解釈できます。IGO政策文書における引用が特定の研究者へ集中する傾向は全23分野に共通しますが、気候変動・環境保全といった成熟分野ほど少数への集中が強く、COVID-19、循環経済、データサイエンス・AIといった新興分野ほど分散しています(図1C)。本研究では、IGO引用論文の累積30%を占める最小の著者集合を「Highly IGO-Cited Scientists(HIC-Sci)」と定義しました。

図1:(A) 国別の論文のIGO被引用率の観測値/予測値比。掲載ジャーナル(J)、引用文献中のIGO被引用論文数(R)、共著者の過去のIGO被引用論文数(A)を順に加えると、国間の差が縮小する。(B) 著者の過去のIGO被引用論文数(最大値)と、新論文の引用確率の関係(青線)。64本以上で約35%に達する。(C) 分野別・研究者1人あたりのIGO被引用論文数の補累積分布(両対数)。気候変動など成熟分野では少数研究者への集中が強く、データサイエンス・AIなど新興分野では分散する。
HIC-Sciへの引用の集中の背景にはネットワーク構造があります。全23分野において中心的な研究者同士が優先的に共著していることが確認されました。また、気候変動分野ではHIC-Sci 300名のうち93名(31%)がIPCC報告書の執筆者を兼ねており、研究ネットワークとIGOsは人的に重なり合っています。さらにHIC-Sciが関与した論文の学術知は、より早く、より広くIGOsのエビデンスとして活用されることが分かりました。
さらに、IGOsが同じ論文を引用する構造、そして国連・世界銀行・WHOなどの大規模機関が先に引用した論文を小規模な専門機関が追随して引用する構造が、HIC-Sciへの引用の集中を強化することが明らかになりました。
このIGOs引用論文の特定著者への集中の度合いは、対象期間を三分割してもほぼ変化しないことが分かりました。IPCCのガバナンス改革、WHOの利益相反ガイドラインの整備など、IGOsは参加の多様化の取り組みを重ねてきました。それにもかかわらず、制度や手続きを変えるスピードと、引用構造が変わるスピードとの間には隔たりがあるといえます。
【研究の意義】
本研究は、「誰の知識がIGOsの政策に選ばれているか」を、大規模な書誌情報から可視化しその集中のメカニズムを明らかにしました。集中そのものは問題ではなく、成熟分野では中核コミュニティが複雑な証拠の政策統合に機能している面もあります。しかし同時に、この集中は助言過程の正当性という観点から課題があります。例えば、国連総会は2025年8月、人工知能(AI)に関する独立国際科学パネルの新設を決定しました。しかしAI分野は、IPCC設立時の気候変動分野と比べても、依拠しうる基礎科学の蓄積や評価方法の標準化が十分に進んでいるとはいえません。したがって、誰の知識が採択され、誰が採択されていないかを可視化する手続きは、今後ますます重要になります。本研究が提示した著者レベル分析の枠組みは、科学と政策インターフェースの説明責任を支える基盤となることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
浅谷 公威 特任准教授
岩田 由理恵 修士課程(研究当時)
友清 雄太 修士課程(研究当時)
坂田 一郎 教授
University College London
Basil Mahfouz リサーチフェロー
香港科技大学
鎗目 雅 教授
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
題 名:Structure of scientific knowledge flows to intergovernmental organizations
著者名:Kimitaka Asatani, Yurie Iwata, Yuta Tomokiyo, Basil Mahfouz, Masaru Yarime, Ichiro Sakata
DOI:10.1073/pnas.2514861123
URL:https://doi.org/10.1073/pnas.2514861123
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:JP21K19817)の支援により実施されました。共著者の一部はエルゼビア社の研究助成を受けています。
用語解説
(注1)国際政府組織(IGOs)
複数の国家が条約に基づいて設立する国際機関のことです。IPCC、WHO、世界銀行、UNESCO、UNEPなどが代表例で、科学的知見に基づく評価報告書やガイドラインを通じて国内政策や国際合意の土台となる指針を提供します。
(注2)HIC-Sci(Highly IGO-Cited Scientists)
本研究で導入された概念で、各分野においてIGO引用論文の累積30%を占める、IGO引用論文数が多い順からソートした最小の著者集合を指します。
(注3)Overton/Scopus
Overtonは政策文書と、その中で引用された学術論文を網羅的に収録する政策ビブリオメトリクス・データベースです。Scopusは論文書誌情報と著者同定の精度に強みを持つ学術データベースです。本研究はDOIで両者を連結して解析しました。
プレスリリース本文:PDFファイル
Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS):https://doi.org/10.1073/pnas.2514861123
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