発表のポイント
◆ トポロジカルDirac半金属α-Sn薄膜に集光レーザを局所的に照射し、ナノメートルスケールで超伝導金属β-Sn領域を任意形状に“描画”する手法を開発しました。これにより、同一薄膜上でα-Sn/β-Sn平面ヘテロ構造を高精度に作製できます。
◆ 本手法は局所加熱のみでα-Snからβ-Snへの相転移を誘起するため、加工損傷を抑えつつ、β-Sn領域は原子レベルで平坦な表面を示し、単結晶に近い高品質を実現しました。
◆ 作製したβ-Snナノ細線では、印加磁場がゼロでも超伝導電流が一方向に流れやすくなる超伝導ダイオード効果を観測し、最大整流率10.8%を達成しました。本成果は、超伝導回路・量子デバイスに向けた新しいナノ加工基盤技術として期待されます。
局所的なレーザ照射によりトポロジカルα-Sn薄膜内に超伝導β-Snの微細精密パターンを形成
概要
東京大学大学院工学系研究科のレ・デゥック・アイン 准教授、田中 雅明 教授、同大学工学部の佐伯 崇寛 学部学生、同研究科の石原 奎太 大学院生(研究当時)、西垣 大輝 大学院生(研究当時)、牧 秀樹 大学院生(研究当時)らの研究グループは、トポロジカルDirac半金属α-Sn(注1)薄膜の任意の位置に、レーザ照射のみで高品質で任意形状の超伝導金属β-Sn(注2)を形成し、原子レベルで平坦なα-Sn/β-Sn平面ヘテロ構造を作製する手法を開発しました(図1)。
集光したレーザ光を照射したα-Sn領域は熱によりβ-Snへと相転移し、臨界温度3.7 Kの超伝導を示します。さらに、α-Sn薄膜中に作製したβ-Snナノ細線構造では、磁場ゼロでも電流の向きによって超伝導状態(電気抵抗ゼロ)と常伝導状態(電気抵抗あり)が切り替わる超伝導ダイオード効果(注3)を発現し、さらに磁場をかけることにより最大整流率10.8%を達成しました。
これまではトポロジカル物質と超伝導体からなる高品質界面を形成することが量子デバイスを開発する上で困難な課題でしたが、本研究成果はこの問題を解決し、大面積化・量産展開にも適したシンプルかつ低コストの加工プロセス技術を提供するものです。
図1:レーザ照射によるトポロジカル半金属α-Sn薄膜中の任意形状の超伝導β-Snナノパターニング
InSb(001)基板上にエピタキシャル成長したα-Sn薄膜(厚さ40 nm)に集光したレーザを照射することで、照射領域のみを原子レベルで平坦な超伝導体β-Snへと相転移させ、任意形状のα-Sn/β-Sn平面ナノ構造を非破壊で作製した(左上)。右上は作製したパターンの例(ロゴを表す白い部分がレーザ照射により作製した超伝導β-Sn、灰色部分がトポロジカル半金属α-Sn、スケールバーは5 µm)。相転移後のβ-Snは臨界温度TC = 3.7 Kの超伝導を示す。量子デバイス応用に向け、超伝導/トポロジカル材料ヘテロ構造の高精度ナノ加工を簡便な手法で可能にする作製技術である。
発表内容
トポロジカル超伝導体(注4)は、マヨラナ準粒子(注5)の実現を通じて誤り耐性をもつ量子コンピュータの基盤技術になると期待され、近年その候補材料の研究が活発になされています。従来の多くの研究では、超伝導体とトポロジカル材料(注6)を接合したヘテロ構造によってトポロジカル超伝導状態の実現を目指してきました。しかし従来の作製方法では、界面を原子レベルで清浄かつ平坦に保つことが難しい上、ナノ加工工程で結晶が損傷しやすいことが大きな問題でした。
研究グループはこれまで、集束イオンビーム(FIB)照射(注7)によってトポロジカル半金属α-Sn薄膜内に超伝導β-Snを形成し、α-Sn/β-Sn界面を用いた超伝導デバイスを実証してきました。しかし、FIB法ではイオン衝突によりβ-Snの内部に損傷が入り得るため、量子デバイス性能に悪影響を及ぼすという懸念がありました。
本研究では、レーザ光照射による「加熱のみ」を用いてα-Snからβ-Snへの相転移を誘起し、損傷を抑え良質の結晶性を保ったままでナノスケールのパターニングを実現しました。原子間力顕微鏡(AFM)測定により、レーザ照射で作製したβ-Sn領域の表面粗さ(rms)が0.75 nmであり、FIB照射で作製したβ-Sn(1.96 nm)よりも平坦であることを確認しました(図2a)。さらにβ-Sn領域の80%以上が単結晶ドメイン(平均約8 µm)となり、FIB法(平均粒径約230 nm)に比べて結晶性が大幅に向上しました。電気伝導測定により、レーザ照射部のみが臨界温度3.7 Kでゼロ抵抗となる超伝導を示すことを確認しました。
加えて、幅750 nmのβ-Snナノ細線において、超伝導ダイオード効果を観測し、その性質を系統的に評価しました。超伝導ダイオード効果とは、磁場を印加した状態で電流の向きによって臨界電流が異なる非相反的な超伝導現象であり、一方向に電流を流した時には超伝導となりゼロ抵抗を示すが、反対方向に電流を流すと常伝導となり抵抗が生じる、という大きな整流特性を示す現象です。本研究では、外部磁場ゼロでも超伝導ダイオード効果が現れ、磁場角度を変えることで最大10.8%の整流比率に達しました(図2b)。これは、成長方向(膜厚方向)における上下界面の非対称性により空間反転対称性が破れることや、超伝導チャネル中の渦(ボルテックス)のピン止め/脱ピン止め過程が電流方向に対して非対称になることが一因と考えられます。
本手法では、マスク不要で任意形状のβ-Snを描画できるだけでなく、トップダウン加工と高い結晶品質の両立を実現します。さらに、スズ(Sn)という単一の元素を用いて、トポロジカル物質α-Snと超伝導金属β-Snからなる任意形状の高品質ヘテロ接合を作製できるため、トポロジカル量子物理の検証という基礎研究から、超伝導論理素子・量子回路に至る幅広い応用が期待されます。

図2:レーザー誘起β-Snの原子レベル平坦化と、β-Snナノ細線における超伝導ダイオード効果
(a) α-Sn薄膜上に形成したβ-Sn領域の表面形状(AFM像)の比較。従来のFIB加工で作製したβ-Snは表面粗さが大きい(rms = 1.96 nm)のに対し、本研究の集光レーザ照射で誘起したβ-Snは、照射領域が原子レベルで平坦(rms = 0.75 nm)となり、α-Sn/β-Sn界面も滑らかに形成される。(b) α-Sn/β-Snナノ細線(NW)デバイスの模式図と、超伝導ダイオード効果における磁場の角度依存性。面内磁場Bの方向(角度θ)を変えると、電流の向きが順方向と逆方向で超伝導電流の流れやすさが非対称となり、その整流率ηは最大約10.8%に達する。右の極座標プロットは、整流率(超伝導整流比)のθ依存性を示し、磁場方向に応じて効果が強く現れることを示している。超伝導ダイオード効果は磁場をかけない場合(無磁場)でも観測される。
〇関連情報:
「プレスリリース:トポロジカル量子回路・量子演算の実現に向けた新しい材料プラットフォームを実現 ―トポロジカル材料薄膜内に超伝導ナノ構造を形成する新手法の開発と超伝導ダイオード効果の発現―」(2024/10/01)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-10-01-002
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科 電気系工学専攻
レ デゥック アイン(Le Duc Anh) 准教授
兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター(CSRN)
石原 奎太 研究当時:大学院生(博士課程)
西垣 大輝 研究当時:大学院生(修士課程)
牧 秀樹 研究当時:大学院生(修士課程)
田中 雅明 教授
兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター(CSRN)
工学部 電気電子工学科
佐伯 崇寛 研究当時:学部4年生
論文情報
雑誌名:Advanced Materials
題 名:Non-Destructive Laser Nanopatterning of Superconducting Heterostructures in Topological Sn Thin Films
著者名:Le Duc Anh, Takahiro Saeki, Keita Ishihara, Daiki Nishigaki, Hideki Maki, Masaaki Tanaka
DOI:10.1002/adma.202512571
URL:https://doi.org/10.1002/adma.202512571
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP19K21961、JP20H05650、JP22K18293、JP23K17324、JP24H00018、JP25H00840)、科学技術振興機構(JST)のERATO(JPMJER2202)とNEXUSプログラム、MEXTのARIM(JPMXP24UT0121)、Spintronics Research Network of Japan(Spin-RNJ)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)トポロジカルDirac半金属α-Sn:ダイヤモンド型結晶構造をもつスズ(Sn)の同素体。歪みなどによりトポロジカルDirac半金属(TDS)になる。TDSはバルク電子状態でDirac方程式で記述される線形分散の電子状態が存在し、その電子キャリアが高移動度およびスピン・軌道・運動量の強い結合をもつ材料で、近年スピントロニクスおよび量子科学分野で注目されている。
(注2)超伝導金属β-Sn:正方晶構造をもつ金属スズの同素体。約3.7 K以下で電気抵抗がゼロになるBCS型超伝導を示す。β-Snは金属スズとして広く使われている。
(注3)超伝導ダイオード効果:電流の向きによって超伝導状態が失う臨界電流が異なり、その結果、超伝導状態のまま電流が一方向に流れやすくなる(整流が生じる)現象。正と負の電流方向の場合の臨界電流(IC+, IC-)によって整流比率がη=(IC+-IC-)/(IC++IC-)で定義される。
(注4)トポロジカル超伝導体:表面や端に特別な量子状態を持ち、欠陥に強い超伝導状態を実現し得る物質(または状態)。マヨラナ準粒子を実現するための舞台として注目される。
(注5)マヨラナ準粒子:自分自身が反粒子に等しい性質をもつとされる準粒子。実現すれば、誤りに強い量子情報処理・量子コンピュータの担い手になる可能性がある。
(注6)トポロジカル材料:電子状態の「位相(トポロジー)」により、内部は絶縁的でも表面や端では電流が流れやすいなど、通常と異なる性質を示す材料の総称。
(注7)集束イオンビーム(FIB)照射:イオンビームをナノスケールに絞って照射し、微細加工や局所的な構造改変を行う技術(加工と同時に損傷が入り得る)。
プレスリリース本文:PDFファイル
Advanced Materials:https://doi.org/10.1002/adma.202512571
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