プレスリリース

白金3量体における3次元原子ダイナミクスの追跡に成功 ―高速原子分解能電子顕微鏡法により材料研究を加速―

 

発表のポイント

◆ 新規開発した高速原子分解能電子顕微鏡法により、白金3量体の立体挙動を40ミリ秒で追跡することに成功した。
◆ 従来よりも高い時間分解能で直接観察することにより、高温では、白金3量体が準安定状態を経由する遷移運動をするため、白金単原子よりも熱的に安定であることを明らかにした。
◆ 高速電子顕微鏡法は、温度・ガス・液中などさまざまな条件下における実材料の原子ダイナミクスを捉えることが可能であり、材料研究を大きく加速することが期待される。

 

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本研究の概要

 

概要

東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の石川亮特任准教授、二塚敏洋大学院生、川原一晃助教、柴田直哉機構長・教授、幾原雄一教授らのグループは、日本電子株式会社の神保雄主事と共同で、新規に開発した高速原子分解能電子顕微鏡法(注1)を用いることにより、白金3量体(注2)の立体挙動(3次元)を40ミリ秒(0.04秒)の時間分解能で追跡することに成功しました。

二酸化チタン(TiO2)に担持(注3)された白金ナノ粒子は、有毒な排ガス処理や有機化合物の分解反応を促進する触媒材料として工業的に重要な材料です。高温領域では触媒活性が高いものの同時に劣化も進行することから、高温における白金ナノ粒子の動的な立体挙動を明らかにすることは極めて重要です。本研究では、新規に開発した高速原子分解能電子顕微鏡法と第一原理計算(注4)を融合することにより、3次元での原子ダイナミクスをリアルタイムで追跡することに成功しました。本成果は、さまざまな条件下(高温・低温、液中、ガス雰囲気など)における原子レベルの動的観察への応用が可能であり、最先端の材料研究を加速する計測技術として役立つことが期待されます。

本研究成果は、2024228日に米国科学誌「Science Advances」のオンライン版で公開されました。

 

発表内容

〈研究背景

複合酸化物などの担持体に堆積した貴金属ナノ粒子は、さまざまな化学反応の促進や選択的反応性を制御できることから、重要な触媒系として研究開発が進められています。その中でも、TiO2に担持された白金ナノ粒子は、工業的にも重要であることから最も研究が行われている不均一触媒(注5です。白金ナノ粒子のサイズを小さくすることにより、触媒活性が大幅に向上することから、白金は数原子あるいは単原子にまで微細化が進められてきました。しかし、単原子と数個の白金ナノ粒子では、どちらが触媒高活性であるかは依然として不明です。これらの触媒は、高温領域(数百度)において活性であるため、白金ナノ粒子の熱による立体運動を原子レベルかつ実時間で明らかにすることが極めて重要となります。ナノ粒子を直接観察する方法として、走査透過型電子顕微鏡法(STEMScanning Transmission Electron Microscopy)(注6)がありますが、電子プローブ(注7)を走査して結像するため、走査に要する時間よりも短い時間間隔における観察はできず、数秒程度の時間分解能しか得られません。また、得られる原子像は観察方向に投影された2次元投影像であり、3次元構造を再構成することはこれまで極めて困難でした。

 

研究内容

今回、本研究グループは、独自開発の高速走査システムを搭載したSTEMを用い、電子顕微鏡内で白金を担持したTiO2を摂氏200度に加熱し、白金3量体の3次元構造ダイナミクスを40ミリ秒の時間分解能で追跡しました。

1(a)に高速走査により取得した1フレームの環状暗視野像(注8)を示します。TiO2の周期的な格子に加え(図1(b)TiO2の原子像、図1(c)TiO2の構造モデル)、白金単原子(白矢印)および白金3量体(白枠)が存在していることが分かります。

 

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1:白金原子を担持したTiO2の高速電子顕微鏡像

(a)白矢印および白枠は白金単原子および3量体を示す。両側の明るいコントラストは白金ナノ粒子。(b)TiO2基板の環状暗視野像。(c)TiO2の構造モデル。

 

2に図1の白枠部分を拡大し、白金3量体の時間発展に伴うダイナミクスを示します。観察された白金3量体の像コントラストは微弱であるため、TiO2格子に由来する像コントラストを取り除く処理を行っています。数百ミリ秒の時間スケールで、さまざまな構造へと変化することが分かります。また、追跡開始から3秒経過した辺りで3量体から3つの白金単原子へと分解していく様子が分かります。

 

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図2:高速電子顕微鏡法による白金3量体の追跡

(a)TiO2基板の環状暗視野像。(b)–(i)各時間における白金3量体(白丸で示す)から取得した高速電子顕微鏡像。白金原子のコントラストを強調するために、TiO2の像強度を取り除く処理を行っている。(j)–(l)白金3量体が単原子に分解する様子。

 

3(a)に示すように、2次元投影像(影)から3次元構造を推定することは一般に困難です。しかし、金属は稠密(ちゅうみつ)な構造が安定であることから、白金3量体は正三角形構造を持つことが予想されます。このような仮定に基づいた回帰分析を行うことにより、図3(b)(c)に示すように、正三角形の一辺の長さと3次元回転角をパラメータとして白金3量体の3次元構造の再構成が可能となります。実際、実験から再構成された3次元構造を入力値として第一原理計算を行うと、実験を良く再現することから、TiO2基板上では正三角形が安定であることが明らかとなりました。

 

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3:再生された白金3量体の立体構造パラメータ

(a)影の位置から3次元構造を再生する概念図。(b)正三角形の一辺の長さ(Pt-Ptの距離)の時間変化。(c)3次元回転角の時間変化(x:理論計算から得られた回転角)

 

4に観察された白金3量体のTiO2基板上における3次元構造ダイナミクスを示します。白金は陽イオンとして存在するため、基板のチタン原子を避け、酸素原子との結合・切断を繰り返しながらTiO2基板上を並進と回転により移動して行く様子が分かります。白金3量体が1つの酸素原子としか結合できない場合には、チタン原子との距離を取るために、TiO2表面から面外方向へと大きく回転していることが分かります。このような構造は、ある安定構造から別の安定構造への遷移過程で出現し、80ミリ秒と存続時間の短い準安定構造であることが明らかとなりました。

 

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4:図2の実験データから再生された白金3量体の立体構造ダイナミクス

 

〈今後の展望

今回、高速原子分解能電子顕微鏡法を用いることにより、原子分解能と時間分解能の両立が可能となり、白金3量体の3次元構造ダイナミクスの追跡に成功しました。時間分解能の大幅な向上に伴い、準安定構造を経由しながら白金3量体が実空間で拡散する様子をリアルタイムで捉えたことは、原子スケールの輸送現象を探究する新たな実験的手法を確立したと言えます。また、白金3量体が準安定状態を経由するため、白金単原子よりも熱的に安定であり、触媒高活性であることが予想されます。さらに、白金3量体に代表される原子集団の表面拡散を抑制できる基板表面を設計することにより、白金の凝集が抑制され、触媒効率の高い材料開発へとつながることが期待されます。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構

 石川 亮 特任准教授

 二塚 敏洋 博士課程

 川原 一晃 助教

 柴田 直哉 機構長・教授

 幾原 雄一 教授

 

日本電子株式会社

神保 雄 主事

 

論文情報

雑誌名:Science Advances

題 名:Real-time tracking of three-dimensional atomic dynamics of Pt-trimer on TiO2 (110)

著者名:Ryo Ishikawa*, Toshihiro Futazuka, Yu Jimbo, Kazuaki Kawahara, Naoya Shibata, Yuichi Ikuhara

DOI:10.1126/sciadv.adk6501

URLhttps://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adk6501

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構「創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2033)」、「ERATO(課題番号:JPMJER2202)」、日本学術振興会科研費「新学術領域研究(課題番号:JP19H05788)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP21H01614)」、「基盤研究(S)(課題番号:JP22H04960)」、「特別研究員奨励費(課題番号:JP22J15313)」、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1223UT0321)」、東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構「次世代電子顕微鏡法社会連携講座」、東京大学・日本電子産学連携室の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)高速原子分解能電子顕微鏡法

電子線の走査に関わるシステム全体のインダクタンス(抵抗)を極限まで低減することにより、原子レベルでも安定・高速に動作する走査コイルを用いた顕微鏡法。応答速度の早い検出器と組み合わせることにより、本研究で開発した走査システムでは、512×512ピクセルの画像を1秒間に25枚取得することが可能。

 

(注23量体

3つの原子から構成される原子集団。原子数が増えた場合には、クラスターあるいはナノ粒子と呼ばれる。

 

(注3)担持/担持体

ナノ粒子などを成長させる(載せる)ための基板材料のこと。

 

(注4)第一原理計算

実験から得られたパラメータに依存することなく、原子構造や電子状態を計算する手法。量子力学に基づいた計算手法で、観測された原子レベルでの現象解明に有効である。

 

(注5)不均一触媒

反応物質とは異なる相を用いた触媒のこと。特に、固体を用いた触媒を指すことが多い。工業プロセスや排ガス処理などに多く用いられている。

 

(注6)走査透過型電子顕微鏡法(STEMScanning Transmission Electron Microscopy

0.1 nm以下に収束した電子線を試料上で走査し、試料を透過・散乱した電子線の強度分布から原子配列を直接観察する手法。今世紀に入り収差補正技術が開発され、現在の空間分解能は0.04 nmにまで達している。

 

(注7)電子プローブ

電子銃から射出された電子は、磁界レンズにより0.1 nm以下にまで収束できる。この収束された電子線を電子プローブと呼ぶ。

 

(注8)環状暗視野像

原子の振動により散乱された電子を用いた結像手法により得られる像。空間分解能は、電子プローブのサイズと同程度である。得られる像強度は原子番号のおおよそ2乗に比例し、重元素は明るく結像される。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Science Advances:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adk6501