小胞体とミトコンドリアがピタッと貼り付く仕組みを発見 ―液状化したタンパク質集合体による新たな細胞内構造形成機構―

2026/01/09

発表のポイント

哺乳類細胞において、小胞体とミトコンドリアがピッタリと接触する仕組みを解明しました。
小胞体膜タンパク質PDZD8が液体的性質を帯び、小胞体とミトコンドリアの間に広がることで、表面張力によりこれらの接触を促進することを発見しました。
細胞内の精緻な構造形成の基本原理の1つを解明したことで、自閉症などの病態解明への貢献が期待されます。

 

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小胞体タンパク質PDZD8が持つ液体的性質が、小胞体とミトコンドリアを接触させる。

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の平林 祐介 准教授、長尾 崇弘 大学院生らによる研究グループは、哺乳類細胞において、細胞の重要な臓器である小胞体(注1)とミトコンドリア(注2)が面同士でピタッと貼り付くように接触する仕組みを明らかにしました。本研究では、細胞のゲノム編集(注3)の顕微鏡観察への応用に加え、精製タンパク質を用いた化学的実験や電子顕微鏡による超微細構造解析を組み合わせ、小胞体膜タンパク質PDZD8が液-液相分離(注4)によって柔らかい糊のような性質を持つ液滴を形成し、ウェッティング(注5)を介してミトコンドリア-小胞体接触場(注6)を広げるモデルを世界で初めて提唱しました。従来、ミトコンドリアと小胞体は剛直な繋留因子により静的に繋げられていると理解されてきましたが、本研究は、これらがソフトマテリアルにより動的に繋げられていることを示しており、これまでの細胞内構造を作る「部品」の理解を大きく変えるものになります。本成果は、自閉症をはじめとする神経発達症や神経変性疾患の病態解明、さらには将来的な治療法開発への貢献が期待されます。

 

発表内容

〈研究の背景〉

細胞の中では、小胞体とミトコンドリアという2つの重要な細胞内小器官が10〜30ナノメートルという極めて近い距離で、ピタっと接触する領域が存在します。これは「ミトコンドリア-小胞体接触場」と呼ばれ、脂質の受け渡しやカルシウム濃度の調節など、細胞が生きていく上で欠かせない働きを担います(図1)。これまでミトコンドリア-小胞体接触場は、特定のタンパク質が小胞体とミトコンドリアを橋渡しする剛直な繋留構造によって静的に維持されると理解されてきました。実際に本研究グループは以前、小胞体膜タンパク質PDZD8がミトコンドリア外膜タンパク質FKBP8と相互作用し、まるで手をつなぐように結合することでミトコンドリア-小胞体接触場を形成することを見出しています(関連情報参照)。しかし、このような点と点を結ぶ「手つなぎ型」の繋留だけでは、接触面がどのようにして面状に広がり、さらには均一に保たれているのか、その駆動力の実態は長い間謎のままでした。

 

fig1

1:ミトコンドリア-小胞体接触場は細胞の恒常性維持に重要な役割を果たす。

 

〈研究の内容〉

本研究チームは、「液-液相分離」という物理現象に着想を得て、ミトコンドリアと小胞体がどのようにして広い面積で接触するのか、新しい視点から調べました。まず、精製タンパク質を用いた化学的実験により、PDZD8タンパク質の中にある天然変性領域(IDR)(注7)が、まるで柔らかい糊のような液滴を作り、脂質膜の表面にペタッと貼り付く性質を持つことを明らかにしました。次に、ゲノム編集技術を用いて細胞内のPDZD8をそのまま観察できるノックイン細胞を作製し、単一分子レベルの高速イメージングを行いました。その結果、PDZD8分子は非常にダイナミックに小胞体上を動く一方で、一時的に液滴を形成し一箇所にとどまっていました。これは、液-液相分離現象を起こすタンパク質に特有の振る舞いです。さらに、PDZD8を欠損させた細胞や、IDRを欠いたPDZD8変異体を発現させた細胞を電子顕微鏡で微細に観察したところ、PDZD8のIDRが存在しない場合には、ミトコンドリアと小胞体の接触面積が十分に広がらないことがわかりました(図2)。

 

fig2

2PDZD8変異体を用いたノックアウトレスキュー実験と電子顕微鏡解析により、

PDZD8によるミトコンドリア-小胞体接触場形成にはIDRが重要であることを明らかにした。

 

これらの結果から、PDZD8はIDRに依存した液-液相分離を介して、ミトコンドリア-小胞体接触場を「点」ではなく「面」として広げていることが示唆されました。本研究による発見は、細胞内オルガネラ同士がソフトマター的性質を持つタンパク質によって動的に貼り合わされていることを世界で始めて示した非常に重要なものです。

 

〈研究の展望〉

本成果は、細胞内小器官の間のコミュニケーションが特定のタンパク質が持つ物理的性質によって制御されていることを示し、細胞構造の理解を大きく前進させるものです。ヒトにおいてPDZD8の欠損は自閉症に代表される発達障害を引き起こすことが示唆されています。本研究の成果は、こうした発達障害に細胞内構造の異常が関わることを強く示唆し、将来的な治療法の開発の基盤となることが期待されます。また、本研究で示された繋留因子の相分離とウェッティングという新しい視点は、他の細胞内小器官同士の接触場にも応用できる可能があり、新たな研究領域の発展に貢献すると考えられます。

 

〇関連情報:

プレスリリース「小胞体とミトコンドリアが手をつなぐ仕組み ―発達障害の原因解明に期待―」(2025/04/18)

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2025-04-18-001

 

 

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻

 平林 祐介 准教授

 長尾 崇弘 博士課程

 中村 航規 特任研究員

 

沖縄科学技術大学院大学(OIST) 膜協同性ユニット

 楠見 明弘 教授

 角山 貴昭 スタッフサイエンティスト

 

シャリテ・ベルリン医科大学

 ドラゴミア ミロバノビッチ 教授

 クリスチャン ホフマン 研究員

 ヨハネス フィンセント トロム 学部学生

 チニエレ ローガン 大学院生

 ハン ワン 博士研究員

 

フローニンゲン大学

 ヘールト ファン・デン ボハールト 教授

 フランス ビアンキ 助教

 

論文情報

雑誌名:Molecular Cell

題 名:Membrane-protein-mediated phase separation orchestrates organelle contact sites

著者名:Christian Hoffmann#, Takahiro Nagao#, Taka A. Tsunoyama, Johannes Vincent Tromm, Chinyere Logan, Koki Nakamura, Han Wang, Frans Bianchi, Geert van den Bogaart, Akihiro Kusumi, Yusuke Hirabayashi*, Dragomir Milovanovic*

 #共同筆頭著者(アルファベット順)、*共同責任著者

DOI10.1016/j.molcel.2025.12.006

URLhttps://doi.org/10.1016/j.molcel.2025.12.006

 

研究助成

本研究は、科研費「小胞体―ミトコンドリア接触によるミトコンドリア内膜構造及び機能の制御(課題番号:JP20H04898)」、「小胞体―ミトコンドリア接触のメゾスケール構造解析による形態制御メカニズム解明(課題番号:JP22H05532)」、「ミトコンドリア―小胞体接触の形態と大きさの制御機構の解明(課題番号:JP24H01269)」、「タンパク質天然変性領域によるミトコンドリアの細胞内局在制御機構の解明(課題番号:JP24H01348)」、「液液相分離を介した小胞体―ミトコンドリア接触場の制御とその生理的意義(課題番号:25KJ0970)」国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)神経回路および神経細胞微細構造の相関顕微鏡観察に関する研究開発(課題番号:JP19dm0207082)」、「脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)大脳皮質ニューロンの軸索伸長における細胞内微細構造制御に関する研究開発(課題番号:JP21wm0525015)」、公益財団法人 セコム科学技術振興財団「特定領域研究助成」、公益財団法人 上原記念生命科学財団「特定研究助成金」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)小胞体

細胞の中にある小さな臓器の(細胞内小器官)の1つで、タンパク質を作ったり、脂質を合成したり、カルシウムを蓄えたりするなど、細胞の働きを支えるさまざまな機能を担います。

 

(注2)ミトコンドリア

細胞内小器官の1つで、エネルギーを生み出す「発電所」としての役割を果たします。このエネルギー産生に加えて、細胞死や、核酸・アミノ酸の合成、脂肪酸の代謝など、生命活動に欠かせない多くの重要な役割を担います。

 

(注3)ゲノム編集

細胞が本来持つ遺伝子の決まった位置に目印となる配列を正確に組み込み、タンパク質を自然な量や場所のまま可視化・解析できる技術です。

 

(注4)液-液相分離

水と油が自然に分かれるように、細胞の中でも特定のタンパク質や分子が集まって、周囲とは性質の異なる濃い液滴を作る現象です。膜で仕切られていないにもかかわらず一時的な区画を形成し、細胞内の反応を効率よく進める場として働くのが特徴です。

 

(注5)ウェッティング

液体が表面張力の働きによって固体の表面に広がり、接着する現象です。たとえば、机と下敷きの間に水が入ると、水は丸くならずに薄く広がって張り付くように見えます。これは水が境界(界面)のエネルギーを下げようとするためで、生体内でも液滴が膜表面に広がることで、その形や配置が制御されることがあります。

 

(注6)接触場

小胞体やミトコンドリアなど、2つの細胞内小器官の膜が約10〜30ナノメートルという非常に近い距離まで広く一様に接近した領域を指します。膜同士は融合せずに保たれていることが特徴で、物質の受け渡しや情報伝達に重要な場として機能します。

 

(注7)天然変性領域(IDR)

タンパク質の中で特定の立体構造を持たず、柔軟に形を変える領域です。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Molecular Cell:https://doi.org/10.1016/j.molcel.2025.12.006