地面の揺れだけで人の流れを捉える ―単一の地震計で歩行者数を推定するプライバシー保護型人流モニタリング技術―

2026/01/09

発表のポイント

歩行者振動を記録した地震計データを機械学習と融合することで、歩行者の検出から人数推定までを実現した初の統合システムを構築。
監視カメラやGPS位置情報を使用せず、単一の地震計が捉える「地面の揺れ」のみを利用して、個人を特定することなく歩行者の検知と人数推定を行う技術を開発。
工事現場や車道の近くのようなノイズの高い都市環境下でも高い精度で歩行者振動を検出し、その人数規模を正確に分類することに成功。

 

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本成果の概要図

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の尹 泰雄 大学院生、アフマド アフマド バハア オマル 特任研究員、辻 健 教授を中心とする研究チームは、単一の地震計を用いて、プライバシーを侵害することなく歩行者数を計測・分類できる新しいモニタリングシステムを開発しました。

振動センサを用いた既存研究では歩行者によって生じる振動を検出する手法が提案されてきましたが、都市部のような環境雑音が大きい屋外環境における検出性能を定量的に検証した例や、さらに具体的な歩行者数まで推定した研究は限られていました。

本研究では、東京大学本郷キャンパスの屋外環境で取得した地震計データに対し、スペクトル解析(注1)と畳み込みニューラルネットワーク(CNN)(注2)を組み合わせた処理技術を適用しました。その結果、F1スコア(注3)0.92以上の精度で歩行者検出に成功しました。さらに、回帰ベースのCNNモデルを用いることで、取得した振動データから歩行者数(1人、2人、3人以上)を80%以上の精度で分類可能であることを明らかにしました。

本研究成果は、カメラなどの視覚情報に依存することなく、既存の地震計インフラを活用して都市の人流や混雑状況を定量的に把握できることを実証したものです。今後、プライバシー保護が求められる次世代の都市計画や防犯システムの実現に大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は、2026年1月5日にSpringer Natureの学術誌「Earth Systems and Environment」 のオンライン版に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

スマートシティの発展に伴い、街の中で「人々がどう移動しているか」をリアルタイムかつ簡便に把握する技術は、都市計画や防犯、防災など多くの分野で重要性を増しています。これまでは主にGPSや防犯カメラ、スマートフォンアプリなどが用いられてきましたが、これらの技術は「誰がどこにいるか」という個人の特定につながりやすく、プライバシー侵害の懸念が指摘されてきました。個人情報保護がこれまで以上に重視される今、プライバシーを守りながら人の流れを把握できる新しい技術が強く求められています。

その有力な手段として注目されているのが、地震計を用いた歩行振動解析です。歩行によって生じる地盤振動には個人を特定する情報が含まれず、また長い距離を伝播するため、屋外環境における非接触なモニタリングに適しています。先行研究では地震計による歩行者検知の有効性が示唆されてきましたが、都市環境下での検知精度の定量的評価や、歩行者数を定量的に推定する技術については、十分な検証がなされていませんでした。

 

〈研究の内容〉

本研究では、都市環境下においても適用可能な地震計に基づく歩行者モニタリング技術の実現可能性を検証するため、東京大学本郷キャンパスで取得した実測データを用いた解析を行いました。提案手法は、(1)スペクトル解析に基づく歩行者検知、(2)機械学習による歩行者数推定からなる、2段階のフレームワークで構成されています(図1)。

 

fig1

1:スペクトル解析による歩行者振動の検出と、CNNによる歩行者数分類からなる2段階処理フロー

 

第1段階では、先行研究に基づく周波数ピーク比を用いたスペクトル解析技術を改良し、解析ウィンドウ長等の最適化を実施した結果、すべての観測条件でF1スコア0.92以上を達成し、高い振動ノイズ環境下においても安定した歩行者検知性能を示すことを確認しました。

さらに第2段階では、歩行者が検知された区間の波形データ(スペクトログラム)を入力とする畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を構築し、歩行者数(1人、2人、3人以上)の推定を行いました。この際、スペクトル減算法(注4)によるノイズ除去およびデータ拡張を適用することで、背景ノイズの影響を低減するとともに、データの多様性を確保しました。実験の結果、内部データで約82%、外部データにおいても約72%の精度を維持し、特定のクラスに偏らない安定した汎化性能を確保しました。

 

〈今後の展望〉

本研究は、単一の地震計を用いることで、高騒音な都市環境下であっても歩行者の検知および人数推定が実用レベルで可能であることを実証しました。特に、スペクトル解析と機械学習を融合させた2段階のアプローチは、プライバシーを侵害することなく人流情報を取得できるという点で、極めて大きな意義を持ちます。研究チームは既に、リアルタイムにモニタリングするセンサ・解析システムも開発しています(図2)。

 

fig2

2:リアルタイムデータ転送・人流モニタリングを可能とした地震計の写真

 

今後は、センサの設置条件や地盤構造が及ぼす影響の評価に加え、学習データの多様性をさらに充実させることが不可欠です。具体的には、歩行速度や歩き方といった個人レベルの歩行特性などを考慮したデータの拡充が求められます。これらの違いは、同じ人数であっても観測される振動特性に影響を与える可能性があります。こうした多様な歩行振動を反映したデータを基に、現在「1人、2人、3人以上」に限定されているラベルをさらに細分化・拡張することで、より高精度な人数推定が可能になると考えられます。これを基盤として、混雑度評価や異常行動検知など、より高度化された都市データ解析の実現が見込まれます。

本研究成果は、都市計画、防犯・警備、工場の安全管理、さらには高齢者や子供の見守りなど、幅広い応用分野において、プライバシー保護型モニタリング技術の理論的かつ実践的な基盤となることが期待されます。

さらに車両モニタリング(車種識別を含む)についても、地震計データと機械学習を用いた振動解析により実施可能であることが、これまでの辻研究室の研究により示されています。これらを本手法と組み合わせることで、歩行者と車両を含む多様な人流を統合的に把握する新たなモニタリング技術の実現が期待されます。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 尹 泰雄 修士課程

 アフマド アフマド バハア オマル 特任研究員

 辻 健 教授

 

論文情報

雑誌名:Earth Systems and Environment

題名:Seismometer-Based Pedestrian Monitoring Using Spectral Feature Extraction and Deep Learning: A Privacy-Preserving Approach for Urban Mobility

著者名:Taewoong Yoon, Ahmad B. Ahmad, Takeshi Tsuji*

DOI10.1007/s41748-025-01003-4

URLhttps://doi.org/10.1007/s41748-025-01003-4

 

研究助成

本研究の一部は、科学研究費助成事業(JP21H05202、JP24H00440)の助成を受けて実施されました。

 

用語解説

(注1)スペクトル解析

信号に含まれる周波数成分を抽出・分析する手法。観測された振動データからエンベロープを計算し、正規化スペクトルに変換する処理を行う。その際、最も高いピークの周波数と2番目に高いピークの周波数が倍数関係になると、「人の歩行による振動が含まれている」と判定することができる。

 

(注2)畳み込みニューラルネットワーク(CNN)

画像認識やパターン認識において優れた性能を発揮する深層学習モデルの一種。本研究では、振動波形を画像化したスペクトログラムを入力データとして使用し、連続的な数値を予測する「回帰モデル」と、人数カテゴリ(1人、2人、3人以上)を判別する「分類モデル」の両方の特性を活用して人数推定を行った。

 

(注3)F1スコア

機械学習モデルの予測性能を評価する指標の一つ。適合率(Precision:予測したもののうち、実際に正解だった割合)と再現率(Recall:正解のうち、正しく予測できた割合)の調和平均で計算される。0から1の値をとり、1に近いほど検出漏れや誤検知が少なく、バランス良く正確に判定できていることを示す。

 

(注4)スペクトル減算法

音声処理などで広く用いられるノイズ除去手法の一つ。本研究では、全データの中から「歩行者の振動が含まれていない」と判定された区間を背景ノイズのみの区間とし、その区間の平均スペクトルを全体のスペクトルから差し引くことで、背景ノイズを効果的に低減した。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Earth Systems and Environment:https://doi.org/10.1007/s41748-025-01003-4