セラミックスにおける新拡散メカニズムを発見 ―セラミックスの焼結メカニズムの解明と新たな粒界設計指針の構築―

2025/11/07

発表のポイント

原子分解能電子顕微鏡法により、結晶粒界における拡散最前線の原子構造の直接観察に成功した。
粒界を拡散する原子が、結晶粒界の原子構造を変化させながら拡散することを初めて明らかにした。
電子顕微鏡法と理論計算による原子レベルでの拡散機構の理解に基づき、効率的で高性能な多結晶体材料の開発に繋がることが期待される。

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本研究の概要:アルミナセラミックス(Al2O3)結晶粒界(赤丸はアルミニウム(Al)原子)をチタン(Ti)原子(緑丸)が拡散する過程の模式図。拡散は、(a)から(e)へと進行する。(a)における粒界構造は非対称であり、少量のTiが拡散しても非対称構造のままである(b)。しかし、Tiの量が多くなると、対称構造に変化し(c)、この対称構造が粒界の中へと拡散していく(d)(e)。本研究では、このような粒界構造変化を伴う粒界拡散が存在することを初めて実証した(二段階拡散過程)。

 

概要

東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の幾原 雄一 東京大学特別教授(兼:東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)教授)、柴田 直哉 教授、フウ ビン 特任准教授、二塚 俊洋 特任研究員らのグループは、原子分解能電子顕微鏡法(注1)と理論計算(シミュレーション、注2)を駆使することにより、原子が結晶粒界(注3)を拡散(注4)する際の新しいメカニズムを明らかにしました。

セラミックスを焼結する際には、さまざまな元素を添加することで、焼結の促進や、微細構造の制御が行われています。焼結の進行に伴い、添加元素が粒界を拡散することは知られていますが、これらの元素が粒界中のどの原子位置を通って拡散するのかについては、これまで明らかにされていませんでした。

本研究では、チタン(Ti)を添加したアルミナ(α-Al₂O₃)の結晶粒界を対象に、原子分解能走査透過型電子顕微鏡(STEM、注5)と、エネルギー分散X線分光法(EDX、注6)による原子分解能組成分析を組み合わせ、Ti原子が粒界を拡散する際にどのような原子位置を通過するのか、さらに拡散先端における粒界の原子構造がどのように変化するのかを解明することに成功しました。

解析の対象としたアルミナ粒界は非対称な原子構造を有していましたが、Tiが粒界を拡散し、その濃度が増加すると、粒界構造が対称構造へと変化することを見いだしました。この結果は、Tiの粒界拡散に伴って粒界構造が変化する「粒界相変態」が生じることを示しており、第一原理計算によってもその合理性が裏付けられました。

これらの成果は、セラミックスにおける最適な焼結条件の設定や、形成される微細構造の予測に新たな知見を与えるものであり、今後の材料設計に重要な指針を提供します。なお、本研究成果は2025117日(英国時間)に、英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

材料開発において、極微量の添加元素を意図的に導入することで、材料の物理的および化学的特性が飛躍的に改善されることが知られています。セラミックスは通常、原料粉末を高温で焼き固める方法(焼結法)によって製造されるため、材料内部には無数の粒界が形成されます(図1(a))。このような多結晶体の強度や機能などの特性は、粒界の構造や組成と密接に関係しています。さらに、多結晶体に導入された添加元素は、結晶粒界に沿って優先的に拡散し(移動)、粒界に偏析(注7)することが知られています(図1(b)(c))。

 

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図1:粒界偏析と粒界拡散の模式図

(a) 多結晶体の模式図。(b) 添加元素(緑)の粒界偏析と粒界拡散。(c) 粒界偏析と粒界拡散領域の拡大イメージ。

 

合理的な焼結条件の探索のためには、焼結時の粒界拡散の起源や拡散経路を原子レベルで特定することが求められます。これまでにも、結晶粒界に沿った添加元素の微視的な濃度分布は解析されてきましたが、拡散した原子が粒界のどの原子位置を経由して拡散するのか、また、拡散の最前線での原子構造がどのようになっているのかといった、原子レベルでの拡散過程は明らかにされていませんでした。本研究グループは、原子分解能の電子顕微鏡法と理論計算を組み合わせ、アルミナ(α-Al₂O₃)の結晶粒界におけるTi原子の拡散過程を原子レベルで明らかにすることで、最適なプロセス条件および設計指針を見いだすことを目的として研究を進めてきました。

 

〈研究の内容〉
今回、本研究グループは、原子分解能を有する時間分解型の原子分解能走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用い、Ti原子が結晶粒界に沿って拡散する際の原子構造を観察することに成功しました。図2に、Ti原子をアルミナ粒界に拡散させた場合のSTEM像、アルミニウム(Al)の組成像、Tiの組成像を表面から深さ方向へ7分割した像と各データの深さ位置情報を並べて示します。

 

fig2

図2:α-Al2O3粒界におけるTi原子(緑色)の拡散過程のSTEM像(左)とAl組成像(中央)、Ti組成像(右)

 

Tiの原子分解能組成像から、表面近傍ではTiの量が多く、粒界の構造(図2(a)(g)の粒界上に白色で示した構造モデル)が対称構造になっていることが確認できます。Tiが拡散する前の無添加粒界は非対称構造であることが事前に確認されているため、Tiの拡散により粒界が非対称構造から対称構造に変化したということが分かります。表面から1㎛の深さまでは対称構造が形成されていますが(図2(a)(c))、それより深くTiの量が少ない領域では非対称構造になっています(図2(d)(g))。深さ1.46㎛あたり(図2(h)STの位置)が粒界構造変化の位置に対応します。1.66㎛以上の深さではもうTiは拡散しておらず、無添加と同じアルミナ粒界の非対称構造が観察されています(図2(g))。

 

3に、Tiの拡散により粒界の構造が非対称から対称構造へ変化する位置を捉えた原子分解能のSTEM像を示します。表面近傍1㎛以内はTiの拡散量が多く、(a)に示すように対称構造に変化しています。(c)は内部の粒界原子構造で、Tiがほとんど偏析していないので、非対称構造のままです。(b)に示すように、表面から深さ約1㎛の領域で、非対称-対称の構造変化(粒界相変態)が形成されていることが分かります。これらの詳細な観察により、粒界拡散は、粒界相変態を伴う二段階の拡散現象であることを世界で初めて実証しました。

 

fig3

図3:(a) 表面近傍の原子構造(対称構造)、(b) 赤点線が非対称構造から対称構造へ変化する原子位置、(c) 内部位置の原子構造(非対称構造)。

 

これら一連の観察結果をもとに、非対称構造と対称構造におけるTiの拡散速度を見積もった結果、対称構造では非対称構造と比べ10倍以上速い拡散速度を示すことが分かりました。すなわち、最初は遅かった粒界拡散も粒界が対称構造になった瞬間に早くなり、一気に拡散、焼結が進むことが明らかになりました。これは粒界における拡散の活性化エネルギー(注8)も変化することを示しています。このような二段階拡散現象は今回初めて見いだされたものであり、今後のセラミックス焼結・プロセスに重要な指針を与えると考えられます。

また、今回観察された粒界拡散に伴うTi原子の拡散経路は理論計算の結果とも良い一致を示しており、非対称構造から対称構造への変化も合理的に説明することができます。

 

〈今後の展望〉

本研究では、先端電子顕微鏡法と理論計算を融合させた解析によって、結晶粒界における添加元素の拡散状況を原子レベルで観察し、粒界の原子構造が非対称構造から対称構造へと変化することを初めて実証しました。この新たな知見に基づき、結晶粒界での添加元素の拡散挙動を制御することが可能となれば、イオン伝導性、電子伝導性、熱伝導性などの材料特性を飛躍的に向上させることが期待されます。

さらに、原子レベルでの拡散機構に対する深い理解をもとにした材料設計は、従来の限界を超える新しい素材の開発を促進し、エネルギー効率やデバイス性能の向上を実現することができると考えられます。今後は、異なる材料システムにおいても同様のアプローチを適用することで、次世代の高効率な機能材料の開発に繋がることが見込まれます。この研究の成果は、さまざまな産業分野での応用に向けた新たな道を切り開くとともに、持続可能な社会の実現に貢献するものと期待されます。

 

〇関連情報:

「プレスリリース①セラミックス粒界における高速原子拡散の直接観察に成功 セラミックスの焼結メカニズムの解明と新たな粒界設計指針の構築」(2025/10/17

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2025-10-17-001

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構

 幾原 雄一 東京大学特別教授

  兼:東北大学材料科学高等研究所 教授

 柴田 直哉 教授

 フウ ビン 特任准教授

 二塚 俊洋 特任研究員

 

論文情報

雑誌名:Nature Communications

題 名:Two-step grain boundary diffusion mechanism of a dopant accompanied by structural transformation

著者名:Chuchu Yang, Bin Feng*, Toshihiro Futazuka, Naoya Shibata, Yuichi Ikuhara*

DOI10.1038/s41467-025-65745-5

URLhttps://www.nature.com/articles/s41467-025-65745-5

 

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業「基盤研究S(課題番号:JP22H04960)」、「基盤研究B(課題番号:JP25K01522)」、「基盤研究A(課題番号:JP25H00793)」、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 さきがけ「電子線照射を活用した原子分解能その場観察法の開発と材料研究への応用(課題番号:JPMJPR23JB)」、同 ERATO「柴田超原子分解能電子顕微鏡プロジェクト(課題番号:JPMJER2202)」、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1222UT246)」、東京大学・日本電子産学連携室の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)原子分解能電子顕微鏡法

0.1nm以下に収束した電子線で試料上を走査し、透過・散乱した電子線の強度分布から原子配列を直接観察する手法。現在の空間分解能は0.04nmにまで達しており、材料内部の結晶粒界などの原子構造を直接観察できる。

 

(注2)理論計算(シミュレーション)

コンピューターを用いて材料の性質を予測する計算手法。

 

(注3)結晶粒界

多結晶体の結晶粒子間に形成される界面。微細な結晶粒により構成される多結晶体中には多数の結晶粒界が存在する。

 

(注4)拡散

固体中の原子が濃度勾配に従って移動する現象。

 

(注5)走査透過型電子顕微鏡(STEM

電子線を1nm以下に収束し、試料上を収束した電子線で走査することにより、試料を透過・散乱した電子線の強度分布を用いて結像する方法。特に、0.1nm以下に収束した電子線を用いる場合、原子像が直接観察できるので、本報では原子分解能電子顕微鏡法(注1参照)と呼んでいる。

 

(注6)エネルギー分散X線分光法(EDX

電子線を試料に照射すると、特性X線と呼ばれるX線が発生するが、このX線のエネルギーが元素の種類と対応しているので、そのエネルギーを計測することで、照射領域に存在する組成を決めることが可能となる。現在、電子線は1Å(読み:オングストローム、0.1nm)以下に絞れるので、原子レベルでの組成分析が可能となっている。

 

(注7)偏析

材料の中に含まれる不純物やドーパントが粒界において濃化する現象。

 

(注8)活性化エネルギー

原子が拡散するために必要なエネルギー。活性化エネルギーが低いほど、指数関数的に拡散速度が向上する。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-025-65745-5