らせん磁性金属の隠れた電子的極性を測り、操る ―金属のマルチフェロイクス機能を実現―

2025/04/25

発表のポイント 
◆ 高温らせん磁性金属のらせんの巻きの向きを電流により制御し、非相反電気伝導により検出しました。
◆ らせん磁性金属の電子的極性とトロイダルモーメントが電子伝導に与える影響を初めて実験的に明らかにしました。
◆ 電気伝導性を持つ物質においてもマルチフェロイックな性質を電気的に確認できたことで、物性基礎研究・技術応用(スピントロニクス、メモリデバイス)両面の進展が期待されます。

fig01らせんの巻きの向き(時計回り・反時計回り)、電子的極性、トロイダルモーメントの方向を電流で制御

概要
東京大学大学院工学系研究科の山口大輝大学院生、同大学先端科学技術研究センターの北折暁助教、同大学国際高等研究所東京カレッジの十倉好紀卓越教授と、理化学研究所創発物性科学研究センター(CEMS)強相関理論研究グループの永長直人グループディレクターは、マルチフェロイック(注1)ならせん磁性体(注2)金属において、理論的に存在が予測されていた「電子的極性(注3)」、「トロイダルモーメント(注4)」の実験的な電流制御・観測に成功しました。らせん磁気構造のらせんの巻く方向の制御と、それに伴う「非相反電気抵抗(注5)」の発現に、トロイダルモーメントが寄与していることが明らかになりました。こうした金属中の隠れた自由度の電気的な制御可能性は、金属マルチフェロイクスの研究の発展や、先端メモリデバイスへの応用等につながると期待されます。

発表内容
物質中におけるさまざまな秩序状態は、現代の情報社会で幅広く活用されています。例えば、電気分極を使ったメモリはICカードなどに使われています。また、強磁性体の自発磁化を用いた磁気メモリも、活用が進んでいます。これは、電気分極や自発磁化が、情報の「0」と「1」に対応するためです。また、これら複数の秩序変数が共存する物質「マルチフェロイクス」も、過去数十年にわたり盛んに研究されてきました。物質の中の電気と磁気が相互に絡み合うマルチフェロイクスは、基礎研究・技術応用の両面から興味が持たれています。
中でも、電子スピンを特定のらせん構造に配列することで電気分極を作るという理論が提唱されて以降、数々の実験でこの理論が確かめられ、マルチフェロイクスの研究は大きく進展しました。しかし、こうした研究は、主に絶縁性の物質で進められ、伝導体(金属、半金属)では注目されてきませんでした。
そもそも「電気分極」という概念は、通常伝導体では定義されないものです。また、絶縁体では簡便な方法で観測可能ですが、金属では不可能です。しかし、前述の理論は、絶縁体・金属に関わらず成立するもので、金属においても「電気分極」に対応する「電子的極性」が存在することが予想され(図1)、その実験的確認が望まれていました。

fig02図1:らせん磁気構造由来の電子的極性の発現
上下でスピン(細矢印)の回転方向が異なる。それぞれ太矢印の方向に電子的極性が生じる。時計回りの場合と反時計回りの場合で生じる極性の向きが逆転する。

 

今回、研究グループは、その電気的な制御・観測に成功しました。着目したのが、マルチフェロイクスを特徴づける「トロイダルモーメント」という量です。これは、電子的極性と自発磁化の外積で定義されます。電子的極性と自発磁化のどちらかの方向が反転すれば、トロイダルモーメントの方向が反転します。このトロイダルモーメントが電子伝導に与える影響が大きいことを予想し、それを敏感に検出できる「非相反電気抵抗率」を測定することで、金属におけるトロイダルモーメント、すなわち電子的極性(金属における「電気分極」)という秩序状態の存在を、電気的な実験で初めて実証しました。

実験に用いた物質は、高温らせん磁性体YMn6Sn6Y:イットリウム、Mn:マンガン、Sn:スズ)です。この物質では、らせん磁気構造が低温から330 K57 ℃)まで存在します。外部磁場下で実現するさまざまならせん構造のうち、「横コニカル」と呼ばれる構造が、今回着目したマルチフェロイックな磁気相です。すなわち、らせん配列由来の電子的極性と自発磁化が共存する磁気構造です。実験では、まず、直流電流を用いて、らせんの巻く方向(スピンヘリシティ:時計回り・反時計回り)を揃えました。スピンヘリシティを揃えなければ、電子的極性が発現しません。この時、流す電流の向きにトロイダルモーメントが向くように、スピンヘリシティが揃うことがわかりました。金属でスピンヘリシティを揃える方法はすでに知られていましたが、これはトロイダルモーメントを用いた新しい原理によるものです。さらに、スピンヘリシティが揃った状態で、非相反電気抵抗率を測定しました。トロイダルモーメントが有限である「横コニカル」磁気相で、有限の信号が観測されました(図2)。また、磁場の印加角度を変えながら、非相反電気抵抗率の変化を詳細に測定することで、確かにトロイダルモーメントが非相反電気抵抗率の発現に寄与していることを裏付けました。

fig03図2:観測された非相反電気抵抗率
縦軸が非相反電気抵抗率、横軸は磁場を表す。赤線(青線)が、電流でらせんを時計回り(反時計回り)に揃えた場合の測定結果。らせんの制御によるトロイダルモーメントの符号反転に対応し、非相反電気抵抗率の符号が逆転している。

 

この成果は、これまで探索が進んでいなかった伝導体におけるマルチフェロイクスの研究を進展させると考えられます。また、金属材料においても、絶縁体と同様、「電子的極性」や「自発磁化」、「トロイダルモーメント」といった秩序状態を制御・検出可能であることを示したことで、先端スピントロニクス・メモリデバイスへの応用が期待されます。

発表者・研究者等情報
東京大学
 大学院工学系研究科
  山口 大輝 博士後期課程
   兼:理化学研究所 大学院生リサーチ・アソシエイト兼研修生
 
 先端科学技術研究センター
  北折 暁 助教
   兼:科学技術振興機構 さきがけ研究者

 国際高等研究所東京カレッジ
  十倉 好紀 卓越教授
   兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター(CEMS
     強相関物性研究グループ グループディレクター

理化学研究所
 創発物性科学研究センター(CEMS) 強相関理論研究グループ
  永長 直人 グループディレクター
   兼:同研究所最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部
     基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター

論文情報
雑誌名:Advanced Materials
題 名:Current Control of Spin Helicity and Nonreciprocal Charge Transport in a Multiferroic Conductor
著者名:Daiki Yamaguchi*, Aki Kitaori, Naoto Nagaosa, Yoshinori Tokura*
DOI: 10.1002/adma.202420614
URL: https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202420614

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究S 磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(課題番号:23H05431)」、「基盤研究A 量子非線形応答の理論的研究(課題番号:24H00197)」、「学術変革領域研究A キメラ準粒子の理論(課題番号:24H02231)」、科学技術振興機構PRESTO「時間・空間反転対称性が破れた反強磁性体の開拓と制御(課題番号:JPMJPR23Q3)」、理化学研究所最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部の支援により実施されました。

用語解説
(注1)マルチフェロイック / マルチフェロイクス:
物質中で複数の対称性が破れている状態をマルチフェロイックであると呼ぶ。ここでは特に固体物質中で電気分極と自発磁化が共存している状態を指す。両者は強く結合しており、大きな電気磁気効果を示す。また、このような性質を示す物質群をマルチフェロイクスと呼ぶ。

(注2)らせん磁性体:強磁性や反強磁性など、電子スピンが秩序を持って配列する物質を磁性体と呼ぶ。配列の秩序の種類の一つが「らせん」であり、らせん秩序(磁気構造)を示す物質をらせん磁性体と呼ぶ。らせん磁性体では、注目するスピンの位置が隣に移るたびにスピンの向きが回転していく。その回転の方向をスピンヘリシティと呼ぶ。らせん磁性には、進行方向に垂直な面内で回転していく「スクリュー」構造や、円錐形を描きながら横方向にすべるらせんを描く「横コニカル」構造など複数の種類が存在する。そのうち、「横コニカル」構造はマルチフェロイックな性質を示す。

(注3)電子的極性:絶縁体における「電気分極」(電気双極子の密度)に対応する、金属中でのスピン秩序由来の極性を指す。

(注4)トロイダルモーメント:マルチフェロイクスを特徴づける秩序変数。電子的極性と自発磁化の外積で表現される。電子的極性または自発磁化の方向が反転すると、トロイダルモーメントの方向は反転する。

(注5)非相反電気抵抗電流を流す方向により発生する電圧に違いがある(非相反性を持つ)性質。半導体ダイオードなどもこの性質を持つ。一般には系の空間反転対称性が破れている場合に生じうるが、しばしば時間反転対称性の破れも必要とし、その場合は磁場や磁化方向の反転に伴い極性が反転する。

 

プレスリリース本文:PDFファイル
Advanced Materials:https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202420614