プレスリリース

燃料電池の固体電解質内部における空間電荷層の直接観察に成功 ~電池材料の性能向上に向けた新たな構造制御指針へ~

 

ポイント

  • 燃料電池の固体電解質内部における空間電荷層にはイオン伝導を阻害する主要因があると考えられてきたが、その実験的実証は極めて困難であった。
  • 最先端電子顕微鏡を用いた局所電場観察により、空間電荷層の直接観察に成功した。
  • 本成果は、電池材料の性能向上の指針構築につながると期待できる。

 

JST 戦略的創造研究推進事業 ERATOにおいて、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の遠山 慧子 助教、関 岳人 講師、馮 斌 (フウ ビン)特任准教授、幾原 雄一 特別研究教授、柴田 直哉 機構長・教授は、燃料電池の固体電解質内部における空間電荷層注1)の直接観察に初めて成功しました。

固体酸化物燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cells)注2)は、二酸化炭素の排出が少なく発電効率が高いことから、クリーンなエネルギー源として期待されています。SOFCでは固体電解質としてイットリア安定化キュービックジルコニア(YSZ)注3)などの酸素イオン伝導体が用いられています。しかし、材料内部に無数に存在する結晶粒同士の界面(結晶粒界)において、イオン伝導が顕著に低下することが問題となっており、結晶粒界近傍のナノメートル領域に分布する空間電荷層がその原因になっていることが長年提唱されてきました。しかし、これを直接的に観察することは極めて難しく、結晶粒界に空間電荷層が本当に存在するのか、という根本的な問題も未解明のままでした。

今回、最先端電子顕微鏡を用いた局所電場観察により、YSZの結晶粒界において空間電荷層の存在を直接的に示すことに成功しました。さらに、結晶の方位(結晶構造の中で原子がどのように並んでいるか)が異なる複数の結晶粒界においても同様の観察を行い、空間電荷層が存在しない結晶粒界の発見にも成功しました。また、電子顕微鏡の原子構造観察とも組み合わせることで、空間電荷層が結晶粒界の結晶方位や原子構造と強く相関することを明らかにし、結晶粒界の構造を制御すれば、空間電荷層をなくすことができ、結晶粒界におけるイオン伝導の抵抗を抑えられることを見いだしました。

本研究は、電池材料における結晶粒界でのイオン伝導抵抗の原因解明への大きな一歩であり、今後の電池材料の性能向上に向けた新たな指針の構築につながることが期待されます。

本研究成果は、2024年10月18日午後6時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。


本開発成果は、以下の事業・研究領域によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究領域:「柴田超原子分解能電子顕微鏡プロジェクト」(JPMJER2202

(研究総括:柴田 直哉 東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 機構長・教授)

研究期間:2022年10月~2028年3月

JSTはこのプロジェクトで、極低温から高温までの温度領域において原子スケールの構造および電磁場分布を同時に観察することを実現し、物質・生命機能の起源を直接「観る」ことができる、従来の原子分解能電子顕微鏡を超えた「超」原子分解能電子顕微鏡とも呼ぶべき新たな計測手法を構築します。

 

その他、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR21AA、JPMJPR23JB)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金基盤研究(S)「原子スケール局所磁場直接観察手法の開発と磁性材料界面研究への応用(研究代表者:柴田 直哉、課題番号:JP20H05659)」、新学術領域研究(機能コアの材料科学 領域代表:松永 克志)「界面機能コア解析(研究代表者:柴田 直哉、課題番号:JP19H05788)」、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費(課題番号:JP22H04960、JP20J21517、JP20K15014、JP24K01294)による助成を受けて行われました。

また本研究は、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構「次世代電子顕微鏡法社会連携講座」、東京大学・日本電子産学連携室、文部科学省 先端マテリアルリサーチインフラ事業(東京大学 マテリアル先端リサーチインフラ微細構造解析部門)、附属総合研究機構「次世代ジルコニア創出連携講座」の支援を受けて実施されました。


<研究の背景と経緯>

カーボンニュートラル、省エネルギー、環境負荷低減が求められる現代社会において、高性能な電池材料の開発は極めて重要です。固体酸化物燃料電池(SOFC)は、二酸化炭素排出量が少なくクリーン、かつ発電効率が高い電池として大きな注目を集めています。SOFCは固体電解質としてYSZなどの酸素イオン伝導体を用いており、その中を酸素イオンが高速に移動することにより動作します。よって固体電解質の酸素イオンの伝導性を向上させることが、電池性能の改善の鍵となります。YSZは、さまざまな結晶方位を持った結晶粒が界面(結晶粒界)を介して結合した多結晶体ですが、イオン伝導の抵抗が生じ、著しく伝導率が低下する場合があることが大きな問題となっていました。その抵抗は、結晶粒界で電荷が不均一となることによる空間電荷層が原因ではないかと長年いわれてきましたが、ナノメートルの大きさであり、実験的な実証は極めて困難であることから、その原因は未解明のままでした。

近年、走査透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)注4)を用いた微分位相コントラスト(DPC)法注5)による電場・電荷観察手法が大きく発展しました。特に、本研究グループにより結晶界面の電場・電荷を定量的に観察する傾斜スキャン平均DPC(tDPC)法注6)が開発され、半導体ヘテロ接合の2次元電子ガス注7)を局所的に定量観察することにも成功しました。この手法により、それまで不可能であった結晶粒界における電場・電荷分布を定量的かつ高空間分解能で可視化できることが期待されていました。

 

<研究の内容>

本研究グループは、YSZの結晶粒界に対して高分解能電場観察を行うことで、電場・電荷をナノメートルのスケールで直接計測し、空間電荷層の存在を実証することに成功しました。図1に今回の観察法の概略図を示します。観察にはtDPC法を行うための独自システムと、超高速・高感度分割型検出器を搭載した原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS:Magnetic field-free Atomic Resolution STEM)注8)を用いました。さらに双結晶法注9)を用いて精密に制御されたYSZのモデル粒界に対して電場観察、原子構造観察、組成分析を行うことにより、各結晶粒界における空間電荷層の違い、および原子構造との相関性を明らかにしました。

図2に、観察した4つのYSZ粒界の原子分解能HAADF(High-Angle Annular Dark Field)-STEM法注10)による像と、STEMエネルギー分散型X線分光法注11)によるイットリウム濃度プロファイルを示します。結晶の方位が異なると粒界面が異なることになり、それに伴ってイットリウム濃度が異なることが分かります。次に、tDPC法を用いた水平方向電場観察像とそのラインプロファイルを図3に示します。図3aとcの粒界では、aにのみ粒界から湧き出る電場が観察されました。

解析の結果、この湧き出る電場では結晶粒界の中央部が正に帯電していること、中央部周辺の空間電荷層内に負の電荷が存在していることが分かりました。図4に今回観察した4つの結晶粒界の電場の場所による分布の比較を示します。電場が結晶粒界の種類ごとに大きく異なり、青線、緑線で示したイットリウムが多く高濃度化している2つの粒界において、空間電荷層が大きく存在していることが明らかになりました。

一方、高濃度化していない結晶粒界では空間電荷層も小さいことが分かりました。図5に示すように、結晶粒界周辺の空間電荷層の負の電荷は、イオン伝導キャリアである酸素空孔注12)が結晶粒界の中央部の正電荷に反発し、空乏化した結果であると考えられます。逆にジルコニウムサイトに置換したイットリウムは負に帯電しているため、結晶粒界の中央部の正電荷に引き寄せられ、結晶粒界で高濃度化したと考えられます。酸素空孔が空乏化した結晶粒界においては、伝導キャリアが不足することから、酸素イオン伝導性が低下する要因になると推測されます。

以上のように、本研究により、個々のYSZの結晶粒界の空間電荷層を定量的に計測することに初めて成功しました。さらに結晶粒界によって空間電荷層の電荷量は大きく異なり、粒界の結晶方位、原子構造、結晶粒界へのイットリウム偏析と相関することが明らかになりました。また、全く空間電荷層のない結晶粒界も発見され、このような結晶粒界を優先的に材料中に形成することで、イオン伝導体の飛躍的な性能向上につながると考えられます。本研究は、電池材料のイオン伝導性の向上に向けた新たな制御指針の構築につながると期待できます。

 

<本研究の意義および今後の展開>

現在、電池材料の性能向上は非常に重要な社会課題です。結晶粒界の空間電荷層は、YSZに限らず、リチウムイオン電池の材料など他のイオン伝導体でも伝導特性に大きな影響を与えると考えられています。これまでは空間電荷層を直接観察する測定手法が存在せず、これらの材料においてもイオン伝導の抵抗の原因は特定されていませんでした。本研究成果は、さまざまな電池材料の特性の発現機構を理解する上で、極めて重要なブレークスルーになる可能性があります。

 

<参考図>

fig01

 

図1:本研究内容の概要。左がtDPC法による空間電荷層の電場観察の模式図。試料(黄色直方体、粒界を灰色部で示す)に対して、複数の角度で傾けた電子線(傾斜平均電子プローブ)をスキャン(図中では3箇所)し、透過した電子線を分割型検出器で検出する。試料内に空間電荷層による電場(試料上の左向き青矢印)が存在すると、透過電子がクーロン力により右向きに偏向し、電場を観察することができる。右が観察した粒界電場像の一例。粒界中央は粒界に吸い込む方向の電場が(図中の赤矢印)、粒界周辺は粒界から湧き出る方向の電場(図中の青矢印)が観察され、粒界における、電場・電荷分布を観察することができた。

 

fig02

図2:本研究で用いた4つのYSZ粒界の原子分解能観察結果(上段)と、STEMエネルギー分散型X線分光法によるイットリウム濃度の場所による違い(下段)。

, Σ5[001]/(310)、b, Σ9[110]/(221)、c, Σ5[001]/(210)、d, Σ3[110]/(111)は、各粒界の観察結果をそれぞれ示している。結晶の方位が異なると結晶粒界の原子構造が変わり、それに伴ってイットリウム濃度が異なっている。

 

fig03

図3:結晶方位が異なる粒界面を持つ2つの粒界のtDPC水平電場観察像。

aの結晶粒界でのみ、湧き出る方向の電場が見られる(bにおける、青色の矢印で示している部分)

 

fig04

図4:今回観察した4つの結晶粒界における、水平方向電場の場所による分布。

イットリウムが多く偏析し高濃度化している2つの粒界Σ9[110]/(221)(緑色)、Σ5[001]/(310)(青色)において、空間電荷層の電場が大きく存在していることが分かる。一方、Σ5[001]/(210)(赤色)、Σ3[110]/(111)(橙色)では、電場も小さいことが分かる。

 

fig005

図5:空間電荷層の電場が存在する粒界における酸素空孔(赤い丸、V++)とイットリウム(緑色の丸、YZr)の分布の模式図。

イオン伝導キャリアである酸素空孔が粒界中央部の正電荷に反発して空乏化し、逆にジルコニウムサイトに置換したイットリウムは負に帯電しているため、粒界コアの正電荷に引き寄せられて粒界に集まると考えられる。

 

<用語解説>

注1)空間電荷層

結晶と結晶の界面である粒界などにおいて、電荷分布が不均一となることで原子の持つ電場が現れた層。スペースチャージ層。

 

注2)固体酸化物燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cells)

電解質にYSZなどの固体セラミックスイオン伝導体を用いて、水素と酸素を反応させて発電する。家庭用燃料電池(商品名の例としては、エネファーム)から大規模発電までさまざまな分野で用いられている。

 

注3)イットリア安定化キュービックジルコニア(YSZ)

イットリウム(元素記号はY)を添加することで、キュービック構造を安定化させたジルコニア。高い酸素イオン伝導性を持ち、化学的、熱的安定性から固体電解質として用いられる。

 

注4)走査透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)

細く絞った電子線プローブを試料上で走査し、透過散乱した電子を検出することで試料構造を得る手法。現在電子線プローブの最小サイズは1オングストローム以下となっており、原子分解能の構造観察が可能である。

 

注5)微分位相コントラスト(DPC)法

試料の内部の電磁場によって入射電子が曲げられる現象を捉え、内部電磁場を可視化する方法。ナノメートルから原子分解能以上の非常に高い分解能で電磁場や電荷を可視化することが可能である。

 

注6)傾斜スキャン平均DPC(tDPC)

通常は平行に入射する電子線を、意図的に複数方向に傾けてスキャンし、平均した信号を得る新しいスキャン方法。傾斜スキャン平均DPC法により、結晶界面において定量的な電場像を得ることが可能となった。

 

注7)2次元電子ガス

主に半導体のヘテロ界面局所において2次元的に分布する電子。面内移動度が大きいため、高移動度デバイスに用いられる。

 

注8)原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS:Magnetic field-free Atomic Resolution STEM)

MARSは、2019年に本研究チームが開発した磁場フリーの環境で計測可能な電子顕微鏡。詳細は以下のプレスリリースを参照。

「88年の常識を覆す画期的な電子顕微鏡を開発」(2019年5月24日発表)

https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190524/index.html

 

注9)双結晶法

単結晶同士を精密に貼り合わせ、接合することで人工的にモデル粒界を作製する方法。本手法により、粒界構造を原子分解能で解析可能な粒界を作製することができる。

 

注10)HAADF(High-Angle Annular Dark Field)-STEM法

STEMにおいて、試料によって高角度に散乱された電子強度を選択的に検出することで結像する手法。重い元素ほど明るいコントラストとして可視化され、原子構造観察によく用いられる。

 

注11)STEMエネルギー分散型X線分光法

STEM電子線を照射した際に発生する特性X線のエネルギーと強度を測定することで、照射領域の元素を特定し、元素マッピングを行う手法。

 

注12)酸素空孔

結晶において酸素が存在するべき原子位置に存在していない欠落箇所のこと。YSZにおいては、酸素空孔を介して酸素イオンが伝導する。

 

<論文タイトル>

Direct observation of space-charge-induced electric fields at oxide grain boundaries

(酸化物粒界におけるスペースチャージ電場直接観察)

著者:Satoko Toyama, Takehito Seki, Bin Feng, Yuichi Ikuhara and Naoya Shibata

DOI: 10.1038/s41467-024-53014-w

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-024-53014-w