プレスリリース

極性/反極性の半導体単結晶薄膜を作り分けられる分子技術を開発 ―アルキル鎖の偶奇効果により非対称分子層間の配列を自在に制御―

 

発表のポイント

◆ 分子が全て同じ向きにならんだ分子層どうしを、さらに同方向に積層して極性薄膜を構築。
◆ 得られた極性単結晶薄膜による光第二次高調波発生と高性能トランジスタ動作を確認。
◆ 有機半導体の電子機能と光機能を融合したオプト/ピエゾエレクトロニクスの展開に期待。

 

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層状有機半導体pTol-BTBT-Cnの結晶構造と光第二次高調波発生

 

概要

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の井上悟助教、長谷川達生教授らは、非対称な棒状分子が全て同一方向にならんだ極性単結晶薄膜を塗布形成できる新たな有機半導体(注1)を開発しました。

最近、π電子骨格(注2)とアルキル鎖(注3)を単純に連結した非対称な棒状分子系において、分子どうしの横ならびの相互作用により、分子が層状に自己組織化する顕著な性質を持った層状有機半導体が開発され、注目されています。これらは溶液塗布により分子層が積み重なった高均質な半導体単結晶薄膜の構築が可能であるため、高性能な薄膜トランジスタ(注4)を得ることができます。ただこれまでは、非対称分子が同じ向きに揃った単分子層どうしを積み重ねて薄膜化する際に、互いの極性を打ち消さないよう積層することは困難でした。薄膜内で非対称な棒状分子の向きが全て一方向に揃った極性結晶(エレクトレット:注5)を構築できれば、トランジスタ機能に加えた多彩なデバイス機能の発現が期待できます。このためには、分子層間の積層様式を制御する新たな分子技術の開発が必要となっていました。

本研究では、π電子骨格末端の置換基に意匠を凝らし、互いの極性を打ち消し合う効果を著しく抑えた新たな分子を開発しました。さらに分子内のアルキル鎖長を系統的に変えたところ、極性/反極性の積層が、アルキル鎖の炭素数の偶奇により交互に出現する顕著な現象を見出しました。

本研究成果は、2024125日(中央ヨーロッパ時間)にドイツ科学誌「Advanced Science」オンライン版に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

有機半導体は、軽量性・柔軟性・溶剤溶解性などの有機物質の特質を活かした電子・光デバイスを構築でき、多彩な次世代エレクトロニクスへの応用が期待されています。有機半導体では、π電子骨格に緩やかに束縛されたπ電子の励起や分子間移動が各種電子機能の源となるため、π電子骨格どうしの高度な配列秩序化が、しばしばデバイス機能では決定的に重要となることが知られています。バンド伝導(注6)がキャリア(注7)輸送を担うトランジスタ特性はその一例です。これに加えて、オプトエレクトロニクス・ピエゾエレクトロニクスといった光や力を電気信号に変換するデバイスでは、反転対称性のない極性結晶(結晶中の分子が全て同一方向を向いて配列した結晶)を用いることで、はじめてデバイス機能が発現することが知られています。また最近では、非相反伝導現象(注8)やシフト電流(注9)など、量子力学的な作用にもとづく新たな機能も注目されています。しかし一般に、非対称な分子はこれと反平行に向いた分子と対になった反極性の結晶が得られやすく、これまで合理的な分子設計により極性結晶を得る手法が無いことが問題となっていました。また極性結晶を運よく得られた場合でも、得られた結晶を加工し薄膜デバイス構造に組み込むことは、さらに困難でした。

 

〈研究の経緯〉

本研究グループでは、電子・光デバイスを塗布により構築するプリンテッドエレクトロニクスの実現を目指し、塗布型有機半導体の分子設計と開発、および製膜・デバイス化技術の開発に取り組んでいます。これまでに、薄膜トランジスタの構築に適した優れた層状結晶性を与える塗布型有機半導体として、キャリア輸送の源になるπ電子骨格を、柔軟なアルキル鎖により非対称に置換した棒状分子がきわめて有効なことを明らかにしてきました。これら非対称な棒状分子の多くは、分子どうしの横ならびによる相互作用のため、有機溶媒に溶かした溶液中で層状に自己組織化する顕著な性質を示します。この高い層状結晶性のため、良質な有機半導体/ゲート絶縁層(注10)界面を有する高性能な有機トランジスタを得ることができます。

非対称分子が同じ向きにならんで得られる単分子層は、層に垂直な向きに極性を持った配列構造を有しています。結晶化の際には、分子が全て反平行な向きにならんだ層どうしが対になって積層する2分子膜型構造を取り、単分子層の極性は互いに打ち消し合ってしまいます。もしこれら極性の単分子層を全て同じ向きに積み重ねることができれば、結晶全体で極性を持つことができるはずです。そこで、2分子膜型の積層様式が安定になる理由を量子化学計算(注11)による高精度分子間相互作用解析を用いて調べたところ、π電子骨格の末端どうしの相互作用が、アルキル鎖の末端どうしの相互作用よりも強く、これが2分子膜型の積層様式を安定化する原因であることが分かりました。

そこで今回、π電子骨格の末端どうしが近づく際に立体障害となるメチル基を骨格末端に導入し、2分子膜型の積層様式を抑制する仕掛けを施したpTol-BTBT-Cn(図1A)分子を新たに開発しました。これにより得られた層状結晶構造を検討した結果、特にアルキル鎖の炭素数が偶数となる場合に、極性の単分子層が全て同じ向きに積み重なった極性結晶が得られ、今回の成果が得られました。

 

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1:開発した有機半導体pTol-BTBT-Cnの分子構造と結晶構造

ApTol-BTBT-C10の分子構造(上)と、アルキル鎖の炭素数の偶奇の違いによって形成される極性/反極性型構造の模式図。紫の矢印は、各分子層の極性の向きを表す。アルキル鎖が奇数の場合には反極性型、偶数の場合には極性型の層状結晶が形成される。

B)単結晶X線構造解析によって得られたpTol-BTBT-C10の極性結晶構造(水素原子は省略)。

 

〈研究内容〉

新開発した有機半導体・pTol-BTBT-Cnは、優れた半導体を与える基本的なπ電子骨格であるBTBTの両端に、パラトリル(pTol-)基とアルキル(-Cn)鎖を連結した分子構造からなります(図1A)。そこでは、2分子膜型構造を取るPh-BTBT-Cnのフェニル(Ph-)基の末端にメチル基を付与した分子設計が施されています。アルキル鎖の長さの異なる(n = 514)分子を合成し、それらの単結晶X線構造解析(注12)を行ったところ、ある長さ以上(n9)のアルキル鎖で置換した場合に、棒状分子の向きが層に対して垂直で、かつ同じ向きに揃った極性の単分子層の形成が確認されました。これら単分子層内の分子配列はアルキル鎖の長さによらずほぼ同一であるものの、アルキル鎖の炭素数が奇数の場合は2分子膜型の反極性結晶に、また偶数の場合は単分子層が全て同じ向きに積み重なった極性結晶となることが分かりました(図1B)。極性を意味する「ポーラー(polar)」と、分子層内におけるBTBTの配列がヘリンボーン構造(注13)であることから、この分子配列構造を極性型層状ヘリンボーン(pol-LHB)構造と呼びます。

分子層どうしの積層様式がこのような顕著な偶奇性を示す理由について高精度量子化学計算を用いて調べたところ、単分子層の最表面の形状が、アルキル鎖の炭素数の偶奇により大きく変化するためであることが分かりました(図2)。オールトランス構造(注14)を取るアルキル鎖の末端の炭素-炭素間の結合は、炭素数の偶奇に依存して2種の方位を取ることが知られ、脂質分子などの融解温度に見られるエキゾチックな「偶奇効果」としてこれまで多くの興味を引いてきました。本研究で用いた単分子層の最表面の形状は、アルキル鎖の炭素数が偶数の場合に、π電子骨格側のパラトリル基先端からなる最表面の形状に類似しており、これらがパズルのピースのようにピタリと噛(か)み合うことで、効果的に分子層間の相互作用が働き、極性結晶が安定化することが明らかになりました。

 

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2:極性形積層様式の起源、層面の立体形状の違い

ApTol-BTBT-Cnの単結晶構造における各分子層の、トリル基側の分子層面とアルキル鎖側の分子層面の原子配置(中央)。

B)アルキル鎖が奇数の場合の層面とトリル基面との噛み合わせを想定した模式図。図は空間充填モデルで描画しており、球が占有している領域が、実際に原子が空間を占有する体積となる。アルキル鎖面がトリル基面に対して深くまで噛み合うことができず、極性結晶構造の形成には不利となる。(実際には2分子膜型構造を形成。)

C)アルキル鎖が偶数の場合の層面とトリル基面との噛み合わせを示した図。実際に観測されている結晶構造から描画したものであり、それぞれの面の隙間を埋めるように原子が密に充填されていることが分かる。

 

得られた材料について、ブレードコート法(注15)により常温・常圧下での塗布製膜による薄膜結晶化を検討したところ、基材上に厚さが1050 nm、大きさが数mm角に及ぶ大面積の単結晶薄膜が形成できることが分かりました。さらに光第二次高調波発生(SHG)(注16)を用いて、単結晶薄膜の極性とその分極方向を調べました。単一の単結晶ドメインに、波長800 nmのレーザー光を照射したところ、波長400 nmの強いSHG光が観測され、その強度は基板の傾斜角(レーザー光の入射角)の増加とともに強くなることが分かりました(図3)。これにより、層間方向に自発分極があることを確認できました。

 

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3pTol-BTBT-Cn結晶薄膜の非線形光学応答性

A)カバーガラス上に塗布製膜で作製した単結晶薄膜を用いたSHG応答性評価の模式図。SHG応答が観測される場合には、波長800 nmの光を入射することで、その半分の波長となる波長400 nmの光がSHG光として検出される。

B)基板を傾斜させた場合のSHG光の強度変化。黒丸は極性結晶薄膜(n = 12)、白丸は非極性結晶薄膜(n = 11)での測定結果。今回開発した材料では、基板に対して垂直方向に分子の向きが揃った(極性を持った)薄膜となるため、基板を傾けることでSHG光が観測されるようになる。

 

これら単結晶薄膜を用いた電界効果トランジスタを作製した結果、極性結晶を与える分子配列構造は、トランジスタ性能を改善する上でも有効なことが確認されました。極性結晶を形成するpTol-BTBT-Cn n = 偶数)と反極性結晶を形成するpTol-BTBT-Cn n = 奇数)からなるトランジスタの特性をそれぞれ調べたところ、610 cm2/Vsのキャリア移動度(注17)が得られました。さらにスイッチング性能の指標となるSS値(注18)は、反極性結晶の場合と比べ極性結晶の場合に、より優れた値(100 mV/dec)を示すことが分かりました。これは積層様式の違いにより絶縁性のアルキル鎖層の厚みが大きく異なることが、電極からのキャリア注入等に影響したためと考えられます。

以上により、オプトエレクトロニクスやピエゾエレクトロニクスへの展開が期待される極性の単結晶薄膜を、大面積かつ高均質に基材上に塗布製膜できる新たな有機半導体の開発に成功しました。

 

〈今後の予定〉

今回、極性結晶を構築するために有効であった分子設計にもとづき、分子層間の相互作用を制御するための置換基のさらなる検討を進めるとともに、これらを多種のπ電子骨格に適用することにより、結晶の極性を自由自在に制御可能な新たな結晶工学手法へと発展させていく計画です。またこれら材料開発とともに、極性結晶を応用したオプトエレクトロニクス・ピエゾエレクトロニクスに有用な新たなデバイス機能の開発を進めていきます。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻

 井上 悟 助教

 長谷川 達生 教授

 

論文情報

雑誌名:Advanced Science

題 名:Control of Polar/Antipolar Layered Organic Semiconductors by the Odd-EvenEffect of Alkyl Chain

著者名:Satoru Inoue*, Toshiki Higashino, Kiyoshi Nikaido, Ryo Miyata, Satoshi Matsuoka, Mutsuo Tanaka, Seiji Tsuzuki, Sachio Horiuchi, Ryusuke Kondo, Ryoko Sagayama, Reiji Kumai, Daiki Sekine, Takayoshi Koyanagi, Masakazu Matsubara, Tatsuo Hasegawa*

DOI10.1002/advs.202308270

URLhttps://doi.org/10.1002/advs.202308270

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「実験・計算・データ科学融合による塗布型電子材料の開発」(研究代表者:長谷川 達生、JPMJCR18J2)、JSPS科研費基盤研究A21H04651)、基盤研究C21K05209)による支援を受けて行いました。

 

用語解説

(注1)有機半導体:

炭素・水素・酸素などから構成される半導体材料。軽量・しなやか・有機溶媒に溶かせるという特長を有し、ファンデルワールス力(全ての種類の分子間に働く引力のこと)で凝集することで固体を形成する。デバイス中での電気伝導特性は、凝集における秩序構造や、組み合わせる絶縁層部材などに大きく依存する。

 

(注2)π電子骨格:

2つの炭素原子などが多重結合(二重あるいは三重)を形成するとき、2原子間の電子軌道の重なりで形成されるσ(シグマ)結合に加え、σ結合面と垂直方向な電子軌道の重なりによるπ(パイ)結合が形成される。π結合に関わる電子をπ電子と呼ぶ。単結合と多重結合が交互に現れる系(共役系と呼ぶ)では、π電子が分子面全体に広がることで分子全体のエネルギーが安定化しており、こうした共役系を有する分子骨格をπ電子骨格と呼ぶ。

 

(注3)アルキル鎖:

特定の分子の一部の化学構造を指す用語。炭素原子と水素原子から構成される炭化水素が単結合で鎖状に結ばれた化学構造のこと。

 

(注4)トランジスタ:

基板・電極・絶縁層・半導体を積層して作製される、電流のオンオフを電圧の切り替えにより制御する基礎的なスイッチング素子。ディスプレイの画素制御回路などに用いられる。

 

(注5)エレクトレット:

半永久的に電荷、もしくは電気分極を保持する物質のこと。極性結晶もその一種。

 

(注6)バンド伝導:

電気伝導の際に、電子が結晶中を波として伝搬する機構のこと。

 

(注7)キャリア:

電流のもととなる、電荷を帯びた粒子のこと。

 

(注8)非相反伝導現象:

電流の正負によって抵抗が異なる伝導現象のことで、極性結晶のような、空間反転対称性の破れた物質においてのみ観測される。

 

(注9)シフト電流:

極性結晶のような空間反転対称性の破れた物質に定常光を照射すると、直流電流が発生することが知られており、この光電流がシフト電流と呼ばれている。電子波動関数の幾何学的位相に関連した量子力学的な効果で発生する電流であり、電子の波動性が異方性を持つことによって観測される。

 

(注10)ゲート絶縁層:

有機トランジスタにおける構成部材の1つ。半導体に対して絶縁層越しに電圧を印加すると、絶縁層・半導体界面にキャリアが誘起され、これがデバイス中を流れることで電流が流れる。

 

(注11)量子化学計算:

原子や分子の電子状態を支配する量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式を、高性能コンピューターにより数値的に解く方法。原子や分子の間に働く、引力や斥力などの相互作用は電子状態に依存しているため、量子化学計算を行うことで、分子と分子の間にどの程度の引力や斥力が働いているかをエネルギーの値として理解することができる。

 

(注12)単結晶X線構造解析:

単結晶にX線を照射して得られる散乱したX線の回折パターンを解析し、結晶を構成する原子配置を決定する分析手法。

 

(注13)ヘリンボーン構造:

長方形をT字型に配列したものを、縦横に連続して組合せて作られる構造のこと。ニシン(Herring)の骨(Bone)の形から名付けられた。ヘリンボーンという用語は「ヘリンボーン柄」などの呼び方で衣類やフローリングの模様などにも用いられる。

 

(注14)オールトランス構造:

化学における原子の位置関係を示す用語。トランスは化学結合で連結した4つの原子が最も伸びきった位置に配置されていることを意味するため、オールトランス構造とはアルキル鎖が最も伸びきった状態になっていることを指す。

 

(注15)ブレードコート法:

塗布法による薄膜形成法の一種。刃のような先端を持つ平板(ブレード)を基材に対して傾けて配置し、基材との間を溶液で濡らす。基材とブレードの距離を一定に保ったまま、基材またはブレードを水平方向に一定速度で動かすことで、ブレードの先端から溶剤が蒸発し塗膜が得られる。

 

(注16)光第二次高調波発生(SHG):

光が結晶と相互作用してもとの光の2倍の周波数(波長が1/2)の光を発生させる非線形光学現象のこと。SHG応答するためには反転対称性のない極性結晶でなければならない。

 

(注17)キャリア移動度:

有機トランジスタにおいて、絶縁層・半導体界面に誘起されるキャリアの、半導体中での移動のしやすさを示す量。

 

(注18SS値:

Subthreshold Swing(サブスレッショルド・スイング)値の略。有機トランジスタの電流値が立ち上がる領域、すなわち電流のON/OFFが切り替わる領域において、電流値の1桁増大に必要な電圧値を表す(単位はボルト(V)、厳密にはボルト/桁と書く)。室温での理論最小値は60 mVであることが知られている。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Advanced Science:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/advs.202308270