プレスリリース

強磁性半導体が示す特異なふるまいの謎を解明! ―新しい第一原理計算手法が導き出したメカニズムとは―

 

発表のポイント

◆従来の第一原理計算では困難であった、「有限温度における電気伝導特性」が予測可能な新しい第一原理計算手法の開発に成功しました。
◆30年もの間未解明であった、強磁性半導体(Ga,Mn)Asの電気伝導特性が特異な温度依存性を示す原因を新手法を駆使して明らかにしました。
◆今回開発された新手法は強磁性半導体以外の材料系にも適用することができるので、あらゆる分野において材料開発の時間短縮や低コスト化に貢献することが期待されます。

 

fig01

温度効果による電子散乱の概念図

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の新屋ひかり特任准教授、大矢忍教授、吉田博嘱託研究員らの研究グループは、産業技術総合研究所の福島鉄也研究チーム長、大阪大学大学院工学研究科の佐藤和則准教授と共同で、強磁性半導体(Ga,Mn)Asにおいて電気伝導特性が特異なふるまいを示す原因を、第一原理計算(注1)により解明することに成功しました。

情報化社会のさらなる発展に向けて、電子の持つ電荷とスピンという2つの自由度を一度に利用する技術であるスピントロニクス(注2)の研究が盛んに行われています。強磁性半導体(注3)はそのようなスピントロニクス材料の一種で、半導体と磁性体両方の特性を同時に持つ材料です。強磁性半導体の応用例として「信号を制御するだけでなく情報の記憶もできるトランジスタ」といった高機能デバイスの創出が期待されています。デバイスの実用化を考える際には、動作温度における電気伝導特性が重要な指標となります。一般に、金属の電気抵抗率(電流の流れにくさ)は温度が上昇すると増大し、半導体では温度の上昇に伴い電気抵抗率は減少します。最も有名な強磁性半導体の1 つである(Ga,Mn)As(Ga:ガリウム、Mn:マンガン、
As:ヒ素)は変わった電気伝導特性を持っていることが知られており、低温では金属的なふるまい、高温では半導体的なふるまいを示します。世界中で盛んに研究が行われている(Ga,Mn)Asですが、このような特異なふるまいの原因は謎のままでした。今回研究チームは新たに開発した「有限温度における電気伝導特性を予測可能な第一原理計算手法」を駆使し、低温ではスピンゆらぎが、高温では原子振動の効果がそれぞれ優位に働いていることを明らかにしました(図1)。(Ga,Mn)As における特異なふるまいは30 年の長きにわたり謎とされてきたので、本結果は強磁性半導体の応用開発につながる重大な成果であると言えます。また、今回開発された新手法は強磁性半導体以外の材料系にも適用することができるので、あらゆる分野において材料開発の時間短縮や低コスト化に貢献することが期待されます。

 

fig02

図1:本研究による温度−電気抵抗率の計算結果

 

本研究成果は、20231114日(米国東部時間)に科学誌「APL Materials」のオンライン版に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

今日の情報化社会は半導体を基盤とするハードウェア技術によって支えられています。近年では情報の容量が大きくなるばかりではなく多様化しているため、記録の大容量化や処理速度の高速化は必須の課題となっています。これまでのハードウェアでは、情報の処理や伝達を行う半導体部分と情報の記録を行う磁性体部分が別々にデバイスに搭載されていました。これらの技術を融合して、1つのデバイスで情報の処理・伝達機能と記録機能を一挙にかなえる技術が「スピントロニクス」です。強磁性半導体はそのようなスピントロニクス材料の一種で、半導体と磁性体の両方の特性を持ち併せています。強磁性半導体の応用例として「信号を制御するだけでなく情報の記憶もできるトランジスタ」といった高機能デバイスの創出が期待されています。

新しい高機能デバイスにふさわしい物質を発見するためには、動作温度における電気伝導特性が重要な指標となります。最も有名な強磁性半導体の1つとして知られる(Ga,Mn)Asでは、低温域では温度が上昇すると電気抵抗率が増大し、高温域では温度の上昇に伴い電気抵抗率が減少します。一般的に、金属の電気抵抗率は温度が上昇すると増大しますが、半導体では温度の上昇に伴い電気抵抗率が減少するので、(Ga,Mn)Asにおける電気抵抗率のふるまいは非常に特異な現象であると言えます。この特異なふるまいの原因は解明されていませんが、電気伝導特性を左右する要因を明らかにすることは強磁性半導体の応用開発を行うにあたり重要なミッションです。

このような物理現象が生じるメカニズムの解明を行う際に、今や理論的なシミュレーションは欠かせません。その中でも「第一原理計算」と呼ばれる手法は、コンピュータ上のプログラムに結晶構造を与えるだけで物質の特性をシミュレートできるので、既存の物質のみならず未知の物質空間も手広く調べることができます。第一原理計算は単なる理論シミュレーションというわけではなく、量子力学(ミクロな世界における粒子の運動を記述する物理学)に基づいた確かな手法であるので、産業界でも活用されている研究方法です。ただし、第一原理計算は絶対零度における理論である密度汎関数法に基づいた手法であるため、有限温度における物理量を計算するためには温度の効果を取り入れることが必要です。また、電気伝導特性も密度汎関数法の範疇では計算することは困難です。

 

〈研究の内容〉

研究グループはこれまで、従来の第一原理計算における上記2つの困難を克服するために、「有限温度における電気伝導特性が計算可能な新しい第一原理計算手法」の開発に取り組んできました。強磁性半導体中では温度の上昇により原子振動やスピンゆらぎが生じますが、これらによって電子が散乱される効果を考慮すれば、有限温度における物質の特性を計算することが可能となります。本研究では、このような温度効果をコヒーレントポテンシャル近似CPA(注4)と呼ばれる手法を利用して第一原理計算に取り込みました。また、線形応答理論(注5)を利用すると、先程の温度効果を取り込んだ状態でかつ経験的な情報を用いることなく電気伝導特性を計算することができます。

本研究ではこの新しい第一原理計算手法を利用して、強磁性半導体(Ga,Mn)Asの電気伝導特性が示す特異なふるまいの原因の解明に取り組みました。(Ga,Mn)Asの結晶内部では図2に示すように、Ga原子の位置を置き換えたMn原子(置換型原子)と、本来の原子位置の隙間に侵入するMn原子(格子間原子)が自然発生するのですが、本研究によりこれらの2種類のMn原子が電気伝導特性に大きな影響を与えていることが判明しました。特に低温域では、格子間Mn原子において生じるスピンのゆらぎが電気伝導を大きく妨げる役割を果たしていることがわかりました。一方、高温域では電気伝導を主に担っているAsの電子状態が原子振動により変化することで、抵抗が小さくなっていることが明らかになりました。

 

fig03

図2:半導体GaAsと強磁性半導体(Ga,Mn)Asの結晶構造

 

〈今後の展望〉

本研究では、第一原理計算を用いて強磁性半導体という複雑なスピントロニクス材料において実験値を定量的に再現することに世界で初めて成功しました。加えて電気伝導特性の温度依存性が生じるメカニズムを解明できたことは、強磁性半導体の応用開発につながる重大な成果です。さらに今回開発された新手法は、強磁性半導体以外の材料系にも適用することができるので、あらゆる分野において材料開発の時間短縮や低コスト化に貢献することが期待されます。

 

発表者・研究者等情報                                        

東京大学大学院工学系研究科

附属スピントロニクス学術連携研究教育センター

 新屋 ひかり 特任准教授

 兼:電気系工学専攻

 吉田 博 嘱託研究員

 兼:大阪大学 名誉教授

 

電気系工学専攻

 大矢 忍 教授

 兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター

 

産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター

福島 鉄也 研究チーム長

 

大阪大学大学院工学研究科

佐藤 和則 准教授

 

論文情報

雑誌名: APL Materials

題 名: Theoretical Study on the Origin of Anomalous Temperature-dependent Electric Resistivity of Ferromagnetic Semiconductor

著者名: Hikari Shinya*, Tetsuya Fukushima, Kazunori Sato, Shinobu Ohya, and Hiroshi Katayama-Yoshida

DOI:10.1063/5.0165352

URL:https://doi.org/10.1063/5.0165352

 

研究助成

本研究は、科研費「学術変革領域研究(B)(No.23H0380223H03805)」、「若手研究(No.22K14285)」、「「富岳」成果創出加速プログラム(No.JPMXP1020230325)」、「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト(No.JPMXP1122715503)」、科学技術振興機構CRESTNo.JPMJCR177No. JPMJCR18I2No.JPMJCR17J5)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)第一原理計算:

固体中に膨大に存在している電子の状態を計算することで、物質全体の特性を予測する手法です。計算に必要な情報は結晶構造(原子番号と原子座標)のみで、実験値のような経験的な情報は不要です。そのため既知の物質だけでなく未知の物質の評価にも活用されています。

 

(注2)スピントロニクス:

電子が電荷という自由度を持っていることはよく知られていますが、同時にスピンという自由度も持ち併せています。スピンとは電子が自転していることから現れる性質で、磁石の起源にもなります。これまでエレクトロニクス分野では電荷を、磁気工学分野ではスピンを利用した技術がそれぞれ発展してきました。スピントロニクスはこれら2つの分野・技術を融合させることで、新しい機能や優れた機能を持つデバイスの創出を行っている分野です。

 

(注3)強磁性半導体:

その名のとおり強磁性体と半導体両方の特性を持ち併せている材料です。半導体に磁性元素を添加することで作製できます。既存の半導体をベースとしたエレクトロニクスとの相性が良いので、早い段階での応用を見据えた研究が盛んに行われています。

 

(注4)コヒーレントポテンシャル近似(CPA):

不純物系や不規則系、合金といった「混ぜもの」の効果を高精度に記述できる手法です。第一原理計算手法の一種であるKorringaKohnRostokerKKR)グリーン関数法と組み合わせたKKRCPA法を用いると電子状態を求めることができます。本研究では、CPAをさらに応用して温度効果の記述に用いました。

 

(注5)線形応答理論:

磁場や電場といった「外場」が加わった際に生じる系の変化(応答)を取り扱う理論です。伝導現象は励起状態であるため、基底状態を扱う第一原理計算では本来は計算することができません。線形応答理論では基底状態に関する期待値により伝導現象を記述するので、第一原理計算からでも電気伝導特性の予測を行うことができるようになります。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

APL Materials:https://pubs.aip.org/aip/apm/article/11/11/111114/2921026/Theoretical-study-on-the-origin-of-anomalous