プレスリリース
- 研究
- 2023
強誘電体トランジスタを用いた不揮発光位相器を開発 ―光電融合深層学習プロセッサへの応用に期待―
発表のポイント
◆光位相器を強誘電体トランジスタで駆動する新たな手法を考案。◆強誘電体中のメモリ効果を用いることで、光位相器の不揮発化を実証。
◆シリコン光回路に強誘電体トランジスタを集積した光電融合深層学習プロセッサへの応用が期待され、生成AIなどの高速化や省電力化を通じたカーボンニュートラルに貢献。
強誘電体トランジスタで駆動した不揮発光位相器
発表概要
東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の竹中充 教授、唐睿 特任助教、渡辺耕坪 大学院生(研究当時)、トープラサートポン・カシディット 准教授、高木信一 教授らは、JST戦略的創造研究推進事業の支援のもと、化合物半導体薄膜をシリコン光導波路(注1)上に貼り合わせた光位相器(注2)を、強誘電体(注3)をゲート絶縁膜としたトランジスタ(注4)で駆動する新たな手法を考案しました。強誘電体をメモリとして用いることで、電源をオフにしても光位相の情報が失われない不揮発動作を光位相器に付与することに成功しました。
シリコン光回路に多数の光位相器を集積し、光回路中の光信号を自在に制御することで、さまざまな光演算が可能となることから、深層学習プロセッサなどへの応用が期待されています。しかし、従来の光位相器は電源をオフにすると演算に必要となる情報が失われるため、常に電源をオンにしておく必要がありました。計算を必要としない待機中にも電力を消費するため、省電力化の妨げとなっていました。今回新たに不揮発光位相器の開発に成功したことで、必要なときだけ電源をオンにする光電融合プロセッサの実現が可能となります。光位相器にメモリ機能が内蔵されることで、メモリ機能と演算機能を融合したコンピューティング方式の実現も期待されることから、生成AIなどに必要となる演算の高速化や省電力化を通じたカーボンニュートラルに大きく貢献するものと期待されます。
本成果は、2023年10月6日(中央ヨーロッパ夏時間)にドイツの科学雑誌「Laser & Photonics Reviews」のオンライン版にて公開されました。
発表内容
〈研究の背景〉
生成AIの登場により、AI技術が社会に急激に浸透しつつあり、AIの学習や推論に必要となる演算量も指数関数的に増加し続けています。AIが必要とする演算量がムーアの法則を超える勢いで増加していることから、半導体微細化に依らない新しいコンピューティング技術が世界中で模索されています。このような新しいコンピューティング技術の一つとして、シリコン光回路を用いた光演算の研究が進められています。高速・低電力光演算を用いることで、AIの大幅な高性能化や省電力化の実現が期待されています。
シリコン光回路でさまざまな光演算を行うためには、光回路中に光位相器を多数集積して、光信号を制御することが必要となります。しかし、シリコン光回路中で広く用いられている光位相器の多くは、電源をオフにすると、演算に必要な光位相情報が消えてしまうため、動作させるには常に電源をオンにしておく要があり、無駄な電力消費につながっていました。このため、電源をオフにしても光位相情報が消えないメモリ機能を有する不揮発光位相器の実現が強く望まれていました。
〈研究の内容〉
前述の課題を解決するため、本研究では、強誘電体トランジスタ(注5)で光位相器を駆動する手法を考案し、不揮発光位相器を開発しました。研究チームがこれまでに開発した化合物半導体薄膜をシリコン光導波路と組み合わせたハイブリッド光位相器を強誘電体トランジスタで駆動することで、電源をオフにした状態でも光位相情報が失われない不揮発動作の実証に成功しました。
本研究で実証した不揮発光位相器の構成を図1に示します。ハイブリッド光位相器は、シリコン光導波路上に化合物半導体薄膜を貼り合わせた構造となっており、電圧印加により化合物半導体界面に電子が蓄積することで、高効率に光位相を制御することができます。一方、強誘電体となるHf0.5Zr0.5O2をゲート絶縁膜とした強誘電体トランジスタは、強誘電体中の自発分極の向きに応じてトランジスタの閾値(しきいち)電圧(Vth)を制御することができます。強誘電体トランジスタをソースフォロワ回路(注6)として動作させると、閾値電圧に応じてソース端子に出力される電圧(Vo)が変化します。ソース端子の電圧によりハイブリッド光位相器を駆動することで、閾値電圧に応じた光位相変化を得ることができます。強誘電体の自発分極は電源をオフにしても保持されることから、光位相の情報も強誘電体の分極状態として記憶することができます。この結果、電源をオフにしても光位相情報が保持される不揮発光位相器を実現することができます。
図1:強誘電体トランジスタで駆動した不揮発ハイブリッド光位相器
図2に実際に作製したハイブリッド光位相器を集積した光スイッチと強誘電体トランジスタの顕微鏡写真を示します。今回の実験では個別に作製した素子をケーブルで接続することで提案原理の検証を行いました。
図2:(a)ハイブリッド光位相器を集積した光スイッチおよび(b)強誘電体トランジスタの顕微鏡写真
図3aに、強誘電体トランジスタをソースフォロワ動作させたときの、ソース端子の電圧出力をゲート電圧(Vg)に対して測定した結果を示します。強誘電体トランジスタの閾値電圧が高い状態(High-Vth state)と低い状態(Low-Vth state)で出力電圧が異なるメモリ機能が得られており、ゲート電圧が0.8 Vのとき、0.78 Vの出力電圧差を得ることに成功しました。閾値電圧が高い状態(High-Vth state)と低い状態(Low-Vth state)時における出力電圧でハイブリッド光位相器を駆動した結果を図3bに示します。光スイッチの透過波長特性において、光の干渉効果で光出力が弱くなる波長にズレが生じる結果を得ました。このズレは光位相が異なることを意味しており、強誘電体の分極状態に応じて光位相量が記憶される不揮発光位相器の動作実証に成功しました。
図3:(a)強誘電体トランジスタをソースフォロワ動作させたときの出力電圧特性および(b)高閾値電圧(High Vth)状態と低閾値電圧(Low Vth)状態時の強誘電体トランジスタで駆動した際のハイブリッド光位相器の波長透過特性結果
図4は、メモリ機能の多値動作を評価した結果を示します。強誘電体トランジスタに図4aに示すリセット電圧パルスを印加した後、幅10 msの電圧パルスを印加して閾値電圧を徐々に変化させました。その時得られた出力電圧と位相変化量の測定結果を図4bに示します。パルス電圧の振幅を大きくすることで、保持される位相変化量も変化することから、多値動作可能な不揮発光位相器の実証にも成功しました。
図4:多値動作検証結果
(a)強誘電体トランジスタに印加するゲート電圧パルスおよび(b)強誘電体トランジスタの出力電圧および位相変化量の測定結果
〈今後の展望〉
今回、ハイブリッド光位相器を強誘電体トランジスタで駆動することで、光位相器を不揮発化することに成功しました。これにより、動作時以外は電源をオフにすることで、光演算を用いた深層学習プロセッサの一層の省電力化が可能となりました。また、メモリ機能があることから、図5に示すようなクロスバー電気配線(注7)も可能となり、配線の簡素化や駆動回路の共有化を通じたさらなる省電力化・大規模化も可能となります。さらに、メモリ機能と演算機能を融合したコンピューティング方式の実現にもつながる成果であることから、半導体微細化を超えた次世代コンピューティング技術に貢献する成果と言えます。今後は、ハイブリッド光位相器と強誘電体トランジスタを一体集積することで、光電融合深層学習プロセッサ等の実証を目指します。
図5:クロスバー電気配線を用いた光電融合深層学習プロセッサ概念図
発表者
東京大学大学院工学系研究科
竹中 充(教授)
唐 睿(特任助教)
渡辺 耕坪(研究当時:修士課程)
藤田 将大(修士課程)
湯 涵智(研究当時:博士課程)
赤澤 智熙(修士課程)
トープラサートポン・カシディット(准教授)
高木 信一(教授)
論文情報
〈雑誌〉Laser & Photonics Reviews
〈題名〉Non-volatile hybrid optical phase shifter driven by a ferroelectric transistor
〈著者〉Rui Tang, Kouhei Watanabe, Masahiro Fujita, Hanzhi Tang, Tomohiro Akazawa, Kasidit Toprasertpong, Shinichi Takagi, and Mitsuru Takenaka
〈DOI〉10.1002/lpor.202300279
〈URL〉https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/lpor.202300279
研究助成
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 CREST(グラント番号:JPMJCR2004およびJPMJCR20C3)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)シリコン光導波路
シリコンを矩形(くけい)状に加工して光をシリコン中に閉じ込めることができる配線に相当する光の伝送路。
(注2)光位相器
電気信号により光信号の位相を制御するための素子。
(注3)強誘電体
外部からの電界がない状態でも、内部に分極がある誘電体。
(注4)トランジスタ
電気信号をスイッチングすることができる半導体素子。
(注5)強誘電体トランジスタ
ゲート絶縁膜を強誘電体に置き換えたトランジスタ。強誘電体を用いることで、トランジスタにメモリ機能を付与することができる。
(注6)ソースフォロワ回路
トランジスタのドレイン端子を電源電圧に接続した回路。ソース端子の出力電圧がゲート電圧を追従するように動作することからソースフォロワと呼ばれる。
(注7)クロスバー電気配線
縦方向と横方向に電気配線を格子状に並べたもの。電気配線の数を減らすことができることから、メモリや液晶ディスプレイの各素子を制御するために用いられる。
プレスリリース本文:PDFファイル
Laser & Photonics Reviews:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/lpor.202300279