プレスリリース

室内光で駆動する全ペロブスカイト超薄型光センサ ―ペロブスカイト材料を用いた世界最高効率の超薄型光電デバイスの実現 ・室内光によるウェアラブルセンサの自律駆動へ―

 

発表のポイント
◆世界最高効率(太陽電池にて18.2%、LEDにて15.2cd/A)の超薄型ペロブスカイト光電デバイスの開発に成功した。
◆このペロブスカイト光電デバイスは非常に高効率なだけでなく、ナノ粒子LEDの持つ鋭い発光色ピークにより、ノイズの少ない光脈波センシングが可能である。
◆室内光といった限られた光量環境でも発電が可能であるため、今後、超薄型ペロブスカイト光電デバイスを用いた、室内環境で駆動する電源内蔵型ウェアラブル機器の開発が期待される。

 

fig1全ペロブスカイト超薄型光センサの構造図、及びデバイスを肌に貼り付けた際の写真

 

発表概要
東京大学大学院工学系研究科の横田知之准教授、染谷隆夫教授らは、EPFL、ETH Zurichの研究者らと共同で、世界初の全ペロブスカイト結晶(注1)デバイスによる電源内蔵型の超薄型光脈波センサを開発しました。このペロブスカイト光脈波センサは、1.5㎛という薄型のプラスチック基板上へ作製されており、非常に柔軟・軽量であるため肌へ高い密着性を示します。作製されたペロブスカイト太陽電池は、超薄型プラスチック基板上において世界最高効率の18.2%を示しており、室内光を用いてペロブスカイトLEDの駆動に十分な電力を発電できます。さらに、ペロブスカイトナノ粒子(注2)を発光層へ用いたペロブスカイトナノ粒子LEDにおいても、世界最高効率である15.2cd/Aを達成しました。ペロブスカイトナノ粒子LEDは半値幅(注3)22nmという非常に鋭い発光スペクトルを持つため、超薄型プラスチック基板上であっても、基板の機械変形に対して発光色の変わらない超薄型LEDを実現しました。作製したペロブスカイトナノ粒子LEDは、バンドパスフィルタを用いることで、98.2%の選択制を持つ脈波信号の検出に成功しました。本研究の全ペロブスカイト超薄型光脈波センサは、将来の室内光で駆動可能なセンサとしてモノのインターネットやウェアラブル機器への応用が期待されます。
本研究成果は、2023年9月1日付で米国科学誌「Advanced Materials」のオンライン版で公開されました。

発表内容
〈研究の背景〉
近年、電子機器の小型化と高性能化が進み、ウェアラブル機器やモノのインターネット(IoT)の普及が進んでいます。それに伴い、交換不要な電源を内蔵した、自律駆動可能なウェアラブルセンサの開発が望まれています。その中でも、環境に存在する太陽光や室内光といった光エネルギーを電力に変換可能な、超薄型(5㎛以下)の太陽電池は、デバイスの面積に比例した大電力発電が可能であるため、軽量なウェアラブル電源として注目されています。これまで、有機半導体を使った有機太陽電池による電源内蔵型ウェアラブルセンサや、音響発電による電源内蔵型ウェアラブルセンサが提案されてきました。その中で近年、超薄型で高効率な光電デバイスとして、超薄型プラスチック基板とペロブスカイト結晶を用いた超薄型のペロブスカイト光電デバイスが注目されています。ペロブスカイト光電デバイスは、高い光電変換効率を持つペロブスカイト結晶を活性層へ用いることで、高効率の太陽電池や、半値幅の狭い鮮やかな発光を示す発光ダイオード(LED:Light-emitting diode)の実現が可能です。しかしながら、これまで超薄型プラスチック基板を用いた高効率のペロブスカイト光電デバイスの実現は困難であるとされていました。これは、超薄型デバイスへ用いられるポリエチレンテレフラレート(PET: Polyethylene terephthalate)やポリエチレンナフタレート(PEN: Polyethylene naphthalate)といったプラスチック基板は、高温の熱プロセスに弱く、高効率を示すペロブスカイト光電デバイス構造を超薄型基板上へ導入することができなかったためでした。

〈研究の内容〉
本研究グループは、パリレン/SU-8の積層プラスチック構造を用いた熱に強い超薄型プラスチックを基板に用いることで、世界最高効率の超薄型ペロブスカイト太陽電池・ペロブスカイトナノ粒子LEDを開発することに成功しました。開発した超薄型ペロブスカイト太陽電池は、酸化スズを下部電子注入層に持つn-i-p構造で、ガラス基板上デバイスと遜色ない効率を示し、超薄型太陽電池として世界最高効率の18.2%の変換効率を実現しました(図1)。

 

fig2

図1:超薄型ペロブスカイト太陽電池の構造図(左)及び太陽電池特性(右)
超薄型ペロブスカイト太陽電池として世界最高効率の18.2%を実現した。

 

さらに本研究では15.2cd/Aという高い変換効率を示す超薄型ペロブスカイトナノ粒子LEDを実現しました。実現したペロブスカイトナノ粒子LEDは、高効率であるだけでなく、従来の超薄型有機LEDにおいて課題であった基板由来の発光色歪みを抑えることができます。従来の幅広い発光スペクトルを持つ超薄型有機LEDにおいては、基板由来の周期的な発光スペクトルの歪みが見られる一方、超薄型ペロブスカイトナノ粒子LEDは、半値幅が狭く鋭い発光スペクトルを持つため、基板由来の周期的な発光色歪みが抑えられることが確認されました(図2)。

 

fig3

図2:超薄型ペロブスカイトナノ粒子LED発光スペクトルのシミュレーション結果

超薄型有機LEDの解析結果(左)では周期的な発光スペクトル歪みが見られる一方、超薄型ペロブスカイトナノ粒子LED(右)では、鋭い発光スペクトルにより周期的な発光スペクトル歪みを抑えることができている。

 

〈今後の展望〉

今回開発したペロブスカイト光電デバイスは、太陽光下、室内光下、どのような環境であっても高効率で発電を行うことができます。たとえば、開発した超薄型太陽電池と超薄型LEDを集積化した、電源内蔵型光センサは、太陽光・室内光それぞれの光を電力に変換し、ペロブスカイトナノ粒子LEDを光らせることができました(図3)。さらに、ナノ粒子LEDを用いて光脈波計測を行った結果、98.2%の選択性でノイズなく脈波信号を取ることに成功しました。今後、ペロブスカイト光電デバイスを用いた、室内光で持続的に駆動可能な超薄型ウェアラブル機器の開発が期待されます。

 

fig4

図3:全ペロブスカイト超薄型光センサの駆動時写真、太陽シミュレータ光(左)室内光(右)

 

発表者

東京大学大学院工学系研究科

染谷 隆夫(教授)

横田 知之(准教授)

 

スイス連邦工科大学ローザンヌ校

EPFL: École polytechnique fédérale de Lausanne

Felix Thomas Eickmeyer(ポスドク研究員)

Lukas Pfeifer(ポスドク研究員)

 

スイス連邦工科大学チューリッヒ校

ETH Zurich: Eidgenössische Technische Hochschule Zürich

Chih-Jen Shih(准教授)

Sunil B Shivarudraiah(ポスドク研究員)

Rasmussen Asbjörn(修士課程)

Gianluca Vagli(博士課程)

Tomasso Marcato(博士課程)

甚野 裕明(研究当時:ポスドク研究員)

 

論文情報

〈雑誌〉Advanced Materials91日付、オンライン版)

〈題名〉Indoor Self-Powered Perovskite Optoelectronics with Ultraflexible Monochromatic Light Source

〈著者〉Hiroaki Jinno, Sunil B Shivarudraiah, Rasmussen Asbjörn, Gianluca Vagli, Tommaso Marcato, Felix Thomas Eickemeyer, Lukas Pfeifer, Tomoyuki Yokota, Takao Someya, Chih-Jen Shih*

〈DOI〉10.1002/adma.202304604

〈URL〉https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202304604

 

用語解説

(注1)ペロブスカイト結晶

ペロブスカイト構造と呼ばれる、金属を立方晶の中心に持つ格子構造を持つ結晶。アニオンをA、カチオンをX、金属アニオンをBとした場合、ABX3の構造式で記述される。近年では特に、鉛アニオンPbとハロゲンカチオンX(ヨウ素I、臭素Br)を用いたペロブスカイト結晶APbX3が高い光電特性を持つ薄膜デバイス用の活性層として注目されている。

 

(注2)ペロブスカイトナノ粒子
ペロブスカイト結晶と有機リガンド分子からなるナノメートル(nm)サイズのミセル構造結晶。量子閉じ込め効果による発光スペクトルの短波長シフトを示す一方、10-50nmという量子ドットと比べても大きなサイズを持つため、粒子合成時のサイズばらつきによる発光スペクトルの広がりが少なく、非常に鋭い発光ピークを示す。

 

(注3)半値幅

とある関数の最大値に対して、その半分の値を示す変数の幅。本研究では、LEDのエレクトロルミネッセンス発光の最大値に対して、その半分の発光量を示す波長幅を示す。半値幅が広いLEDは発光が白くぼやけて見え、狭いLEDは鮮やかな発光色を持つ。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Advanced Materials:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202304604