プレスリリース

高分子に刻まれた情報を解読する新技術を開発 ―困難だった合成高分子のモノマーシーケンシングに筋道―

 

発表のポイント
◆DNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列を読み出す方法(シーケンシング)は確立されてきた一方で、合成高分子のモノマー配列を読み出すことは未だ困難を極めていました。
◆今回、多孔性金属錯体(MOF)がもつナノサイズの穴(細孔)へ高分子を通すことで、特定のモノマー配列を認識する技術の開発に成功しました。
◆本成果は、合成高分子のモノマーシーケンシングの実現に迫るものであり、さまざまな高分子素材開発に貢献するだけでなく、高分子を情報記憶メディアとして利用する未来のIT技術の発展にもつながります。

 

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多孔性金属錯体(MOF)の細孔を利用した高分子のモノマー配列認識

 

発表概要

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の細野暢彦准教授、植村卓史教授らは、多孔性金属錯体(MOF)(注1)と呼ばれる材料がもつナノサイズの穴(細孔)を利用して、合成高分子(注2)のモノマー配列を認識する新技術の開発に成功しました。

高分子は多数の小分子(モノマー)が連結した構造をもつひも状の巨大分子です。生命の遺伝情報を運ぶDNAも複数のモノマーからなる高分子であり、このモノマーの配列に膨大な遺伝情報が記録されています。これまで、DNA等の生体高分子のモノマー配列を読み出す技術(シーケンシング)は発展してきましたが、ポリスチレン等の人工的に合成した高分子のモノマーシーケンシングは依然として困難であり、その方法の開発が急務とされていました。

今回、MOFが有する細孔の中に高分子を1本ずつ導入するという新しい原理により、合成高分子に存在する特定のモノマー配列を認識することに成功しました。また、高分子の構造やモノマー配列の違いにもとづいて、混合物から特定の構造や配列をもつ高分子を選別することにも成功しました。

本成果は、これまで困難であった合成高分子のモノマーシーケンシングの実現に迫るブレークスルーであり、今後さまざまな高分子素材開発に貢献するだけでなく、高分子を超大容量の情報記憶メディアとして利用する未来のIT技術にもつながると期待されます。

本研究成果は、2023621日(米国東部夏時間)に国際科学誌「Chem」のオンライン版で公開されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

高分子は、多数の小分子(モノマー)が連結した長いひも状の構造をもつ巨大分子です。複数種のモノマーから合成される高分子はコポリマー(注3)と呼ばれ、そのモノマーの並び順はモノマー配列と呼ばれます。生命の遺伝情報を運ぶDNARNA(核酸)も、異なる塩基をもつヌクレオチドモノマーがひも状に連結したコポリマーであり、膨大な遺伝情報はヌクレオチドモノマーの配列として核酸の1本ごとに記録されています。生体システムは、この核酸のモノマー配列を正確に読み出し、タンパク質の生合成に利用しています。最近、DNAをナノサイズの穴に通して塩基配列を読み出すナノポアシーケンシング技術が開発され、実用化が進んだ結果、生物の全遺伝情報の解読が現実的に可能になってきました。一方で、我々の身の回りにある合成高分子もモノマー配列情報を持っています。しかし、合成高分子のモノマー配列の読み出しは依然として極めて困難であったため、これまで合成高分子のモノマー配列を情報として捉えるという発想は一般的ではありませんでした。

 

〈研究の内容〉

当研究グループは、生命における核酸の塩基配列認識をつかさどるタンパク質であるリボソーム(注4)のはたらきにインスパイアされ、新しい合成高分子のモノマー配列認識技術の開発に挑戦しました。一般に、長いひも状の形をもつ高分子はお互いに絡み合い、巨大な糸玉状の形をつくるため、その中に埋没したモノマー配列等の微小な構造情報を認識することは困難です。一方リボソームでは、非常に長いRNA1本を小さな穴に捕捉し、この穴の中で1本ずつ精密に塩基配列を読み出しています。このように高分子1本をナノサイズの穴に捕捉して構造情報を解読するという自然のメカニズムにエッセンスを見出し、多孔性金属錯体(MOF)と呼ばれる材料のナノサイズの細孔を高分子のモノマー配列認識に利用することを発想しました。一方向のトンネル状の細孔をもつMOFを利用することで、高分子を解きほぐし、引き伸ばしてモノマー配列を認識することが可能になると考えました(図1)。

 

fig021MOFの細孔を利用したモノマー配列の認識原理

 

MOFは有機物の配位子と金属イオンが連結してできた格子状の骨格をもっており、その格子にはナノメートルサイズの細孔が無数に存在します。今回の研究では、蜂の巣状の格子骨格をもち、トンネル状の細孔内に金属イオン部位が周期的に配列した構造をもつMOFを利用しました(図2)。また、このMOFは細孔の中に分子が取り込まれると格子構造が変化し、細孔サイズが小(small-pore)から大(large-pore)へと変化することが知られており、この性質を利用することで高分子の認識結果を客観的に評価することができることを見出しました。

 

fig03.

2.今回使用したMOFの構造的特徴と構造変形の概略

 

当研究グループは、最初にこのMOFへポリスチレンを導入しようとしましたが、MOFの構造は変化せず、ポリスチレンは細孔に入りませんでした。一方、ポリ(4-ビニルピリジン)を試験したところ、MOFがlarge-pore構造へ変化し、ポリ(4-ビニルピリジン)が細孔内に取り込まれることを発見しました(図3)。詳細な解析の結果、MOFの細孔内の金属イオンにポリ(4-ビニルピリジン)のモノマーの窒素原子がうまい具合に配位(注5)できるため、MOFがlarge-pore構造へ変化することがわかりました。すなわち、両高分子のモノマー構造がMOFにより識別されていることが明らかとなりました。驚くべきことに、このモノマー構造の識別原理はとても精密であり、4-ビニルピリジンの構造異性体(注6)である2-ビニルピリジンをモノマーとしたポリ(2-ビニルピリジン)はMOFの金属イオンと配位できず、細孔に導入されないことから、モノマー内の窒素原子の位置を識別可能であることがわかりました。

 

fig04.

3MOFによる高分子の識別および分別結果の例

 

次に当研究グループは、スチレンと4-ビニルピリジンの両モノマーからなるポリ(スチレン/4-ビニルピリジン)コポリマー(ランダムコポリマー)のモノマー配列の識別に挑戦しました。スチレンと4-ビニルピリジンモノマーの組成を変えた数種類のランダムコポリマーを用意し、MOFへ導入しようとしたところ、スチレンの割合が高いとMOFへ全く取り込まれないのに対し、4-ビニルピリジンの割合が50%を超えた点で急激にMOFlarge-pore構造となり、MOFへ取り込まれることが明らかになりました(図4)。核磁気共鳴分光法やX線光電子分光法、分子モデル計算等を用いた詳細な解析の結果、MOFの細孔内部に存在する金属イオン部位の周期的配列により、4-ビニルピリジンモノマーの特定の配列構造が認識された結果によるものであることが示されました。これは、MOFのナノサイズの細孔によって合成高分子のモノマー配列が認識できることを世界で初めて実証した大きな発見です。

 

fig05.

4MOFによるモノマー配列とブロック配列の識別

 

興味深いことに、本MOFはランダムコポリマーだけでなく、ブロックコポリマーの構造についても識別可能であることがわかりました。ランダムコポリマーとブロックコポリマーは、お互いモノマーの並び方が異なりますが、一度両者が混ざってしまうと従来の方法で両者を識別し分離することは困難でした。今回、スチレンと4-ビニルピリジンの組成が等しいランダムコポリマーとブロックコポリマーの混合溶液にMOFを添加したところ、MOFはブロックコポリマーだけを細孔内に取り込み、結果として極めて簡便な操作で両コポリマーを分離することにも成功しました。

 

〈今後の展望〉

核酸はわずか4つの塩基(アデニン、シトシン、グアニン、チミン)の配列で全生命情報を記述しているのに対し、現在の合成高分子で利用できるモノマーの数は100を超えています。すなわち、合成高分子のモノマーシーケンシングは、我々の生活を一変させる情報イノベーションにつながります。本成果は、これまで有効な方法がほとんどなかった合成高分子のモノマーシーケンシングに筋道を提供し、将来的に高分子を情報メディアとして利用する未来のIT技術への応用が期待されます。また、構造にバラツキのない高分子を得る新しい手法としてさまざまな高分子素材の高純度化・高機能化に利用可能であるだけでなく、簡便かつ精密なプラスチック分別法のひとつとして、循環型社会構築への貢献も期待されます。

 

発表者

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻

細野 暢彦(准教授)

植村 卓史(教授)

 

論文情報

〈雑誌〉Chem

〈題名〉Decoding Polymer Chains via Gated Inclusion into Flexible Nanoporous Crystals

〈著者〉Biplab Manna, Mizuki Asami, Nobuhiko Hosono*, Takashi Uemura*

〈DOI〉10.1016/j.chempr.2023.05.041

〈URL〉https://doi.org/10.1016/j.chempr.2023.05.041

 

研究助成

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(A)(課題番号:JP21H04687)、基盤研究(B)(課題番号:JP21H01981)、新学術領域研究「発動分子科学」(課題番号:JP21H00385)、文部科学省・データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(課題番号:JPMXP1122714694)、東京大学・UTEC-UTokyo FSI Research Grant Program、克研究奨励賞の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)多孔性金属錯体(MOF):

金属イオンと有機化合物が結合することで構成され、無数の規則的な細孔を骨格中に有する結晶性物質。金属有機構造体とも呼ばれる。吸着材や触媒等への応用が幅広く検討されている。

 

(注2)高分子:

たくさんの小さな分子(モノマー)が連結してできた巨大分子。ポリマーとも呼ばれ、一般に長いひも状の分子構造をもつ。身の回りのプラスチックの原料となるだけでなく、医薬品や化粧品等、さまざまな製品に用いられている。1種類のモノマーからなるポリマーは、ホモポリマーと呼ばれる。

 

(注3)コポリマー:

2種類以上のモノマーからなる高分子。共重合体とも呼ばれる。複数種のモノマーがバラバラ(ランダム)に連結してできた高分子をランダムコポリマーと呼ぶ。また、2種類のホモポリマーが連結した構造をもつ高分子は、ブロックコポリマーと呼ばれる。

fig06.

 

(注4)リボソーム:

全ての細胞に存在するタンパク質で、mRNA(メッセンジャーRNA)の塩基配列を認識し、その情報に従ってアミノ酸を正しく連結させ特定のタンパク質を合成する機能をもつ。

 

(注5)配位:

金属錯体において、金属原子と有機物等の配位子の間で電子を授受することで配位結合を形成すること。

 

(注6)構造異性体:

分子を構成する原子の種類や組成は等しいが、原子の結合関係が異なる構造をもつ分子。4-ビニルピリジンと2-ビニルピリジンは、窒素原子が結合する位置だけが異なる構造異性体である。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Chem:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2451929423002735?via%3Dihub