プレスリリース

バンドトポロジーの性質、アモルファス薄膜で発見:応用に適した新材料で次世代センサや素子の開発を加速

 

【発表のポイント】

  • 結晶ではホットな研究テーマであるバンドトポロジー(注1)について、これまで研究の対象外であったアモルファスでの評価に取り組みました。
  • 鉄(Fe)とスズ(Sn)のアモルファス薄膜でも結晶と同等の巨大な異常ホール効果および異常ネルンスト効果(注2)を観測し、その機構としてトポロジカルな電子状態の寄与を初めて解明しました。
  • アモルファスベースの高性能磁気センサや熱流センサの実現に向けての前進が期待されます。

 

【概要】

近年トポロジー(数学の分野である位相幾何学)の観点から固体の物性を理解し、素子に応用しようとするトポロジカル物質科学が注目を集めています。トポロジカルな物性の発現には、結晶中の周期的な原子の並びによる長距離の結晶秩序(注3)と、それと表裏一体の電子のバンド構造(注4)が重要と考えられています。これに対し、原子の周期性が短距離にしか存在しないアモルファス状態は、トポロジカル物質の際立った物性を引き出すことに不向きと考えられていました。

東北大学金属材料研究所の藤原宏平准教授と塚﨑敦教授、東京大学大学院工学系研究科の加藤康之講師と求幸年教授、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の阿部仁准教授らの研究グループは、鉄とスズのアモルファス薄膜を用いた実験とモデル計算で、主に結晶で議論されてきたバンドトポロジーの概念が、各種応用に適したアモルファス状態でも有効であることを初めて明らかにしました。本研究ではアモルファス薄膜中のごく短距離の原子の秩序が寄与することで、結晶と同等の巨大な異常ホール効果および異常ネルンスト効果が生じることを実証することに成功しました。

この成果はトポロジカル物質の枠組みを大きく広げるだけでなく、結晶よりも安価に作製できるアモルファス薄膜を活用した素子の開発にも貢献し、ひいてはモノのインターネット(IoT)の実現に向けたセンシング技術の高度化にも寄与すると期待されます。本研究成果は2023年6月13日(英国夏時間)に、科学誌Nature Communicationsオンライン版に掲載されました。

 

【詳細な説明】

研究の背景

トポロジーの観点から固体の性質を理解・分類するトポロジカル物質科学が急速な発展を遂げており、トポロジカル物質の際立った物性を新たな素子機能に応用しようとする研究展開が加速しています。特に、トポロジカル半金属(注5)と呼ばれる物質群で発現する異常ホール効果や異常ネルンスト効果が次世代センサや素子の原理として注目を集めています。これらの効果の起源として、結晶構造のもつ特別な対称性とその結果生じる特別な電子状態が盛んに議論されています。優れた物性を示す結晶性物質が相次いで発見される一方、応用に適したアモルファス(例:アモルファスシリコン太陽電池、電界効果型薄膜トランジスタ)は、トポロジカル物質科学の研究の対象とは見なされていませんでした。原子配列に長距離秩序の無いアモルファス(図1)では、長距離の秩序を有する結晶を前提とするバンドトポロジーの電子状態に基づく考え方を適用できないためです。そのため、アモルファス試料におけるトポロジカル物性に関わる基礎的理解は全く進んでいませんでした。

 

fig1

図1. 結晶とアモルファスの模式図。長距離秩序を有する結晶(単結晶・多結晶試料)では、電子のエネルギーと波数の関係(バンド)が定義され、電子の存在するエネルギー上限値であるフェルミ準位とバンドの位置関係が物性を特徴づける。一方、長距離秩序のないアモルファスでは定義が難しい。

 

発表者らのグループでは2019年に、試料の大部分に結晶的な秩序が存在しないアモルファスに近いFe–Sn強磁性(注6)薄膜において、トポロジカル半金属であるカゴメ格子結晶(注7)Fe3Sn2と同等の大きな異常ホール効果が生じることを見出し、それ以降ホール素子(磁気センサの一種)や三次元磁場検出素子などの様々な素子活用を提唱してきました(参考文献1~3)。アモルファス薄膜試料のデバイス材料としての優れたポテンシャルが明らかになる一方で、上記試料は結晶性領域を部分的に含んでいたため、機能発現の起源を特定することが難しく、本質的理解に迫ることができていませんでした。

 

今回の取り組み

ガラス基板上への室温スパッタリング蒸着(注8)で均質なFe–Snアモルファス薄膜を作製し、様々な組成の試料を系統的に評価しました。この試料はほぼアモルファス領域のみで構成されるため、結晶領域の寄与を排除して議論できるようになりました。作製した試料は、汎用的な構造評価(X線回折および透過型電子顕微鏡)の範囲では結晶の特徴を示さないため、一般的基準ではアモルファス状態に区別されます。一方で、異常ホール効果と異常ネルンスト効果の測定においては、カゴメ格子結晶のFe3Sn2やFe3Snに匹敵する高い値を示しました(図2)。特に、磁気熱電変換素子としての性能に直結する異常ネルンスト係数は、これまでにトポロジカル物質群で報告されている最高値クラスの2.0  枚黒 µV/K(マイクロボルト毎ケルビン)を示しました。

fig2

図2. ガラス基板上に作製したFe-Sn薄膜の透過型電子顕微鏡像(左図)。図中破線は基板(下部)と薄膜(上部)との境界を示す。電子線回折像(挿入図)には、ぼやけたリング構造のみが検出されており、結晶秩序の特徴を示していない。異常ホール角と異常ネルンスト係数の組成依存性(右図)。これらはそれぞれ、ホール素子と熱流センサとしての特性と関連している。特徴的な組成依存性に加え、結晶性試料に匹敵する高い特性値がアモルファス薄膜でも得られることを示す結果である。

 

これらの優れた物性の背後にあるメカニズムを明らかにすべく、放射光EXAFS(広域X線吸収微細構造)(注9)を測定し、原子配列の短距離秩序に着目しました。その結果、アモルファス状態でも最近接原子間距離程度のごく短いスケールでは、カゴメ格子結晶の構造的特徴をもつ短距離秩序が存在することを突き止めました(図3)。さらに、これらの構造パラメータを反映した理論モデルとして、アモルファス状態を小さなカゴメ格子の“破片”の集合体として扱うフラグメントモデルを新たに開発し、計算機シミュレーションを行うことで、Fe–Snアモルファス薄膜の大きな異常ホール効果および異常ネルンスト効果が、カゴメ格子結晶で報告されている効果と共通のメカニズムで理解できることを初めて明らかにしました。この結果は、アモルファス状態の短距離秩序にもバンドトポロジーの寄与する物性を発現させる機構が潜んでいることを示唆しています。

 

fig3

図3. 放射光EXAFSで検出したFe–Snアモルファス薄膜中に存在する短距離秩序の模式図(左図)。実験的に決定した構造パラメータと対応する理論モデルとして、フラグメントモデル(右図)を新たに開発し、計算機シミュレーションに用いることでトポロジカルな電子状態の寄与を明らかにした。

 

今後の展開

アモルファス薄膜は、室温スパッタリング蒸着で様々な基材上に大面積形成することができ、各種応用に適していることから、トポロジカル物質の素子化研究が今後一層加速するものと期待できます。また、ポリマー基板上への低温形成も可能なことから、フレキシブル素子などへの応用を通して、IoT関連技術の発展や利便性向上にも寄与することが期待されます。一方で、本研究で明らかになったFeカゴメ格子の短距離秩序の役割を考慮すると、完全にランダムな構造ではなく、一定の条件を満たすアモルファスであることが機能発現に必要と考えられます。短距離秩序のモチーフとなる結晶秩序(例:三角格子、カゴメ格子)の影響や熱力学的構造安定性に関する理解など、明らかにすべきことはまだ多く残されています。本研究で開発したシミュレーションモデルは、拡張して様々な物質にも適用できることから、これらの基礎的理解に向けた方法論として今後の発展が期待されます。

 

【参考文献】

  1. Y. Satake, K. Fujiwara, J. Shiogai, T. Seki, and A. Tsukazaki, Scientific Reports 9, 3282 (2019).
  2. J. Shiogai, K. Fujiwara, T. Nojima, and A. Tsukazaki, Communications Materials 2, 102 (2021).
  3. 藤原 宏平, 塩貝 純一, 塚﨑 敦, 応用物理 92, 20–24 (2023).

 

【謝辞】

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「トポロジカル機能界面の創出」(研究代表者:塚﨑 敦、 課題番号:JPMJCR18T2)、熱・電気エネルギー技術財団研究助成(研究代表者:藤原 宏平)、東北大学金属材料研究所国際共同利用・共同研究拠点(課題番号:202012-CRKEQ-0410, 202112-CRKEQ-0413)、高エネルギー加速器研究機構共同利用(課題番号:2021S2-002, 2021V006, 2022G674)からの支援を受けて実施されました。

 

【用語説明】

注1.バンドトポロジー 固体中での電子の運動を特徴づけるバンド構造の幾何学的性質の一種。トポロジカル物質と呼ばれる物質群は、従来の金属や半導体とは異なるバンドトポロジーをもつ。物性物理学と数理科学のアプローチにより、その理解が進められている。

 

注2.異常ホール効果と異常ネルンスト効果 試料のx方向に通電した状態でz方向に磁場を印加すると、ローレンツ力により電子の運動方向が捻じ曲げられ、y方向に電圧(ホール起電力)が生じる現象を(正常)ホール効果と呼ぶ(x, y, zは直交座標系とする)。磁性体では、これに磁化の寄与が加わり、異常ホール効果と呼ばれる。その熱流版として、試料に温度勾配を印加したときに、温度勾配と試料の磁化の両方に直交する方向に電位勾配が生じる現象を異常ネルンスト効果と呼ぶ。これらの効果はそれぞれ、磁気センサや熱流センサの原理として用いることができる。強磁性のトポロジカル半金属では、特殊な電子状態に起因して、巨大な異常ホール効果および異常ネルンスト効果が生じる。

 

注3.長距離の結晶秩序 結晶を特徴づける原子やイオンの周期的な配列。長距離秩序の観測されない場合に一般にアモルファスと分類されるが、物質によっては最近接原子間距離程度の短距離秩序が生じる場合がある。

 

注4.バンド構造 周期的な原子・イオン配列が存在する場合、電子の運動を波数(波長の逆数)で記述することができる。無数の原子・イオンから成る固体では、電子の存在が許されるエネルギー状態が波数に依存して、バンド(帯)として出現し、その性質が諸物性を決定する。この基本的な考えはトポロジカル物質の物性理解にも適用されている。周期的な原子・イオン配列が存在しないアモルファスには、この概念を直接適用することができない。

 

注5.トポロジカル半金属 結晶の特別な対称性やスピン軌道相互作用によって保護された線形のエネルギー分散(電子のエネルギーと波数の関係)が試料全体に三次元的に広がった物質。磁性ワイル半金属やノーダル線半金属と呼ばれる物質がその一種であり、カゴメ格子結晶のFe3Sn2やFe3Snはこれらに分類されている。

 

注6.強磁性 電子がもつミクロな磁石の性質であるスピンが同じ方向に並ぶことで、マクロな磁化を生み出している磁気的状態。鉄、ニッケル、コバルトが代表的な強磁性を示す物質。鉄を含む合金の多くは、高い温度からスピンが並びやすい(高い磁気転移温度をもつ)ことが知られており、本研究で作製したアモルファス薄膜も室温で強磁性を示す。

 

注7.カゴメ格子結晶 日本語の籠目に由来する幾何学パターン状の原子配列をもつ結晶。カゴメ格子結晶のFe3Sn2やFe3Snでは、Fe原子がカゴメ格子を形成する(図3左部の赤線)。

 

注8.スパッタリング蒸着 物理的気相蒸着法の一種。ターゲットと呼ばれる固体原料に、アルゴンプラズマなどのイオン化粒子を照射することでターゲット表面の原子分子を気化し、基板上に薄膜として形成する手法。容易に大面積形成に展開できることから、産業分野で広く用いられている。

 

注9.放射光EXAFS(広域X線吸収微細構造) 放射光を用いて物質の構造を解析する手法の一つ。EXAFSは「Extended X-ray Absorption Fine Structure」の略。X線のエネルギーを変えながら試料に照射し、吸収されたX線のスペクトルを解析することで、試料中の注目した元素近傍の局所的な構造や化学状態などの詳細な構造情報が得られる。実験は高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー BL-9Aで行った。

 

【論文情報】

タイトル: Berry curvature contributions of kagome-lattice fragments in amorphous Fe–Sn thin films

著者: Kohei Fujiwara*†, Yasuyuki Kato, Hitoshi Abe, Shun Noguchi,
Junichi Shiogai, Yasuhiro Niwa, Hiroshi Kumigashira, Yukitoshi Motome, and Atsushi Tsukazaki

*責任著者:東北大学金属材料研究所 准教授 藤原 宏平

共同筆頭著者

掲載誌:Nature Communications

DOI: 10.1038/s41467-023-39112-1

URL: https://doi.org/10.1038/s41467-023-39112-1

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-023-39112-1