プレスリリース

高い可視・電波透過性をあわせ持つフレキシブルな透明反射遮熱フィルムの開発―省エネガラス窓への応用に期待―

 

1.発表のポイント

酸化物半導体ナノ粒子を用いた高い可視・電波透過性をあわせ持つフレキシブルな透明反射遮熱フィルムの開発に成功しました。
ナノ粒子間界面の空間的制御を表面プラズモン共鳴に応用して、選択的な共鳴反射性能を赤外領域で実現しました。
高い電波透過性が必要とされる自動車や建築用のガラス窓への透明反射遮熱フィルムへの応用に期待され、省エネ社会の実現に貢献します。

 

2.発表概要

東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻/電気系工学専攻の松井裕章 准教授らの研究グループは、高い可視・電波性をあわせ持つ省エネガラス窓への応用に向けて、酸化物半導体ナノ粒子(注1)の近赤外表面プラズモン技術(注2)を用いた透明反射遮熱フィルムの開発に成功しました。

従来技術では難しかった高い可視・電波透過性をあわせ持つ透明反射遮熱技術を、酸化物半導体ナノ粒子間界面の空間的制御を表面プラズモン技術に応用することで実現しました。

酸化物半導体ナノ粒子の近赤外表面プラズモン制御は、ZEB / ZEH分野(注3)およびLow-E技術(注4)に関係する省エネ社会に貢献し、特に、5G(6G)等の高度情報通信が可能な高い電波透過性をあわせ持つ透明反射遮熱フィルムへの応用が期待されます。

本研究成果は、20221019日(米国太平洋夏時間)に米国化学会誌「ACS Applied Materials & Interfaces」のオンライン版に掲載されました。

 

3.発表内容

<研究の背景>

省エネ社会の実現に向けて、窓から侵入する赤外光(熱線)遮断は大きな課題です。特に、透明反射遮熱性能を持ったガラス窓の開発は、ZEB / ZEHに代表されるようなエネルギー消費の少ない建物や住宅への利用に期待されています。さらに、低燃費・ハイブリッド・EV車など自動車分野においても透明反射遮熱フィルムの需要が高まっています。従来の遮熱方法には酸化物半導体ナノ粒子を用いた光(熱)吸収型とAg系多層薄膜(注5)を用いた光(熱)反射型があります。前者はガラス窓が吸収した光(熱)の再放射により遮熱性に、後者は電波(高いマイクロ波帯域)透過性が低いため通信に課題があります。そのため、高い可視・電波透過性をあわせ持つ透明反射遮熱フィルムの開発は、建物・住宅および自動車の快適な居住空間の実現、および省エネルギー技術の一環として重要です。

 

<研究内容>

本研究では、昔から透明導電膜(注6)としてよく知られたSn添加In2O3ITO)を用いた新しい応用分野を開拓しました。本研究グループは、酸化物半導体のナノ粒子間界面制御を表面プラズモン共鳴に応用することで、高い可視・電波透過性をあわせ持つ透明反射遮熱フィルムを実現しました。15 nm程度の粒子サイズを持つITOナノ粒子は、従来のスパッタリング法(注7)で作製したITO連続薄膜と異なり、近赤外領域で強い表面プラズモン共鳴を示します(図1a)。それは、ITOナノ粒子内に10%Sn原子が均一に添加され、ナノ粒子それ自体が金属的性質を持つことに由来します(図1c - 1e)。さらに、得られたITOナノ粒子表面には分子リガンド(注8)が存在し、ITOナノ粒子同士が結合せずに2 nm程度のナノ粒子間距離を維持した状態で存在しています(図1b)。本研究では、上記の性質を持つITOナノ粒子とスピンコーティング法(注9)で作製されたナノ粒子薄膜の遮熱性能を評価しました。

2aに、ITOナノ粒子薄膜の可視光領域での光学特性(透過率・反射率)を示します。可視光の透過率は全波長領域で75%以上を維持し、反射率は20%以下を示しました。また、ITOナノ粒子薄膜の曇り度を示す透過ヘーズ率は3%以下で、可視光の散乱もほとんどありません(図2b)。これは、ナノ粒子薄膜の表面平坦性が高いことに関係していることが、原子間力顕微鏡(注10)による計測から明らかになりました(図2c)。

ITOナノ粒子薄膜は近赤外領域で60%程度の高い反射率および低い透過率を示しました(図3a)。走査型電子顕微鏡(注11)を用いて観測した結果、ITOナノ粒子薄膜の表面および断面の局所構造形態には単一ナノ粒子が3次元積層されていることが分かりました(図3b)。また、ITOナノ粒子薄膜からの近赤外線反射は、ナノ粒子間界面で生じる光電場増強が重要な役割を果たします(図3c)。それは、ITOナノ粒子薄膜の3次元電磁界解析から明らかにしました。図3dは、ナノ粒子薄膜における光電場分布の解析結果を示します。薄膜表面近傍のナノ粒子間界面に強い電場増強が観測されました。このことから、近赤外領域で観測された高い反射性能は、ナノ粒子間界面での強い光電場増強と密接に関係することが分かります。

また、本研究で開発されたITOナノ粒子薄膜の熱線に対する遮熱性能の評価を実施しました。図4aに、赤外線照射に伴う熱線遮蔽の性能評価に関する実験の模式図を示しています。赤外線(100W, 2500 K)照射下における断熱ボックス内の空気温度の時間的な変化を測定しました。ITOナノ薄膜を付与した場合、ボックス内の空気温度の上昇率が低く抑えられました(図4b)。この結果は、ITOナノ粒子薄膜が熱線を遮蔽する能力を持つことを示しています。

 

<社会的意義・将来展望>

本研究で開発された透明反射遮熱フィルムは、建物・住宅から自動車分野まで幅広い反射遮熱に向けた光熱技術となり、極めて高い社会的意義があります。また、高い電波透過性をもつ本フィルム試料は、5G6G)等の情報通信で必要なマイクロ波帯域を遮断しません。将来的には、高断熱住宅等のLow-Eガラス等への適用も考えられ、低熱放射技術に向けた重要な材料になる事が期待されます。

 

<謝辞

本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:21H0136)」、「基盤研究(B)(課題番号18H01468)」、双葉電子記念財団、加藤科学振興会の支援により実施されました。

 

4.発表雑誌

雑誌名:ACS Applied Materials & Interfaces」(オンライン版:1019日)

論文タイトル:Infrared Plasmonic Metamaterials Based on Transparent Nanoparticle Films of In2O3:Sn for Solar-Thermal Shielding

著者:Hiroaki Matsui*, Miho Shoji, Satoko Higano, Hidehiko Yoda, Yosuke Ono, Jiaqi Yang, Teppei Misumi and Aki Fujita

DOI番号:10.1021/acsami.2c14257

 

本研究グループ:

松井  裕章(東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻/電気系工学専攻)

庄司  美穂(三菱マテリアル株式会社 中央研究所)

日向野 怜子(三菱マテリアル株式会社 中央研究所)

依田  秀彦(宇都宮大学 大学院地域創生科学研究科 工農総合科学専攻

小埜     洋輔(株式会社Attract to Japan)

藤田     明希(株式会社科学技術研究所 科学技術部)

 

5.用語解説

(注1)酸化物半導体ナノ粒子

酸化物半導体は透明な酸化物材料(例えば、ZnO, In2O3およびSnO2)。ナノ粒子はナノメートルスケール(典型的には、50 nm以下)の大きさの粒子を意味する。

(注2)表面プラズモン

金属表面に局在した自由電子の集団的振動による局在した波である。入射光が表面プラズモンと共鳴した場合、入射光のエネルギーの一部が金属表面に移動する。

(注3)ZEB / ZEH分野

ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ハウス)の略称で、快適な室内環境を実現し、建物で消費する年間のエネルギー収支をゼロにすることを目指した建物を指す。

(注4)Low-E技術

Low-Eはlow emissivityの略称で低放射を意味する。つまり、ガラス窓にコーティングされた特殊な金属膜が、熱を吸収・反射することで室内の快適性を高める技術。

(注5)Ag系多層薄膜

金属である銀(Ag)と誘電体(例えば、ZnO)の積層構造を持つ薄膜であり、積層の周期性を利用して近赤外領域で高い反射性能を持つ。

(注6)透明導電膜

金属材料と同様に高い導電性を持ち、可視光を透過する性質を持つ材料で作製された薄膜。

(注7)スパッタリング法

薄膜形成に利用されている気相成長法の一つであり、高エネルギーイオンをターゲットに衝突させ、目的の材料薄膜を作製する手法。

(注8)分子リガンド

酸化物半導体ナノ粒子表面に修飾させた有機分子。

(注9)スピンコーティング法

平滑な基板を高速回転させる事で遠心力で薄膜を作製する手法。

(注10)原子間力顕微鏡

微細な探針で試料表面を走査し、表面粗さをナノスケールサイズで3次元的に計測する手法。

(注11)走査型電子顕微鏡

電子線を試料に照射した際に放出される電子情報を基に、試料の微細な構造を測定する手法。

 

6.添付資料

 

fig1図1. (a) ITOナノ粒子溶液における近赤外領域の減光度スペクトル。(b) ITOナノ粒子のSTEM像。(c), (d)および(e)は、In-L線、O-K線およびSn-L線におけるEDXの2次元マッピング像。

 

fig2

図2. (a) ITOナノ粒子薄膜の赤外領域における反射率(赤線)および透過率(黒線)スペクトル。(b) ITOナノ粒子薄膜の可視透明性(曇り度を示すヘーズ率は3%以下)。(c) ITOナノ粒子薄膜の原子間力顕微鏡(AFM)像。表面粗さは10 nm以下。

 

fig3図3. (a) ITOナノ粒子薄膜の赤外領域における反射率(赤線)および透過率(黒線)スペクトル。(b) ITOナノ粒子薄膜の表面形態像(SEM観察)。(c) ナノ粒子薄膜の光散乱と光電場増強の模式図。(d) 近赤外領域におけるナノ粒子間界面に形成された電場増強度の可視化分布。

 

fig4

図4. (a) 100Wの赤外線ランプ照射に伴う熱線遮蔽の性能評価に向けた実験の模式図と写真。(b) 赤外線照射下におけるボックス内の空気温度の時間依存性。特に、ナノ粒子薄膜の温度上昇の低減に与える効果を実証。

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

ACS Applied Materials & Interfaceshttps://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsami.2c14257