プレスリリース
- 研究
- 2022
超高密度な磁気渦を示すシンプルな二元合金物質を発見-次世代磁気メモリへの応用に期待-
1.発表のポイント:
◆二種類の元素からなるシンプルな合金中で超高密度な磁気スキルミオン(微小な磁気渦)が生成されていることを発見しました。
◆磁場の強さや温度によって磁気スキルミオンの並び方が変化することを見出し、その微視的な機構を明らかにしました。
◆超高密度な磁気スキルミオンの設計や外場制御に新たな指針を与えており、今後の物質探索や機能開拓の礎となることが期待されます。
2.発表概要:
電子スピン(注1)の渦巻き構造である磁気スキルミオン(注2)は、典型的な直径が数十~数百ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)と小さく、次世代超高密度磁気メモリのための新たな情報担体(注3)の候補として注目されています。磁気スキルミオンは、元々、特殊な対称性の結晶構造を持つ物質中でのみ現れると考えられていました。しかし最近では、ごくありふれた結晶構造を持つ物質中で、直径が数ナノメートルの超高密度な磁気スキルミオンの形成が報告され、従来とは異なる形成機構が提案されています。
東京大学大学院工学系研究科の高木里奈助教、関真一郎准教授らを中心とする研究グループは、理化学研究所、東京大学物性研究所、日本原子力研究開発機構、総合科学研究機構、東京大学大学院新領域創成科学研究科との共同研究のもと、単純な結晶構造を持つEuAl4(Eu:ユウロピウム、Al:アルミニウム)という物質に着目し、中性子・エックス線の散乱実験を行ったところ、直径3.5ナノメートルの超高密度な磁気スキルミオンを生成していることを発見しました。さらに、磁場や温度によって磁気スキルミオンの並び方が正方格子から菱形格子へと変化することを見出し、その起源が物質中を動き回る電子が媒介する相互作用に由来していることを明らかにしました。
本研究成果は、二種類の元素のみを含む単純な二元合金であっても、極小サイズの磁気スキルミオンの多彩な秩序構造を実現できることを示しており、今後の物質設計・探索や制御手法の開拓に重要な指針を与えることが期待されます。
本研究成果は、2022年3月30日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
3.発表内容:
■研究の背景
近年、省電力・高密度な次世代磁気メモリの情報担体の候補として、磁気スキルミオン(図1a)と呼ばれる電子スピンの渦巻き構造が注目されています。磁気スキルミオンの典型的な直径は数十~数百ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)と小さく、その存在を電気的に検出できることが知られています。磁気スキルミオンは、元々、空間反転対称性(注4)が破れた特殊な結晶構造を持つ物質中で発見され、その形成にはジャロシンスキ・守谷相互作用と呼ばれる隣り合うスピンの向きを捻じ曲げようとする力が必要と考えられてきました。一方、最近では空間反転対称性が保たれた結晶構造の物質中で、従来よりも高密度な磁気スキルミオンの観測が報告され、その形成機構として物質中を動き回る電子に媒介される磁気相互作用が提案されています。しかし、こうした新機構による磁気スキルミオン形成が報告されている物質は非常に少なく、三種類以上の元素からなる複雑な物質に限られていました。また、こうした磁気スキルミオンは結晶格子と同じ対称性に整列した状態でのみ観測されており、その並び方を外場によって制御できるかどうかはわかっていませんでした。
■研究内容
本研究では、空間反転対称性の保たれた正方格子構造の二元合金EuAl4に着目しました。この物質の結晶構造は、ユウロピウム(Eu)とアルミニウム(Al)がそれぞれ形成する二次元的な層が交互に積層した単純な構造をしています(図1b)。この物質の磁気構造を詳しく調べるため、大強度陽子加速器施設J-PARCおよび日本原子力研究開発機構研究用原子炉JRR-3において中性子散乱実験を、ドイツ電子シンクロトロン研究所DESYにてエックス線散乱実験を行いました。その結果、温度や磁場を変化させていくと多段階に磁気構造が変化し、中間の磁場領域において、直径3.5ナノメートルの磁気スキルミオンが規則正しく整列して正方形の格子を組んだ状態が現れることを発見しました(図2)。また、磁場の強さを変えると、磁気スキルミオンの配列が変化し、菱形の格子を組んで整列した状態になることを見出しました。すなわち、この物質中では磁気スキルミオンが並び方に自由度を持っており、外場によって配列を制御できる可能性が明らかになりました。
さらに、磁性金属の理論モデルを用いて正方格子における磁気構造のシミュレーション計算を行ったところ、実験で観測した磁気スキルミオンの配列変化をよく再現する結果が得られました。このことから、物質中を動き回る電子に媒介される磁気相互作用が磁気スキルミオンの形成に主要な役割を果たしていることが強く示唆されます。
■社会的意義・今後の予定
これまでの物質と比べて、より単純な二種類の元素からなる合金でも、新機構による磁気スキルミオン形成が実証されたことから、多くの種類の原料を使わないシンプルな材料設計につながると考えられます。また、今回発見したような配列の自由度が高い、超高密度な磁気スキルミオンを示す物質探索を進めることで、次世代磁気メモリ材料への道筋が開けることが期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の「情報担体とその集積のための材料・デバイス・システム」研究領域(No. JPMJPR20B4)および「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」研究領域(No. JPMJPR18L5・ JPMJPR20L8)、同戦略的創造研究推進事業CRESTの「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」研究領域(No. JPMJCR1874)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究S(No. 21H04990)、同基盤研究A(No. 18H03685・20H00349・21H04440)、同基盤研究B(No. 17H02815・19H01856・20H01864)、同若手研究(No. 21K13876)、東京大学克研究奨励賞、旭硝子財団、村田学術振興財団の支援を受けて、大強度陽子加速器施設J-PARC研究課題(2017L0701, 2019C0006)、日本原子力研究開発機構JRR-3研究課題(No. 21512, 21401)、ドイツ電子シンクロトロン研究所DESY研究課題(I-20190781EC)のもとで実施しました。
4.発表雑誌:
雑誌名:「Nature Communications」
論文タイトル:Square and rhombic lattices of magnetic skyrmions in a centrosymmetric binary compound
著者:Rina Takagi*, Naofumi Matsuyama, Victor Ukleev, Le Yu, Jonathan S. White, Sonia Francoual, José R. L. Mardegan, Satoru Hayami, Hiraku Saito, Koji Kaneko, Kazuki Ohishi, Yoshichika Ōnuki, Taka-hisa Arima, Yoshinori Tokura, Taro Nakajima, Shinichiro Seki
DOI番号:10.1038/s41467-022-29131-9
5.発表者:
高木 里奈(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構・物理工学専攻 助教/
理化学研究所 創発物性科学研究センター強相関物性研究グループ 客員研究員/
科学技術振興機構 さきがけ研究者)
松山 直史(東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 修士課程)
速水 賢(東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 講師/
科学技術振興機構 さきがけ研究者)
齋藤 開(東京大学 物性研究所中性子科学研究施設 助教)
金子 耕士(日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター 研究主幹)
大石 一城(総合科学研究機構 中性子科学センター 副主任研究員)
大貫 惇睦(理化学研究所 創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チーム 上級研究員)
有馬 孝尚(東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
理化学研究所 創発物性科学研究センター強相関量子構造研究チーム チームリーダー)
十倉 好紀(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長/
東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ))
中島 多朗(東京大学 物性研究所附属中性子科学研究施設 准教授/
理化学研究所 創発物性科学研究センター強相関量子構造研究チーム 客員研究員)
関 真一郎(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構・物理工学専攻 准教授/
理化学研究所 創発物性科学研究センター強相関物性研究グループ 客員研究員
/科学技術振興機構 さきがけ研究者)
6.用語解説:
(注1)スピン
物質中の電子は小さな磁石としての性質(磁気モーメント)を持っています。磁気モーメントは、電子が原子核の周りを回転運動することで生じるほか、自転に相当する「スピン」と呼ばれる自由度にともなって生じます。
(注2)磁気スキルミオン
物質中には数多くの電子が存在しており、小さな磁石としての性質(磁気モーメント)を持っています。電子の磁石の向きが一方向に揃った物質が通常の磁石(強磁性体)です。一方、固体中の電子の持つ磁気モーメントが渦状に配列することがあり、この渦状の磁気構造体を「磁気スキルミオン」と呼びます。
(注3)情報担体
メモリにおいて情報の保持、書き込み、読み出しができる構造や状態を「情報担体」と呼びます。磁気スキルミオンの有無が1ビットの情報量に対応するため、磁気スキルミオンの高密度化によって小型で大容量なメモリを実現できる可能性があります。
(注4)空間反転対称性
上下・前後・左右にすべてひっくり返したときに元の構造と完全に重なる構造は「空間反転対称性が保たれている」といい、元の構造と重ならない構造は「空間反転対称性が破れている」といいます。
7.本研究における各研究者の役割
高木 里奈:研究計画立案、試料合成、磁性・輸送特性評価、中性子散乱実験、X線散乱実験
松山 直史:試料合成、磁性・輸送特性評価
速水 賢:理論計算
齋藤 開:中性子散乱実験
金子 耕士:中性子散乱実験
大石 一城:中性子散乱実験
大貫 惇睦:試料合成
有馬 孝尚:研究計画立案
十倉 好紀:研究計画立案
中島 多朗:研究計画立案、中性子散乱実験
関 真一郎:研究計画立案
9.添付資料:
図1:(a) 一つの磁気スキルミオンの模式図。各矢印はユウロピウム(Eu)原子それぞれの磁気モーメントの向きを示している。(b) EuAl4の結晶構造。
図2:(a)EuAl4の磁気相図。(b)観測した磁気スキルミオンの正方格子(III)および菱形格子(II)の模式図。背景色は、電子が持つ磁気モーメントの紙面垂直成分の向きを表しており、赤い部分で手前側、青い部分で向こう側を向いている。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications: https://www.nature.com/articles/s41467-022-29131-9