プレスリリース

洗濯しても落ちない!高付着性ポリフェノールからなる抗菌・抗ウイルス性コーティングを開発

 

1.発表者

Joseph Jacob Richardson(日本学術振興会 外国人特別研究員)
江島 広貴(東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 准教授)

 

2.発表のポイント
洗濯しても落ちない付着性に優れる抗菌・抗ウイルスコーティングを開発しました。
ポリフェノール(注1)の一種であるタンニン酸を銀イオンと複合化させることで、付着性と抗菌性の両立に成功しました。
本コーティングは安全、簡便、安価であるため、衣服などさまざまな材料表面に抗菌性・抗ウイルス性を付与する有効手法としての発展が期待されます。

 

3.発表概要
基材とは異なる材料層を、基材表面に形成させるコーティング技術は、基材の元来の性質を損なうことなく新たな機能を付与するための有用な技術です。東京大学大学院工学系研究科のJoseph J. Richardson外国人特別研究員、江島広貴准教授らの研究グループは、植物性ポリフェノールから、付着性に優れた抗菌・抗ウイルスコーティングを開発しました。本コーティングは安全、簡便、安価であるため、さまざまな材料表面に抗菌性・抗ウィルス性を付与する有効手法としての発展が期待されます。
本研究成果は、2022年2月8日(英国時間)に英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

 

4.発表内容
服にチョコレートやワインでシミができてしまい取り除くのに苦労した経験はありませんか?これまで本発表者らはチョコレートやワインに含まれるポリフェノールの付着性に着目したコーティング技術を開発してきました(Science, 2013, 341, 154–157; Nano Today, 2017, 12, 136–148)。
今回、ポリフェノールの一種であるタンニン酸と銀イオンを組み合わせると、さまざまな素材の表面に無色で丈夫なナノコーティングが生成することを明らかにしました。このナノコーティングは、洗濯しても剥がれ落ちることなく優れた抗菌性を持続的に示します。さらに、本ナノコーティングを衣服に施すことで消臭効果を付与できることが、におい識別装置を用いた実験からわかりました。また、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)と似た構造をもつ安全な代替エンベロープウイルスを用いた実験から、抗ウイルス性をもつことを確認しました。
植物性ポリフェノールの一種であるタンニン酸は様々な材料表面に対して高い吸着性を示します。そのため、お歯黒、革なめし、漆の下塗りなどに利用されてきた歴史があります。タンニン酸を材料表面に吸着させ、適切な濃度の金属イオンを添加して架橋すると、界面局所で金属-ポリフェノール錯体(注2)からなる被膜を形成させることができます。添加する金属イオン種を検討した結果、銀イオンを用いた場合に生成するコーティングが優れた付着性と抗菌性・抗ウイルス性を両立することを突き止めました。このコーティング被膜の厚みはわずか10 nmであり、肉眼では見えません。銀-タンニン酸からなるコーティングは絹、綿、ポリエステルのいずれにもよく付着し、洗濯後も抗菌活性を失うことはありませんでした。 
抗菌性はコーティングを施した布がシャーレ上で大腸菌と黄色ブドウ球菌に対して示す阻止円(注3)の大きさを計測することで評価しました。さらにTシャツの脇下部分を本技術でコーティングし、比較対照群と共に半導体式ガスセンサを用いたにおい識別装置で分析することで消臭効果を確認しました。抗ウイルス性はphi6ウイルスを用いたプラーク法による感染価測定(注4)によって評価しました。タンニン酸単体や他の金属イオン(Cu, Fe, Zn, Al)と複合化させた場合と比べて、銀−タンニン酸複合膜では、ウイルスの感染価は100分の1以下まで低下しました。本コーティング被膜は安定で、浸漬法やスプレー法によって様々な材料表面に形成させることができます。安全な材料とシンプルな塗装工程からなる本技術は衣服をはじめとする様々な材料表面に抗菌性・抗ウイルス性を付与するための有効な手法となることが期待されます。

 

本研究は、科研費「金属-ポリフェノール錯体およびフェノール性高分子を利用したウイルスの検出と不活化(課題番号:20F20373)」、「エクソソームの可逆的被包化と単一粒子解析(課題番号:20H02581)」、日本学術振興会外国人特別研究員制度、東京大学-清華大学共同研究・教育プロジェクト、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の支援を受けて実施されました。

 

5.発表雑誌
雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:2月8日)
論文タイトル:Rapid Assembly of Colorless Antimicrobial and Anti-Odor Coatings from Polyphenols and Silver
著者:Joseph J. Richardson*, Wenting Liao, Jincai Li, Bohan Cheng, Chenyu Wang, Taku Maruyama, Blaise L. Tardy, Junling Guo, Lingyun Zhao, Wanping An, Hirotaka Ejima*
DOI番号:10.1038/s41598-022-05553-9
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41598-022-05553-9

 

6.用語解説
(注1)ポリフェノール:
ポリフェノールは植物の葉、茎、樹皮、果皮、種子などに含まれるバイオマス由来の化合物であり、分子内にフェノール性水酸基をもつ。抗酸化性、抗炎症性、抗菌性といった優れた生理活性をもつものが多く、薬や食品添加物などに用いられている。
(注2)金属-ポリフェノール錯体:
適切な濃度のタンニン酸水溶液と金属イオン水溶液を混合すると共存する物体表面局所に金属-ポリフェノール錯体からなる被膜が生成する(Science, 2013, 341, 154–157)。様々な金属イオンやポリフェノール性分子からも同様の現象が報告され、この金属-ポリフェノール錯体からなる化合物群は、英語でMetal-Phenolic Network (MPN)と名付けられた。MPNコーティングの発見は材料工学におけるポリフェノール活用の潮流を生み出し、現在ではバイオ界面やナノ材料の表面改質のために世界中で広く活用されている。
(注3)阻止円:
微生物などを固形培地上で培養した際に、抗菌性物質の周辺に現れる微生物が繁殖していない円状領域のこと。この阻止円の直径を測定することで、抗菌性を評価することができる。
(注4)プラーク法による感染価測定:
ウイルスに感染することで変性した細胞からなるプラーク数を数えることで、感染性をもつウイルス粒子の数を評価する試験。抗ウイルス性評価によく用いられる。

 

7.添付資料

図1.銀イオンとポリフェノールの一種であるタンニン酸によって繊維をコーティングすると、抗菌・抗ウイルス性を付与することができる。コーティング被膜の厚みは10ナノメートル程度であり、無色透明である。タンニン酸の材料表面への高い付着性のため、洗濯しても剥がれることなく効果が持続する。


プレスリリース本文:PDFファイル

Scientific Reports:https://www.nature.com/articles/s41598-022-05553-9