プレスリリース

南極からの海洋深層水が“国産コバルト資源”を生み出した ―南鳥島周辺に広大なマンガンノジュール密集域が形成された原因を特定―

 

キーワード:マンガンノジュール、南鳥島、CTスキャン、微小領域蛍光X線分析、海底資源の成因

 

■南鳥島周辺の排他的経済水域には、四国と九州を足し合わせた面積に匹敵する広大なマンガンノジュールの密集域が存在することが知られています。
■南鳥島マンガンノジュールは、ハイテクノロジーやグリーンテクノロジーに必須の金属、特にコバルトを高品位で含み、その新たな供給源となる可能性があるため、国産レアメタル資源として大きな注目を集めています。
■採取された全試料に対するX線CTによる非破壊三次元内部構造解析と、その結果をもとに選定した代表的な試料の微小領域蛍光X線化学分析を組み合わせた今までにない新しいアプローチによって、ノジュール内部の微細な層構造の詳細を明らかにしました。
■南鳥島周辺海域に南から流入した海洋深層水と同海域に特有の海底地形とが、ノジュールの成長開始と密集域の形成および拡大に大きな役割を果たしていることが判明しました。

 

<概要>
千葉工業大学次世代海洋資源研究センターでは、海底鉱物資源の成り立ちに関する研究を、国立大学法人 東京大学 大学院工学系研究科、および国立大学法人 京都大学などとの共同研究として進めています。その中で、南鳥島周辺の排他的経済水域(EEZ: Exclusive Economic Zone)内の広範囲に分布するマンガンノジュール(※1、2016年8月26日既報)が、海洋深層の海流の流入をきっかけに断続的に形成を開始し、広大な密集域(2019年12月11日既報)へと成長していったことを明らかにしました。研究グループは、X線CT装置(CT)と微小領域蛍光X線分析装置(µXRF)を用いた分析によって、ノジュール内部の微細な三次元層構造を詳細に解析し、成長履歴を解読しました。その結果、南極の周囲を流れる下部周極深層水(LCDW: Lower Circumpolar Deep Water)から発生し北上した海洋深層の海流が、南鳥島周辺海域に南部から長期間にわたって何度も流入し、その度に新しいノジュールの形成開始と既存のノジュールのさらなる成長を促したことを突き止めました。さらに、深層水の流路を強くかつ長期間支配しているのは、EEZ内に分布する大きな海山やプチスポット火山(※2、2019年11月11日既報)などの小さな海丘のクラスター(集まり)の配置という地形的な枠組みであることも明らかにしました。南鳥島EEZで発見されたようなマンガンノジュール密集域は、海洋深層水の流れの『古くからの道しるべ』であると言え、今後、地形と深層海流という新しい着眼点を手掛かりに、未知のマンガンノジュール密集域を効率的に発見できる可能性が示されました。

 

<研究の背景>
マンガンノジュールは、鉄やマンガンの酸化物または水酸化物が沈殿してできた球状の岩石です。全世界の深海平原に分布しており、とりわけ高い密集度で分布する海域が、ハワイ南東方沖および赤道太平洋・南大洋・南西インド洋などに存在することが知られています。本研究グループは、2016年に南鳥島EEZ内(図1)で大規模なマンガンノジュールの密集域を発見しました(2016年8月26日既報)。さらに2019年には、船から発した音波が海底で反射する強度(海底の音響特性)を用いてマンガンノジュールの分布を効率的に探査する手法を開発し(2019年12月11日既報)、南鳥島EEZ(約155,500 km2)の40 %、約61,200 km2にも及ぶ広大な海底がマンガンノジュール密集域であることを突き止めました。南鳥島EEZのマンガンノジュールは、エコカーやスマートフォンに使われるリチウムイオン電池や、次世代の蓄電池として開発が進んでいるフルオライドイオン電池に必須の資源であるコバルトを多く含んでいます(2016年8月26日既報)。コバルトは価格変動が激しく供給リスクを常に抱えているため、新たな安定供給源、かつ国産コバルト資源として、南鳥島EEZの広大なノジュール密集域が大いに注目されています。しかし、密集域がどの様にして形成されたのか、その詳細は不明なままでした。そこで研究グループは、CTとµXRFを組み合わせた新たなアプローチによって、密集域形成の謎に挑みました。

図1.本研究の調査海域とマンガンノジュール密集域の様子

 

マンガンノジュールは、核を中心として年輪状に成長することが知られており、この層を系統的に調べることで成長の履歴を紐解くことが出来ると考えられてきました。マンガンノジュールの層構造を調べるためには、ノジュール内部を観察し、さらに化学組成を分析する必要があります。しかしながら従来は、試料を一つ一つ切断して断面を観察し、その後、断面から数mm間隔で分析用の粉末を削り出して化学分析するという、非常に手間のかかる作業が必要でした。そのため、何百個という大規模なサンプルセットに対する網羅的な分析は行えず、化学分析の解像度も低いという問題がありました。

図2.X線CT装置とマンガンノジュールのCTスキャンの例

 

この状況を打破すべく我々は、地質試料の非破壊内部観察の手段として有用性が近年高く評価されているCT(図2)に着目しました。そして、化学分析のために切断する前に、全てのノジュール試料をCTスキャンにかけ、内部構造を三次元で把握しました。これによって、多数のサンプルの中から、採取した地点を代表するノジュール試料を選び出し、さらに、その内部構造の特徴を予め把握することで、成長履歴を正しく反映している断面を切り出すことが可能となりました(図2の下)。

一方、µXRF(図3)は、10から100ミクロン程度の微小領域の化学組成を測定することができる分析装置で、近年、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」で採取した砂や石などの試料の初期分析にも用いられています。非破壊もしくは最小限の破壊(例えば、今回の場合はノジュール試料を1方向に切断)のみで、切断面等の化学組成分布を多元素同時に測定することができます。今回それを用いてノジュールの年輪である微細な化学組成分布を可視化し(図3)、成長履歴を解読しました。

図3.微小領域蛍光X線分析装置とマンガンノジュールの分析例(図2下に示したものと同一試料)

 

<具体的な研究成果>
南鳥島EEZ内で行われた2回の航海(図1:YK16-01およびYK17-11C航海)において採取した全てのマンガンノジュール試料(約1,000試料)に対して、CTスキャン(図2)を実施しました。その結果、マンガン酸化物の成長組織の違いを反映したノジュールの層構造を、切断することなくCT値を用いて迅速に同定する(層の種類を判定する)新たな手法を確立しました。そして、採取されたマンガンノジュールの酸化物層の種類と厚さが、試料採取地点ごと(図1)にバリエーションを持つことを明らかにしました。このCTスキャンの結果をもとに、各試料採取地点を代表するノジュール試料(57試料)を選定し、それら各試料の内部構造の特徴を最も良く反映する断面を三次元CT画像(図2)から見出して、試料を切断しました。さらにその断面をµXRFを用いて化学分析し(図3)、得られた内部構造(化学層序)を詳細に解析しました。分析の結果、南鳥島周辺のノジュールは、海域毎に「最内層」の化学的な特徴が異なっていることが分かりました(図4)。最内層とは、ノジュールの最も内側の、核となる物質(泥岩などの岩石や魚の歯や骨片等)の周りをとり囲む鉄マンガン酸化物層のことを指します。今回識別された最内層はいずれも、この地域のノジュールを構成する化学組成の異なる9つの鉄マンガン酸化物層(図4に白字で示したL2 inner, L1 middleなどとMachida et al. (2021, Island Arc誌)によって命名)に対応していました。

図4.大きさの異なるマンガンノジュールに対する微小領域蛍光X線分析の結果

中心のグレーの部分は核。同定した「最内層」の名前を白字で示している。

 

ノジュールは、中心の核から外側に向かって順次成長します。そのため、9つの鉄マンガン酸化物層はそれぞれ「成長過程の等時間面」、すなわち年輪のようなものと捉えることができます。また、各層の化学的特徴の違いは、鉄マンガン酸化物の元となる深層水の組成の違いを反映します。つまり、最内層の違いは異なる時代に異なる化学組成の深層水からノジュールが成長を開始したことを意味しており、このことから南鳥島周辺海域に新たな深層水が流入して水塊が入れ替わるたびに、断続的に新しいノジュールが成長を開始したことが示されました。

さらに、調査海域の北部には、最内層が古く比較的早い時期に成長を開始した大型のノジュールが主に分布する一方、南部のノジュールは最内層の種類が豊富で、古い最内層を持つものから新しい最内層を持つものまで様々であることが分かりました。つまり、断続的なノジュールの成長開始は、南部ほど頻繁に起こっていたことを意味します。このことから、LCDWから発生した海洋深層の海流(図1)が、南鳥島周辺海域に長期間にわたって常に南側から流入していたことが示唆されます(図5)。また、調査海域の東部と西部を比べてもノジュール形成時期のパターンは異なっており、西部の北側の海域には新しい最内層を持つ小さなノジュールは存在しません。これは、西側の流れが、最近は北側の海域に到達していないためと考えられます。一方、東部では、かなり北側の海域にも小さなノジュールが少数ながらも存在します。これは、比較的最近でも東側の流れが北側の海域に到達していることを表します。これらのことは、図5に示すように、富士山よりも大きな海山やプチスポット火山などの小さな海丘のクラスター(集まり)の配置という地形的な枠組みが、海洋深層水の流路を強く支配していることを示唆しています。さらに、最も大きいノジュールは、平均的な成長速度を考慮すると数千万年前に成長を開始したと予想されます(現在詳しく分析中)。したがって、今回の結果は「深層水は数千万年間にわたって何度も同じ山と山の間を流れた」ということも示しています。

図5.マンガンノジュール密集域の分布から示唆される南鳥島EEZ内に流れ込む海洋深層水

南鳥島EEZ内に南から北へ流れ込んだ海洋深層水は、数千万年前から何度も2つの分岐した海流として流れ込み、これが東西それぞれの海域に核となる物質を次々と供給することでノジュールの形成が断続的に始まり、広大な密集域を作り出したと考えられます。

 

<本研究成果の波及効果と今後の展望>
今回の研究成果は、マンガンノジュール密集域の形成と深層海流および海底地形との関連について新たな知見をもたらしました。このことから、LCDWの流路に沿った深海底(図1)に、未だ発見されていない有望なノジュール密集域(すなわち新たなコバルト資源)が眠っている可能性が高いことが示唆されます。特に、今回新たに明らかになった、プチスポット火山のような小さな山も複数集まってクラスターになると深層水の流路を制約し、ノジュール密集域を形成させる原因となり得るという事実は、資源探査の指針を構築する上で非常に重要な知見と言えます。今後、この成果をもとに未調査海域での調査を進めて、新たな有望海域の発見につなげていきます。

本研究は、「戦略的イノベーション創造プログラム 次世代海洋資源調査技術」の一環として調査航海が行われ、日本学術振興会(JSPS)科学技術研究費補助金15H05771、17H01361の助成を受けて実施されました。

 

【 用語解説 】
※1 マンガンノジュールと南鳥島EEZの密集域
鉄およびマンガンの水酸化物または酸化物が、核(何らかの固いもの、例えば固結した堆積物や岩石の破片、魚の歯や骨片など)を中心として同心円状に沈着したもの。マンガン団塊とも呼ばれる。海水から鉄およびマンガンが沈着してできる場合と、堆積物の粒子の間の水(間隙水)の中に溶けている主にマンガンが沈着してできる場合があると考えられている。南鳥島EEZのものは前者であり、コバルトに富んでいる。2016年に発見された南鳥島EEZの密集域は、コバルトの新規供給源として有望視されている。
※2 プチスポット火山
プチスポットとは、これまで3つの分類に分けられていた地球上の火山活動域(1.プレートの発散境界である中央海嶺、2.プレートの収束域である島弧、3.ホットスポットとよばれるマントルプルーム上昇域)とは異なる地域に分布する、プレートの屈曲に伴ってマグマが噴火するタイプの新種の火山。他の3つのタイプの火山活動域に比べ非常に小さな火山が形成されることが特徴であり、プチスポット(「小さな点」を意味する造語)と呼ばれる。自然科学の国際学術誌「Science」に掲載された論文(Hirano et al., 2006)でその存在が発表(2006年7月27日既報)された後、チリ沖、トンガ沖、スンダ海溝、グリーンランド沖などから次々と発見され、世界中に存在する普遍的な火山活動であることが分かっており、南鳥島EEZ内にも存在する。

 

<発表論文>
X
線CT装置を用いた非破壊内部構造解析の結果
雑誌名:
Minerals
タイトル:Three-Dimensional Structural Analysis of Ferromanganese Nodules from the Western North Pacific Ocean Using X-ray Computed Tomography
著者:Kentaro Nakamura*, Daiki Terauchi, Ryo Shimomura, Shiki Machida, Kazutaka Yasukawa, Koichiro Fujinaga and Yasuhiro Kato
DOI番号:10.3390/min11101100
URLhttps://www.mdpi.com/2075-163X/11/10/1100 (オープンアクセス)

 

微小領域蛍光X線分析装置を用いた微細化学分析の結果
雑誌名:
Minerals
タイトル:Intermittent Beginning to the Formation of Hydrogenous Ferromanganese Nodules in the Vast Field: Insights from Multi-Element Chemostratigraphy Using Microfocus X-ray Fluorescence
著者:Shiki Machida*, Ryo Shimomura, Kentaro Nakamura, Tetsu Kogiso and Yasuhiro Kato
DOI番号:10.3390/min11111246
URLhttps://www.mdpi.com/2075-163X/11/11/1246 (オープンアクセス)

上記いずれも、Minerals誌の2021年(第11巻)10または11月号のFeature Paper(注目論文)に選出されました。

 
プレスリリース本文:PDFファイル

千葉工業大学:https://www.it-chiba.ac.jp/topics/pr20220112/

京都大学:https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-01-12-0