プレスリリース

文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業の秀でた利用成果最優秀賞に選定 ―静的・動的局所結晶格子制御による酸化物材料の機能創発―

 

1.発表者

三田 吉郎(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授)

田畑  仁(東京大学 大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻/電気系工学専攻 教授)

山原 弘靖(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 助教

木島  健(東京大学 大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 特任研究員)

幾原 雄一(東京大学 大学院工学系研究科総合研究機構 教授)

 

2.発表のポイント

◆文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(ARIM)の令和4年度秀でた利用成果最優秀賞に選定されました。東京大学は令和2年度から3年連続で「最優秀賞」を受賞しました。
◆受賞した利用成果は、宝石として知られているガーネット材料にナノスケールの傾斜格子歪み(静的局所結晶制御)を導入し、不揮発性の電気分極と磁気分極を共存させることに成功したもので、記憶保持電源が不要で電子機器消費電力の大幅低減が実現します。
◆さらに動的格子マッチングの新規結晶成長技術により、鉛フリー圧電体をはじめとする機能性材料の単結晶薄膜化に成功しました。圧電MEMSやパワー半導体等、さまざまな素子の性能向上が期待され、実用化に向けて東大発のベンチャー企業Gaianixx社を設立しました。

 

3.発表概要

東京大学マテリアル先端リサーチインフラ・データハブ拠点(注1)は、「秀でた利用成果最優秀賞」を、文科省ナノテクノロジープラットフォーム事業(注2)で2年連続受賞、ARIM事業(注3、図1)初年度となる令和4年度に受賞する快挙を達成しました。年間約3,000件の中から最も高い評価を得たことになります。

本研究成果は、東京大学大学院工学系研究科の田畑教授、山原助教、木島特任研究員らが提案した独自の静的・動的結晶成長制御と、東京大学マテリアル先端リサーチインフラ・データハブ拠点(代表:幾原教授、微細加工部門責任者:三田教授)と技術スタッフによる長年の技術蓄積に基づいた支援により得られたものです。当該グループは、原子レベルの微細構造を人工的に高度制御(局所結晶格子制御)することで、自然状態に存在しない物性を発現すること(Material)と、それを生み出す手法(Method)、並びに装置(Machine)の研究開発に長けた研究グループです。材料科学原理に基づく新素材の開発と社会還元を目指したベンチャーの創出に至る成果を微細加工ならびに微細構造解析のエキスパートの支援体制により、極めて短期間に多数達成しました。これらの成果が、ナノテクノロジープラットフォームの特筆すべき成果であると同時に、マテリアル先端リサーチインフラ事業の目指す、材料と原理の融合という目的にも合致しており、最優秀賞として選出されました。

本受賞の発表は、同事業のとりまとめ機関である国立研究開発法人物質・材料研究機構から2023116日(に行われました(記事はARIMのホームページにて公開)。また、表彰式は202321-3日に東京ビッグサイトで開催される第23回ナノテクノロジー総合展(nano tech 2023)にて202321日(木)午後に執り行われる予定です。

 

4.発表内容

文部科学省は2002年から大学等が保有する研究設備の学内外への共用を促進する事業を実施しており、東京大学は2007年より文科省の支援を受けております。2012年から始まったナノテクノロジープラットフォーム事業(20223月終了)には全国の25機関が参加していました。同事業の後継となるARIMには同数の25機関が参加しています。企業、他大学など学内外の多くの研究者・技術者に共用施設をご利用いただき、毎年約3,000件に上る利用報告書が提出されています。これらの事業では、全利用報告書の中から「秀でた利用成果優秀賞」を毎年4-7件、その中から特に優れた利用成果として「同最優秀賞」を選出しています。選定基準は ARIM(もしくは、ナノテクノロジープラットフォーム)の活用・支援が大きな効果をもたらしたもの、② イノベーションの創出にあたって大きな影響が期待できるもの、③ 産業界・大学・公的機関の連携により大きな成果が得られたものです。東京大学は、令和元年度から4年連続で「秀でた利用成果優秀賞」に選定されました。さらに令和2年度から3年連続で「同最優秀賞」を受賞しました。令和4年度は「秀でた利用成果優秀賞」に6件が選出され、その中から本利用成果が「同最優秀賞」に選定されました。

評価の対象となった研究成果、技術は以下の2点です。

 

(1)静的局所格子歪制御による電気分極発現

傾斜格子歪によるフレクソエレクトリック効果

一般に宝石として知られているガーネット材料を対象として、ナノスケールの傾斜結晶格子歪みを有する希土類鉄ガーネット薄膜の作製に成功し、誘電分極と磁化が共存していることを発見しました。希土類鉄ガーネットはフェリ磁性絶縁体(注4)で、一般的な電気的性質は絶縁体(常誘電体)であり、同時に室温で優れた磁気的特性を示すことが知られています。一方、希土類鉄ガーネットの結晶構造は自然界では中心対称性をもつ立方晶であるため、対称性の制約のため残留電気分極を生じ得ません。磁化と残留分極が共存する物質を作ることができれば、磁気(S, N)と電気分極(0,1)の情報記憶により2nから4nへのメモリ容量増大や、不揮発性のためエレクトロニクス機器の低消費電力化が期待されます。本研究ではパルスレーザー堆積法(注5)による単結晶薄膜成長において、基板と薄膜の格子不整合を利用することで、転位が発生する臨界膜厚付近に15 nmにわたって傾斜歪み構造を形成することに成功しました(図2)。この傾斜歪み構造において、フレクソエレクトリック効果(注6)による誘電分極が発生し、さらに保磁場が増大することを見出しました。以上の結果、希土類鉄ガーネットの傾斜歪み構造において磁化と残留分極が共存することを見出しました。磁化と残留分極の共存は、これまでにマルチフェロイクス材料(注7)でも報告されてきましたが、その多くは100 K以下の極低温での現象でした。本研究では室温でも動作可能な新機能材料として応用が期待されます。不均一な結晶歪みによって新たな物質機能を創り出す試みは今回報告した希土類鉄ガーネットに限定されること無く、さまざまな新しい機能性材料の創成に新たな道を開くことができると期待されます。

 

(2)動的格子マッチングを用いた単結晶化技術

Siウエハ上への各種機能性材料(圧電体PbTiO3等)薄膜の高品質結晶成長

電子デバイスにおいて母基板といえるSiウエハ上への単結晶薄膜形成は、エレクトロニクス技術の根幹を支える基盤技術と言えます。本研究グループは中間膜を工夫した新規結晶成長技術により、高性能な圧電材料をはじめとする機能性材料のエピタキシャル成長に成功しました(図3)。具体的にはHfO2中間膜が格子ミスマッチを駆動力に双晶型マルテンサイト変態(注8を生じることで、その上に形成される機能性薄膜と動的格子マッチングし、同膜が単結晶化できることを発見しました。透過電子顕微鏡像に示すように、多段層単結晶成長が可能となり、世界最高レベルの高分極・高圧電性単結晶PbTiO3PT)薄膜成長が実現しています(P = 120μC/cm2,d31 =80 pm/V)。この原理となる「動的格子マッチング」のメカニズムを解明(特願2021-92673)し、単結晶化に最適なM3技術(Material, Method, Machine)を構築しました。この技術によって、100 nm厚超薄膜の強誘電性材料の創製、ならびに作製プロセスが手軽なスピンコート法でPZTPb(Zr,Ti)O3:チタン酸ジルコン酸鉛)を用いた自発圧電素子が得られています。さらに世界最高音速のPZTや、AlN(窒化アルミニウム)を始めとする低環境負荷の鉛フリー圧電単結晶への道が開かれました。

本研究成果を実用化し半導体業界の革新と社会貢献を実現するために、202111月に東大発ベンチャー企業(株)Gaianixxを設立し、東京大学との共同研究を推進しています(図4)。設立時の投資額としては東大発ベンチャーの中で最高額を獲得しており、近年、社会ニーズの高いパワー半導体デバイスや超音波診断等の医療機器デバイスをはじめ、多種多様な新機能デバイスを創出する基盤となる機能性半導体ウエハ、機能性材料、機能性薄膜を提供します。

 

なお、本研究の一部はJSPS科研費JP20H05651およびBeyond AI連携事業による共同研究費の支援により実施されました。

 

5.参考文献

本研究成果の一部は下記のプレスリリース(202197日)で発表いたしました。

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_202109171525519945028656.html

 

Optronics Online等でメディア掲載

https://optronics-media.com/news/20210921/74610/

 

・関連する主な原著論文

(1) Md Shamim Sarker, Hiroyasu Yamahara, Lihao Yao, Siyi Tang, Zhiqiang Liao, Munetoshi Seki and Hitoshi Tabata, “Sensitivity enhancement in magnetic sensor using CoFeB/Y3Fe5O12 resonator”, Scientific Reports, 12, 11105(1-8) (2022)

(2) Hansol Park, Takeshi Kijima and Hitoshi Tabata, “Epitaxial growth technique for single-crystalline PbTiO3 thin film on Si substrate using an HfO2 buffer layer”, Japanese Journal of Applied Physics, 60(SF) SFFB14(1-6) (2021)

(3) Hiroyasu Yamahara, Bin Feng, Munetoshi Seki, Masaki Adachi, Md Shamim Sarker, Takahito Takeda, Masaki Kobayashi, Ryo Ishikawa, Yuichi Ikuhara, Yasuo Cho, and Hitoshi Tabata, “Flexoelectric nanodomains in rare-earth iron garnet thin films under strain gradient”, Communications Materials, 2, 95(1-8) (2021).

 

上記他、関連論文19件。

 

特許

PCT/JP2022/3620、出願日:2022/1/31 「積層構造体及びその製造方法」発明者:木島 健、田畑 仁、山原弘靖、特許出願人:東京大学

上記を含め全主要特許 6件。

 

上記主要特許以外に(株)Gaianixxから3件の基本特許と約50件の関連特許を出願しました。

 

6.用語解説

(注1)東京大学マテリアル先端リサーチインフラ・データハブ拠点:文科省ARIM事業を受託している東京大学の組織である。

https://arim.t.u-tokyo.ac.jp/

(注2)文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業:大学等の研究設備を学内外に広く開放して研究開発を促進する事業。2012年から10年事業として実施され、全国25機関が参加した。

https://www.nanonet.go.jp/ntj/

(注3)文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(Advanced Research Infrastructure for Material and Nanotechnology: ARIM):文科省が推進する大学等の研究設備の共用促進ならびにマテリアルインフォマティクス研究の基盤となる実験データのデータベースの構築と公開を目指した委託事業である。共用事業については20223月に終了したナノテクノロジープラットフォーム事業の共用事業を引き継いでいる。

https://nanonet.mext.go.jp/

(注4)フェリ磁性:結晶中に逆方向のスピンを持つ2種類の磁性イオンが存在し、互いの磁化の大きさが異なるために全体として磁化をもつ磁性のこと。

(注5)パルスレーザー堆積法:物理気相蒸着法の一種であり、真空チャンバ内に設置した原料ターゲットにレーザー光を照射することで、ターゲットから原子の引きはがし(アブレーション)を行い、対向する基板に薄膜を成膜する方法。

(注6)フレクソエレクトリック効果:ひずみの空間的な変化(ひずみ勾配)により電気分極が発生する現象。

(注7)マルチフェロイクス材料:強誘電性、強磁性、強弾性といった性質を複数有する物質。

(注8双晶型マルテンサイト変態:結晶格子中の各原子が協働的に移動することによる無拡散構造変態をマルテンサイト変態と呼び、特に双晶を形成するものを指す。

 

7.添付資料

 

 

fig01

 

1 マテリアルDXプラットフォーム構想

左下の円が全国25機関で構成された文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(ARIM)である。共用施設の利用者が創出した実験データは、NIMSデータ中核拠点に収集・保存され、企業・大学・国研の研究者に提供される。右下は令和4年度から開始されたNIMS中核拠点のデータベースを活用する研究プロジェクトである。

 

 

 

fig02

 

図2 静的局所結晶格子制御した結晶の透過電子顕微鏡像と結晶歪の位置依存性

基板/薄膜の格子不整合を約1%に制御することにより臨界膜厚(転位が発生)付近で結晶欠陥が発生せずに歪が一様に変化する傾斜歪み格子構造が形成される。傾斜歪み構造を形成することによりフレクソエレクトリック効果が発現し誘電分極が得られる。

 

 

fig03

 

図3 HfO2中間膜を用いたSi基板上の圧電体薄膜エピタキシャル成長の模式図と透過電子顕微鏡像

HfO2中間膜を用いた動的格子マッチングにより多機能性薄膜の段層単結晶化ができる。この原理により鉛フリー圧電体薄膜が実現可能となる。

 

 

 

fig04

 

4 多能性中間膜™で人類に貢献する(株)Gaianixx

東京大学と東大発ベンチャー企業(株)Gaianixxとの共同研究を推進し、多種多様な新機能デバイスを創出する基盤となる機能性半導体ウエハ、機能性材料、機能性薄膜を提供する。これらの研究成果の実用化により半導体業界の革新と社会貢献を実現する。

 

 

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