発表のポイント
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の大長一帆助教、同大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻の齋藤継之教授らのグループは、セルロースナノファイバー(CNF)の断面寸法は、産業上の主原料である針葉樹に限らず、草本類の麻や、木本と草本の中間的な分類とされる綿であっても、ほぼ同一の2~3 nmであり、CNF1本(植物学上のミクロフィブリル、またはセルロースの結晶子)は、セルロース分子鎖18本で構成されるモデルが合致することを明らかにしました。これまでのセルロース結晶学では、樹木と麻・綿のCNFは、断面寸法が明瞭に異なり、別種の生合成機構が想定されてきました。この従来の理解は、これまでCNFを単離(孤立分散)させる技術がなく、複数の結晶子が合一したCNF凝集体を評価していたことに由来します。本成果により、高等植物であれば、木本と草本に差はなく、同様の機構で生合成していることが新たに想定されます。また、産業上も、樹木だけでなく、麻やエリアンサス、農業廃棄物等からも、均質なCNFを生産できることを本成果は示しています。
発表概要
植物の主成分であるセルロースは、細胞壁中で「ミクロフィブリル」と呼ばれる結晶性の微繊維を形成しています。細胞壁をミクロフィブリル単位にまで解砕したものがセルロースナノファイバー(CNF)であり、高強度・低熱膨張率・高比誘電率などの特性を兼ね備えたサステイナブルな素材として注目されています。
ミクロフィブリルの構造は、セルロース合成酵素複合体(CSC)の構造と関係があるとされています。高等植物のCSCは、6つの顆粒状複合体が会合したRosetta型です。近年、1つの顆粒状複合体がセルロース合成酵素の三量体であり、3×6 =18のセルロース合成酵素がRosetta型CSCを構成しているモデルが提案されています。このCSCモデルに基づけば、ミクロフィブリル1本はセルロース分子鎖18本で構成されており、ミクロフィブリルの断面寸法は2~3 nmとなることが想定されます。これまでの研究で、樹木細胞壁のミクロフィブリルは、この18本鎖モデルを支持する一方で、綿や苧麻のミクロフィブリルは、断面寸法が5~8 nmであると報告されており、18本鎖モデルを支持していませんでした。
本研究では、針葉樹(Picea jezoensis)・綿(Gossypium hirsutum)・苧麻(Boehmeria nivea var. nipononivea)から単離した3種のミクロフィブリルの断面サイズと結晶性を、原子間力顕微鏡(AFM)、広角X線回折(WAXD)、小角X線散乱(SAXS)、固体13C核磁気共鳴(NMR)法、および全原子分子動力学(MD)シミュレーションを組み合わせて詳細に解析しました(図1)。その結果、ミクロフィブリルの断面寸法は、植物種に寄らず、約2〜3 nmであり、結晶化度も種に寄らず、約20%であることが明らかになりました。これらの値は、ミクロフィブリルが18本のセルロース分子鎖で構成されるという仮説とも整合しています。
図1. 本研究で解析した植物(中央:細胞壁の光学顕微鏡像、右:単離したミクロフィブリルのAFM像と繊維径)
また、細胞壁セルロースを乾燥させると、結晶性が高まることが分かりました。一度乾燥させた細胞壁セルロースを解砕すると、2〜3本のミクロフィブリルが合一した束状の構造体(不均一な形状のCNF)が頻繁に観察されました(図2)。このミクロフィブリルの合一現象(図3)が、従来提案されていたミクロフィブリルの構造多様性の要因であることが示唆されました。
図2. 乾燥後の綿から単離したミクロフィブリルのAFM像と繊維径
図3. 細胞壁内で起こるミクロフィブリルの合一現象
以上、本成果により、高等植物であれば、木本と草本に差はなく、同様の機構で生合成していることが新たに想定されます。また、産業上も、樹木だけでなく、麻やエリアンサス、農業廃棄物等からも、均質なCNFを生産できることを本成果は示しています。
本研究は、JST-CREST(JPMJCR22L3)、JST-ASPIRE(JPMJAP2310)、科研費(21H04733、22KJ1473、23H02270)、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)の助成を受けた研究です。
発表雑誌
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル:Uniform elementary fibrils in diverse plant cell walls
著者:Kazuho Daicho*, Shuji Fujisawa, Yoshinori Doi, Michio Suzuki, Junichiro Shiomi, and Tsuguyuki Saito* (責任著者*)
DOI:https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2426467122
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