プレスリリース

2021.06.30

テラヘルツ波を用いて二次元物質の電子相を超高速で制御する新しい手法を実現

 1.発表者:
島野  亮(東京大学 低温科学研究センター・大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
吉川 尚孝(東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 助教)
中野 匡規(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻 特任准教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター創発機能界面研究ユニット ユニットリーダー)
岩佐 義宏(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター創発デバイス研究チーム チームリーダー)

2.発表のポイント: 
◆テラヘルツ波を用いて二次元物質を対象に、金属的な性質を示す状態から絶縁体的な状態へとピコ秒(1兆分の1秒)以下の超高速に相転移させることに成功しました。
◆電子相が示す秩序に直接働きかけて超高速で電子相を制御する新しい方法を見出しました。
◆物質相探索の新しい研究手法に発展するとともに、量子物質を用いた超高速で動作する電子素子の新しい動作原理となることが期待されます。

3.発表概要: 
東京大学低温科学研究センター、大学院理学系研究科物理学専攻島野亮教授、同専攻の吉川尚孝助教、同大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻中野匡規特任准教授、岩佐義宏教授らの研究グループは、パリ大学のグループとの共同研究で、二次元物質の代表例である遷移金属ダイカルコゲナイド(注1)で現れる電荷密度波(注2)と呼ばれる量子相にテラヘルツ波パルス(注3)を照射すると、新しい絶縁体的な状態へと瞬時に変化することを発見しました。物質に光を照射すると、電気伝導性や磁気的な性質が大きく異なる状態に変化することがあります。この現象は光誘起相転移と呼ばれ、基礎科学の面からも応用面からも従来から高い関心を集めてきました。しかし、光照射の効果は一般には物質の温度上昇をもたらすため、通常は低温で現れる量子電子相は壊れる方向に変化します。
今回、研究グループは、結晶格子の特定の振動を選択的に揺らすことによって、光照射による加熱効果を極力抑えながら、電荷密度波から、約一兆分の一秒という超高速の応答時間で新しい絶縁体的な状態へと変化させることに成功しました。今回実現した量子電子相制御の新しい原理は、超伝導や磁性などの成り立ちを理解するための研究に役立つとともに、超高速で動作する電子デバイスの新たな動作原理を与えるものと期待されます。

4.発表内容: 
・研究の背景・先行研究における問題点
水が温度によって水蒸気、液体の水、氷の状態をとるように、物質は温度、密度などに応じてさまざまな状態をとり、それらが全体に一様な場合を「相」と呼びます。固体中の電子の集団も同様にさまざまな相をとり、それぞれの相に応じて、電気伝導性や磁性、誘電性が大きく変化します。この固体の電子相に光を照射すると、例えば絶縁体の状態から金属の状態に、というように相変化することがあります。これらの現象は光誘起相転移と呼ばれ、物質相の成り立ちの起源を解明するという基礎科学的な興味や、光スイッチやメモリ、センサといった応用上の興味からこれまで高い関心を集めてきました。
通常、光は物質にエネルギー(熱)を与えるため、光照射の効果は物質を低温の相から高温の相へと変化させることが大半です。一方、多くの物質では低温になると熱的な揺らぎが抑えられ、より秩序だった状態になります。さらにそのような低温相では超伝導などのように量子力学効果が顕著に現れることがあります。光によって低温で現れる量子相を操作できれば、新たな物質開拓、探索の手法につながります。さらに、物質が潜在的に保有する量子力学効果に起因する機能を抽出することができると期待されます。
近年、非常に短い時間幅のパルスレーザー光源技術が進展したことで光の操作性が格段に向上し、光の波長やパルスの形状などを適切に制御した光を用いることで、物質内部の温度上昇を極力抑えながら、このような量子相の操作を行える可能性が高まってきました。例えば固体結晶を構成する原子を特定の方向にのみ大きく揺らすといったことも可能になってきました。

・研究内容の詳細
研究グループは、光による加熱効果を極力抑えて量子相を操作する新たな手法として、低温の電子相の秩序の度合いそのものに働きかける方法を発案しました。この研究で着目したのは、物質中の電子の密度が波のように周期的に濃淡を示す電荷密度波相と呼ばれる状態です(図1a)。このような状態を示す二次元物質群の代表例として、今回対象とした遷移金属ダイカルコゲナイド3R-Ta1+xSe2があります。測定に用いられた、分子線エピタキシー法により作成された厚さ16 nmの試料では、絶対温度100 K以下で金属相から電荷密度波相に相転移し、さらに低温の2 Kで超伝導になります。研究グループはこの物質が電荷密度波相にあるときに、「電荷の密度の波」の振幅を直接、テラヘルツ波と呼ばれる波長が1 mm程度の電磁波で大きく揺らす実験を行いました。実はこの「電荷の密度の波」の振動は、結晶格子の原子配列と結びついていて、テラヘルツ波を照射すると、「電荷の密度の波」の振幅が増減すると同時に、ある特定の格子の振動が引き起こされます(図1b)。このとき、電子の状態がどのように変化するかを超高速の光の技術を用いて1兆分の1秒以下の時間領域で調べました。図1cはテラヘルツ波パルスの照射によって実際に「電荷の密度の波」の振幅が揺れている様子を、近赤外の光に対する試料の応答から捉えた実験結果のグラフです。時刻ゼロから始まる振動している信号が、「電荷の密度の波」の振幅が揺れる(以下、これを振幅モードと呼びます)様子を示しています。
驚くべきことに、この振幅モードを揺らすと、金属的な電気伝導特性を示していた状態から、部分的に絶縁体的な状態へと変化することが明らかになりました。図2bは、その部分的に絶縁体的な状態になっているときの、電気伝導度スペクトル(注4)の様子を示したものです。テラヘルツ波パルスを照射してから0.5ピコ秒経過後には、金属的な性質を反映する電気伝導度の値がある周波数以下で減少していることがわかります。この減少は、もともと金属的な電気伝導を担っていた電子集団の一部が失われてしまったことを示しており、部分的な絶縁体状態が生じたことを意味しています。
この結果は、電荷密度波の秩序の度合いそのものに直接働きかけることにより、熱平衡状態では隠れていた新たな相が浮かび上がってきたことを示しており、電子集団が示す量子相を超高速に制御する新たな手法を提示したものといえます。本研究は、岩佐教授、中野准教授のグループの分子線エピタキシー法による結晶面方位が一様に揃った高品質の二次元物質薄膜試料の作成技術と、島野教授、吉川助教のグループによるテラヘルツ波電磁波技術、時間分解分光技術の融合によってもたらされました。

・社会的意義・今後の予定
今回の結果は、電子相が複数の秩序がひしめき合い、せめぎ合った結果として現れているような場合に、光(テラヘルツ波)を用いて超高速にかつ加熱を避けてそれら拮抗する均衡を崩すことで、平衡状態では隠れていた新たな電子相を生じさせることができることを意味しています(図3)。このような手法は、銅酸化物高温超伝導体でも議論されている超伝導と電荷密度波の関係を明らかにするうえでも役立つと考えられます。テラヘルツ周波数で動作する素子は5G通信技術の先にあるBeyond 5G/6G情報通信の実現に向けても必要になってきています。今回の遷移金属ダイカルコゲナイドの系で発見したテラヘルツ波による超高速の電子相変化は、この物質系で電子が集団として示す性質を超高速のテラヘルツ周波数領域で動作する電子素子へと活用できる可能性を示したものといえます。
本研究は科学研究費補助金(No. 18H05324, No. 18H05846, No. 19H05602, No. 19H02593, No. 19H00653)、JST-CREST(JPMJCR19T3)、等を用いて行われました。

5.発表雑誌

雑誌名:「Nature Physics」(オンライン版の場合:6月29日)
論文タイトル:Ultrafast switching to an insulating-like metastable state by amplitudon excitation of a charge density wave
著者:Naotaka Yoshikawa, Hiroki Suganuma, Hideki Matsuoka, Yuki Tanaka, Pierre Hemme, Maximilien Cazayous, Yann Gallais, Masaki Nakano, Yoshihiro Iwasa, Ryo Shimano
DOI番号:10.1038/s41567-021-01267-3
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41567-021-01267-3

6.問い合わせ先
東京大学 低温科学研究センター・大学院理学系研究科物理学専攻
教授 島野 亮(しまの りょう) 

7.用語解説: 
(注1)遷移金属ダイカルコゲナイド:遷移金属元素と酸素以外の第16族元素(カルコゲナイド)の化合物。化学式はMX2 (M はニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、タングステン(W)など、Xは硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)など)で表され、層状構造をなし、二次元物質の代表例とされる。近年、単一原子層の作成も可能になり、組成や積層数によって半導体、金属、超伝導などさまざまな電子状態をとり、次世代電子デバイスの候補物質として注目されている。
(注2)電荷密度波:通常の金属では空間的に一様である電荷密度の実空間分布が、周期的な濃淡を持ち波のようになった状態。主に擬1次元や擬2次元の電子系で結晶格子の歪を伴って現れる。
(注3)テラヘルツ波:電波と光波の中間領域、周波数にして0.1~10 THz程度にある電磁波。物質中のさまざまな振動、励起がこの周波数帯にある。5G通信技術の先にあるBeyond 5G/6G情報通信の実現に向けて注目されている周波数領域でもある。
(注4)電気伝導度スペクトル:電流密度と加えた電場の比例係数を電気伝導度と呼ぶ。交流の電場に対しても電気伝導度は定義できて、縦軸を電気伝導度、横軸を交流の周波数としてプロットしたものを電気伝導度スペクトルと呼ぶ。光領域では光学伝導度スペクトルとも呼ばれる。

8.添付資料


図1: a 電荷密度波の模式図。物質中の電子の密度が空間的に周期的な波のようになっている。同時に、結晶格子の原子配列も空間的に周期的な構造を示す。 b 「電荷の密度の波」の振動(振幅モード)の模式図。結晶格子の振動(赤矢印・緑矢印)を伴って、電荷の密度の振幅が周期的に振動する(赤点線・緑点線)。 c テラヘルツ波励起による3R-Ta1+xSe2薄膜の近赤外光の透過率の変化。「電荷の密度の波」の振幅が揺れる様子が観測された。


図2: a 物質が金属的な状態から絶縁体的な状態へ変化した時の、予想される電気伝導度スペクトルの変化。金属的な性質を反映する電気伝導度の値が、絶縁的な状態になるとある周波数以下で減少する。b 実験で得られた、テラヘルツ波パルスを照射してから0.5ピコ秒経過した後の電気伝導度スペクトルの変化分。電気伝導度が1.7 THz以下の周波数で大きく減少している。金属的な伝導電子が減少し、絶縁的な状態に変化したことを示している。


図3:本研究で実現した電子相制御の概念図。六角格子を持つ3R-Ta1+xSe2薄膜にテラヘルツ波を照射して格子を揺することで自由エネルギーの極小点が変化し、電子相が変化する。 

プレスリリース本文:/shared/press/data/setnws_202106301055442528633111_059998.pdf

日本の研究.com:https://research-er.jp/articles/view/100753

Nature Physics:https://www.nature.com/articles/s41567-021-01267-3