プレスリリース

超5 Vリチウムイオン電池の実現-高電圧作動時の劣化を抑制-

 

1.発表者: 
Ko Seongjae(東京大学 大学院工学系研究科化学システム工学専攻 特任研究員)
山田   裕貴(東京大学 大学院工学系研究科化学システム工学専攻 准教授)
山田   淳夫(東京大学 大学院工学系研究科化学システム工学専攻 教授) 

 

2.発表のポイント
◆従来のリチウムイオン電池(4.3 V)よりもはるかに高い5.2 Vを上限作動電圧とするリチウムイオン電池の長期安定作動を実現した。
◆正極に含まれる炭素導電助剤と電解液中のアニオン(マイナスイオン)との副反応が、高電圧作動時の容量劣化を引き起こす主要因であることを明らかにした。
◆独自に設計した“濃い”(高濃度)電解液を採用することで、高電圧作動時に起こるあらゆる副反応を抑制することに成功した。

 

3.発表概要: 
 リチウムイオン電池(注1)は、電気自動車やスマートグリッドなど、低炭素・持続可能社会の実現に不可欠なキーデバイスであり、その高出力化・高エネルギー密度化に対する社会的ニーズが高まっている。その一環として、現状(4.3 V)よりはるかに高い5 V以上の作動上限電圧を可能にする次世代リチウムイオン電池の開発が20年以上前から活発に行われているが実用化レベルでの安定作動(初期容量比80 %維持率/1000回充放電)の実現には至ってない。その原因として挙げられてきたのが、高電圧作動時の電解液(注2)と正極活物質(注3)の激しい劣化である。
 東京大学大学院工学系研究科の山田 淳夫 教授、山田 裕貴 准教授、Ko Seongjae 特任研究員らのグループは、従来の高電圧リチウムイオン電池開発において見逃されていた、第三の重要な劣化因子を特定した。具体的には、高電圧環境下で、正極の導電性を担保するため少量添加している炭素導電助剤(注4)への電解液中のアニオン(マイナスイオン)の挿入が活発に起こり、これが充放電安定性に多大な影響を及ぼすことが分かった。そこで、独自の“濃い”(高濃度)電解液とこれによるアニオン(マイナスイオン)の透過を防ぐ表面設計(保護膜形成)を適用し、全ての劣化要素を高度かつ同時に抑制することに成功した。これにより、5.2 Vを上限電圧とするリチウムイオン電池の実用レベルの長寿命化(初期容量比93%維持率/1000回充放電)が達成され、はるかに高いエネルギー密度を有する新型二次電池や、リチウムイオン電池の格段の長寿命化や高速充電化の可能性が示された。
 本研究成果は、エネルギー研究専門雑誌Joule電子版に掲載された。なお、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:20H05673、 17J10359)、国立研究開発法人科学技術振興機(JST)の共創の場形成支援プログラム(課題番号:JPMJPF2016)による支援を受けて行われた。 

 

4.発表内容: 

① 研究の背景
 近年、環境保全と経済成長の同時実現に向けた低炭素・持続可能社会への移行が世界的な潮流となっており、太陽光や風力などの再生可能1次エネルギーによる発電システムの導入や電気自動車の速やかな普及が世界各国の重点政策となっている。これらの実現には、電気エネルギーの柔軟な受給を可能にする蓄電技術が必要不可欠であり、その中でも最も優れた性能を有するリチウムイオン電池の更なる高エネルギー密度化への社会的要求が強まっている。
 電池に貯蔵されるエネルギー量は、容量と作動電圧の積で決定される。リチウムイオン電池の容量は、1991年の商品化以降続けられてきた改良の結果、理論最大値に到達しつつある。一方で、作動上限電圧は4.3 V程度に留まり当初水準からの進展はほとんどなく、今後の高エネルギー密度化の鍵は作動電圧の向上にある。これを実現すべく、高い作動電圧を有する正極材料が多く開発されてきたものの、長期にわたる充放電安定性の確保が困難なため、実用化への見通しは立っていない。高電圧動作(高酸化雰囲気)時の劣化現象においては、電解液と正極活物質の酸化副反応が起点とされており、これを抑制する研究が行われてきた。例えば、フッ素化耐酸性溶媒、正極表面に保護膜を形成する電解液添加剤、正極活物質への異元素ドーピングや特殊表面コーティングなどが検討されてきたが、十分な効果は得られていない。 

② 研究内容
 東京大学大学院工学系研究科の山田 淳夫 教授、山田 裕貴 准教授、Ko Seongjae 特任研究員らのグループは、これまでの高電圧リチウムイオン電池の開発において見逃されていた重要な阻害因子が存在すると考え、多角的な分析を行った。その結果、正極に導電性を与えるため少量添加する炭素導電助剤への電解液中のアニオン(マイナスイオン)の挿入により引き起こされる副反応が劣化の主要因であることを突き止め、これを効果的に抑制する電解液設計を施すことで超5Vリチウムイオン電池の実用レベルの安定作動に初めて成功した(図1)。
 通常の電解液中には、フリーなアニオン(マイナスイオン)や溶媒分子が豊富に存在していて、一定電圧以上(リチウム基準で4.5 V以上)になると炭素導電助剤の黒鉛層間に挿入される(図2)。問題は、黒鉛の層間距離に対し、アニオン(マイナスイオン)や溶媒分子の大きさが非常に大きいことである。層間が大きく拡張することで構造が破壊され、新たな活性サイトが出現することによって、電解液の酸化分解反応が加速すると同時に、正極全体の導電性が低下する。
 当研究グループは、このアニオン(マイナスイオン)や溶媒分子の挿入を抑制する手法として、“濃い”(高濃度)電解液に注目した。この電解液では、アニオン(マイナスイオン)や溶媒分子が全てリチウムイオンと強く結び付いて(配位して)いるため、炭素導電助剤への挿入が困難になる(図3、図4)。また、このような特殊な液体構造により、既存の電解液で問題となっていた高電圧(高酸化雰囲気)における電解液の酸化分解反応も抑制できる。さらに、正極表面にアニオン(マイナスイオン)の透過を防ぐ保護膜を形成できる溶媒を採用することで、炭素導電助剤にアニオン(マイナスイオン)が近づきにくくすると同時に(図3、図4)、正極活物質の表面を強い酸化雰囲気から保護できるようにした。このような多機能を発揮する電解液を適用することで、フッ化リン酸コバルトリチウム(Li2CoPO4F)と黒鉛からなる5.2 Vを最大充電電圧とする高電圧リチウムイオン電池の実用レベルの安定動作 (初期容量比93 %維持率/1000回充放電)を可能にした(図5)。
 本研究で開発した高電圧電池設計技術は、長年4.3 V程度以下にとどまっていたリチウムイオン電池の作動上限電圧を5 V以上に引き上げ、はるかに高いエネルギー密度を有する新型二次電池の開発につながるばかりでなく、リチウムイオン電池の格段の長寿命化や高速充電化の可能性を提示するものである。 

③ 社会的意義
 本研究により、長年不可能だった5 V以上の上限電圧で動作する高電圧リチウムイオン電池の長寿命化が実現可能なことが示され、理論的限界に近づきつつあったリチウムイオン電池のエネルギー密度に大幅な増加の余地が生まれることになる。また、高電圧作動による電池の直列数低減や、複数の副反応同時抑制による長寿命化などにより、現行型を含む様々な電池システムのエネルギー密度や信頼性向上にも寄与することが期待される。このようなリチウムイオン電池の根本的な制限因子の撤廃は、低炭素・持続可能社会の実現にむけての電気自動車やスマートグリッドシステムの普及に大きく貢献すると考えられる。

 

5.発表雑誌: 
雑誌名: Joule
論文タイトル:An overlooked issue for high-voltage Li-ion Batteries: Suppressing the intercalation of anions into conductive carbon
著者: Seongjae Ko, Yuki Yamada, Atsuo Yamada*
DOI番号:10.1016/j.joule.2021.02.016
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2542435121000933 

 

6.用語解説: 
(注1)リチウムイオン電池
繰り返し充電して使用することができる二次電池の一種。リチウムイオンが正極→電解液→負極と移動することで充電が行われ、逆に負極→電解液→正極と移動することで放電が行われる。他の二次電池と比較して高電圧(現在2.4-3.8 V程度)かつ高エネルギー密度であるため、携帯電話・ノートパソコンなどの小型用途を中心に広く普及している。

(注2)電解液
二次電池の正極と負極の間において特定のイオンの移動を媒介する液体材料。例えば、リチウムイオン電池の電解液は、リチウムイオンの移動を媒介する。市販の電解液はリチウム基準4 V程度の耐酸性を有する。更なる高電圧作動電池の実現のためには、既存よりも高い耐酸性の電解液を開発する必要がある。

(注3)正極活物質
電池の活物質(電気エネルギー貯蔵に関与する物質)で正極に用いられる固体材料。リチウムイオン電池においては、リチウムを含む酸化物が使われている。正極活物質の種類によって電池の容量(正極活物質に含まれているリチウムの量)と作動電圧(正極活物質の酸化・還元に必要なエネルギー)の限界値が決まる。

(注4)炭素導電助剤
電極の導電性向上のために添加する炭素質材料。リチウムイオン電池においては、正極活物質として用いられるリチウム酸化物の低い電子伝導性を賄うため、炭素質ナノ粒子を正極内に数wt% 程度添加している。正極活物質に比べ数百倍以上高い比表面積を持つことから、電解液の主な副反応サイトになる。4.5 V以上の高電圧環境下で起こる炭素導電助剤への電解液中のアニオン(マイナスイオン)の挿入は、炭素導電助剤の構造を破壊し、電解液の酸化反応(副反応)と電極の導電性低下を加速させる原因になる。

(注5)“濃い”(高濃度)電解液
過去に本研究グループが提唱した新たな電解液系。従来の1 mol/L程度の電解液と比べて、極めて高い濃度(概ね3 mol/L以上)のリチウム塩を含む“濃い”液体。特殊な溶液構造を有することで、従来の低濃度電解液にはないさまざまな新機能を示す。シンプルでありながら著しい性能向上や問題解決につながる有望技術として、昨今急速に注目を集めている。一方、高濃度化に伴う粘度上昇や高コスト化が実用化に向けた課題となっている。
詳細については、下記プレスリリースを参照。
2014年3月プレスリリース: http://www.yamada-lab.t.u-tokyo.ac.jp/pr/201403
2016年6月プレスリリース: http://www.yamada-lab.t.u-tokyo.ac.jp/pr/201606
2016年8月プレスリリース: http://www.yamada-lab.t.u-tokyo.ac.jp/pr/201608
2017年11月プレスリリース: http://www.yamada-lab.t.u-tokyo.ac.jp/pr/201711
2019年3月プレスリリース: http://www.yamada-lab.t.u-tokyo.ac.jp/pr/201903 

 

7.添付資料: 
カラー版はURL参照   http://www.yamada-lab.t.u-tokyo.ac.jp/pr/202103
図1 超5 Vリチウムイオン電池のイメージ図。電池の正極(左側)と負極(右側)間の電位差(電圧)が大きいほど高いエネルギー密度を有する。高電圧劣化機構の究明と共に、その劣化を抑制するように設計した独自の“濃い”(高濃度)電解液を採用することで、5.2 Vを上限電圧とするリチウムイオン電池の長寿命化が初めて達成された。

 

図2 炭素導電助剤へのアニオン(マイナスイオン)挿入による劣化機構。(a) 正極の模式図。集電体(灰色)の上に正極活物質(青色)とバインダー(黄色)、炭素導電助剤(黒色)が絡み合っている。(b) 炭素導電助剤への電解液中のアニオン(マイナスイオン)挿入、(または、溶媒の共挿入)のイメージ図。炭素導電助剤の黒鉛層間距離に対し、アニオン(マイナスイオン)や溶媒分子のサイズは非常に大きいため、これらの挿入は炭素導電助剤の構造を破壊する。これにより、電解液の酸化分解反応を加速する新たな活性サイトが出現すると同時に、正極全体の導電性が低下する。

 

図3 “濃い”(高濃度)電解液と保護膜によるアニオン(マイナスイオン)挿入抑制のイメージ図。(a) 商用電解液と従来の表面設計を用いる場合、電解液中のアニオン(マイナスイオン)が炭素導電助剤に容易に挿入される。(b)“濃い”(高濃度)電解液は、アニオン(マイナスイオン)がリチウムイオンと強く結び付いて(配位して)いるため、炭素導電助剤へのアニオン(マイナスイオン)の挿入が困難になる。また、正極表面に形成されたアニオン(マイナスイオン)の透過を防ぐ保護膜は、炭素導電助剤にアニオン(マイナスイオン)が近づきにくくする。

 

図4 (a)“濃い”(高濃度)電解液によるアニオン(マイナスイオン)挿入活性化障壁増加。“濃い”(高濃度)電解液は、アニオン(マイナスイオン)がリチウムイオンと強く結び付いて(配位して)いる独特な構造を有している。従って、アニオン(マイナスイオン)の炭素導電助剤への挿入時に必要な活性化エネルギーが大きく上昇する。(b) 新規表面設計(保護被膜形成)によるアニオン(マイナスイオン)挿入抑制。正極表面に形成された保護膜は、アニオン(マイナスイオン)の透過を防ぐと同時に、正極活物質の表面を強い酸化雰囲気から保護する。

 

図5 フッ化リン酸コバルトリチウム(Li2CoPO4F)と黒鉛からなる超 5 Vリチウムイオン電池の充放電サイクル特性。商用電解液と従来の表面設計では200 回の繰り返し充放電で容量が大きく劣化した。一方、“濃い”(高濃度)電解液とアニオン(マイナスイオン)の透過を防ぐ新規表面設計(保護膜形成)を用いた場合、1000回以上の繰り返し充放電を行ってもほとんど容量が劣化しない。

 

 

プレスリリース本文: PDFファイル

Joule:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2542435121000933

日本経済新聞社:https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP607871_S1A400C2000000/