量子誤り訂正は「揺さぶり」に反応するか? ―訂正結果の信頼度を判定する手法を提案―

2026/09/08

発表のポイント

◆ 量子誤り訂正の信頼度を、簡便かつ高速に評価する手法を提案しました。

◆ 復号アルゴリズムの重み付けを変え、再び復号した出力の安定性を判定基準とすることにより、約7万回に1回を除外するだけで、論理誤り率を60分の1以下に低減できることを示しました。

◆ 本提案手法は、量子計算だけでなく、量子通信や量子暗号のリソース生成にも応用可能であることから、幅広い量子情報処理プロトコルの高精度化につながるものと期待されます。

 

fig

手法のイメージ図

 

 

概要

中国工程物理研究院大学院のHaipeng Xie大学院生、Ying Li教授、東京大学素粒子物理国際研究センターの吉岡信行准教授、同大学大学院工学系研究科の坪内健人大学院生らは、量子誤り訂正(注1)の復号(注2)結果を「揺さぶって」信頼度を確かめる、解候補再重み付け法(Argument Reweighting、AR法)を提案しました。AR法では、最初の訂正候補が起こりにくくなるよう、アルゴリズム中の重み付けを変えて再び復号します。もし復号結果が変わらなければ、有効な結果として採用し、変われば除外する、という「事後選択」(注3)を行います(図1)。本提案手法は、極めてシンプルであるがゆえに、幅広い量子誤り訂正符号と復号アルゴリズムに適用できます。得られる効果も高く、例えばBB符号(注4)と呼ばれる符号族では、約7万回に1回を除外するだけで論理誤り率(注5)を60分の1以下に低減できることを示しました。量子誤り訂正が、量子通信・量子センシング・量子暗号を含む幅広い量子情報技術で用いられていることを鑑みると、本研究成果は広範な波及効果を持つものと期待されます。

本研究成果は、2026年9月8日(米国東部夏時間)に科学雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。

fig1

図1:本提案手法のイメージ。復号アルゴリズムに揺さぶりをかけ、解の信頼度を推定する。

1回目の復号で得た誤り推定箇所を出力しづらいように復号アルゴリズムの重みづけを変更し、それでもなお同じ解が得られるかを判定します。

 

 

発表内容

【研究背景】

量子コンピュータをノイズから守り、信頼できる計算を実行するには、量子誤り訂正が不可欠です。量子誤り訂正では、多数の物理量子ビットに情報を分散させ、計算途中の中間測定で得られる誤りの手掛かりから、古典計算機上の復号アルゴリズムを用いて必要な訂正を推定します。ここで、符号を大型化すれば論理誤りを減らせる一方、必要な物理量子ビット数も増えてしまいます。そこで、量子ビット数を増やさずに精度を高める手法として、信頼度の低い計算結果だけを除外する「事後選択」が注目されています。しかし、簡便で汎用的な選別基準を採用してしまうと、誤りを含まない結果も多く除外してしまい、より精密な基準を用いた場合には、古典計算機側の負担が大きくなりすぎる、という問題がありました。

 

【研究内容】

本研究では、復号アルゴリズムを意図的に変えた際の計算結果の安定性を、信頼度の指標として利用するAR法を提案しました。まず通常の復号によって誤り位置の解候補を求め、次に、その候補が起こりにくくなるように重み付けを変え、同じデータを再び復号します。もし同じ復号結果が得られれば採用し、変われば信頼度が低いものとみなして除外します。本手法は、多数の標準的な量子誤り訂正符号で検証され、特に大型のBB符号では、約7万回に1回を除外するだけで、論理誤り率を60分の1以下に低減できることを示しました(図2)。このように、本研究による提案手法は、多数の論理量子ビットを埋め込むような符号に汎用的に適用可能で、かつ効率的に誤りを除外する性能を持ち合わせています。

 

【研究の意義、今後の展望】

本手法は、量子ビットの追加や量子回路の変更を必要とせず、通常の復号に加えて古典計算機上の復号を1~2回行うだけで実行できるため、簡便に導入ができます。また、事後選択によって高品質な量子情報リソースを得る考え方は、誤り耐性量子計算に必要な特殊な量子状態である魔法状態の生成、量子通信に用いるベル状態の蒸留(注6)、量子暗号における秘密鍵の蒸留(注6)などでも重要です。AR法の原理は、こうした分野の高精度化・高信頼度化にも貢献することが期待されます。 

 

fig2

図2:提案手法による論理誤り率の改善

復号器の重みづけを変えるにあたって、その変化の大きさに応じて、除外される計算結果の割合が変わります。除外率を大きくするほど、論理誤り率が低減していることがわかります。本研究では、小型と大型の量子誤り訂正符号を網羅的に調べ、いずれにおいても大きな論理誤り率の改善が達成されていることが示されました。その利得は大型の符号ほど大きく、大型のBB符号の一つであるグロス符号では、7万回に1回除外するだけで論理誤り率を60倍改善できることを示しました。

 

 

発表者・研究者等情報

中国工程物理研究院

研究生院

Haipeng Xie 博士課程

Ying Li 教授

 

東京大学

素粒子物理国際研究センター

吉岡 信行 准教授

 

大学院工学系研究科 物理工学専攻

坪内 健人 博士課程

 

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters

題 名:Simple, Efficient, and Generic Post-Selection Decoding for qLDPC Codes

著者名:Haipeng Xie, Nobuyuki Yoshioka, Kento Tsubouchi, and Ying Li

DOI:10.1103/sv11-f78l

URL:https://doi.org/10.1103/sv11-f78l

 

研究助成

本研究は、IBM Quantum、Google Quantum AI、中国国家自然科学基金(課題番号:12225507、12088101)、NSAF(課題番号:U1930403)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)量子誤り訂正

多数の物理量子ビットに冗長化された情報を埋め込み、一部に誤りが生じても、保護した量子情報を復元できるようにする仕組みのこと。

 

(注2)復号

測定で得た誤りの手掛かりから、必要な訂正を古典計算機で推定する処理のこと。

 

(注3)事後選択

信頼度の低い計算結果を除外し、高い結果だけを採用する方法のこと。計算精度と除外率の間にはトレードオフがある。

 

(注4)BB符号

複数の論理量子ビットを効率よく守る符号の一種。少数の量子ビットに作用する検査から構成される符号で、超伝導量子デバイスや中性原子量子デバイスなど、多くのハードウェアでの実現が期待されている。

 

(注5)論理誤り率

量子誤り訂正後にも誤りが残り、保護した量子情報が変わる割合のこと。小さいほど、計算結果の信頼度が高いことを表す。

 

(注6)ベル状態の蒸留・秘密鍵の蒸留

ノイズを含む量子もつれ状態から、高品質な量子もつれ状態を取り出す操作のこと。応用先によって量子もつれの詳細は異なる。 

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Physical Review Letters:https://doi.org/10.1103/sv11-f78l