次世代型アンモニア合成法の触媒機構を解明 ―実験と理論の両輪でメカニズムの全貌に迫る―

2026/09/24

概要
京都大学福井謙一記念研究センターの吉澤一成 研究員(九州大学 名誉教授)、東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭 教授、大同大学教養部の田中宏昌 教授、京都工芸繊維大学材料化学系の中村泰司 助教らによる研究グループは、モリブデン分子触媒※1を用いた次世代型のアンモニア※2合成法について、これまで未解明であった触媒機構※3を解明しました。アンモニアは肥料や将来のエネルギー媒体として重要な化学物質ですが、現在の製造法は大量の二酸化炭素排出を伴うため、より環境負荷の低い合成技術の開発が求められています。同研究グループがこれまでに開発したこのアンモニア合成法では、その触媒機構が十分に解明されておらず、触媒のさらなる高性能化に向けた課題となっていました。そこで本研究では、実験と理論計算の両面から、窒素分子からアンモニアが生成するまでの反応メカニズムを詳細に解明しました。本成果は、より高性能な次世代型アンモニア合成技術の開発に向けた重要な知見となるとともに、空気中に豊富に存在する窒素を資源として活用する窒素固定※4技術の発展につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年9月24日午前10時(英国夏時間)に英国の国際学術誌「Nature Communications」(オンライン速報版)に掲載されました。

 

fig1

アンモニア合成反応におけるモリブデン分子触媒の作用メカニズムの解明
作成:中村泰司

 

1.背景
アンモニアは、肥料やさまざまな化学製品の原料として広く利用され、現代社会を支える重要な化学物質です。現在、アンモニアの工業的製造には「ハーバー・ボッシュ法※5」が広く用いられています。しかし、この方法は高温・高圧条件を必要とし、原料となる水素に化石燃料由来のものを使用するため、二酸化炭素の排出による環境負荷が生じています。こうした問題に対し、東京大学の西林教授らの研究グループはこれまでに、モリブデン分子触媒を用いることで、常温・常圧という穏やかな条件のもと、空気中に豊富に存在する窒素ガスと水からアンモニアを合成できることを報告しました。一方で、この反応がどのような過程を経て進行するのか、その詳しい仕組みは十分に明らかになっておらず、より高性能な触媒の開発につなげるためにも、その解明が重要な課題となっていました。そこで本研究では、さまざまな実験による反応の解析と理論計算の両方のアプローチから、この触媒によるアンモニア合成の仕組みを体系的に明らかにすることを目指しました。

 

2.研究手法・成果
本研究では、モリブデン分子触媒を用いたアンモニア合成反応について、実験と理論計算の両面から、その反応メカニズムを調査しました。実験により、化学反応の途中で一時的に現れる「反応中間体」を取り出して詳しく調べることで、反応がどのように進むのかを理解する重要な手掛かりを得ました。さらに、コンピューターを用いた量子化学計算※6によるシミュレーションによって、実験だけでは直接観測することが難しい化学反応の詳細な進行過程を調べました。
本研究対象の触媒反応では、モリブデン分子触媒の存在下でヨウ化サマリウム※7(電子源)と水(水素イオン源)を用いることで、窒素ガスからアンモニアが合成されます。実験検討では、化学反応の途中で現れる中間体を安定な化合物として取り出すことに成功し、本研究で提案した反応経路を実証しました。さらに、理論計算によって、触媒反応において重要な働きをするヨウ化サマリウムと水の複合体の構造を推定するとともに、触媒反応全体のエネルギー変化を評価しました。その結果、電子移動と水素イオン移動が協調して進行する「プロトン共役電子移動」がアンモニア生成に重要な役割を果たすこと、また、触媒反応の中で、イミド生成反応(図1のiiiの過程)が反応全体の中で最も進行しにくい段階であることを明らかにしました。

 

fig2図1. モリブデン分子触媒によるアンモニア合成反応機構。一連の反応過程でアンモニアが生成し、触媒サイクルが完結することでモリブデン分子触媒が再生されます。

 

3.波及効果、今後の予定
本研究成果は、モリブデン分子触媒がアンモニア合成の過程でどのように働くのかを、分子レベルで明らかにしたものです。これにより、さらに高性能で効率よくアンモニアを合成できる窒素固定触媒を設計するための新たな指針が得られました。今後は、本研究で得られた反応機構の理解をもとに、省エネルギーでアンモニアを生成できる高性能触媒の開発を進めます。また、持続可能なアンモニア製造技術を実現するためには、触媒の性能向上だけでなく、再生可能エネルギーの利用や、アンモニア製造コストを低減するための反応条件についても検討する必要があります。本研究は、次世代のグリーンアンモニア合成技術※8の実現に向けた基盤となる反応機構を明らかにしたものであり、将来的には、空気中に豊富に存在する窒素を資源として有効活用する窒素固定技術の発展に貢献することが期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、科研費挑戦的研究(開拓)「計算科学による触媒インフォマティクスの開拓(課題番号:JP24K21245)」、科研費基盤研究(S)「高活性な窒素固定触媒に基づく窒素分子の自在変換法の開発(課題番号:JP24H00049)」、科研費学術変革領域研究(A)「プロトン共役電子移動反応を鍵とするグリーンアンモニア合成反応の開発(課題番号:JP24H01834)」、科研費基盤研究(A)「接着の分子論とその応用展開(課題番号:JP22H00335)」の支援により実施されました。また、本研究成果の一部は、NEDOグリーンイノベーション基金事業(幹事企業:出光興産株式会社)の結果得られたものです。

 

<用語解説>

※1. モリブデン分子触媒:金属元素であるモリブデンを含む分子からなる触媒。

※2. アンモニア:化学式NH3で表される化合物。肥料や化学製品の原料として広く利用されるほか、水素を運搬・貯蔵できる物質として、次世代エネルギー媒体としても注目されている。

※3. 触媒機構:触媒がどのように働いて化学反応を進めるのかを示す仕組み。触媒とは、化学反応の前後で自身は変化せず、反応速度を高めることで、化学反応を効率よく進める働きをする物質。

※4. 窒素固定:空気中に存在する窒素分子(N2)を、アンモニアなど生物や産業で利用できる窒素化合物へ変換する反応。

※5. ハーバー・ボッシュ法:窒素ガスと水素ガスからアンモニアを工業的に合成する方法。現在の肥料生産を支える重要な技術であるが、環境負荷が高いことが問題となっている。

※6. 量子化学計算:量子力学の理論に基づき、コンピューターを使って原子や分子の振る舞いを予測する解析手法。実験では直接観測が難しい詳細な反応経路やエネルギー変化を調べることができる。

※7. ヨウ化サマリウム:化学式SmI2で表される化合物。反応する物質に電子を与える性質をもつため、還元剤として利用される。

※8. グリーンアンモニア合成技術:再生可能エネルギーを利用し、環境への負荷を抑えてアンモニアを製造する技術。従来法と比べてエネルギー消費や二酸化炭素(CO2)排出の少ない製造法である。

 

<研究者のコメント>

窒素ガスからアンモニアを合成する反応の開発は、持続可能な社会の実現に向けた重要な課題です。本研究では、これまで観測が困難であった触媒反応の過程を、実験と理論計算の両面から明らかにすることに成功しました。複雑な反応機構の解明には詳細な解析と多くの検討が必要でしたが、本研究で得られた反応機構への理解が、今後の触媒設計の基盤となることに大きな意義を感じています。今後は、本研究の成果を基に、実験研究と理論研究の連携を深め、持続可能なアンモニア合成技術の実現を目指します。(中村泰司)

 

<論文タイトルと著者>

タイトル:Unveiling full mechanistic picture of Mo-catalysed nitrogen fixation driven by SmI2–H2O systemSmI2–H2O系により駆動されるMo触媒を用いた窒素固定反応機構の解明)

著  者:Taiji Nakamura, Kazuya Arashiba, Asuka Konomi, Hiromasa Tanaka, Yoshiaki Nishibayashi, and Kazunari Yoshizawa

掲 載 誌:Nature Communications

DOI10.1038/s41467-026-77505-0

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-026-77505-0