浮揚ナノ粒子による量子加速度センシングを実現 ―量子力学的な揺らぎによる限界を打ち破る動的な手法を開発―

2026/07/31

発表のポイント

◆ 量子基底状態に近い運動状態にある単一ナノ粒子による高感度な加速度センシングを実現した。

◆ ナノ粒子を捕捉するレーザー光の強度を制御することで、量子力学的な揺らぎによる制約を打ち破る手法を開発した。

◆ ナノ粒子を利用した次世代量子センシングへの応用や、量子力学と重力の関係を探る研究の進展が期待される。

 

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集光したレーザー光に捕捉された単一ナノ粒子(矢印の先の白い点)

 

 

概要

東京大学大学院理学系研究科の神庭光善特任研究員、小田部荘達特任助教、相川清隆准教授による研究グループは、同大学大学院工学系研究科の沙川貴大教授、布能謙講師と共に、真空中に浮かせたナノ粒子(注1)に働く加速度を、量子力学的な揺らぎによる限界を打ち破って測定する技術を開発しました。

本研究では、まず、直径300ナノメートル程度のナノ粒子をレーザーによって作られたポテンシャル中に捕捉し、その運動状態を、最低エネルギー準位である量子基底状態(注2)付近まで冷却します。その上で、レーザーの出力光強度を制御することによってナノ粒子の運動状態を操作し(図1)、加速度に対して敏感な状態を作り出すことで、ナノ粒子に働く微弱な重力加速度を測定することに成功しました。元々、光ポテンシャル中では、基底状態の量子力学的な揺らぎであるゼロ点振動(注3)が制約となり、加速度の影響が覆い隠されています。しかし、本研究では、光ポテンシャルを精密に制御することで、加速度によって生じるナノ粒子の変位を増幅し、加速度検出感度を従来比で2桁向上させることに成功しました。また、理論的なシミュレーションとの比較も行い、観測されたダイナミクスや感度が量子ランジュバン方程式(注4)でよく説明できることがわかりました。本研究により、これまで実現されていなかった量子基底状態付近でのダイナミクスを利用したセンシングが実証されました。

ナノ粒子に働く加速度のセンシングは、暗黒物質やニュートリノの検出・測定、高周波重力波の検出といった、次世代量子センシングにおいて中心的な役割を果たすことが期待される技術です。また巨視的スケールにおける量子力学の研究において、重力や電磁気力などがどのように関わるのかを探る基礎的な研究にも役立つことが期待されます。

 

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図1:実験のタイムシークェンスと位相空間上での揺らぎの変化の模式図

レーザー光強度の制御により、量子基底状態への冷却に適した状態から、加速度センシングに適した状態へと遷移させ、光強度の低い状態における最適なタイミングで変位を測定することで、元々のポテンシャル中ではゼロ点振動に隠されてしまう弱い加速度を検出する。(上段)光強度の時間的な変化。(中段)光ポテンシャル中でのナノ粒子の運動の模式図。(下段)位置・運動量からなる位相空間上で、粒子の位置とその揺らぎが変化する様子。

 

 

発表内容

超高真空中のナノ粒子を用いた量子加速度センシングは、基礎物理から実用的なセンシングまで、さまざまな応用分野への展開が期待される重要な技術です。感度向上にはナノ粒子の運動を量子基底状態に近づけることが不可欠であり、そのための冷却技術はすでに確立されています。しかし、冷却に有利な高い振動周波数は加速度感度の低下を招くため、両者の両立が課題となっていました。そのため、従来のナノ粒子による加速度センシングの実証は、量子基底状態を大きく上回る温度領域にとどまっていました。

本研究チームは、量子基底状態への冷却に必要となる高い光強度から、加速度センシングに優位な低い光強度へと移行させる新しいスキームを導入し、量子基底状態付近での重力加速度のセンシングを初めて実現しました。今回、これまで明らかになっていなかった光強度変化に伴う非平衡ダイナミクスと、その最適な制御条件について実験的に検証しました。その結果、加速度センシングに有用な非平衡ダイナミクスが生じることを見出すとともに、光強度を素早く低減することが高感度化に最適であることを示しました。さらに、実験において観測されたナノ粒子の運動とその揺らぎを説明するために、残留気体との衝突や光子散乱などの揺らぎの影響を取り入れた量子ランジュバン方程式による数値シミュレーションを行った結果、実験値と計算値がよく一致することもわかりました(図2)。加速度の検出感度を表すフィッシャー情報量(注5)の数値シミュレーションによる計算値もまた、実験的に得られた感度をよく再現することがわかりました。このような理論と実験の緊密な連携により、高精度な量子加速度センシングを実現すると共に、ナノ粒子を利用したセンシング感度のさらなる向上に向けた理論的な枠組みを確立できました。

今回の成果は、電気的に中性なナノ粒子を冷却する独自の技術を利用し、中性ナノ粒子の運動方向への重力加速度の射影成分を変化させることにより得られました。これまでに他グループによって進められてきた荷電粒子による電気的な加速度のセンシングと異なり、中性ナノ粒子による重力加速度のセンシングは、電磁場によるノイズの影響を受けないという利点があるため、今後ナノ粒子系をさまざまな用途へと展開する際の基盤となる技術です。今回得られた感度は1.2mm/s2(重力加速度の1万分の1程度)ですが、理論的な解析と実験結果の比較から、より高い真空度の環境において、さらに高い感度が得られる見込みがあることもわかりました。

実社会への応用の観点からは、今回得られた成果はナノ粒子による高感度加速度センシングへの道を拓くものです。特に、ゼロ点振動に覆い隠されるほど微弱な加速度であっても検出できる本手法は、従来の機械的振動子に基づく加速度計とは大きく異なっており、より高感度な加速度センサの実現が期待されます。たとえば、GPSを受信できないトンネルや山間部において長時間にわたり自動車を運転する場合など、慣性航法を通じてより高い精度のセンサによる位置推定が不可欠な用途に貢献することが期待されます。

一方、基礎物理学的な観点では、ナノ粒子の近傍を通過する暗黒物質の検出や、ナノ粒子内に放射性物質を含ませた場合の崩壊の振る舞いの観測からニュートリノの質量測定を行う、といった研究に貢献することが期待されます。また、重力を扱う一般相対性理論と量子力学とを統合的に扱おうとする理論的枠組みを構築する上で、量子状態の振る舞いと重力との関わり合いを探っていくことは重要であり、本研究はそのような研究を進めるための基盤となることも期待されます。

 

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図2:感度の光強度低減時間に対する依存性(左)と測定の長期揺らぎに関するアラン偏差(右)

(左)実線は数値シミュレーションによる計算値、破線は真空槽中の残留気体が全て水素からなるとした場合の計算値、点線は残留気体が全て窒素からなるとした場合の計算値を、それぞれ示す。光強度低減時間が短いほど感度が高いことが、実験的にも理論的にも確かめられ、シミュレーションは実験値をよく再現することが示された。

(右)長時間の測定により、測定の揺らぎを表すアラン偏差が最小となる点において、1.2mm/s2程度の微弱な加速度の検出を実証した(四角のデータ点)。

 

 

〇関連情報:

「プレスリリース 浮揚ナノ粒子で量子スクイージングを実現」(2025/9/19)

https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10914/

 

発表者・研究者等情報

東京大学

大学院理学系研究科 物理学専攻

相川 清隆 准教授

神庭 光善 特任研究員

小田部 荘達 特任助教

 

大学院工学系研究科 物理工学専攻

沙川 貴大 教授

布能 謙 講師

 

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters

題 名:Levitated nano-accelerometer sensitized by quantum quench(7月28日付掲載)

著者名:M. Kamba, S. Otabe, K. Funo, T. Sagawa, K. Aikawa

DOI: 10.1103/js43-kq48

URL: https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/js43-kq48

 

研究助成

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO(課題番号:JPMJER2302)、同 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)(課題番号:JPMJPF2015)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR23I1)、同 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR1661)、東工大挑戦的研究賞、「東工大の星」研究支援、東工大・研究の種、東工大・末松賞、大隅良典基礎研究支援、三菱財団自然科学研究助成、光科学技術研究振興財団研究助成、村田学術振興財団研究助成、科研費「挑戦的萌芽研究(課題番号:JP16K13857)」、「基盤研究B(課題番号:JP19H01822)」、「若手研究A(課題番号:JP16H06016)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP22K18688)」、日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:JP24KJ1058)、若手研究(課題番号:JP23K13036)、学術変革領域研究B(課題番号:JP24H00831)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)ナノ粒子

一般にはナノメートル(10億分の1メートル)スケールの微粒子をさす。本研究では、ガラスからなる直径300ナノメートル程度のナノ粒子を用いている。

 

(注2)量子基底状態

レーザーによって作られた調和ポテンシャルの最も低いエネルギー準位を量子基底状態と呼ぶ。本研究では、あらかじめナノ粒子を量子基底状態付近へと冷却した状態(温度にして約17マイクロケルビン;1マイクロケルビン=100万分の1ケルビン)を用意している。

 

(注3)ゼロ点振動

量子基底状態においても存在する、量子力学的な揺らぎ。

 

(注4)量子ランジュバン方程式

確率的な過程を記述するランジュバン方程式を量子化した方程式。量子基底状態付近のナノ粒子の運動が、背景気体やレーザー光の散乱によって加熱される過程を記述できる。

 

(注5)フィッシャー情報量

測定対象となる物理量の情報がどれだけ得られるかを示す量。測定の際の揺らぎが小さいほど、情報量は多いといえる。 

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Physical Review Letters:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/js43-kq48