二次元半導体の直接成長ウェハ上でのトランジスタ基本動作を初実証 ―転写プロセスに頼らない集積回路用プラットフォームへ道―

2026/07/09

発表のポイント

次世代の超省電力半導体として期待される二次元物質(MoS2)を、これまで必要だった別の基板へ貼り替える「転写工程」無く、成長させたサファイア基板上で直接トランジスタ動作させることに成功。
◆ 本来のトランジスタのオン・オフ動作を示さなかった最大の原因は、基板界面に残存した硫酸基や水分子による隠れた電子ドーピングであることを解明。微細加工後にガス熱処理を行う独自の「完全ドライ界面制御」によりこのボトルネックを根本から解消。
◆ 高品質なサファイア基板上単結晶MoS2を「ウェハ」としてそのまま直接利用する道を開いた本成果は、二次元半導体の活用基盤構築における極めて重要なマイルストーンです。

 

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サファイア基板上に直接形成された「MoS2ウェハ」デバイス群と、その優れたオン・オフ特性(チャネル長L = 20 μm、チャネル幅W = 10 μm)。転写工程を一切介さず、界面制御のみで良好なトランジスタ動作(赤色:初期状態、黒色:アニール後)を実現した。

 

概要

東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の長汐 晃輔 教授らの研究グループは、物質・材料研究機構(NIMS)および名古屋大学との共同研究により、有機金属化学気相成長法(MOCVD法、注1)でサファイア基板上に成長した単結晶MoS2(二硫化モリブデン)において、本来のトランジスタ特性(電流の明確なオン・オフ動作)が出ないという性能低下の要因が、界面(注2)に残存する硫酸基・水分子由来種による隠れた電子ドーピングであることを解明しました。本研究では、この問題を解決するため、デバイス加工(パターン形成)後にH2/Arアニールを行う「完全ドライ界面制御」プロセスを構築しました。これにより、原子層の隙間から界面不純物を効果的に脱離させ、従来不可欠とされていた他基板への「転写工程」(注3)を介さずに、直接成長ウェハ上での良好なトランジスタ動作を実証しました。

本成果は、最大のボトルネックであった清浄性維持が困難な転写工程を不要とし、高品質なサファイア基板上単結晶MoS2を「ウェハ」として直接利用する道を開くものです。これは本CRESTプロジェクトの戦略目標である「新たな半導体デバイス構造に向けた低次元マテリアルの活用基盤技術」における重要なマイルストーンであり、我が国が注力するAI半導体や次世代低消費電力ロジックデバイスの開発を大きく加速する基盤技術として期待されます。

本研究成果は、202675日付で「Advanced Materials」に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

シリコン半導体の微細化はサブ1 nmノード世代(nm、ナノメートル、10億分の1メートル)に近づきつつあり、トランジスタのチャネル長が短くなることにより現れる特性劣化を抑制できる新たなチャネル材料として、原子層厚さを持つ二次元半導体が注目されています。特に二硫化モリブデン(MoS2)は、原子層レベルの薄さと優れた電気特性を兼ね備えており、次世代ロジック半導体の有力候補です。近年では、MOCVD法によるウェハスケール単結晶MoS2の成長技術が大きく進展しています。二次元半導体の大面積集積化や次世代低消費電力デバイスの実現に向けては、成長したMoS2を単なる「転写用薄膜」としてではなく、「MoS2ウェハ」として直接利用することが重要です。しかし実際には、サファイア基板上に製膜した単結晶MoS2は、基板からの強い電子ドーピングの影響を受けるため、そのままでは良好なデバイス動作が得られず、他基板への転写が不可欠と考えられてきました。この「転写工程」は、膜の破れや不純物の混入を引き起こすためデバイス動作における信頼性の低下がボトルネックになっていました。そのため、大面積成長技術が進展しているにもかかわらず、「MoS2ウェハ」として直接利用するための基盤技術は十分に確立されていませんでした。

 

〈研究の内容〉

本研究では、MOCVD法でサファイア基板上に成長した単層MoS2単結晶上に、転写工程を用いず直接トップゲートトランジスタを形成しました(図1(a))。しかし、作製したデバイスではゲート電圧を印加しても電流を十分に遮断できず、強い電子ドーピング状態になっていることが判明しました(図1(b))。そこで原因を調べるため界面構造を詳細に解析したところ、X線光電子分光分析(注4)では硫酸イオン由来と考えられるS6+成分が検出されました。さらに水分子がMoS2表面ではなく、MoS2/サファイア界面内部に存在していることが分かりました。これらの結果から、サファイア界面には硫酸由来層と水分子が形成されており、それらがMoS2を過剰に電子ドープしていると考えられます(図1(c))。

 

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図1:(a) サファイア上MoS2トップゲートデバイスの光学顕微鏡写真、(b) MoS2の伝達特性(チャネル長L = 20 μm、チャネル幅W = 10 μm)、赤色は直接トップゲートを作製した場合であり、黒はH2/Arアニール後にトップゲートを作製した場合を示す。(c) 予想されるMoS2/sapphire界面構造。 ※本データは材料および界面の健全性を検証したものであり、極微細化デバイスの特性を示すものではありません。

 

そこで、400 °CH2/Arアニール(水素とアルゴンの混合ガス中での熱処理)による乾式界面制御手法を導入することで、これら界面種を選択的に除去し、転写や湿式処理を行うことなく、明瞭なオフ状態を持つ本来のトランジスタ動作を実現しました(図1(b))。本技術では、MoS2ウェハ上にまずデバイス構造(チャネルパターン等)を形成した後に、H2/Arアニール処理を施すプロセスを採用しています。これにより、MoS2/サファイア界面にトラップされていた硫酸基や水分子を効果的に外部へ脱離させることに成功しました。

 

〈社会的意義・今後の予定〉

本成果は、数nm世代の極微細トランジスタの特性極限とは異なるアプローチで、これまで世界の研究者が転写工程に頼らざるを得なかったという二次元半導体集積化の根本的なボトルネックを、界面制御技術によって解消したものです。特に、MOCVD法によって成長した高品質な単結晶の品質を損なうことなく、そのままウェハ上でデバイス・集積回路へと展開可能な転写フリープラットフォームを初めて達成した点に、極めて高い戦略的価値があります。

本成果は、CRESTプロジェクトの戦略目標である「新たな半導体デバイス構造に向けた低次元マテリアルの活用基盤技術の実現に向けた重要なマイルストーンとなるものです。今後は、本技術を基盤として、ウェハスケールで多数の素子を集積した回路の構築と動作実証へと研究を発展させ、次世代二次元半導体エレクトロニクスの実装基盤の確立を目指します。

 

〇関連情報:

「プレスリリース:次世代半導体MoSの革新的ウエハースケール成膜技術を開発 ―結晶成長の自己整合および自己停止メカニズムにより高移動度を達成―」(2026/01/21

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2026-01-21-001

 

 

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻

李 曙紅 博士課程:研究当時

渥美 圭脩 博士課程

松本 昂征 修士課程

田中 一樹 修士課程:研究当時

西村 知紀 技術専門職員

金橋 魁利 助教

長汐 晃輔 教授

 

物質・材料研究機構

電子・光機能材料研究センター

長田 貴弘 グループリーダー

ナノアーキテクトニクス材料研究センター

奈良 純 主幹研究員

電子・光機能材料研究センター

佐久間 芳樹 NIMS特別研究員

 

名古屋大学 未来材料・システム研究所

狩野 絵美 助教

五十嵐 信行 教授

 

論文情報

雑誌名:Advanced Materials

題 名:MOCVD-Grown MoS2 Wafers as a Transfer-Free Platform for Top-Gate Devices via Dry Interface Engineering

著者名:Shuhong Li, Juiteng Chang, Keisuke Atsumi, Kosei Matsumoto, Itsuki Tanaka, Tomonori Nishimura, Kaito Kanahashi, Takahiro Nagata, Jun Nara, Yoshiki Sakuma, Emi Kano, Nobuyuki Ikarashi, and Kosuke Nagashio*

DOI10.1002/adma.73931

URLhttps://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.73931

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR24A3)、同 次世代エッジAI半導体研究開発事業(課題番号:JPMJES2531)、同 未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI22E4)、日本学術振興会(JSPS 科研費(課題番号:JP21H05232JP21H05237JP22H04957JP25K07845)、文部科学省 ナノテクノロジープラットフォーム(課題番号:JPMXP09F23UT1041)、文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1224NM0056JPMXP1225NM5358)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1有機金属化学気相成長法MOCVD

半導体や酸化物などの薄膜を形成するための成長技術の1つ。金属元素を含む有機化合物(前駆体)と反応性ガスを高温基板上に供給し、化学反応によって結晶を成長させる手法です。分子レベルで供給量や反応条件を制御できるため、膜厚や組成の均一性に優れ、現在の半導体産業(LED、レーザーダイオード、パワーデバイスなど)でも広く用いられています。

 

(注2)界面

異なる2つの物質(本研究ではMoS2とサファイア基板)が接している境界のこと。二次元半導体は極めて薄いため、この境界に存在するわずかな不純物や欠陥が、デバイス全体の電気的特性を支配するほど大きな影響を及ぼします。

 

(注3)転写工程

基板上に成長させた薄膜を、別の基板へと貼り替える工程のこと。二次元半導体の研究では一般的ですが、貼り替えの際に膜の破損やしわ、不純物の混入が生じやすく、大面積の集積回路を製造する上での大きな障壁となってきました。

 

(注4X線光電子分光分析

X線を材料に照射し、表面から放出される電子のエネルギーを測定することで、特に材料表面(数nm程度)の元素組成や化学結合状態を高感度に分析する手法です。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Advanced Materials:

https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.73931