ナノ粒子の形状を“動きと光”からAIが判別 ―ブラウン運動軌跡と散乱光ゆらぎの統合解析で非球形ナノ粒子を高精度識別―

2026/07/07

発表のポイント

◆ 従来のNTAで取得されるデータをAIで解析し、液中の非球形ナノ粒子の形状を80%以上の精度で識別できることを実証しました。

粒子の動き(ブラウン運動)と散乱光のゆらぎを統合して深層学習モデルに学習させることで、従来活用されていなかった情報を引き出し、約0.2秒分の短い観測データでも安定した識別性能を維持しました。

本手法は、ナノ医薬品の品質管理、細胞外小胞の特性評価、環境中ナノ粒子のモニタリングなど、微量サンプルでの評価が求められる分野での活用が期待されます。

 

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ナノ粒子の形状を“動きと光”からAIが判別

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の一木 隆範 教授らの研究グループは、ナノ粒子トラッキング法(NTA、注1)で取得されるデータをAI(深層学習)で解析することで、液中の非球形ナノ粒子の形状を80%以上の精度で識別できることを実証しました。今回、粒子のブラウン運動(注2)の軌跡に加えて散乱光のゆらぎを統合した情報を、1次元CNNと双方向LSTM(注3)を組み合わせた深層学習モデルで解析しました。球形・棒状・板状の金ナノ粒子を対象にした評価では、従来の解析法では捉えきれなかった光学的・動的情報を引き出し、形状識別性能を向上できることを示しました。さらに、本手法は計測データ中に潜在していた光学的情報を抽出できるため、非球形粒子の性状評価や凝集挙動の解析、環境ナノ粒子のモニタリング、ナノ医薬品・材料の品質管理など、多様なナノ粒子評価への展開が期待されます。

なお、本成果は202673日付で、米国化学会が発行する科学誌「ACS Applied Nano Materials」に正式版が掲載されました。

 

発表内容

ナノ粒子の形態は、その運動特性や光学応答、生体との相互作用を左右する基盤的要素であり、ドラッグデリバリー、細胞外小胞の機能解析、診断用プローブ設計など、バイオ材料としての性能を決定づけます。特に液中でのナノ粒子の形態学的特性評価は、コロイド系やバイオナノ系における構造と機能の関係性を理解する上で不可欠です。標準的なNTA測定では粒子のブラウン運動の軌跡と散乱光強度が同時に記録されますが、従来の解析では軌跡の統計的解析が中心で、得られるのは粒子サイズに関する情報にほぼ限られ、形態を特徴づける要素の一つである形状に関わる光学的・動的情報は十分に活用されていませんでした。

これまでに一木教授のグループでは、従来法では利用されていなかったブラウン運動の軌跡を深層学習モデルに学習させることで形状推定を可能にする手法を開発してきました(関連情報参照)。しかし、軌跡だけでは形態に関連する情報を十分に捉えきれないケースが残されていました。そこで本研究では、軌跡に加えて散乱光のゆらぎを統合し、両者を併せて学習する新しいフレームワークを構築しました。このモデルにより、粒子の運動と光学的応答の双方を時系列として学習させることで、従来活用されていなかった情報を高精度に抽出し、形状識別の性能を向上させました。

本研究で構築した深層学習フレームワークでは、ブラウン運動軌跡と散乱光のゆらぎから抽出した学習特徴量を統合し、1次元CNNと双方向LSTMを組み合わせたモデルにより学習を行いました(図1)。球形・棒状・板状の金ナノ粒子を対象とした評価では、いずれか2種類の粒子を見分けるタスク(2クラス分類)において性能が向上し、従来の単一特徴モデルで見られた低精度のケースが大幅に改善されました。100フレーム(約1秒分)のデータを用いた場合には、この2種類の識別で0.82を超える精度を達成しました。さらに、3クラス分類でもクラス平均で約80%の分類正答率を示しました(注4)。また、粒子数が限られる条件や、データが短く、約20フレーム(約0.2秒分)しか得られない条件でも安定した性能を維持し、実際の計測環境における堅牢性が示されました。

 

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1:ブラウン運動と散乱光ゆらぎを用いたAI形状識別

 

この統合アプローチは、従来のNTA測定データに潜在していた形態に関連する光学的情報を引き出し、液中ナノ粒子の形態評価を実用的かつ拡張可能な形で実現するものです。特に、本手法はごく少量のサンプルしか得られない状況でも高い識別性能を維持できるため、生物医学診断や環境ナノ粒子モニタリングなど、微量サンプルでの評価が求められる応用領域において有用性が高いと考えられます。また、細胞外小胞の特性評価やナノ医薬品の品質管理など、バイオ材料としてのナノ粒子の機能評価においても、形状情報を含む多面的な解析が可能となる点で大きな意義があります。

 

〇関連情報:

「プレスリリース:深層学習でナノ粒子評価の長年の課題を解決ブラウン運動の軌跡からナノ粒子の形状を識別」(2023/10/25

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-10-25-001

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻

 一木 隆範 教授

  兼:川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター研究統括

 澁田  教授

 倉持 宏実 特任研究員

 山本 啓介 研究当時:修士課程

 樋田 健斗 修士課程

 

論文情報

雑誌名:ACS Applied Nano Materials

名:Shape-Resolved Nanoparticle Analysis from Standard Nanoparticle Tracking Analysis via Integrated Motion and Scattering Signatures

著者名:Hiromi Kuramochi, Keisuke Yamamoto, Kento Toyoda, Yasushi Shibuta, and Takanori Ichiki

DOI10.1021/acsanm.6c01701

URLhttps://doi.org/10.1021/acsanm.6c01701

 

研究助成

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT、グラント番号:JPMJPF2202)による助成を受けました。

 

用語解説・注釈

(注1)ナノ粒子トラッキング法(NTA

ナノ粒子懸濁液にレーザー光を照射して得られる散乱光を暗視野イメージングし、粒子のブラウン運動を動画として記録する手法。各粒子の軌跡からストークス・アインシュタインの式を用いて粒子サイズを算出するもので、試料量が少なく操作も容易であることから広く利用されています。一般的な解析では散乱光強度は用いられず、形状に関わる情報はこれまで十分に活用されてきませんでした。

 

(注2)ブラウン運動

1827年にロバート・ブラウンが発見した、液体や気体中に浮遊する微粒子が不規則に揺らぎながら運動する現象。1905年にアインシュタインが、熱運動する分子との衝突によって生じることを理論的に示し、原子・分子の実在を裏付ける重要な証拠となりました。一般には、この運動をストークスの法則とアインシュタインの式を組み合わせたストークス・アインシュタインの式で解析します。

 

(注31次元CNNと双方向LSTM

1次元畳み込みニューラルネットワーク(1DCNN)と双方向長短期記憶(BiLSTM)は、いずれも深層学習で広く用いられる時系列データ解析モデルです。1DCNNは、時系列データに含まれる局所的なパターンや特徴を畳み込み演算によって効率的に抽出する手法で、変動の形や短い周期性の検出に適しています。一方、長短期記憶(LSTM)は、時系列の前後関係や長期的な依存性を保持しながら学習できる再帰型ネットワークで、双方向LSTMは過去と未来の情報を同時に参照できる点が特徴です。両者を組み合わせることで、時系列データの局所構造と時間的依存性を補完的に扱うことができます。

 

(注4)本研究では、深層学習モデルの性能を示す「識別精度(accuracy)」と、実際の分類タスクでどれだけ正しく判別できたかを示す「分類正答率(class correctness)」という2 種類の指標を用いています。識別精度(accuracy)は学習モデルが入力データをどれだけ正しく判断できたかを示す指標で、通常は0.82のように小数で表します。値が1.0に近いほど、モデルの判断が安定して正確であることを意味します。分類正答率(class correctness)は、学習モデルが実際に分類した粒子のうち、正しく判別できた割合を80%のように百分率で示します。値が高いほど、実際の分類タスクで正しく判別できる粒子が多いことを意味します。両者は意味が異なるため、表記も区別しています。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

ACS Applied Nano Materials:https://doi.org/10.1021/acsanm.6c01701