原子の振動を使った高効率なテラヘルツ光検出に成功 ―フォノンによる巨大な光起電力効果の観測、高効率デバイス開発に道―

2026/03/07

発表のポイント

強誘電体SbSIにおけるフォノン(格子振動)を用いたテラヘルツ領域の巨大な光起電力効果の実証に成功しました。
フォノン励起による光起電力効果の周波数応答や応答係数を初めて定量的に評価し、性能指数が既報の物質の中でも最大級であることを発見しました。
テラヘルツ・赤外領域における革新的な光検出デバイス開発の進展が期待できます。

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強誘電体のフォノンによる光電流生成を示す模式図

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の岡村 嘉大 助教(研究当時)、高橋 陽太郎 准教授と、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉 好紀 グループディレクターらによる研究グループは、強誘電体(注1SbSI(ヨウ化硫化アンチモン)において、フォノン(格子振動、注2)起源のテラヘルツ領域(注3)における巨大な光起電力効果(注4)を実現しました。同研究グループはフォノンやマグノン(注5)に起因するテラヘルツ光起電力効果の研究を進めてきましたが、本研究ではテラヘルツ光の周波数に依存した電流への変換効率を初めて定量的に明らかにしました。その結果、SbSIのテラヘルツ領域の変換効率が、可視光や近赤外領域を含めた既知の光起電力効果の中でも、最大級の光電流変換効率を示すことが分かりました。これは、現在実用化されているテラヘルツ検出素子にも匹敵する高い検出感度に相当します。強誘電体中のフォノンが普遍的に示すこのユニークなテラヘルツ光機能は、高速通信や各種センシング技術への応用が期待されるテラヘルツ帯において、高機能デバイスの開発を大きく加速させるものと期待されます。

本研究成果は、202636日(米国東部時間)に米国科学誌「Science Advances」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

〈研究の背景〉

フォトニクスは、光の波長ごとに異なる機能や応用を担う技術分野であり、情報通信・医療・計測など、現代社会のさまざまな分野を支える基盤技術です。中でもテラヘルツ帯は、新しい通信方式や高感度センシングへの応用が期待される一方で、光源や検出器をはじめとする基礎技術の整備はいまだ十分とは言えない状況にあります。一般的に、実用化に当たっては安定した光源が利用でき、なおかつ照射された光を検出し、定量する技術が必要となります。こうした技術なしには、実用化は困難です。実際、可視光や近赤外光の領域では、光を高効率かつ高速に検出する技術体系がすでに確立されているのに対し、テラヘルツ光に対するそれは発展途上にあります。とりわけ、テラヘルツ光を直接電気信号へ変換することで検出や定量をする手法は未成熟であり、その確立が大きな課題となっています。テラヘルツ帯においても可視光領域と同等の性能を有する光検出技術を実現することが、現在のフォトニクス研究における重要な目標の一つとなっています。

可視光領域では光照射によって物質中に電流や電圧が生じる光起電力効果が光検出の基本原理として広く利用されています。しかし、この現象は電子励起(注6)を介する必要があるため、可視光の1000分の1程度のエネルギーしかもたないテラヘルツ光では電子励起がそもそも起こらず、そのまま適用することは原理的に困難でした。この課題に対し、高橋准教授および十倉グループディレクターらは、電子の量子幾何効果(注7を利用したテラヘルツ帯の光起電力効果の実証研究を行いました(関連情報①②を参照)。しかし、光起電力効果としての性能指数の定量評価や、周波数に対する応答特性については十分に明らかにされていない状況にありました。

 

〈研究の内容〉

本研究では、これまでに研究を行ったBaTiO₃(チタン酸バリウム)に並ぶ代表的な強誘電体であるSbSIを用いて、テラヘルツ光照射時における光電流測定を行いました(図1(a))。その結果、テラヘルツ光パルスを試料に照射すると、瞬時に強誘電分極の向き(図1(b)Pで示す矢印)に反平行な方向に光電流(図1(b)Jで示す矢印)が生成されることが確認され、光起電力効果に特徴的な挙動が明瞭に観測されました(図1(c))。

さらに本研究では、この光電流応答の周波数特性を定量的に評価する新しい手法を開発しました。その結果、観測された周波数依存性はフォノン励起に対して期待される挙動とよく一致しており、本現象がフォノン励起に起因していることが明確に示されました。得られた光電流の生成効率は、これまでに報告されてきた光起電力効果の中でも最大級の大きさをもつことが分かりました(図2)。第一原理計算(注8に基づいて理論的にも性能指数を評価したところ、実験で得られた値とよく一致しました。このことから、今回観測された光起電力効果は、フォノン励起によって電子の波動関数が変調されることが本質であり、そこに量子幾何効果が重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

 

〈今後の展望〉

本研究は、強誘電体中のフォノン励起に着目し、テラヘルツ帯において高効率な光電変換が可能であることを実験と理論の両面から示したものです。テラヘルツ波は次世代通信の基盤技術として注目されている周波数帯であり、その高感度・高速検出の実現は重要な課題となっています。本成果で見いだされた巨大な性能指数を活かすことで、テラヘルツ光を高速かつ高効率に電気信号へ変換する、全く新しい原理の検出器へと発展させることが期待されます。現在主流である熱感知型の検出器は応答速度に限界がありますが、本手法はそれを大きく上回る高速応答を可能にするポテンシャルを有しています。この成果は、テラヘルツ帯を用いた通信・計測・センシング技術の高度化に向けた新たな指針を与えるものであり、次世代光デバイス創成への重要な一歩となります。

 

fig1

図1:(a)強誘電体SbSIの結晶構造。(b)テラヘルツ光電流の測定の配置図。サンプル(赤茶色の直方体)にテラヘルツ光パルス(緑色の円錐で図示)を入射し、極性方向に発生した光電流を測定した。(c)得られた光電流の時間波形(縦軸は光電流、横軸は時間)。強誘電状態の275ケルビンにおいては、強誘電分極(P)と反平行に光電流(J)が観測された。このパルス信号の符号は、分極の方向(+P-Pのいずれであるか)に応じて反転するという光起電力効果に典型的な振る舞いを示した(赤・青線)。一方で、強誘電分極を同じ方向に揃えないマルチドメイン状態では、光電流の信号が消失している(灰色線)。今回テラヘルツ光パルスを照射しているため、光電流も瞬時的(ナノ秒、10億分の1秒の領域)に生成されている。

 

fig2

2:光電流測定から見積もられる性能指数(グラス係数)。横軸を光子エネルギーとし、さまざまな物質についてまとめた。本研究で得た性能指数がすべての光学エネルギーや物質と比べても最大級となっている。

 

〇関連情報:

①プレスリリース「テラヘルツ光を電流へ変換する新原理の発見~量子位相効果を用いた格子振動による光起電力効果の実証~」(2022/3/30

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2022-03-30-002

 

②プレスリリース「高速スピン応答によるテラヘルツ光の電流変換に成功―磁性材料の量子幾何効果を介した新技術、高機能デバイス開発に道―」(2024/6/7

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-06-07-001

 

発表者・研究者等情報

東京大学

 大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター

  岡村 嘉大 助教:研究当時

現:同大学先端科学技術研究センター 准教授

兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 客員研究員

  高橋 陽太郎 准教授

兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 客員主管研究員

 

先端科学技術研究センター

  五月女 真人 助教:研究当時

現:同大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 助教

 

国立台湾大学 物理学科

  グワァン・ユー・グオ 教授

 

理化学研究所 創発物性科学研究センター

 強相関物性研究グループ

  十倉 好紀 グループディレクター

兼:東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)

  金子 良夫 上級技師:研究当時

現:同グループ 研究嘱託

 

 創発光物性研究グループ

  小川 直毅 グループディレクター

兼:最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 バトンゾーン研究推進プログラ 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター

 

 強相関界面研究グループ

  川﨑 雅司 グループディレクター

兼:東京大学大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 教授

 

東北大学 理学部物理学科

  中村 優男 教授

兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員研究員、最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 バトンゾーン研究推進プログラム 強相関材料環境デバイス研究チーム 客員主管研究員

 

論文情報

雑誌名:Science Advances

題 名:Large terahertz photovoltaic effect enhanced by phonon excitations in ferroelectric semiconductor SbSI

著者名:Yoshihiro Okamura, Guang-Yu Guo, Yoshio Kaneko, Masao Nakamura, Masato Sotome, Naoki Ogawa, Masashi Kawasaki, Yoshinori Tokura, Youtarou Takahashi

 

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「ナノスピン構造とトポロジーがつくる光スピントロニクス(課題番号:JPMJFR212X)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究S高品質単結晶薄膜・界面による金属ハライドX-nicsの基盤構築(課題番号:JP22H04958)」、基盤研究S磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(課題番号:JP23H05431」、基盤研究B「トポロジカルシフト電流機構を用いた高効率テラヘルツ光電荷変換の創出(課題番号:JP24K00567)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)強誘電体
外部から電場を印加しなくても、電荷の偏り(自発分極)が物質全体にわたって特定の方向に現れる性質をもつ物質のことを指します。

 

(注2)フォノン(格子振動)
固体中の原子は規則正しく配列されていますが、その配列がわずかに変形すると、その変形は振動として原子から原子へと伝わり、波のように伝播します。この格子振動をフォノンと呼びます。原子配列や結晶構造に応じて、さまざまなフォノンのモードが存在します。

 

(注3)テラヘルツ領域
毎秒約1012回(1兆回)振動する周波数をテラヘルツ周波数と呼び、この周波数帯の電磁波をテラヘルツ波と呼びます。光子としてのエネルギーは約0.004 eV程度であり、可視光(約23 eV)と比べて非常に小さいことが特徴です。

 

(注4)光起電力効果

光を物質に照射した際に、光エネルギーが電気エネルギーに変換され、電流や電圧などの起電力が生じる効果です。この効果を利用した最も顕著な例として、太陽光発電があげられます。

 

(注5)マグノン

磁性体の中で電子スピンが集団として揺らぐことで生じる、スピンの波(励起)です。固体中では、電子スピンは規則正しく並んでいますが、その並びがわずかに乱れて波のように伝わる現象が起こります。この波を、粒子として捉えたものがマグノンです。

 

(注6)電子励起
固体中の電子は、さまざまな固有のエネルギー準位をもって存在しています。電子励起とは、光照射などによって電子がこれらの準位間を遷移することを指します。

 

(注7)量子幾何効果
量子力学では電子は波として振る舞い、その性質は振幅だけでなく「位相」によっても特徴づけられます。この位相がもつ幾何学的な性質が物理現象に影響を与えることがあり、これを量子幾何効果と呼びます。

 

(注8)第一原理計算
量子力学に基づき、経験的なパラメータを用いずに、結晶構造のみから物質の電子状態や物性を理論的に予測する計算手法です。 

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル