発表のポイント
◆ 結晶性ポリエチレンの結晶サイズをナノメートルスケール(1ナノメートルは1000万分の1ミリメートル)まで小さくすることによって、一般に使用されるマグネシウム合金に匹敵する高強度を実現できることを見いだしました。◆ 鉄鋼やアルミ合金をはじめとする金属材料では、結晶サイズを小さくすることによる強化はよく知られた手法でした。本研究により、同強化法が高分子材料にも有効であることが初めて示されました。
◆ 結晶性高分子材料のナノ結晶化は、比較的簡便な熱延伸プロセスにより制御が可能です。金属並みに強化された高分子材料は、自動車や大型輸送機などの部材として用いることで大幅な軽量化が図れることから、省エネルギー社会の実現へと直結します。

ナノ結晶化による高分子材料の高強度化の発見と、その強化メカニズムの解明
概要
東京大学大学院工学系研究科の阿部 英司 教授、江草 大佑 講師、遠藤 守琉 大学院生、防衛大学校応用科学群の萩田 克美 講師、東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門の斎藤 拓 教授らの共同研究チームは、結晶性ポリエチレンに熱延伸プロセスを施すことで結晶サイズの微細化が進行し、そのサイズが10ナノメートル程度にまで達すると金属材料にも迫る顕著な高強度を示すことを見いだしました。結晶サイズを小さくすることによる強化法は、金属材料ではよく知られた経験則ですが、同様の強化則が高分子材料にも適用可能であることが初めて示されました。異なる材料分野の知見を活用することで、高分子材料の新しい強化法の道が拓かれたことになります。また、このナノ結晶化は、比較的簡単な熱延伸プロセスによって制御可能であることも大きな利点です。金属並みに強化された高分子材料は、自動車や大型輸送機の部材として活用することで大幅な軽量化が可能となり、省エネルギー社会の実現に大きく貢献することが期待されます。
発表内容
省エネルギー社会の実現へ向けて、自動車や大型輸送機等の軽量化は重要な課題の1つです。炭素を主成分とする高分子材料は最も軽い素材の1つに分類されますが、自動車の部材等に用いるには強度が不足しており、金属材料に匹敵する100MPa(注1)を超える強度が求められます。これまで、結晶性高分子(注2)材料の強化には結晶化度(注3)を高める方法が主に用いられてきました。特に、溶融状態から流動場中で結晶化させるといった特殊なプロセスを通じて結晶化度を大幅に高めた場合に限り、高強度を実現できる状況でした。
東京大学大学院工学系研究科の阿部教授の研究グループと、防衛大学校応用科学群の萩田講師および東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門の斎藤教授による共同研究チームは、代表的な結晶性高分子材料であるポリエチレンに簡便な熱延伸プロセスを施すことで、ナノメートルスケールまで結晶サイズの微細化が進行し、金属並みの高強度が実現することを見いだしました。
金属材料は、小さな結晶の粒(結晶粒)が集まってできています。鉄鋼やアルミ合金では、結晶サイズを小さくすることで強度が上昇することが半世紀以上前からよく知られており、金属種に依存しない汎用性の高い強化法として用いられてきました(図1左)。結晶性高分子は、全ての領域が結晶ではない「半結晶」の状態にあり、板状の結晶層(結晶ラメラ)と非晶質層が交互に積み重なった層状構造を有しています。今回、ポリエチレン層状構造の垂直方向に対し、融点以下の温度で熱延伸プロセス(図1右)を施すことで結晶ラメラの微細化が進行し、そのサイズが10ナノメートル程度に達すると約170MPaの高強度となることを見いだしました。これは、実用マグネシウム合金の強度(およそ200MPa前後)に匹敵する値です。なお、熱延伸プロセス前後で結晶化度はほとんど変化しておらず、結晶の形態変化によって高強度が実現されたことになります。異なる材料分野の知見を活用することで、高分子材料の新しい強化法へとつながりました。

図1:金属材料における結晶粒サイズ―強度の関係と、高分子材料に見いだされたナノ結晶効果
ナノ結晶の詳細なサイズ分布は、電子顕微鏡による直接観察により明らかとなりました(図2)。さらに、大規模計算機シミュレーションによる高分子鎖レベルでの解析から、ナノ結晶化に伴う非晶質層内の分子鎖分布の変化が高強度をもたらすミクロ要因であることが判明しました。図2右に示す緑の線は、結晶間をつなぐ縦方向に伸びた個々の分子鎖を示しますが、その数がナノ結晶化後に大幅に増加していることが見て取れ、これらが強度を担っていることがわかりました。

図2:電子顕微鏡と大規模計算機シミュレーションによる強化メカニズム解明
今回の成果は、高強度高分子材料の設計に新しい指針をもたらし、軽量性と強度を兼ね備えた素材が求められるさまざまな分野への応用が期待されます。また、金属材料で古くから知られてきた知見を高分子材料へと活かした発想は、異分野融合研究の成果としても重要であり、さまざまな分野間での融合研究を刺激・触発することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
阿部 英司 教授
江草 大佑 講師
遠藤 守流 博士課程
防衛大学校 応用科学群
萩田 克美 講師
東京農工大学 大学院工学研究院応用化学部門
斎藤 拓 教授
論文情報
雑誌名:NPG Asia Materials
題 名:Nano-structuring for strengthening semi-crystalline polymers
著者名:Katsumi Hagita*, Mamoru Endo, Daisuke Egusa, Horimu Saito, Takashi Yamamoto, Eiji Abe*
DOI:10.1038/s41427-025-00625-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41427-025-00625-4
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 新学術領域研究「ミルフィーユ構造の材料科学」(領域代表:阿部英司)(課題番号:JP18H05475)、および一部を科学技術振興機構(JST)戦略的創造推進事業CREST「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三)(課題番号:JPMJCR2194)の支援を受けて行われました。
用語解説
(注1)MPa(メガパスカル)Pa(パスカル)は力を表す単位で、1Paはおよそ0.1kgf/㎡です。1MPa(メガパスカル)は106Paであり、1cm×1cmの面積におよそ10kgの荷重が作用していることに相当します。
(注2)結晶性高分子
炭素による分子鎖が規則正しく配列した結晶領域を伴う高分子で、ポリエチレンやポリプロピレンなどが代表的です。分子鎖がランダムに分布した非晶性高分子と比較して、力学特性や耐薬品性に優れるといった特徴があります。
(注3)結晶化度
結晶性高分子は全領域が結晶となってはおらず、一定の割合で非晶質領域が共存する状態にあります(図1を参照)。一般的なプロセスを経て合成された結晶性高分子材料では、結晶化度はおよそ50%前後の値を取ります。
プレスリリース本文:PDFファイル
NPG Asia Materials:https://www.nature.com/articles/s41427-025-00625-4
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