強誘電体酸化物の巨大抵抗変化を利用して脳型素子を実現 ―強誘電体の電気分極を用いてシナプスの機能を模倣する―

2025/09/09

発表のポイント

強誘電体酸化物の高品質単結晶薄膜に酸素欠損を導入することにより、巨大な電気抵抗スイッチング現象が発現することを発見。
学習・忘却の機能を持つメモリスタ特性を利用した画像認識実験において、極めて高い精度の認識率を実現。
次世代AI技術の根幹素子となる高性能ニューロモルフィックチップへの応用に期待。

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(a) PbTiO3薄膜の電圧-電流特性とそのニューラルネットワークへの応用。(b) 理想的なニューラルネットワークおよび(c) PbTiO3メモリスタにおける画像認識実験の混合行列。

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の田畑 仁 教授、関 宗俊 准教授、李 海寧 大学院生(研究当時)らの研究グループは、チタン酸鉛(PbTiO3)の高品質単結晶薄膜を用いた新しいメモリスタ素子(注1)を開発しました。強誘電体であり不揮発性メモリへの利用でも知られるPbTiO3の薄膜において、その高結晶性を維持したまま酸素欠損を意図的に導入することにより、半導体的な電気伝導特性と電気抵抗スイッチングが現れ、わずかな電圧印加により巨大な電気抵抗変化を示すことを見出すとともに、この素子が高精度でシナプスの機能を模倣可能であることを実証しました。このメモリスタ素子は、これまでのエレクトロニクスの限界を打破する、新しいニューロモルフィックコンピューティング(注2)への応用が期待されます。

 

発表内容

従来のエレクトロニクスは素子微細化による性能改善の限界や電力効率の問題に直面しており、AI・ビッグデータ時代の要求を満たすことが困難になっています。これに対して、極めて高効率・低消費エネルギーで動作する人間の脳の構造と機能を模倣したニューロモルフィックコンピューティングが情報処理の新たなパラダイムとして期待されており、世界中で精力的に研究が進められています。これまでにさまざまな脳型素子の研究が行われてきましたが、その中でも、入力電圧や電流の履歴に応じて電気抵抗値が変化し、その状態を保持可能なメモリスタ素子は、経験や学習に応じて変化するシナプスの可塑性を高精度で再現でき、自律的に学習・適用を行う能力を持つデバイスとして大きな注目を集めています。しかしながら、これまで報告されているメモリスタ素子は、素子構造や安定性、消費電力の面で問題があり、本格的な実用化・量産化には至っていません。

この度本研究グループは、強誘電体を用いたメモリスタ素子に注目しました。強誘電体は自発分極(注3)を有し、電圧印加による分極反転に伴う内部電界変化が電気抵抗スイッチングを引き起こすと考えられています。特にPbTiO3は巨大分極を示すことが知られ、大きな電気抵抗スイッチングが発現すると期待されます。しかしながら結晶性が高いPbTiO3は絶縁性が高く、電流を流すことができません。そこで本研究グループは、PbTiO3の結晶薄膜成長条件を最適化し、高品質なPbTiO3薄膜(図1(a))に意図的にわずかに酸素欠損を導入することで、新しい機能として半導体的な電気伝導と電気抵抗スイッチング特性が発現し、比較的小さな入力電圧で劇的に電気抵抗が変化することを見出しました。

この電気抵抗スイッチングの巨大な確認オン/オフ比(~105)は、これまでにメモリスタ特性が報告されている単層膜において群を抜いて最も高い数値となっています(図1(b))。また、この素子は極めて安定で、温度や湿度などの環境変化に対して極めて堅牢であるとともに、オン/オフを100回以上繰り返しても特性が劣化することはありません。また本研究では、メモリスタ特性とシナプス機能(適応学習、短期記憶等)の模倣に関する実証実験を行い、メモリスタの電気特性が学習・忘却の機能を示すとともに(図1(c))、神経細胞間のスパイクタイミングに応じて抵抗状態を変化させる能力を持つことを明らかにしました。この現象は、脳の学習機能を再現するものであり、ニューロモルフィックデバイス応用において最も重要な要素です。さらに、このメモリスタ特性を誤差逆伝播法(注4)による画像認識実験に適用し、これまでの報告例と比較して非常に高い精度(92%)での画像認識に成功しました。また、畳み込みニューラルネットワーク(注5)を用いた同様の実験でも96%という極めて高い精度を達成しています。

以上の成果は、強誘電体薄膜のメモリスタ応用の可能性を実証したものであり、今後の実用化や高性能ニューロモルフィック素子の開発につながるものと期待されます。

 

fig1

1(a) PbTiO3薄膜の断面透過電子顕微鏡像。ニオブ(Nb)、ストロンチウム(Sr)とチタンからなる酸化物の単結晶の上に、PbTiO3薄膜を作製した。(b) 強誘電体メモリスタにおける電気抵抗スイッチングのオン/オフ比の報告値。(c) PbTiO3メモリスタにおける電気的情報の学習・忘却特性。入力したパルスの数が多いほど学習が進み、忘却しにくい。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 バイオエンジニアリング専攻

  田畑 仁 教授

   兼:同研究科電気系工学専攻

  山原 弘靖 特任准教授

  サルカー モハマッド シャミム(Sarker Md Shamim) 特任助教

  木島 健 特任研究員

 

 附属スピントロニクス学術連携研究教育センター

  関 宗俊 准教授

   兼:同研究科電気系工学専攻

 

 電気系工学専攻

  李 海寧 研究当時:博士課程(日本学術振興会特別研究員)

  片岡 莉咲 修士課程

  リョウ チキョウ(Liao Zhiqiang) 特任助教

 

論文情報

雑誌名:Advanced Functional Materials

題 名:Enhanced Switching Performance in Single-Crystalline PbTiO3 Ferroelectric Memristors for Replicating Synaptic Plasticity

著者名:Haining Li, Zhiqiang Liao, Risa Kataoka, Md Sarker Shamim, Takeshi Kijima, Hiroyasu Yamahara, Hitoshi Tabata, and Munetoshi Seki* 

DOI10.1002/adfm.202510715

URLhttps://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adfm.202510715

 

研究助成

本研究は、Beyond AI連携事業による共同研究費、JST CREST(課題番号:JPMJCR22O2)、AMED(課題番号:JP22zf0127006)、科研費「基盤研究(S)(課題番号:20H05651)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:22K18804)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:23H04099)」、「基盤研究(B)(課題番号:22H01952)」、「基盤研究(B)(課題番号:23K23220)」、「基盤研究(A)(課題番号:25H00730)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:25H02602)」、「基盤研究(B)(課題番号:25K01258)」、「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0418)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)メモリスタ素子:
通過した電荷(電流)や印加した電圧の履歴によって電気抵抗が変化し、その情報を保持する素子のこと。抵抗、キャパシタ、インダクタに次ぐ第4の回路素子として提案された。


(注2)ニューロモルフィックコンピューティング:

人間の脳の仕組みを模倣した情報処理技術。脳と同様に低消費エネルギーで大量の並列処理が可能なうえ、学習能力も持ち、現在のAI処理のさらなる高速化・省エネ化につながる技術と期待されている。

 

(注3)自発分極:
結晶中の原子の位置が少しずれることにより、外からの電場の印加が無くても自然に電気的な偏り(分極)を持つ性質。


(注4)誤差逆伝播法:

誤差をニューラルネットワークの出力側から逆に入力側に伝えて、重み(ニューロン間の結合の強さ)を修正する仕組み。

 

(注5)畳み込みニューラルネットワーク:

主に画像認識の分野で用いられるディープラーニングアルゴリズム。画像から特徴量を段階的に抽出しそれらを区別することができるようになるため、画像認識の分野において重要な技術となっている。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Advanced Functional Materials:https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adfm.202510715