レーザー加工を従来比100万倍高速化 ―半導体分野におけるガラスの微細加工に革新―

2025/06/12

発表のポイント
◆ ガラスなどの加工の難しい材料を、従来の100万倍高速で、なおかつ超精密に加工できる手法を開発しました。
◆ ピコ秒(10のマイナス12乗秒)という極短時間だけ材料の物性を変化させることで、加工効率が劇的に向上することを発見しました。
◆ 次世代型半導体において、ガラス基板への微細加工技術の確立が急務となっています。本技術により、半導体産業の飛躍的な進展が期待されます。

 

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従来比100万倍速の超高速加工法

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の伊藤佑介講師らとAGC株式会社による研究グループは、従来の100万倍高速かつ超精密に、ガラスなどの透明材料を加工できる手法を開発しました。

次世代の半導体において、ガラス基板への微細加工技術が求められています。しかしながら、加工速度の著しい低さと、精密加工の難しさが、ガラス基板の実用化の大きな障壁となっていました。本研究では、時間・空間分布を制御した光を照射することで、ピコ秒(10のマイナス12乗秒)という極短時間のみ物性を劇的に変えることができ、超高速かつ超精密な加工が実現することを明らかにしました。さらに、この加工は、従来のフェムト秒レーザー(注1)よりも4桁低い出力のレーザーによって実現できるため、加工装置の低価格化や消費エネルギーの大幅な削減も期待できます。本研究は、半導体産業の飛躍的な進展に貢献するとともに、材料特性を瞬間的に変化させるという新たな概念を提示することで、製造業界にパラダイムシフトをもたらすことが期待されます。

 

発表内容

2023年、米Intel社が次世代型の半導体においてガラス基板を活用することを宣言して以来、ガラスへの微細加工技術の開発競争が世界中で加速しています。しかしながら、ガラスは、その硬さと脆さ(もろさ)ゆえに、著しく加工が困難です。近年では、化学薬品などによって目的の形状を形成するエッチングを活用した加工法が期待されていますが、工程の多さに伴う長い加工時間や、環境負荷が問題となっています。そこで、エッチングを使わない加工技術として、レーザー加工が注目されています。しかし、従来手法では、半導体用途で要求される微細な穴形状(深さ1 mm以上、直径100 µm以下の貫通穴)を1つ作るために、数10秒を要します。実用上、1秒間に1000個以上の微細穴を形成することが求められるため、ブレークスルーとなる革新技術の開発が望まれていました。

今回、東京大学の伊藤佑介講師、張艶明特任助教らとAGC株式会社による研究グループは、レーザーの時間波形と空間波形を制御することにより、加工速度を100万倍高速化することに成功しました(図1)。この研究に先立ち、本グループでは2018年に、ガラス内部に一時的に自由電子を生成し、光吸収性を増大させた領域のみを選択的に高速加工する「過渡選択的レーザー加工法(TSL加工法 = Transient and Selective Laser加工法)」を開発していましたが(関連情報:プレスリリース①)、半導体産業の要求を満たす速さ、形状、精密性を実現できていませんでした。

 

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1:提案手法によって厚さ1 mmのガラス基板に形成された貫通穴。

従来のレーザー加工法では、1穴の加工に数10秒を要する。一方、本研究で開発した技術では、数10マイクロ秒(100万倍速)で加工が実現する。

 

今回の研究では、時間波形の制御に加え、空間波形を制御した「ベッセルTSL加工法」の開発により、速さ、形状、精密性の全てにおける劇的な改善に成功しました。本手法では、レーザーの空間波形をベッセルビーム(注2)に整形することで、光強度分布を高アスペクト比(ここでは穴の深さと直径の比率を表す)なライン状に制御しました。時間波形については、ピコ秒オーダーの鋭いレーザーパルスと低強度のマイクロ秒オーダーのレーザーパルスを重畳させることで、ガラス基板の表面から裏面を貫く高アスペクト比な自由電子領域を生成し、その領域のみの選択的な超高速加熱・蒸発を実現しました。これにより、加工時間20 µs(従来比100万倍速)で、深さ1 mm、直径3 µmの超高アスペクト比の穴あけ加工を実現しました(図1、図2)。穴の直径は、マイクロ秒レーザーの照射時間という単一のパラメーターで制御することができます。さらに、従来のレーザー加工で問題となっていた加工時のクラック(亀裂)や穴形状のゆがみのない、極めて精密な加工の実現にも成功しました。

 

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2:ガラス基板へ多量の貫通穴を超高速加工(穴間隔100 µm)。

 

本手法は、サファイア、炭化ケイ素、ダイヤモンドを始めとした、さまざまな材料に対して適用可能であることから、半導体産業にとどまらず宇宙分野、医用工学、物理工学など、幅広い分野への波及効果が期待できます。加えて、本手法では、従来手法と比較し、4桁低い光強度で超高速加工が実現します。そのため、装置の低価格化や、エネルギー消費量の大幅な削減も見込めます。これまで、レーザー光源の高出力化による加工の高速化が試みられてきましたが、その潮流に逆行することによる超高速化の実現は、科学的にも価値がある発見と言えます。また、材料特性を瞬間的に変化させるという概念は、製造業におけるさまざまな工程に応用できる可能性があることから、製造業界にパラダイムシフトをもたらすと期待されます。

 

〇関連情報:

プレスリリース①「ガラスのレーザー加工を従来の5000倍の速さで実現~電子機器の高性能化・低コスト化に期待~」(2018/8/6)

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_201808071041048082732185.html

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 張 艶明 特任助教

 小池 匠 博士課程

 吉﨑 れいな 助教

 任 国旗 特任研究員

 桐明 颯汰 修士課程

 長谷川 亮太 修士課程

 長藤 圭介 教授

 杉田 直彦 教授

 伊藤 佑介 講師

 

AGC株式会社(注3

柴田 章広 研究員

長澤 郁夫 研究員

 

論文情報

雑誌名:Science Advances

題 名:Ultra-high-speed laser drilling of transparent materials via transient electronic excitation

著者名:Yanming Zhang, Takumi Koike, Reina Yoshizaki, Guoqi Ren, Akihiro Shibata, Sota Kiriake, Ryota Hasegawa, Ikuo Nagasawa, Keisuke Nagato, Naohiko Sugita, Yusuke Ito*

DOI10.1126/sciadv.adv4436

URLhttps://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adv4436

 

研究助成

東京大学は、本研究に関し、JST「戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR22Q1)」、JSPS科研費「基盤研究B(課題番号:21H01224)」、「挑戦的研究・萌芽(課題番号:21K18667)」、「特別研究員奨励費(課題番号:22F22360)」、天田財団「奨励研究助成(課題番号:AF-2023236-C2)」の支援を受けました。

 

用語解説

(注1)フェムト秒レーザー:

フェムト秒オーダー(フェムト秒:fs=10-15 sec)の極短時間だけ光を放出するレーザー。その極短時間に光のエネルギーが詰め込まれているため、瞬間的な光強度が極めて高く、透明な材料に対しても光を吸収させることができることから、ガラス材料への微細加工の用途で注目されている。

 

(注2)ベッセルビーム:

通常のレーザービーム(ガウシアンビーム)とは異なり、自己修復性を持つ特殊なレーザービームの一種。

 

(注3)AGC株式会社は、2015年に東京大学大学院工学系研究科内に社会連携講座を開設し、ガラスの先端技術創出を目的とした共同研究を実施しています。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Science Advances:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adv4436