気候ティッピングは予測可能か? ―データ同化の数理で探る気候変動の転換点の予測可能性―

2025/06/11

※論文情報のうち題名を修正しました。(2025年6月11日)

 

発表のポイント

気候変動の進行によって起こりうる大規模で不可逆的な変化「気候ティッピング」の予測可能性を定量化する新たな手法を開発。
これまでさまざまな気候ティッピングの予測が行われてきたが、「そもそも予測できるものなのか」といった予測可能性に関する根本的な問いに対し、初めて答えを提示した。
気候ティッピングのリスクを考慮した、科学的根拠に基づく地球温暖化の緩和策・適応策策定への貢献が期待される。

 

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温暖化の進行に伴い地球システムはこれまでとは全く違う均衡状態に落ちてしまうかもしれない。これを予測することは可能か?

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の久保亘大学院生(修士課程)と澤田洋平准教授による研究グループは、気候変動の進行により発生が危惧されている、地球システムの大規模で不可逆的な変化である気候ティッピングの予測可能性を定量化する手法を開発しました。

本研究では、データ同化(注1)を用いた観測システムシミュレーション実験(注2)を通じ、「気候ティッピングは予測できるものなのか」という問いに答えました。代表的な気候ティッピング要素であるアマゾン熱帯雨林の大量枯死および大西洋南北熱塩循環(注3)の停止を事例にシミュレーションを行い、気候ティッピング自体の観測が得られずともその存在の有無やそれが起こる時期を予測することは可能であることを明らかにしました。一方で、正確な予測には高い精度の観測データが必要で、その要求精度も明らかにしました。気候ティッピングを予測する研究は盛んですが、本研究は「そもそも予測できるものなのか」という予測可能性について論じた点に新規性があります。今後、提案手法を活用することで気候ティッピングのリスクを考慮した気候変動の緩和策・適応策策定を科学的な根拠に基づいて行うことができると期待できます。

 

発表内容

気候変動の進行に伴って地球システムが大規模かつ不可逆的に変化することが危惧されています。このような変化を「気候ティッピング」と言います。気候ティッピングがひとたび起こると、その後に人類が温室効果ガスを削減しても、地球システムは短期間では元の状態に戻らないとされています。代表的な気候ティッピングの例としては、アマゾンの熱帯雨林の大量枯死や、地球全体の海流に影響を及ぼす大西洋南北熱塩循環の停止などが挙げられます。このような気候ティッピングがもし起きれば、人類文明に甚大な影響を及ぼすことが予想されます。そのため、世界中の研究者はコンピュータシミュレーションを用いて気候ティッピングの存在の有無や、それがいつ起こるのかの予測を行っています。

これまでの先行研究ではコンピュータシミュレーションの設定をさまざまに変えて気候ティッピングを予測する試みがほとんどでした。そうした流れを踏まえつつ、本研究チームは「これはそもそも予測できるものなのか」という根本的な問いに立ち返りました。例えば、サイコロを投げて出る目を正確に予測できると考える人はまずいません。仮に出た目を当てられたとしても、それは偶然当たっただけであると見なされるでしょう。では、気候ティッピングはそのような予測不可能なものではなく、地球科学者が築き上げてきた理論と最近の観測データを使えば、きちんとした根拠をもって予測することが可能なのでしょうか。

このような問題設定は、日々の天気予報(明日は晴れか雨かという予測)の技術開発を行う研究分野では「予測可能性」と呼ばれています。本研究チームは、天気予報研究の「予測可能性」のアイデアを借りれば、気候ティッピングが「そもそも予測できるものなのか」という問いに答えられるのではないかと着想しました。具体的には、データ同化を用いた観測システムシミュレーション実験という数理的な方法を用いました。この手法ではまずコンピュータシミュレーションで仮想的な真の地球を作ります。この真の地球から仮想的な観測データを作ります。その上で、先ほどとは別のコンピュータシミュレーションを用意して、このシミュレーションと観測データをデータ同化によって統合します。このデータ同化の結果から、特定のシミュレーションと観測データがあったとき仮想的な真の地球における気候ティッピングがどのくらい予測できるかを見積もることができます。

このようなアプローチで気候ティッピングの予測可能性を解析した結果、①気候ティッピング自体の観測がなくても気候ティッピングには予測可能性があること、②気候ティッピングの予測には、シグナルノイズ比(注4)が1を超える正確な観測が必要であること(図1)がわかりました。①の結果は、気候ティッピングの予測が決して不可能ではないことを示す前向きな知見です。一方で②は、現在利用可能な観測データのみを用いて正確な気候ティッピングの予測を行うことは容易でないということを示唆しています。

本研究は、気候ティッピングの予測可能性を論じた初めての試みです。ただし、現状の研究結果はさまざまな仮定の上に成り立っており、より正確な議論のためには今後さらなる改善が必要です。今後、本アプローチを深め、気候ティッピングのリスクを考慮した地球温暖化の緩和策・適応策策定を科学的な根拠に基づいて行うことを目指します。

 

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図1:得られる観測データのシグナルノイズ比と気候ティッピングの予測性能の関係

アマゾン熱帯雨林の大量枯死および大西洋南北熱塩循環停止のいずれにおいても、観測のシグナルノイズ比が1を超えると正確な予測性能を担保できることがわかる。

 

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 久保 亘 修士課程

 澤田 洋平 准教授

 

論文情報

雑誌名:Geophysical Research Letters

題 名:Predictability of Climate Tipping Focusing on Internal Variability in the Earth System

著者名:Amane Kubo* and Yohei Sawada

DOI10.1029/2024GL113146

URLhttps://doi.org/10.1029/2024GL113146

 

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究B(課題番号:21H01430)」、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業(課題番号:JMPJMS2281)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)データ同化:

物理法則を記述して現実を再現するコンピュータシミュレーションと実測データを統合する手法全般を指す。天気予報ではデータ同化が重要な予測手法として使われており、地球の大気をスーパーコンピュータでシミュレーションしつつ、時々刻々と入手できる観測データを統合している。

 

(注2)観測システムシミュレーション実験:

「もしこんなシミュレーションと観測データがあったら、何がどれだけ予測できるか」を仮想的なコンピュータシミュレーションの中で見積もる手法。

 

(注3)大西洋南北熱塩循環:

大西洋の海水が表層で北上し、グリーンランド沖で沈み込み深層で南下する循環。

 

(注4)シグナルノイズ比:

時系列のデータにおいて、有効な信号(シグナル)と雑音(ノイズ)の比。本研究の文脈ではアマゾンの熱帯雨林の量や海流の強さといった物理量の年々の変動(シグナル)とそれを観測したときに生じる誤差(ノイズ)の比。

 

 

 

プレスリリース本文(2025年6月11日訂正版)PDFファイル

Geophysical Research Letters:https://doi.org/10.1029/2024GL113146