前期白亜紀の海洋無酸素事変は遠洋の深海域まで及んでいなかった事を解明 -海洋無酸素事変の規模見直しを迫る成果-

2025/05/14
<発表のポイント>
  • 常呂帯(北海道北東部)に分布するマンガン酸化物鉱床は、前期白亜紀の海洋無酸素事変の最中に、遠洋の海洋島で起きた海底熱水活動によって形成した事を明らかにしました。
  • マンガン酸化物の形成には酸化的環境が必須であるため、海洋無酸素事変の最中においても遠洋域の海洋深部は酸素に富んでいた事が証明されました。
  • 遠洋域の海洋深部が酸化的であったという本研究の成果は、急速な温暖化に伴う海洋無酸素事変が生態系や海洋循環に与えた影響を評価する上で非常に重要です。
<概要>

地球史上において、海洋が無酸素化する海洋無酸素事変(Oceanic Anoxic Event、以下OAE)が何度も発生していた事が知られています。OAEの発生には急激な温暖化が関連している場合が多く、温暖化が人類共通の課題となっている現代において、過去のOAEが生態系や海洋循環に与えた影響を正確に評価する事は非常に重要です。しかし、白亜紀前期の11955万年前から111.6万年間続いたOAE 1a注1において、無酸素状態が遠洋の深海域まで達したかどうかは未確定でした。
北海道の北東部に分布する常呂帯は、ジュラ紀から白亜紀に海底で形成した堆積岩や火成岩からなります。常呂帯を構成する仁頃層群には鉄酸化物鉱床およびマンガン酸化物鉱床が胚胎しており、戦後しばらくまで採掘されていました(図1から図3)。本研究では、鉄酸化物鉱石およびマンガン酸化物鉱石の化学組成やオスミウム(Os)同位体比注2から、両者の形成過程を明らかにしました(図4)。その結果、鉄酸化物鉱床は中期ジュラ紀のカロビアン期(16530万年–16150万年前)に中央海嶺注3で起きた熱水活動によって形成し、マンガン酸化物鉱床は前期白亜紀(約12000万年前)に海洋島注4で起きた熱水活動によって形成したことが明らかになりました。さらに、鉄酸化物鉱石のOs同位体比から、後期ジュラ紀OAE注5の引き金となった温暖化の発生直前のカロビアン期において、既に中央海嶺における火山活動(二酸化炭素放出)が活発であったことが明らかになりました。一方、マンガン酸化物鉱石のOs同位体比から、仁頃層群西部のマンガン酸化物鉱床はOAE 1a発生の直前(約12400万年–11955万年前)に、仁頃層群南部のマンガン酸化物鉱床はOAE 1a発生中(11950万年–11850万年前)に形成したと考えられます。酸化的環境でなければマンガン酸化物は形成されないため、OAE 1a発生時においても遠洋域の深海底では酸素に富んだ状態が維持されていたことが示されました。
本研究は千葉工業大学、東北大学、東京大学の研究チームによって実施され、202557日にOre Geology Reviews誌に掲載されました。

<詳細な説明>

 研究の背景
ジュラ紀から白亜紀にかけて複数のOAEが発生していますが、その発生プロセスや影響が及んだ範囲など未解明な点が残っています。過去の海洋の状態を知るパラメーターの1つに、堆積岩に記録された海洋Os同位体比が挙げられますが、ジュラ紀から白亜紀にかけて海洋Os同位体比が明らかになっていない時代が多くあります。また、OAEに関する研究は、試料が入手しやすく時間解像度が高い事から、比較的陸に近い環境で堆積した堆積岩を対象としていることがほとんどであり、遠洋の海洋深部の情報が欠落していました。そこで、我々はジュラ紀から白亜紀の深海底で形成した岩石が露出する常呂帯に着目しました。
常呂帯を構成する仁頃層群の東部には鉄酸化物鉱床が、西部と南部にはマンガン酸化物鉱床が分布しており、以前はいくつもの鉱山が稼行していました。鉄酸化物鉱石とマンガン酸化物鉱石は玄武岩(火山岩の一種)に伴われて産出するため、両者は中央海嶺における海底熱水活動によって形成したと考えられていました。しかし近年、仁頃層群東部の玄武岩は中央海嶺で、西部と南部の玄武岩は海洋島で形成したことが明らかになり、形成過程の見直しが求められていました。そこで、我々は常呂帯仁頃層群の鉄酸化物鉱床とマンガン酸化物鉱床の形成過程および形成当時の海洋Os同位体比を明らかにすることを目指しました。

研究で得られた知見
鉄酸化物鉱石とマンガン酸化物鉱石の化学組成は、鉄とマンガン以外に乏しく、典型的な熱水起源の鉄マンガン酸化物であることが分かりました。また、本研究や先行研究で分析された玄武岩の化学組成から、鉄酸化物鉱床が分布する仁頃層群東部は中央海嶺玄武岩である一方、南部と西部は海洋島玄武岩であることも明らかとなりました。したがって、先行研究で行われた微化石を用いた年代制約と合わせると、鉄酸化物鉱床はカロビアン期かそれ以前に中央海嶺の熱水活動によって形成し、マンガン酸化物鉱床は約12400万年から約11700万年前の間に海洋島の熱水活動によって形成したと考えられます。また、鉄酸化物鉱石の総レアアース濃度は平均で517 ppmであり、過去の海底で堆積した熱水性堆積物型のレアアース泥注6に該当することも明らかになりました。
鉄酸化物鉱石のOs同位体比は低く(0.411–0.445)、鉄酸化物鉱床が形成したカロビアン期に中央海嶺の火山活動(すなわち二酸化炭素放出)が活発であったことを示しています。鉄酸化物鉱床が形成したカロビアン期は後期ジュラ紀OAEの要因となる急激な温暖化が発生する直前の時代ですが、この時すでに火山活動が活発であったという事実は、急激な温暖化の引き金となった現象を考えるうえで非常に重要です。
一方、マンガン酸化物鉱石のOs同位体比は、西部が約0.60.599–0.615)、南部が約0.30.310–0.369)でした。マンガン酸化物鉱床が形成したと考えられる時代はOAE 1a発生時期を含み、当時の海洋Os同位体比は詳細に復元されています。そこで、マンガン酸化物鉱石と海洋のOs同位体比を対比することでマンガン酸化物鉱床の形成した年代を決定しました。その結果、西部のマンガン酸化物鉱床はOAE 1a発生の直前(約12400万年–11955万年前)、南部のマンガン酸化物鉱床はOAE 1a発生中(11950万年–11850万年前)に形成したことが明らかになりました。OAE 1a前後の時代において遠洋域の深部が酸化的であったと示唆する先行研究はありましたが、本研究はまさにOAE 1a発生中にマンガン酸化物が沈殿するほどに遠洋域の海底が酸化的であったことをはじめて示しました。OAE 1aは、温暖化によって海洋表層における生物生産が増加し、生物の死骸(有機物)が海中で分解されることで酸素極小層注7が拡大して起きたと考えられています。本研究の結果は、酸素極小層の拡大が遠洋域の海洋深部にまでは達しなかったことを意味し、これまで考えられていたOAE 1aの規模や地球システムへの影響度を再考する必要を迫るものです。

fig01
図1. 試料採取地点。本研究では、福山鉱山、柴山鉱山、国力鉱山から鉄酸化物鉱石を、若狭鉱山、日の出鉱山、小利別鉱山からマンガン酸化物鉱石をそれぞれ採取した。


fig002
図2. 試料採取地点の1つである国力鉱山の様子。

fig03
図3. 本研究で分析した鉄酸化物鉱石とマンガン酸化物鉱石。


fig04図4. 常呂帯における鉄酸化物鉱床とマンガン酸化物鉱床の形成過程。

[研究助成]
究費名:科研費(基盤研究C
究課題名:付加体に取り込まれたプチスポット玄武岩の確立
研究代表者名:平野直人(東北大学)

研究費名:科研費(基盤研究S
究課題名:海洋への天体衝突現象の解明に基づく環境・生命・資源を融合した新しい地球観の創成
研究代表者名:中村謙太郎(東京大学)

研究費名:鹿島学術振興財団
研究課題名:根室・歯舞群島における異質な火成活動・地形・気候・文化・農産物システム
究代表者名:平野直人(東北大学)

研究費名:山田科学振興財団
研究課題名:新型火成活動 ”前弧アルカリマグマ” の成因と古地理の解明
研究代表者名:平野直人(東北大学)

[用語解説]
1OAE 1a
OAE 1a11955万年前から111.6万年間続いた海洋無酸素事変(Oceanic Anoxic Event: OAE)であり、白亜紀に起きた複数のOAEの中でも最大規模と考えられている。大規模な火山活動によって急激な温暖化が発生し、海洋表層の生物生産が増加したことで海洋の無酸素化が進んだと考えられている。

2:オスミウム(Os)同位体比
海洋のOs同位体比(187Os/188Os)は火山活動が活発な時代に低下し、大陸の風化が活発な時代に上昇する。Os同位体比は全海洋で均一であり、海洋で形成する堆積物に記録される。

3:中央海嶺
上部マントルから上昇したマグマが噴出し海洋プレートが生まれる場所。いくつもの火山が連なっている。

4:海洋島
ホットスポットで形成した火山島を指す。現代のハワイ島に代表される。

5:後期ジュラ紀OAE
15000年前に温暖化によって起きたと考えられているOAE。海洋の無酸素化を示唆する硫化物鉱床(別子型鉱床)や石油根源岩の形成が広範囲で報告されている。

6:レアアース泥
総レアアース濃度が400 ppmを超える深海堆積物を指す。日本の排他的経済水域である南鳥島周辺海域を含む、太平洋の広い範囲に分布が確認されており、近年開発が期待されている海底鉱物資源の1種。

7:酸素極小層
生物の死骸(有機物)の分解等により、海水に溶存する酸素濃度が極端に低くなる水深帯を指す。現代の海洋においても水深6001000 m付近に存在する。

<論文情報>
論文題目Origin of ferromanganese deposits in the Jurassic to Cretaceous accretionary complex: Implications for the deep-sea environment around ocean anoxic events
著者Keishiro Azami (浅見慶志朗)1, Koichiro Fujinaga (藤永公一郎) 13, Naoto Hirano (平野直人)2, Yasuhiro Kato (加藤泰浩)3 1
1
千葉工業大学、2東北大学、3東京大学
掲載紙:Ore Geology Reviews
DOI: 10.1016/j.oregeorev.2025.106661
URLhttps://doi.org/10.1016/j.oregeorev.2025.106661

 

プレスリリース本文:PDFファイル
Ore Geology Reviews:https://doi.org/10.1016/j.oregeorev.2025.106661