プレスリリース

こころのイメージがリズム運動を制御する ―音楽技法を脳のメカニズムから理解―

 

発表のポイント

◆ 半自動的に表出されると考えられていたリズム運動が、心に描くイメージにより自由に制御できることを世界で初めて発見しました。
◆ 心に描くイメージが、常に未来を予測することで半自動化されたリズム運動を停止させたり遅延させたりするなど、リズム運動を自由自在に操ることができることを脳波計測により実証しました。
◆ イメージによる自由なリズム運動の制御性の発見は、人工知能では成し遂げられない音楽の芸術性を演出する人間の潜在的能力の新たな解明につながるものと期待されます。

 

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多彩な音楽のリズムを自由自在に操る脳のメカニズムを解明する

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の片桐祥雅 特任研究員(上席研究員)と、神戸大学大学院保健学研究科の植村真帆 大学院生、古和久朋 教授らによる研究グループは、半自動的に表出されると考えられていたリズム運動が、心に描くイメージにより自由に制御できることを世界で初めて見出しました。本研究では、脳波を測定することによって、リズムのイメージを心の中で事前に形成し予測することでリズム運動を自在に操ることが可能となること実証しました。今回の発見は、音楽の芸術性を演出する人間の潜在的能力の一つです。こうした人間の能力は人工知能では成し遂げられないものであり、脳波計測による人間の未知の能力のさらなる発見につながるものと期待されます。

 

発表内容

リズムに合わせて精密にタップする感覚同期運動は、高い音楽技法を実現する上で必須です。これまで、一定のリズムに合わせた感覚同期運動は、リズムに同期して生じる神経振動によって半自動的に表出されると考えられていました。このため、優れた音楽家がなぜリズム運動を自由自在に操ることができるのかは謎につつまれていました。本研究では、パルスの到来と欠落の二つのイメージを心に描くことで、予測的行動と知覚誘導行動という二つの運動制御モダリティ(注1)を巧みに制御することにより、外部リズムに同期した運動を自由自在に操ることができるという仮説を立てました。この仮説によれば、規則正しいリズムに対して予測的に行動(タップ)しつつ、欠落を予知して事前に知覚誘導行動に切り替えることで、リズムの欠落での誤タップを回避することができるはずです(図1)。

 

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図1:イメージによるリズム運動の自由な制御メカニズム

 

健常学生33名を対象に、欠落を含むリズムシーケンスを使った同期タップ試験を実施し、脳波を計測しました。その結果、後頭部電極(O1,O2)から取得したアルファ210-13Hz)パワーとして計算される深部脳活動度(注2)は、誤タップのときには脱賦活(注3)を示しましたが、誤タップを回避したときには賦活(注3)を示しました(図2下段左)。深部脳活動度の脱賦活と賦活はそれぞれ内部と外部(知覚)への注意の傾倒であることが明らかにされています。従って、実験の結果は誤タップと誤タップ回避に対してそれぞれ注意が内部と外部に向いていたことが明らかとなりました。さらに、事象関連電位(注4)を調べたところ、誤タップ回避では内因性の事象関連電位しか検出されませんでしたが、誤タップしているときにはビートに対する外因性の事象関連電位の反転パターンが観測されました(図2下段右)。欠落に対する脳の反応は心のイメージを反映したものであることが知られています。従って、誤タップのときとそれを回避しているときの心のイメージは、それぞれビートと欠落であることが示唆されました。この結果は、心のイメージと実際に表出される行動が整合していることを示し、仮説の正しさを実証しました。

本研究成果は、人間が心のイメージを活用して反射的行動をトップダウンで自在に操ることができる神経機構を有していることを示唆するものです。今後、こうした心のイメージを活用する方法が、音楽の芸術性・創造性を高めるだけでなく、人間の潜在的能力の発掘へとつながることが期待されます。

 

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2:欠落のあるビートシーケンスに対する脳の反応

最上段は脳波を計るための標準化された電極配置から成る脳波キャップを示します。下段左は事象関連深部脳活動度を誤タップと誤タップ回避の二つの場合に分けて評価したグランドアベレージ波形で、誤タップのときには脱賦活、回避のときには賦活が示されています。下段右は事象関連電位で、誤タップのときにはビートが知覚されたときに得られる波形の反転パターンが観測されましたが、誤タップ回避のときには内因性の認知処理を反映したピーク(eP2)のみ観測されました。

 

発表者・研究者等情報                                        

東京大学 大学院工学系研究科

 片桐 祥雅 特任研究員(上席研究員)

 

神戸大学 大学院保健学研究科

植村 真帆 博士課程 

 古和 久朋 教授

 

論文情報

雑誌名:Brain Sciences

題 名:Dorsal Anterior Cingulate Cortex Coordinates Contextual Mental Imagery for Single-Beat Manipulation during Rhythmic Sensorimotor Synchronization

著者名:Maho Uemura*, Yoshitada Katagiri, Emiko Imai, Yasuhiro Kawahara, Yoshitaka Otani, Tomoko Ichinose, Katsuhiko Kondo, Hisatomo Kowa

DOI10.3390/brainsci14080757

URLhttps://www.mdpi.com/2076-3425/14/8/757

 

研究助成

本研究は、科研費「在宅勤務型テレワークにおけるメンタルヘルスリスクの神経科学基盤の解明と応用(課題番号:22K04613)」、「危険回避能力の深部脳機能ネットワーク仮説の提案と検証(課題番号:19K04921)」、「身体化された認知による言語理解の深部脳機能ネットワーク仮説の提案と検証(課題番号:23K10560)」、「オノマトペの言語処理促進作用の神経生理学的基盤の解明(課題番号:19K11322の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)運動制御モダリティ:

運動は、心のイメージにより自発的に運動を企画する様式と、外部の刺激を知覚・認知・判断して運動を企画する様式の二つの様式があります。前者に基づく運動の表出を予測的行動、後者に基づく運動の表出を知覚誘導行動と呼んでいます。

 

(注2)深部脳活動度:

深部脳とは、脳の表層の皮質よりも下層に位置している脳の部位で、辺縁系や基底核を含みます。本研究では、辺縁系に含まれる背側前部帯状回の神経活動として深部脳活動度を定義しました。この活動は、選択や意思決定といった認知活動と相関があることが知られています。

 

(注3)脱賦活、賦活:

脱賦活及び賦活はそれぞれ深部脳活動度(注2)の下降及び上昇に対応します。脱賦活は背側前部帯状回と外側(脳の表面)前頭皮質とが機能的に結合し外部の刺激に注意が傾倒する状態を示します。一方、賦活は背側前部帯状回と内側(左右に分離した脳の内側の面)前頭皮質との機能的結合を表し、心のイメージの形成、選択および意思決定に関連した状態を示します。

 

(注4)事象関連電位:

刺激などのイベントに対する脳波の反応を、イベントの発生時間を基準に繰り返しの刺激に対して加算平均をとった脳波波形を事象関連電位と呼んでいます。加算平均により雑音成分が消えてイベントに対する脳の反応の特徴が抽出されます。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Brain Sciences:https://www.mdpi.com/2076-3425/14/8/757