プレスリリース
- 研究
- 2024
高感度直接変換X線イメージセンサ技術を確立 ―臭化タリウムを用いたFPD―
発表のポイント
◆ X線に高い感度、信号雑音比を有する臭化タリウムの信号処理基板への直接形成技術を確立した。
◆ フラットパネルディテクタと組み合わせることで高精細なX線イメージセンサを実現した。
◆ 広範囲に変換膜を形成することが可能であり、超大型X線イメージセンサやフレキシブルセンサなどへの応用が期待される。
臭化タリウムを用いたX線イメージセンサ(論文より転載)
概要
東京大学大学院工学系研究科のMoh Hamdan(モー ハムダン)大学院生(研究当時、現在:学術専門職員)、島添健次 准教授、東北大学の野上光博 助手、人見啓太朗 准教授らは株式会社ジャパンディスプレイ(JDI)と協力し、新たに臭化タリウム(注1)を直接変換膜とした高精細・高感度なX線イメージセンサの作成手法を確立しました。X線(注2)を用いた画像診断は、医療応用ではレントゲンやマンモグラフィー、産業用途では異物検査や内部構造の検査など広範囲で用いられる非常に重要な技術です。本手法により、X線検出の高感度化やそれに伴う低被ばく化、イメージセンサの大型化、フレキシブル化などの可能性が開かれます。
臭化タリウムは、高原子番号のタリウムと臭素の組み合わせによる非常に高い密度(7.56 g/cm3)により、X線やガンマ線への高い感度を持ちます。本研究グループは、その低融点である特徴を利用し、蒸着技術を用いて臭化タリウムを精度の高い結晶変換膜として広範囲に形成する技術を確立しました。さらに、この変換膜をJDIの有するFPD(Flat Panel Detector、注3)による微細ピクセル読出技術と組み合わせることで高感度なX線イメージセンサを実現する技術の開発に成功しました。
本手法は、大規模なイメージセンサへの応用や、平面以外への形成も可能であり、新たなX線イメージング技術となることが想定されます。
本研究成果は、2024年5月9日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
研究の背景
X線イメージセンサ技術は、医療応用から産業応用まで幅広い領域で利用されている重要な技術です。これまでのX線イメージセンサは、CsI等のシンチレータと光検出器を内蔵したFPD技術を用いた間接変換型が主流となっています。しかし、放射線の計測においては一般的に、X線等の放射線の信号を直接電荷に変換する直接変換型の方が、最終的に生成される信号量が大きいため、信号雑音比が高いことが知られています。また直接変換型では光漏れの影響がなく、高い解像度が実現できる可能性があります。これまでに直接変換型としてCdTe(テルル化カドミウム)やa-Se(アモルファスセレン)などが検討されていますが、接合が必要であったり、信号生成に必要なエネルギーが大きい等の課題がありました。本研究では既存のいずれの材料よりも高い原子番号と密度(7.56 g/cm3)を有する臭化タリウム(TlBr)に着目(表1)し、高感度な直接変換型のX線イメージセンサ技術の創出をめざしました。
表1 今回もちいた臭化タリウム検出器の特徴
研究内容
本研究では、X線の直接変換材料として高原子番号と高い密度を有するTlBrに着目しました。TlBrはガンマ線では非常に高いエネルギー分解能が実証されている材料で、融点が460℃と比較的低いことが知られています。TlBrの低融点である特徴を用いて、蒸着手法によるX線イメージセンサの実現可能性と結晶膜の品質の向上を目指しました。実験では形成した臭化タリウムによる厚さ50 µmの変換膜が1010Ωcm以上の高い抵抗率を有し、低い暗電流で動作可能なことが確認されました。また、235 µmピクセルのJDI製のLTPS(Low Temperature Poly Silicon)型FPD上に臭化タリウム膜を形成(図1)することで、250 µmの空間解像度が得られることを確認しました。さらに開発したX線イメージセンサを用いて、ニボシの画像を取得し、内部構造を高精細に可視化できることがわかりました(図2)。
図1:開発したX線イメージセンサと臭化タリウムの形成膜(論文より転載)
図2:開発デバイスを用いたX線イメージングの実証(論文より転載)
社会的意義・今後の予定
本研究により、X線やガンマ線への高い感度をもち、電荷に直接変換可能な臭化タリウムを、蒸着方式によって広範囲に、品質を落とすことなく形成する技術が確立されました。またFPDの技術と組み合わせることで、高精細な直接変換型X線イメージセンサが構成可能であることが示されました。これにより、将来の開発が期待される大型X線装置への展開や、形状が特殊なフレキシブル型、更に微細化したピクセルによる高精細X線イメージセンサなどへの応用も考えられ、多くの展開が想定されます。また用いている材料や信号処理、画像処理等はいずれも国産技術であり、今後オールジャパンの体制での開発の推進が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科 原子力国際専攻
Moh Hamdan(モー ハムダン) 研究当時:博士課程
現在:東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 学術専門職員
島添 健次 准教授
兼:東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 准教授
東北大学 大学院工学研究科 量子エネルギー工学専攻
野上 光博 助手
人見 啓太朗 准教授
論文情報
雑誌名:Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment
題 名:The Fabrication and Characterization of Direct Conversion Flat Panel X-ray
Imager with TlBr Film
著者名:Moh Hamdan, Kenji Shimazoe, Hiroyuki Takahashi, Mitsuhiro Nogami, Keitaro Hitomi, Shinya Asakura, Takanori Tsunashima, Takashi Nakamura
DOI:10.1016/j.nima.2024.169372
URL:https://doi.org/10.1016/j.nima.2024.169372
研究助成
本研究は、東京大学のテーマ探索型共同研究「フレキシブルX線中性子線フラットパネル検出器の開発検討」(研究代表者 島添 健次)および日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(A)(23H00278)の一部支援により実施されました。
用語解説
(注1)臭化タリウム
原子番号81番のTl(タリウム)と原子番号35番のBr(臭素)から成る非常に高密度(7.56 g/cm3)の化合物半導体。エネルギー分解能の高い(1% @ 662 keV)測定が可能であることが知られている。
(注2)X線
可視光より3桁以上波長が短く、透過力の高い光・電磁波で、産業用途では、物体の内部構造の可視化、医療応用ではレントゲン等の生体内部の構造の可視化に用いられる。
(注3)FPD(Flat Panel Detector)
レントゲンやマンモグラフィー等のX線の撮影などで用いられるピクセル化された検出器。薄膜トランジスタを用いた回路を搭載することで、リアルタイムに画像を見ることができる技術の1つ。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment:https://doi.org/10.1016/j.nima.2024.169372