プレスリリース

色と形が異なるギガヘルツ繰り返し光パルスを生成 ―超高速撮影やレーザ加工への応用に期待―

 

発表のポイント

◆ 超短パルスレーザからギガヘルツ繰り返し(数十ピコ〜数ナノ秒間隔)の光パルスを高効率に生成可能とする新たな手法「Spectrum shuttle(スペクトラムシャトル)」を開発しました。
◆ 光パルスを色ごとに立体的に操作することで、色ごとに異なる遅延時間を持つ繰り返し光パルスを生成し、さらにそれぞれのパルスの形状を個別に操作することを実現しました。
◆ 各パルスの色の違いを活かした超高速撮影や、形状の違いを活かしたレーザ加工の創出など、超短パルスレーザを用いる幅広い光学技術への応用が期待されます。本研究では、例として超高速分光イメージングへの応用を実証しました。

 

fig1

GHz繰り返し光パルス生成法の概要図

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の島田啓太郎大学院生、中川桂一准教授らの研究チームは、超短パルスレーザ(注1)から数十ピコ〜数ナノ秒のパルス間隔を持つギガヘルツ繰り返し(GHzバースト)パルスを生成し、各パルスの形状を個別に操作可能な手法「Spectrum shuttle(スペクトラムシャトル)」を開発しました(図1左)。バーストパルスの生成は、超高速撮影やレーザ加工において重要ですが、GHz領域への展開や各パルスの形状操作において、既存手法では原理的な限界がありました。本研究では、光を色ごとに分ける回折格子、ミラー、空間光変調器(注2)を用いて超短パルスを色ごとに立体的に操作することで、それぞれの色にGHz領域(数十ピコ〜数ナノ秒間隔)の時間差を与え、かつ個別に形状を操作することを可能としました。また、本手法を超高速分光イメージング(注3)に応用し、ガラスにレーザを集光することで生じるレーザアブレーション(注4)中のプラズマ及び衝撃波現象の超高速分光イメージングを実証しました。本手法は、サブナノ〜ナノ秒現象を可視化する超高速撮影(図1右上)や、レーザ加工や音響波生成におけるレーザアブレーションの制御(図1右下)など、幅広い光学技術への応用が期待されます。

 

fig2

1:開発したGHz繰り返し光パルス生成手法Spectrum shuttleとその応用

 

発表内容

〈研究の背景〉

超短パルスレーザのバーストパルス化や形状操作は、超高速撮影やレーザ加工、音響波生成など、幅広い光学技術で用いられています。特に、数十ピコ〜数ナノ秒のパルス間隔を持つGHzバーストパルスは、サブナノ〜ナノ秒現象の可視化や、レーザ加工効率向上に向けて注目されていますが、その生成手法には課題があります。これまでに、光ファイバを用いた手法や大型のミラーを用いた手法などが開発されてきましたが、光量の低下などの問題を抱えていました。また、照明や加工における最適化には、各パルスの独立した形状操作が求められますが、これには追加のパルス形状操作システムが必要となり、光学系の複雑化や大型化が避けられません。

 

〈研究の内容〉

本研究では、自由空間内において、超短パルスから、個別に形状を操作可能なGHzバーストパルスを生成する光要素技術「Spectrum shuttle」を開発しました。本手法では、2つの回折格子により分散平行光となった超短パルスが、3次元的な傾斜を持つ平行なミラーペアにより、色ごとに空間的に分離します。各色のパルス形状は空間光変調器によりそれぞれ操作され、元の光路を戻ってビームスプリッタにより取り出されます。この時、各色はミラーペア間の往復回数が異なるため、往復回数に応じた時間差が生じます。これにより、各パルスの色と形状が異なり、ミラーペア間の距離に応じたパルス間隔を持つ、GHzバーストパルスを生成できます。本研究では、図2に示すようにSpectrum shuttleを用いて、色が離散化されたGHzバーストパルスを生成しました。また形状操作の例として、パルスの位置操作及びピークの分割を実証しました。

 

fig32:提案手法Spectrum shuttleを用いた、GHzバーストパルスの生成と特定パルスの形状操作の実証

 

さらに、Spectrum shuttleを用いて、波長800ナノメートル(nm)帯域と波長400 nm帯域という2つの大きく異なる色の範囲においてGHzバーストパルスを生成し、2色での超高速分光イメージングに成功しました(図3)。超短パルスレーザを用いたレーザ加工では、ガラスへの強い光の集光によりアブレーションが生じ、プラズマと衝撃波のダイナミクスが進展します。この超高速かつ繰り返し起こらない現象を、波長800 nm帯域と波長400 nm帯域で同時に超高速撮影を行うことで、250ピコ秒間隔(40億コマ/秒相当)という超スローモーションの撮影像を取得しました。さらに、波長800 nm帯域と波長400 nm帯域のそれぞれで取得された像の見え方の違いから、生じている現象の詳細な解析を実現しました。

 

fig4

3:提案手法で生成した2つの色範囲のバーストパルスを用いた、

ガラスのレーザアブレーションの超高速分光イメージング

ガラス表面から空気中へと進展するプルームと呼ばれるプラズマや、空気中及びガラス内部で発生する衝撃波が可視化されました。透過率は、電子吸収、粒子散乱、屈折率分布に応じた回折などの影響を受け、これらは異なる分光特性を示します。例えば、800 nmにおける可視化像に対し、400 nmにおける可視化像で暗くなっている領域は、短い波長で顕著となる粒子散乱の影響を示唆しています。

 

〈今後の展望〉

本手法は、サブナノ〜ナノ秒時間スケールでの超高速撮影を可能にし、未知の高速現象の解明や高速現象をともなう産業技術のモニタリングに貢献します。また、GHzバーストパルスの個別の形状操作は、半導体や金属の精密レーザ加工、レーザ治療の最適化などへの応用が期待されます。さらに本手法は、コンパクトなため持ち運びが可能であり、科学研究施設や産業技術の分野での幅広い使用が見込まれます。

 

発表者・研究者等情報                                        

東京大学大学院工学系研究科

 中川 桂一 准教授

 島田 啓太郎 博士課程

 

論文情報

雑誌名:Advanced Photonics Nexus

題 名:Spectrum shuttle for producing spatially shapable GHz burst pulses

著者名:Keitaro Shimada, Ayumu Ishijima, Takao Saiki, Ichiro Sakuma, Yuki Inada, Keiichi Nakagawa*

DOI10.1117/1.APN.3.1.016002

URLhttps://doi.org/10.1117/1.APN.3.1.016002

 

研究助成

本研究は、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS0118067246JST ACT-XJPMJAX22K8)、JST さきがけ(JPMJPR2003JPMJPR1902)およびJST 創発的研究支援事業(JPMJFR215C)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)超短パルスレーザ
超短パルスレーザは、ピコ秒(1012秒)やフェムト秒(10−15秒)という非常に短いパルス幅を持つレーザです。これらの短いパルスは、ナノ秒(10−9秒)パルスや連続波(CW)パルスとは異なる物体との相互作用を引き起こします。例えば、物質の非線形光学的特性の活用や、材料の精密加工などが可能となります。また、超短パルスは、フェムト秒~ナノ秒領域の超高速現象の撮影においても重要な役割を果たします。そして、ピコ秒~ナノ秒領域で連続したパルス(バーストパルス)は超高速撮影や精密レーザ加工などの応用において、連続的な撮影や高効率な加工を可能にします。超短パルスレーザは、その独特の特性により、医療、科学研究、産業用途など、多岐にわたる分野で利用されています。

 

(注2)空間光変調器

空間光変調器は、光の波面を制御し、その形状(空間プロファイル)を操作するための装置です。この技術により、光の強度、位相、偏光の分布を精密に変化させることが可能となります。これは、光パルスの形状や方向を微細に調整し、特定のパターンや構造を生成することを可能にします。このような制御は、光学的な情報伝達、イメージング、レーザ加工など、多岐にわたる応用において重要な役割を果たします。

(注3)超高速分光イメージング
分光イメージングは、現象の分光特性を空間的に捉えることで、分子やイオン、電子の構造や状態の、空間的な分布を明らかにすることができます。本研究では、超高速撮影手法Sequentially timed all-optical mapping photographySTAMP)を応用した超高速分光イメージング手法として、Two-colorTC-STAMPを開発しました。STAMPは、超短パルスを色ごとに時間方向・空間方向に広げる技術を利用した撮影手法です。観察対象への到達時間が色によって異なる照明パルス列を超短パルスから生成し、観察対象の下流で像情報を失うことなく色ごとに空間的に分離してイメージセンサで検出することで超高速撮影を実現します。TC-STAMPは、STAMPの光源を2つの大きく異なる色の範囲に拡張し、同時に超高速撮影を行うことで、吸収や散乱など超高速現象の分光特性の取得を可能とします。

 

(注4)レーザアブレーション

レーザアブレーションは、レーザ光が照射された個体や液体の表面が瞬時に蒸発、プラズマ化し、表面の構成物質が爆発的に放出される現象です。プラズマや衝撃波の発生、ラジカルや分子、クラスタの放出、発光など多くの現象を伴うため、加工・医療・材料分野など幅広く注目されています。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Advanced Photonics Nexus:https://doi.org/10.1117/1.APN.3.1.016002