プレスリリース

人工股関節置換術(THA)において骨盤マーカーを必要としない AR手術ナビゲーションの薬事承認を取得

 

1.発表者

杉田 直彦(東京大学 大学院工学系研究科附属人工物工学研究センター 教授)

 

2.発表のポイント

昨年度発表した膝関節置換術手術(TKA)用システムに続き、人工股関節置換術(THA)にARナビゲーションシステムを用いることが可能となりました。
骨盤マーカーを必要としないことで、非侵襲ナビゲーションを実現します。また、モバイル携帯端末を用いたARシステムとすることで、低コスト、簡便性、高性能を実現します。
ナビゲーションシステムは正確な手術を提供しますが、その価格や、複雑な操作性から使用される病院が限られていました。本システムは、どの人工関節にも対応可能で、ナビゲーション手術の普及に貢献します。

 

3.発表概要

東京大学大学院工学系研究科の杉田直彦教授、東京医科歯科大学整形外科の高田亮平医師らによる研究成果に基づいて、人工股関節置換術(注1)に対する新たなナビゲーションシステムが厚生労働省より薬事承認されました。

人工股関節置換術(THA)において、正確な臼蓋カップインプラントの設置は、術後脱臼や可動域制限などに直結する最重要課題の一つです。手術をアシストするシステムが提案されていますが、その多くが高価で煩雑な操作を必要とするため、普及には至っていないのが現状です。この課題を解決すべく、低コスト、簡便性、高性能かつ非侵襲を特徴とするAR(注2)手術ナビゲーションシステムの研究を進め「Ortho Pantherナビゲーションシステム」を開発しました。本成果について、シェルハメディカル株式会社より厚生労働省に承認申請がなされ、THAAR手術ナビゲーションとして医療機器薬事承認を取得いたしました。

本システムは、骨盤マーカー(注3)を必要としないアルゴリズムを構築することにより、従来のナビゲーションでは避けられなかった患者に対する侵襲がないことが最大の特徴です。昨年度発表した膝関節置換術(TKA)用ナビゲーションと同様に、モバイル携帯端末を用いてAR機能による直観性を高め、術者の操作性を向上させました。また、低反射特殊手術用ARマーカーにより、手術室の無影灯下でも高い認識性能を持つARシステムとなっています本システムにより、THAにおけるナビゲーション手術を促進させ、より多くの患者の満足度と生活の質の向上、および術前三次元計画情報および術中運動計測の連携も含めた複合的なシステムの構築を目指します。

 

4.発表内容

近年コンピュータ技術が発達し、手術においてもコンピュータ支援システムの開発、導入がされています。整形外科領域においても、赤外線を用いた光学式手術ナビゲーションが国内に多数導入されていますが、これらシステムのコストは高価であり、病院施設への導入が進んでいない状況です。また、従来のナビゲーションシステムは、術前のセッティングや術中に患者への侵襲を伴うマーカー固定の作業が発生し、手術時間の延長、操作の煩雑性や侵襲が課題となっていました。また、人工膝関節置換術(TKA)においては患者の骨にマーカーを固定することによって骨折を生じた事例も報告されています(注4)。

人工股関節置換術(THA)において、正確な臼蓋カップインプラントの設置は、術後脱臼や可動域制限、人工股関節の寿命などの術後成績に直結する最重要課題の一つであり、これまでにカップインプラントの設置をアシストするさまざまな光学式手術ナビゲーションシステムが導入されてきました。近年では、光学式位置計測器の代わりに加速度センサを用いた簡易で低コストであるポータブルナビゲーションシステムも導入されていますが、臼蓋カップインプラント設置角度の計測などに課題が残っていました。さらに、人工股関節置換術全体の数パーセント程度しかコンピュータ支援手術が普及していないのが現状です。

これらの課題を解決すべく、東京大学大学院工学系研究科 杉田直彦教授、東京医科歯科大学整形外科 高田亮平医師らにて低コスト、簡便、高性能かつ非侵襲なAR手術ナビゲーションの研究を進めました。その成果として「Ortho Pantherナビゲーションシステム」を開発し、THAAR手術ナビゲーションとして医療機器薬事承認(類別:機械器具 12 理学診療用器具、一般的名称:手術用ナビゲーションユニット)を202232日に取得した次第です。このARシステムの最大の特徴は、患者骨盤への手術器械の固定が不要な骨盤マーカーレス方式のため、従来のナビゲーションでは避けられなかった患者への追加侵襲が不要となり、患者負担がなくなることです。既に開発した人工膝関節置換術(TKA)用ARナビゲーションと同様に、当システムは市販されているモバイル携帯端末を用いることにより低コスト化を図りました。また、AR機能で直観性を高めることで術者の使いやすさを追求しました。さらに、可視光領域の反射率1%以下という低反射特殊技術を用いた手術用のARマーカーにより、術野を強力に照らす無影灯下でも高い認識性能を持つARシステムを実現しました。カップ設置角度の計測にモバイル携帯端末に内蔵されたジャイロ機能等を用いることで、計測誤差約0.6 mm1˚という高精度となっています(注5)。これらの研究開発により、本システムはTHA臼蓋カップインプラント設置に必要な角度を高性能にサポートし、低コストと簡便さ、非侵襲性を兼ね揃えたシステムとなりました。

本システムにより、THAにおけるナビゲーション手術の促進と、正確かつ短時間での手術によるより多くの患者の満足度および生活の質の向上へ寄与することが期待されます。また、骨切り術への展開が可能であるため、膝関節、股関節合わせた関節症患者へ広範囲に適応し、術前三次元計画情報および術中運動計測の連携も含めた複合的なシステムへと発展することが期待されます。

 

5.注釈

注1. 人工股関節置換術:

変形性股関節症や関節リウマチなどにより損傷した関節を人工関節に置き換える手術のこと。

 

注2. AR:

「Augmented Reality」の略で、現実の視覚情報に仮想の視覚情報を重ねることで情報を付加すること。「拡張現実」とも言われる。

 

注3. 骨盤マーカー:

コンピュータに骨の位置を認識させるため、骨に穴をあけて設置する。

 

注4. 参考文献:

栗山新一,百名克文,玉置康之,田中康之,藤田俊史, 井上悟史:人工膝関節全置換術に用いたナビゲーションから起因する合併症.中部整災誌 2010;53:763-764

 

注5. 実験室環境において精度検証治具を用いた距離および角度の誤差(当研究室調べ)

 

6.添付資料

fig

図.ARナビゲーションシステム、左:ソフトウェア、右:システムの外観

 

本システムは、手術器械と取り付けたモバイル端末から構成され、モバイル端末内のアプリケーションを起動して操作を行う。左が手術中のアプリケーションの状態であり、骨加工の状態が提示される。術者はこの情報に従って手術を進める。

 

 

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