プレスリリース

深刻な地球温暖化により21世紀末には世界人口の3割以上が これまで人類が経験したことのない極端気象リスクにさらされると予測

 

1.発表者

佐野 太一(東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻 博士課程)

沖  大幹(東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻 教授)

 

2.発表のポイント
◆このまま地球温暖化が深刻に進むと、今世紀末までに南アジア、サハラ以南のアフリカなどで世界人口の34.2%、気温上昇を2℃未満に抑えられたとしても16.3%が、これまでに人類が経験したことのない熱波や豪雨のリスクにさらされるようになると推計されました。
◆従来は各地点での主に平均的な現象が過去の変動幅から大きく逸脱するかどうか、という視点で影響リスク評価が行われていました。これに対し本研究は、人類全体、あるいは特定の領域内で過去にさらされていた気候リスクがどのような範囲であったか(気候リスク境界)という新たな概念を提示した上で、気候変動に伴ってその範囲を逸脱し未曽有のリスクにさらされるようになる地域とそこに住む人口とを、世界で初めて明らかにしました。
◆グローバルな気候リスク境界を逸脱する地域についてはこれまでの経験に基づく適応策では不十分だと懸念されるため緩和策の推進や国際社会の特段の支援が必要になる一方で、各地域の気候リスク境界から逸脱する多くの地点では、より深刻なリスクにさらされている他の地域における適応策に学ぶ必要性が明白になりました。すなわち、多国間主義に基づくグローバルな協調と知識・技術の円滑な交流が気候変動に対する適応策の効率的な導入には重要であることを本研究の成果は示し、極端な気候リスクに対する市民の認識を洗練させるだけではなく、より適切な政策立案にも資すると期待されます。

 

3.発表概要

人為的な気候変動は、極端な熱波や豪雨などの異常気象の発生頻度に影響を及ぼしています。これまでにも人類は生活様式や社会経済システムを変化させて気候の変化に適応してきました。しかし昨今の気候変動の速度に対して人類の適応能力は十分ではなく、異常気象による体調不良や風水害の増加などが報告されています。特に前例のない気候リスクは地域の適応能力を超え、社会経済システムに深刻な影響を及ぼす可能性があります。東京大学大学院工学系研究科 佐野太一大学院生と沖 大幹教授は、将来の異常気象リスクへの適応性を考慮し、人類が過去にさらされていた気候リスクがどのような範囲であったか(気候リスク境界)という概念を新たに提示し、20年に一度の異常高温と異常豪雨にさらされている人口の2次元ヒストグラムの縁を気候リスク境界と定義し、分析を行いました。

本研究の結果によるとCO2排出削減などの温暖化対策を今以上に施さなかった場合の地球温暖化進行シナリオ(RCP8.5 注1)では、今世紀末までに南アジア、サハラ以南のアフリカなどで世界人口の34.2%が気候リスク境界を越え、人類がこれまでに経験したことのない熱波や豪雨のリスクにさらされることが明らかになりました。また全球平均気温の上昇を2度以内に抑えられるような場合(RCP2.6)でも世界人口の16.3%が気候リスク境界を越えてしまうと推計されました。さらに大都市を抱える多くの地域は、世界的な気候リスク境界の範囲内にとどまるものの、地域的な気候リスク境界は越えてしまい、それぞれの地域にとっては未知の気候リスクにさらされることも明らかになりました。本研究の成果は、適応策の文化的、技術的、社会的移転可能性を考慮し、適切な地域ごとに適応策の限界を検討する必要もあることを示しています。本研究の結果は、極端な気候リスクに対する市民の認識を洗練させ、より適切な政策立案に資すると期待されます。

本研究の成果は、2022729日(英国夏時間)に英国物理学会のIOP Publishingの環境分野のオープンアクセス雑誌「Environmental Research Communications」に速報版として掲載されました。

 

4.発表内容

<研究の背景と目的>

人為的な気候変動により熱波や豪雨の頻度が増加し、その影響はさまざまな健康被害、山火事、洪水などの被害としてあらわれ始めています。パリ協定以降、気候変動の進行を緩和する緩和策に加え、気候変動に関連した熱波や豪雨、旱魃、海面上昇などによる被害を対症療法的に軽減する適応策が推進されていますが、その限界も指摘されています。

気候条件はさまざまな地域の動植物がこれまで経験したことのないレベルにまで変化する可能性があり、したがって生物は新しい気候条件に適応するか、あるいは生き残るために生息地や行動を変える必要があります。これは人類も例外ではなく、他の地域から異なる品種の作物を導入するなど気候の変化に適応するために社会経済システムを変革しようと努力しています。しかし気候変動のスピードに対して、人間社会の適応能力は必ずしも十分ではなく、近年異常気象に伴う体調不良や風水害の増加も報告されています。

重大なリスクは気候変動の大きさが地域の適応能力を上回る際に生じる可能性が高くなります。前例のない気候リスクは潜在的に社会経済システムに深刻な影響を与える可能性があります。先行研究では過去の気候の変化の範囲からの気候の逸脱がいつ、どの地域から生じるかを明らかにし、気候変動の結果として人間の居住地に関するニッチがどのように推移するかが明らかにされています。こうした研究ではそれぞれの地域についてその地域内のみでの気候変動の大きさと変化の速度が最大の関心事でした。しかしある地域が他地域における過去の気候変動からの経験を受け入れ、将来の極端な事象に適応することが可能であるかについては、これまでほとんど考慮されていませんでした。

そこで本研究では、最も基本的、代表的かつ影響力のある気候要素である気温と降水量の変化を用いて、極端な高温と激しい降水による複合リスクが過去の気候条件よりも大きくなり、未知の気候リスクに将来さらされる地域および人口の推計に取り組みました。

 

<研究の手法>

本研究では第6次結合モデル相互比較プロジェクトにおいて公開されている気候モデルの予測結果から得られる将来の日降水量と日最高気温のデータを用いて、異常高温と豪雨の変化を算定し、人類の居住域(平均人口密度1人/1km2以上)内の各グリッド(50km四方)における異常高温と豪雨の複合リスクを、過去の気候条件(1980-2009)と将来の気候条件(2070-2099)について、二つのシナリオの下で推計しました。シナリオは温室効果ガス排出量に関するシナリオ(RCP)と社会経済の変化に関するシナリオ(SSP注2)の組み合わせで表現されており、持続可能な発展の下で21世紀末までの気温上昇を2℃以下に抑えるシナリオ(RCP2.6-SSP1)と化石燃料依存型の発展の下で気候政策を導入しない最大排出量シナリオ(RCP8.5-SSP5)を用いました。

各グリッドの年最高気温と年最大日降水量から推計された各シナリオの20年に一度の気温と降水量に対する人口の2次元ヒストグラムは、先行研究で示される0.125°の解像度を持つ将来の人口分布データを用いて作成しました。現在の2次元ヒストグラムの外縁を極端気象リスク境界と定義し、将来の2次元ヒストグラムと重ね合わせることで、気候リスク境界の内部に位置する極端気温と極端降水の組み合わせを、すでに人類が経験しているリスクと定義しました。これらの人類がすでに経験しているリスクを取り除いた将来の気象リスクうち、気温と降水量ともに20年間の気象リスクが過去の20年間の値の平均値より1標準偏差以上大きいという条件を満たす気象リスクを、未知の気象リスクと定義しました。なお、20年に一度という頻度を10年といった別の頻度にしても結果は大きく変わらないことも確認されています。

 

<研究結果と考察>

図1はRCP8.5-SSP5シナリオにおける過去と未来の20年に1度の高温と豪雨に対する人口の2次元ヒストグラムを示したものです。色の濃さは、極端気象リスク下での人口に対応しており、青いヒストグラムは過去(1980-2009)、赤いヒストグラムは未来(2070-2099)を表しています。

図2はRCP8.5-SSP5シナリオにおける21世紀末の気候リスク境界の外側にある人口の位置を示しています。この結果からRCP8.5-SSP5シナリオでは、インド中部とサヘル地域の一部が気候リスク境界を越え、気温・降水量ともに人類がこれまで経験したことのないような気候リスクにさらされることになると予想されました。同様にアラビア半島、インド北部、サヘル地域は未知の異常高温のリスクに、東南アジアや東アジアの人々もこれまで経験したことのない異常豪雨リスクにさらされることになることも予想されました。さらにRCP8.5シナリオでは、SSP5の世界人口の34.2%にあたる約25億2000万人が、RCP2.6シナリオでは、SSP1の世界人口の16.3%にあたる約11億人が気候リスク境界の外部となる未知の極端気象リスクにさらされると推計されています。

これらの結果では適応策の移転を妨げる障害は考慮されておらず、世界のどこかですでに人類が同様のリスクにさらされていれば、その気候リスクには適応可能であると暗に仮定しています。しかしすでに高い極端なリスクにさらされている地域の人々から成功事例を学ぶことで、気候リスクに効果的に対応できる保証はなく、また文化的、社会的、経済的なギャップが、極めて高い気候リスクに対応してきた地域から、初めてリスクにさらされる地域への知識や経験の円滑な移転を妨げる可能性もあります。そこで図3では東アジア、南アジア、中央ヨーロッパ、北アメリカ東部の住民の地域的な気候リスク境界を示しています。この結果では大都市を含むいくつかのグリッドの気候リスクの変化を矢印で示し、地域内の代表的な変化を示しています。世界全体のヒストグラム(図2)と比較すると、各地域の人口の大部分は世界のグローバル気候リスク境界の範囲内にとどまることになります。しかし過去と未来の地域別2次元ヒストグラムは地域ごとにおおきくシフトしており、人口の大部分がその特定の地域の過去の気候リスク境界の外で生活する様になる結果となっています。

また、東アジアと南アジアの一部の地域はすべての人類にとって未知の極端な気候リスクにさらされる結果(図3a、図3b)となっていますが、IPCC第1作業部会の第6次評価報告書で特に強調されている地域と一致しています。一方中央ヨーロッパやアメリカ東海岸は、世界全体の境界から逸脱していません(図3c、図3d)。しかしこれは気候変動がこれらの地域の人々に大きな影響を与えないことを意味するものではありません。これらの地域では適切な知識と経験の移転がなければ適応は困難になります。しかし逆にこれらの地域ですでにより深刻な気候リスクにさらされている地域から適切な知識や経験の移転がなされれば、将来の気候への適応の難易度は下がる可能性があり、本研究の結果はどの地域から知識や経験を得るべきかを読み解くことにも利用できる可能性があります。

 

<まとめと今後の展望>

本研究では、気候リスク境界という概念を提案することで、過去に人類が経験した極端気象リスクの範囲を世界で初めて明らかにし、また将来未知の極端気象リスクにさらされる地域・人口を温暖化シナリオ毎に推計することに成功しました。さらにその結果は地域ごとに大きく異なるものの、世界全体を参照した場合には既知のリスクでも、適切な知識・経験の移転がなされなければ適応は困難となることも示されました。

 
5.発表雑誌

雑誌名:Environmental Research Communications」(オンライン速報版:729日)

論文タイトル:Future population transgress climatic risk boundaries of extreme temperature and precipitation

著者:Taichi Sano, Taikan Oki

DOI番号:10.1088/2515-7620/ac85a1

アブストラクトURL:https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2515-7620/ac85a1

6.用語解説

(注1) 代表濃度経路シナリオ(Representative Concentration Pathways):

RCP2.6およびRCP8.5では工業化以前と比較して放射強制力が21世紀末までにそれぞれ2.6W/m2および8.5W/m2上昇するシナリオ。(注2) 共通社会経済経路(Shared Socioeconomic Pathways):
将来の社会経済の傾向を仮定したシナリオで、SSP1は気候政策のもとで持続可能な開発を進めていくシナリオ、SSP5は気候政策を導入せず化石燃料による開発を進めていくシナリオ。

 
7.添付資料
fig1(図1RCP8.5-SSP5シナリオにおいて極端な気象リスクにさらされる人口の変化予測

20年に一度の最高気温と20年に一度の最大日降水量をそれぞれ0.5℃と10mmを最小単位として分割し、極端な気象リスクの組み合わせにさらされる人口を表した2次元のヒストグラム。青いヒストグラムは1980-2009年、赤いヒストグラムは2070-2099年の結果である。これらのデータはRCP8.5-SSP5シナリオのものである。

fig2(図2RCP8.5-SSP5シナリオにおける気候リスクの境界を越え見慣れない極端な気候リスクにさらされると予想される人口と地域

黄色と青のグリッドではそれぞれ未知の極端な気温と降水量のリスクにさらされ、赤のグリッドでは未知の極端な気候リスクの組み合わせにさらされることになる。色の濃淡は住民の密度に対応し最も濃色のグリッドでは106人以上、次に濃いグリッドでは104人以上の人類が居住している。

fig3(図3RCP8.5-SSP5シナリオにおける(a)東アジア、(b)南アジア、(c)中央ヨーロッパ、(d)北米東部の20年間の気温と降水量の気候リスク境界の変化予測

矢印は、RCP8.5-SSP5シナリオにおいて、過去の気候条件(1980-2009)から将来の気候条件(2070-2099)への矢印の向きで表される大都市の極端気象リスクのシフトを示す。



プレスリリース本文:PDFファイル
Environmental Research Communications:https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2515-7620/ac85a1