プレスリリース

室温で量子輸送可能な2.8 nmのカーボンナノチューブトランジスタ ~熱・応力誘起らせん構造転移による金属CNT内半導体ナノチャネルの実現~

 

概要
1.
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)を中心とする国際共同研究チームは、透過型電子顕微鏡(TEM)内高精度ナノマニピュレーション技術の開発を行い、個々のカーボンナノチューブ(CNT)に対して局所的にらせん構造を変化させ、金属-半導体転移を制御することにより、CNT分子内トランジスタの作製に成功しました。
2.半導体CNTは、エネルギー効率が高いナノトランジスタ用素材として非常に有望であり、現在のシリコンを超えるマイクロプロセッサの構築を可能とすると言われています。しかし、立体構造や電子特性を決定する個々のCNTのらせん構造を制御することは、依然として大きな課題でした。
3.今回、共同研究チームは、TEMを用いてその場観測しながら、CNTを加熱し機械的なひずみを与え、局所的にらせん構造を変化させることで、CNTの電子物性の制御に世界に先駆けて成功しました。本研究では、CNTの金属伝導から半導体伝導への転移をコントロールし、金属CNTのソースとドレインの間に半導体CNTナノチャネルを共有結合させたナノチューブトランジスタを実現しました。作製したナノチューブトランジスタは、チャネル長がわずかに2.8ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)で、室温での量子輸送であることが初めて実証されました。
4.今後は、分子構造操作による革新的なナノスケール電子デバイスの可能性を示した本研究成果に基づき、原子精度の材料構造工学および単一分子、単一原子レベルの電子、量子機能デバイスの設計と製造を目指していきます。
5.本研究は、NIMSの湯代明、Ovidiu Cretu、Xin Zhou、Feng-Chun Hsia、川本直幸、三留正則、根本善弘、上杉文彦、竹口雅樹、産業技術総合研究所(AIST)のDon N. Futaba、陳国海、東京大学の丸山茂夫、項栄、鄭永嘉、ロシア国立科学技術大学のSergey V. Erohin、Pavel B. Sorokin、Emanuel Institute of Biochemical PhysicsのVictor A. Demin、Dmitry G. Kvashnin、中国科学院金属研究所のSong Jiang、Lili Zhang、Peng-Xiang Hou、Hui-Ming Cheng、Chang Liu、オーストラリアウーロンゴン大学の板東義雄、クイーンズランド工科大学のDmitri Golberg(NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)のサテライト主任研究者)からなる研究チームにより実施されました。また、本研究成果の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、および科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援を受けて行われました。
6.本研究成果は、米国学術誌Science誌の2021年12月24日(日本時間)オンライン掲載(science.org/doi/10.1126/science.abi8884)されました。

研究の背景
カーボンナノチューブ(CNT)(1)は、全て炭素原子で構成された単層グラフェンをらせん状に丸めた1次元物質です。そのらせん構造(カイラリティとも呼ぶ)(2)に依存して、CNTは金属や半導体の様に振る舞います。半導体CNTは、エネルギー効率が高いナノトランジスタの製造に有望であり(Science 355, 271 (2017))、現在のシリコンを超えるマイクロプロセッサの構築につながると言われています(Nature 572, 595 (2019))。しかし、個々のCNTのカイラリティを変えて電気特性(金属伝導か半導体性伝導か)を如何に制御し得るかは、依然として大きな課題でした。
一方、金属CNTと半導体CNTの分子接合は、ナノスケールの電子デバイスの素子として利用できることが理論的に提案されていました(Appl Phys Lett 72, 918 (1998))。分子内CNT接合部における整流作用のある輸送特性が報告されていますが、これは成長過程でランダムに形成された欠陥によるものです(Nature 402, 273 (1999))。また、過去の実験では、塑性変形によるCNTのカイラリティの変化に関する報告がありますが、CNTの変形や電気的特性は制御されていませんでした(Nature 439, 281 (2006)、Ultramicroscopy 194, 108 (2018))。そのため、個々のCNTの高精度な操作、原子分解能観察、ナノトランジスタの作製と測定を同時に実現する技術の開発が渇望されていました。

研究内容と成果
今回、共同研究チームは、独自のその場透過型電子顕微鏡(TEM)法を用いて、局所的にカイラリティを変化させることでCNTの電気特性を制御し、CNT分子内トランジスタの作製および測定技術の開発に成功しました。
本研究では、TEM内において独立3次元操作可能な2本の探針を備えた特殊なホルダーである二探針ピエゾ駆動ホルダーを応用した精密ナノマニピュレーション技術を開発しました。TEM観察下で金属電極エッジから突出した個々のCNTを探し出し、ナノ探針を接近させて、加熱(ジュール熱)と引っ張りひずみによりCNTを塑性変形させることで、中間のホットスポットに局所的なカイラリティの変化を誘起しました。この変化を、電子回折パターンと球面収差(Cs)補正TEMにより取得した原子分解TEM像を用いて解析して、らせん角が増大する傾向を発見しました。
また、CNTを架橋したチャネル(3)、固定電極をソース電極、1本のナノ探針をドレイン電極、もう1本のナノ探針をゲート電極としたサスペンデッド型トランジスタを配置する(図1a)ことで、CNTの電気輸送特性をTEM内で測定しました。この電気的測定結果をフィードバック信号として、繰り返し行われる熱・応力の調整により金属CNTから半導体CNTへの転移制御を可能とすることで、CNT分子内トランジスタの製造に成功しました。その結果、CNTの直径を連続的に小さくしていくと、ドレイン電流を流すのに必要なゲート電圧が大きくなり、CNTのバンドギャップがCNTの直径に反比例することを明らかにしました。
本研究では、直径約0.6 nm(4)、チャネル長約2.8 nmのCNTトランジスタを作製し、実験条件は、0.5 Vの駆動電圧下で、ON電流は0.74 μA(電流密度は1233 μA/μm(5))、OFF電流は0.2 nA、ON/OFF比は3700でした。また、サブスレッショルド・スイング(SS)(6)は、1.33 V/decで、既報のサスペンデッド型トランジスタ(チャネル長30 nmの場合,SS値は4.9 V/dec)よりも優れています(図1b-c)。
カイラリティが変化したCNTチャネルの長さがナノメートルスケールであることから、円周方向に加えて、軸方向にも量子力学的な閉じ込め効果が生じていると考えられます。チャネル長約8 nmのCNTトランジスタでは、ゲート電圧-ドレイン電流特性において、ファブリ・ペロー干渉(7)に相当するON状態でのコンダクタンスの周期的な変動も観測されています。室温でCNTに量子干渉が観測されたのは、カイラリティ変化を生じた短いセグメントの大きなエネルギーギャップと、共有結合したナノチューブ接合部での電子散乱が減少したことによるものだと考えられます。


図1. CNT分子内トランジスタの模式図(a)、透過型電子顕微鏡像(b)と電流―電圧特性(c)

今後の展開
本研究成果に基づき、CNTのカイラリティを利用した先駆的な電子デバイスを実現するための研究を進めています。今後は、実用的な原子精度の材料構造を検討し、単一分子、単一原子レベルの電子、量子機能デバイスの設計と製造を目指します。

掲載論文
題目:Semiconductor nanochannels in metallic carbon nanotubes by thermomechanical chirality alteration
著者:Dai-Ming Tang, Sergey V. Erohin, Dmitry G. Kvashnin, Victor A. Demin, Ovidiu Cretu, Song Jiang, Lili Zhang, Peng-Xiang Hou, Guohai Chen, Don N. Futaba, Yongjia Zheng, Rong Xiang, Xin Zhou, Feng-Chun Hsia, Naoyuki Kawamoto, Masanori Mitome, Yoshihiro Nemoto, Fumihiko Uesugi, Masaki Takeguchi, Shigeo Maruyama, Hui-Ming Cheng, Yoshio Bando, Chang Liu, Pavel B. Sorokin, Dmitri Golberg
雑誌:Science
掲載日時:2021年12月24日

用語解説
(1) 単層カーボンナノチューブ(単層CNT)
カーボンナノチューブ(CNT)とは、炭素原子だけで構成された準一次元ナノ炭素材料のことです。その内、層の数が1枚だけのものを単層カーボンナノチューブ(単層CNT)と呼びます。
(2) カイラリティ
カイラリティとは、カイラル指数(n, m)で表され、グラフェンシートを丸めてCNTとするときの巻き方のことです。カイラリティはCNTの幾何学構造と電気特性を決定します。具体的には、n-mが3の倍数の場合、CNTは金属性です。そうでない場合には、CNTは半導体です。
(3) チャネル、チャネル長
チャネルとは、電界効果トランジスタにおいて、ソース電極とドレイン電極の間に流れる電流の通路のことです。チャネル長とは、ソース電極とドレイン電極の間の距離のことです。チャネル長が短ければ、高速応答性や高集積化が見込まれます。
(4) µm、nm、µA、nA
µm:マイクロメートル、100万分の1メートル。nm:ナノメートル、10億分の1メートル。µA:マイクロアンペア、100万分の1アンペア。nA:ナノアンペア、10億分の1アンペア。
(5) 電流密度
電流密度とは、トランジスタのチャネル幅1マイクロメートルあたりのソース・ドレイン電流値のことです。
(6) サブスレッショルド・スイング(SS)
サブスレッショルド・スイング(SS)とは、トランジスタのドレイン電流を一桁増加させるのに必要なゲート電圧の変化量を示す値で、V/decという単位で表します。この値が小さいほど、トランジスタのONとOFFの切り替えが速くなります。
(7) 量子ファブリ・ペロー干渉
導体の長さが電子の平均自由行程と同程度になると、電子輸送は拡散的ではなく弾道的になります。また、導体の長さがデコヒーレンス長と同程度になると、電子輸送は粒子ではなく波のような挙動を示します。量子効果を示すファブリ・ペロー干渉パターンは、入射した電子波と反射した電子波が干渉して形成されます。

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