プレスリリース

超小型・軽量・高性能なプラズモニック赤外センサの開発に成功 -文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の秀でた利用成果最優秀賞に選定-

 

1.発表者
三田  吉郎(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 准教授)
菅   哲朗(電気通信大学 大学院情報理工学研究科機械知能システム学専攻 准教授)
安永   竣(東京大学 大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻博士後期課程3年/

                        電気通信大学 菅研究室 委託指導生)
大下  雅昭(電気通信大学 大学院情報理工学研究科機械知能システム学専攻博士後期課程3年)

2.発表のポイント

・2×2mm2の領域に並べた160万個のナノ構造が起こす表面プラズモン共鳴現象(注1)を利用した、超小型・軽量・高性能なシリコン製赤外センサ(注2)を世界で初めて実証した。東京大学微細加工プラットフォーム(注3)で試作し、研究成果が文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の令和3年度秀でた利用成果最優秀賞に選定された。東大微細加工拠点は2年連続の最優秀賞。
・表面プラズモン共鳴をナノ構造で制御する技術により、本来赤外光に感度を持たないシリコン材料を用いた赤外線センサが実現できた。ナノ構造は微細加工技術で作製でき、構造のパターン設計によって自在にセンサの特性を制御することが可能になった。
・微細加工技術で実現できる超小型・軽量・高性能で安価な赤外線センサの実用化により、医療、セキュリティなどの多くの分野で省エネや安全・安心を支えるIoTの機能を向上し、SDGs社会の実現に貢献する。

3.発表概要
電気通信大学の菅哲朗准教授らのグループは、表面プラズモン共鳴を生み出すナノ構造(以下、プラズモニック構造)をシリコン製のMEMS(Micro Electro Mechanical Systems、微小電気機械システム)(注4)上にモノリシック(注5)に集積し、超小型・軽量・高性能な赤外センサ、ならびに小型分光器(注6)を実現した。この構造試作においては、高精度なナノリソグラフィー技術、シリコン深掘りエッチングが必要なため、東京大学武田先端知ビル微細加工プラットフォームが技術支援を行った。この支援の下、金属ナノ構造、フォトダイオード、微細アクチュエータなど、多彩な要素を組み込んだMEMSデバイスの実現および機能実証に成功した。
東京大学微細加工プラットフォームは、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の委託を受け、微細加工装置と卓越した微細加工技術を提供する機関である。本事業に参画する機関は全国に25あり、全体の利用課題件数は1年間で約3,000件にのぼる。その中で本成果は令和3年度の「秀でた利用成果」7件のうちの一つに採択され、さらにその中の最優秀賞1件に選ばれた。受賞のプレスリリースは、同事業のとりまとめ機関である物質・材料研究機構から2021年12月20日に行われる。また、表彰式は2022年1月26-28日に東京ビッグサイトで開催される第21回ナノテクノロジー総合展(nano tech 2022)にて1月26日に執り行われる予定である。
本成果のデバイスは、菅哲朗准教授らが独自のシリコン製MEMS赤外センサの原理を提案し、東京大学微細加工プラットフォームを率いる三田吉郎准教授と技術スタッフによる長年の技術蓄積に基づいた支援により作製に成功した。表面プラズモン共鳴は、光によって金属ナノ構造の表面に生じる自由電子の共鳴であり、近年ナノテクノロジーの分野で盛んに研究されている。プラズモニック構造をシリコン上に形成し、構造上に光を照射すると、共鳴条件のときに表面プラズモン共鳴が生じる。一般に、金属構造とシリコンの界面には、エネルギー障壁の一種であるショットキー障壁(注7)が形成される。プラズモニック構造を適切に設計すれば、特定の赤外光波長を選択的に吸収できる。その上、ショットキー障壁は赤外線検出可能な障壁高さに調整できる。赤外光照射による表面プラズモン共鳴のエネルギーで励起した自由電子は、この障壁を乗り越えてシリコン側に流入するので、電流として検出できる。シリコン製でありながら赤外センサを構成できる技術である。
さらにこのセンサ構造をMEMS微細アクチュエータ上にモノリシックに集積すると、小型分光器を構成できる。入射光に対するプラズモニック構造の傾き角を可変にすると、角度に応じて検出する赤外波長が変化する。そして傾き角ごとの検出電流データを解析すると、小型赤外分光器として機能する。これら、金属ナノ構造、赤外フォトダイオード、微細アクチュエータの諸構造を一体化したデバイスは世界初である。本成果による赤外センサは小型軽量で高機能なので、血液検査などの医療分野、危険な物質を検知するセキュリティ分野、コロナウイルスなどの感染源を検出するパンデミック対策分野、工業機器や科学機器のガスセンサなど多くの分野に応用・適用できる。安全・安心な社会、効率的な生産プロセスの構築など、スマート社会の実現に寄与することが期待される。
本研究は、(国研)新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)委託事業、イムラ・ジャパン(株)との共同研究、科学研究費補助金(20K20533、JP21J13187)、およびJST A-STEP産学共同により実施された。

4.発表内容
表面プラズモン共鳴は誘電体と接する金属表面の自由電子の集団的な共鳴である。共鳴条件は金属構造(プラズモニック構造)の形状に依存するので、微細加工するパターンを変更することによって、表面プラズモン共鳴を励起する波長や偏光をデザインできる。本成果は特に、プラズモニック構造をシリコンMEMS上にモノリシックに集積し、表面プラズモン共鳴により励起された金属中の電子を電流として取り出して、赤外センサとして利用した点に新規性がある。単なる表面プラズモン共鳴の発生器を超えて、電気計測可能な半導体デバイスとなるので、表面プラズモン共鳴が持つ多くの利点をLSIやMEMSと統合できることが特徴である。この機能統合において、電通大の菅准教授のグループは東京大学微細加工プラットフォームの支援のもと、プラットフォーム拠点のナノ加工技術を最大限に利用した。具体的な構造として、シリコンをナノメートルサイズの開口で深掘りエッチングしてプラズモニック構造を作製し、通常は波長1.1 µm以下の光にしか感度を示さないシリコンを用いて、それ以上の波長を持つ赤外光に対して感度を持つセンサを実現した。さらに、MEMS加工を行い、プラズモニック構造を角度可変なMEMSカンチレバー上に構成し、共鳴波長を動的に制御できる小型分光素子の実証に成功した。
以下に、本赤外センサの機能について詳述する。光が図1(a)のようにプラズモニック構造に入射し、共鳴条件を満たすと表面プラズモン共鳴が発生する。表面プラズモン共鳴により吸収された光のエネルギーにより、金属中の自由電子は励起される。金属とシリコンの界面には、一般的にショットキー障壁が形成されるので、励起自由電子が障壁を越えれば、電子はシリコンに注入されて光電流が生まれる(図1(b))。例えば、金とn型シリコンの接合の場合、障壁高さは0.7~0.8 eVと低くなり、検出波長の上限を1.7 µmまで伸ばすことができるようになる。本成果では、赤外光の検出感度を向上するプラズモニック構造を形成するために、東大微細加工プラットフォームの微細加工装置を利用した。高精度電子線描画装置F7000Sで微細パターンを形成し、そのパターンを用いて深掘り反応性エッチング(RIE)装置によりシリコン表面に微細ナノホールを作製した(図2(a))。電子線顕微鏡写真(図2(b))が示すように、幅100 nm深さ500 nmのシリコンナノホールアレイ上に金属成膜を行い、ホールの底面に金属ナノ粒子が形成されたプラズモニック構造を得た。この構造は、入射した赤外光を幅広い赤外波長帯において高効率に吸収する特性を示した。さらに、微細金属パターンを囲むシリコン壁により発生した自由電子が高効率に電流を生成する良好な特徴を示し、近赤外領域で化合物半導体(注8)の感度の1/100程度の数10 mA/Wの実用的な感度を示している(図2(c))。化合物半導体には及ばない感度であるが、シリコンを用いた類似構造では2020年時点で世界最高の感度を示しており、実用につながる大きな成果である。本デバイスの特徴は、材料構成およびプロセスを変えることなく、ナノリソグラフィ(直径100 nm)とナノ深掘りエッチング(深さ500 nm)の配置パターンデザインによって共鳴波長などの特性をトップダウン的に定義できる点である。すなわち「加工による物性機能の発現」ができる。さらに特筆する点として、この構造はナノ開口向けに特別に調整したプラズマプロセスによって初めて実現できた。そして、本赤外センサでは直径100 nm、ホールのアレイピッチ500 nmのナノパターンが、5 × 5 mm2という大面積にわたって安定的に描画されている。これらの特性は東京大学微細加工プラットフォームが誇る高精細、高精度、高安定の微細加工技術レベルなしでは達成できなかったものである。本成果は、NEDOプロジェクトにおいて血中健康モニタ用のセンサに向けた実用化研究を実施中である。
このプラズモニック構造による赤外センサをMEMSアクチュエータと融合することで、波長選択型赤外分光器を構成できる。この分光器は、先ほどのナノホールに代わり、一次元金格子プラズモニック構造を、MEMSカンチレバー上に形成した構造になっている(図3(a))。この状態で、一次元金回折格子に特定の波長λ1の光を照射しつつ入射角θを走査すると、表面プラズモン共鳴が生じる角度でシャープな電流ピークが生じる(図3(b))。入射する波長を変えてλ2にするとピーク角度がシフトする。角度電流波形におけるピーク角度は、入射波長に対してユニークとなる波長分散特性を示す(図3(d))。この特性を使えば、任意の波長を照射したときの角度電流波形の測定から、入射光のスペクトルを逆算できる。ただし、分光計測には角度θの走査を要するので、素子の小型化には角度走査機構のMEMS化が必要であった。そこで、深掘り反応性イオンエッチング(RIE)でMEMSバルクエッチングを実施し、角度走査機能を備えたMEMS振動アクチュエータ構造上に一次元金回折格子プラズモニック構造を備えたMEMS構造を形成した(図3(c))。プラズモニック構造を損なわず、完全にMEMSアクチュエータ構造を角度可変なカンチレバー構造上に形成するには、東京大学微細加工プラットフォームが持つ深掘り反応性エッチングのノウハウが不可欠であった。この構造に対し、外部から振動力、この場合は374 Hzのスピーカーからの音圧を加え、±20°の角度走査幅を確認できた。この素子の分光機能を評価したところ、市販小型分光器と同等の波長分解能20 nmの近赤分光機能が実現できた。センサチップは約3 mm角なので、格段に微細な赤外分光器を実証できたことになる(図3(e))。本成果は、イムラ・ジャパン(株)との共同研究で、ガスセンサとしての実用化研究を実施中である。

5.発表雑誌
参考文献
Reconfigurable Surface Plasmon Resonance Photodetector with a MEMS Deformable Cantilever, ACS Photonics, vol. 7, no. 3, pp. 673-679, 2020
Densely Arrayed Active Antennas Embedded in Vertical Nanoholes for Backside-Illuminated Silicon-Based Broadband Infrared Photodetection, Advanced Materials Interfaces, vol. 7, art. no. 2001039, 2020.

特許
特許第6928931号 計測用デバイス及び計測センサ

6.用語解説
1: 表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance
金属の表面の自由電子が外部から入射する光によって振動する現象。特定の波長の光が入射すると自由電子は大きく振動する。これを表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance)という。この大きく振動した自由電子は、本成果の方法(ナノ構造)で電流として検知できるので、光センサとして利用できる。

2: 赤外センサ
可視光よりも波長が長い、赤外光を検出できるセンサのこと。本成果では、シリコン単体では感度を持たない波長1.1~1.8 µmの近赤外と呼ばれる波長帯を検出するセンサを実現した。

注3: 東京大学微細加工プラットフォーム
東京大学武田先端知ビルに設置された、半導体MEMS微細加工を支援する機構である。文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業から東大を含めて全国25機関が委託を受けて運用されている。

4: MEMS
MEMSとはシリコン基板などの上に振動などの機械的要素と電子回路を集積したデバイスのことである。この研究開発では、シリコン基板の表面に電圧をかけると振動する形状にナノレベルに微細加工した。こうした振動などの機械的な機能を持つ形状のことをMEMS構造とよぶ。

5: モノリシック
シリコンなどの一つの半導体基板上に、機能構造を一体的に形成する構造のこと。

6: 分光器
分光器は、受光部(センサ)に入射した光が波長ごとにどの程度の強度を持つか、計測することができる装置のことである。赤外分光器は、その分光対象が赤外光である装置のこと。本成果の分光器はプラズモニック構造による赤外センサを応用したものであり、3 mm角程度の非常に小さいチップサイズで分光機能を実現できる。

7: ショットキー障壁
金属と半導体の界面に生じる、電子に対するエネルギーの障壁のことである。一種のダイオードであり、電流の整流作用を示す。エネルギー障壁の高さは、金属の種類と半導体の種類で変化させることができる。今回使用した材料の組み合わせの場合、シリコンのバンドギャップエネルギーよりも低い高さの障壁が構成できるので、シリコン単体では感度を持たない赤外光を検出することができる。

8: 化合物半導体
シリコン半導体は、元素としてシリコン単体で構成されている。これに対して、化合物半導体は二種類以上の元素から構成されている半導体を指す。例えば、GaAs(ガリウムヒ素)などが該当する。物性のバリエーションに自由度があるが、高価である。

7.添付資料

図1:シリコン上のプラズモニック構造による表面プラズモン共鳴電流の検出
(a)プラズモニック構造への赤外光照射による表面プラズモン共鳴(SPR)発生
(b)SPRによる励起電子(eで示す)が生成され、ショットキー障壁を乗り越えて電流が発生する

図2:ナノホールプラズモニック構造による赤外センサ
(a)自由電子のプラズモン振動を電流に変換するナノホールアレイ型プラズモニック構造の模式図
(b)プラズモニック構造の電子顕微鏡写真。東大微細加工プラットフォームの卓越した微細加工技術により、直径100nm、深さ500nmの微細なナノホールアレイを5×5mm2という大面積に形成できた。
(c)赤外線の波長に対する本赤外線センサの感度特性。ナノホールにより感度が最大19倍高くなる結果を得た。

図3:プラズモン赤外センサを応用したMEMSカンチレバー角度走査機構付き波長選択型超小型分光器
(a)一次元金格子プラズモニック構造に光を照射しつつ入射角θを走査すると、SPRが生じる角度で電流が生じる。
(b)入射角度を変化することにより、異なる波長の赤外線を検出できることを確認した。
(c)深掘り微細RIE(反応性イオンエッチング)で形成したMEMS角度走査アクチュエータとプラズモニック構造をモノリシックに統合した赤外線検出部の概観写真とそれが振動する様子。
(d)赤外線の入射角度を変え、異なる波長の赤外線を分離できることを実験で確認した。分光計算用の基礎データとして使う。
(e)試作した分光器と市販小型分光器の特性を比較した図。市販小型分光器と同等の20 nmの波長分解能を確認した。


プレスリリース本文:PDFファイル

電気通信大学:https://www.uec.ac.jp/news/announcement/2021/20211220_3990.html