プレスリリース

グラファイトを用いた3次元的な熱流制御により超高性能ヒートスプレッダを実現 ~パワー半導体の高効率放熱への活用に期待~

 

1.発表者: 
許    斌 (東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任助教)
Liao Yuxuan(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任研究員)
方   正隆 (東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任助教)
長藤  圭介 (東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 准教授)
児玉  高志 (東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任准教授)
塩見 淳一郎 (東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 教授)

2.発表のポイント: 
◆グラファイトの熱伝導率は面内方向には高いが、面直方向には低いため、等方的な放熱が要求されるパワー半導体(注1)の熱マネージメントへの利用は困難でした。
◆異なる向きのグラファイト材を加工して3次元的に組み立て、銅と一体焼成して接合することで、実効的に等方的な放熱性を付与することに成功しました。
◆実装を模擬した放熱試験を実施し、熱伝導率900 W/m-Kの等方性材料と同等の非常に高い放熱性能を実現しました。

3.発表概要: 
東京大学大学院工学系研究科の塩見淳一郎教授、許斌特任助教、Liao Yuxuan特任研究員らの研究グループは、パワー半導体の高い放熱性能の実現に向けて、異なる配向のグラファイト材を重ねて接合したヒートスプレッダ(注2)を開発し(図1(b))、グラファイト本来の異方的な熱伝導(注3)を等方的に変換することに成功しました。本ヒートスプレッダを用いてデバイスの放熱試験を行った結果、900 W/m-Kの熱伝導率を有する等方性材料と同等の性能を達成しました。
パワー半導体の高性能化および高集積化が進む中で、発生する高密度の熱を効率的に放熱する高熱伝導率のヒートスプレッダが重要です。そこで、低コストで高面内熱伝導率(~1500 W/m-K)を有するグラファイトが有望な候補として注目されています。しかし、効率的な放熱を実現するには、ヒートスプレッダの面内方向だけでなく、面直方向への高い熱伝導、すなわち、等方的に高い熱伝導が求められています(図1(a))。グラファイトはc軸方向の熱伝導率が5 W/m-K程度と低いため、実用化が制限されています。そこで本研究グループは、異なる向きのグラファイト材を組み立てた構造を用いて3次元的に熱流を制御し、等方的で高い熱伝導を実現する方法を考案しました(図1(b))。まず、有限要素法(注4)を用いて、グラファイト材の3次元構造による熱流がヒートスプレッダの放熱性能に与える影響を理論的に評価し、向きの異なる2つのグラファイト材を重ねた構造(図1(b))が最適であることを明らかにしました。そして、真空チャンパー内での高温焼成により、銅のマイクロ粒子をバインダー層としてグラファイト材を接合して組み立てることに成功し、熱伝導率が900 W/m-Kの等方材料と同等の放熱性能を実験的に実現しました(図1(c))。
本研究で開発した低コストと高放熱効率を両立するグラファイトの3次元複合構造化によるヒートスプレッダは、パワー半導体の熱マネージメントの向上を通じて、様々な産業で活用されることが期待できます。
本研究成果は、2021年10月21日午前11時(米国東部時間)に米国科学誌「Cell Reports Physical Science」のオンライン速報版で公開されました。

4.発表内容: 
<研究の背景と経緯>
パワーエレクトロニクスの高効率放熱技術は5G通信、データセンター、産業用機器、電気自動車等などの様々な産業や学術で重要な要素として研究開発が進められています。パワー半導体の出力の上昇や機器の小型化に伴って、大きな発熱密度の放熱がボトルネックとなっており、その解決には、一般的に使用されている銅の熱伝導(400 W/m-K)よりもはるかに高い等方性熱伝導率を持つヒートスプレッダの開発が求められています。さらに、産業応用を考えると、高い放熱性能と低コストの両立が必須です。グラファイトは比較的安価であり、面内の熱伝導率が高いため、有望な候補として注目されてきましたが、面外のc軸方向(図1(b))熱伝導率が低いため応用が制限されています。この課題を克服するためには、グラファイトの高い熱伝導率を活かしながら等方的な熱伝導体に変える必要があります。

<研究の内容>
東京大学大学院工学系研究科の塩見淳一郎教授、許斌特任助教、Liao Yuxuan特任研究員らの研究グループは、高配向グラファイトを用いて3次元空間での熱流束制御を行い、局所的な熱源からの等方的な放熱を実現する高性能のヒートスプレッダを開発しました。材料の内部構造を工夫して2次元平面内で熱流に指向性や整流性を持たせる研究が以前より行われており、本研究ではそれらに立脚して、3次元空間内での熱流を制御することでグラファイトの異方性熱伝導を等方性に変える研究を行いました。ブロック状のグラファイト材を3次元的に組み立てた様々な構造を考案し、有限要素法を用いてそれぞれの放熱性能を解析して比較しました。その結果、直感的に優位性を有すると考えられていたグラファイトの2次元面での放射状配置(図2)よりも、3次元空間内で軸方向が異なる2つのグラファイト材を重ねた構造(図1(b))の方が1.5倍以上の放熱性能を有することが明らかになりました。これは、従来の2次元の構造設計に対して、3次元の構造設計の方が熱流束の制御性において優位であることを示しています。さらに、3次元構造の寸法を理論計算によって最適化した結果、最大で1100 W/m-Kの等方的な熱伝導率の材料に相当する放熱性能が得られることが理論上示されました。そこで、実験的に本構造を作製するために、真空チャンパー内にグラファイト/銅マイクロ粒子/グラファイトのサンドイッチ構造を配置して直流加熱を印加する高温プロセスによって、銅を結合層としてグラファイト層を接合させることに成功しました。得られた構造をレーザーフラッシュ法およびデバイス放熱実装試験によって評価した結果、熱伝導率が900 W/m-Kの等方性材料と同等の放熱性能を有することを確認しました。

<今後の展開>
本研究で開発した3次元の熱流束制御により実現された等方的で高い放熱性能を有するグラファイト・銅複合ヒートスプレッダおよびその方法論は、従来の熱マネージメントの限界を押し上げることで、次世代のパワー半導体の高集積化やシステムの費用対効果の向上に貢献することが期待できます。また、熱接合の高度化、機械学習を利用したマテリアルズ・インフォマティクスによる最適化にも現在取り組んでおり、ヒートスプレッダのさらなる性能向上を通じて、より多くの産業応用と学術分野への波及効果が期待できます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Cell Reports Physical Science」(オンライン版の場合:10月21日)
論文タイトル:Ultra-high-performance heat spreader based on a graphite architecture with three-dimensional thermal routing
著者:Bin Xu, Yuxuan Liao, Zhenglong Fang, Keisuke Nagato, Takashi Kodama, Yasushi Nishikawa, Junichiro Shiomi*
DOI番号:10.1016/j.xcrp.2021.100621

6.用語解説
注1)パワー半導体
パワー半導体とは、高電圧、大電流を扱う半導体であり、電力の制御や変換に使われています。
注2)ヒートスプレッダ
発熱体と放熱器の間に挿入することで放熱器との実効的な接触面積を向上し、放熱効率を高めるため構造です。
注3)グラファイトの熱伝導の異方性
グラファイトは層状のグラフェンを積層する物質であり、グラフェン層に平行な面内方向には高い熱伝導率を有しますが、それと直交する面直方向には各層が弱いファンデルワールス力で結合されているため、熱伝導率が低くなり (~5 W/m-K)、高い異方性(~300)を示します。
注4)有限要素法
微分方程式を、近似的に解くための数値解析の方法であり、連続した問題解析対象を、多くの微小な要素で構成される解析要素でモデル化し、複雑な境界条件や解析対象への適合性に優れています。

7.添付資料

図1 (a)デバイス放熱の模式図、(b)開発したグラファイト材から成る3次元構造、および(c)放熱時の温度分布。

図2 グラファイトの2次元面内での(a)放射状配置と(b)放熱時の温度分布。

プレスリリース本文:PDFファイル

Cell Reports Physical Science:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666386421003398

日本経済新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP619972_20102021000000/