プレスリリース

多成分結晶の新たな結晶化機構を発見-構造的な欠陥が結晶成長の運命を決定づける-

 

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発ソフトマター機能研究グループのフービァオ・ファン研究員、創発分子集積研究ユニットの佐藤弘志ユニットリーダー(東京大学大学院工学系研究科客員研究員)、相田卓三副センター長(理研創発物性科学研究センター創発ソフトマター機能研究グループグループディレクター、東京大学大学院工学系研究科教授)らの共同研究チームは、多成分から構成される結晶における新たな結晶成長機構を発見しました。
本研究成果は、特異な構造を持つ多成分結晶の合成の道を切り拓くとともに、結晶成長制御における新たな手法になるものと期待できます。
今回、共同研究チームは、亜鉛イオンと有機物であるポルフィリンとアゾピリジンの溶液を加熱すると、まずピンク色の板状結晶が成長し、その中央部から新たに濃い赤色のブロック状結晶が現れ、最終的には濃い赤色の結晶だけになることを発見しました。この段階的な結晶化現象の裏には、ピンク色の結晶に存在する構造的な「欠陥」が重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』への掲載に先立ち、オンライン版(9月10日付)に掲載されました。

構造的な「欠陥」が多成分結晶の結晶化経路を支配する

研究支援
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「マルチスケール界面分子科学による革新的機能材料の創成(研究代表者:相田卓三)」ならびに、同挑戦的研究(開拓)「『トポロジカル欠陥が誘起する結晶構造変換』の発見を基盤とする結晶学の新学理(研究代表者:相田卓三)」の助成を受けて行われました。

1.背景
結晶は、原子や分子が規則正しく配列することで形成されます。結晶が形成されるとき、どのように成長していく(大きくなっていく)かは、原子・分子の供給状況や固液界面[1]における原子・分子の取り込み過程などが関係しています。
複数の成分が一つの結晶を形作る場合は、1種類の原子や分子が結晶化するときと比べて結晶化の経路は複雑になり、異なる構造の結晶が混在して得られることもあります。また、構成成分の種類が同じであっても、結晶中での配列様式の異なる結晶はしばしば全く違う性質や機能を示すため、どのような過程を経て結晶が成長するかを解明し、結晶化経路を制御することは重要です。

2.研究手法と成果
共同研究チームは、3成分からなるジャングルジムのような構造をした金属−有機構造体(MOF)[2]の合成に挑戦しました。具体的には、亜鉛イオン(Zn2+)と有機物であるポルフィリンとアゾピリジンの溶液を加熱し、亜鉛イオンと二つの有機物が配位結合[3]によって連結され、規則正しく配列することを期待していました。反応条件の検討中に、いつもより短時間で反応を停止し、得られた固体試料を光学顕微鏡で観察したところ、ピンク色の板状結晶の上に濃い赤色のブロック状結晶が載っているような複合結晶が形成されていることが分かりました(図1)。

図1 複合結晶の光学顕微鏡写真
数百マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)角のピンク色の板状結晶の中央に、濃い赤色のブロック状結晶が存在することが分かる。視野全体がピンク色をしているのは、反応溶液中に未反応のポルフィリンが存在するためである。

そこで、結晶成長の様子を動画に収め、この複合結晶がどのように成長したかを観察しました。すると、初めにピンク色の薄い板状結晶(LCryst)が成長し(図2 [i])、ある程度の大きさになった段階で結晶中央部から新たに濃い赤色の結晶(PLCryst)が成長し、結果として複合結晶ができることが分かりました(図2 [ii]→[iii])。さらに結晶化を進めると、初めに現れたピンク色の結晶は徐々に溶けてなくなり(図2 [iv]→[v])、代わりに濃い赤色の結晶が成長を続け、最終的には濃い赤色の結晶だけが残りました(図2 [vi])。
ここで不思議な点は、濃い赤色の結晶が現れるのは決まってピンク色の結晶の中央部、しかも1枚のピンク色の結晶に対して1つの濃い赤色結晶が現れるということです。このような結晶成長は過去に例がないため、共同研究チームはそれぞれの結晶構造や結晶化機構について研究を進めました。

図2 段階的な結晶成長の様子を捉えた光学顕微鏡写真
四つのカルボキシ基を持つポルフィリンと二つのピリジル基を持つアゾピリジン、亜鉛イオン(Zn2+)の溶液を65℃に加熱すると、ピンク色の板状結晶(LCryst)がまず成長し、その中央部から新たに濃い赤色のブロック状結晶(PLCryst)が成長し、最終的には濃い赤色結晶だけが得られる。

最初に現れるピンク色の板状結晶と後で現れる濃い赤色のブロック状結晶の構造をそれぞれ詳しく解析した結果、ピンク色の結晶(LCryst)は、二つの成分(亜鉛イオンと四つのカルボキシ基を持ったポルフィリン)だけからできたシート構造が積み重なった結晶であることが分かりました(図3a)。一方、濃い赤色の結晶(PLCryst)は、先にでき上がったシート構造がアゾピリジンによって連結されることで、ジャングルジムのような3次元構造へと変化していました(図3b)。この3次元構造は、知恵の輪のように互いに入れ子になった複雑な構造をしていることも明らかになりました。

図3 ピンク色の板状結晶と濃い赤色のブロック状結晶の構造解析の結果
(a) ピンク色の板状結晶(LCryst)の結晶構造。ポルフィリンのカルボキシ基が亜鉛イオン(ピンク)と配位結合し、シート構造を形成し、それが積み重なっている。拡大図では、あるポルフィリンに注目している。
(b) 濃い赤色ブロック状結晶(PLCryst)の結晶構造。LCrystのシート構造に含まれるZn2+にアゾピリジンのピリジル基が結合して、シート構造同士が連結されている。シート構造の面内には隙間があるため、その隙間をアゾピリジンが貫通することでジャングルジムが入れ子になったような複雑な構造をしている。 実際の結晶構造にはアゾピリジンが含まれるが、上図では、複雑さを軽減するためアゾピリジンを赤い点線で表現している。拡大図ではあるポルフィリン配位子に注目している。

先の動画撮影で観察された結晶化過程と結晶構造とを合わせて考えると、シンプルで形成されやすい構造(ピンク色の結晶)が初めに得られ、より複雑な構造(濃い赤色の結晶)が後からより安定な結晶として形成されることが分かりました(図4)。

図4 多成分結晶の原料と段階的な結晶成長の概略図
3種類の原料を有機溶媒中で加熱すると、まずシンプルで形成されやすいピンク色の結晶(LCryst)が生成される。その中央部から新たにより複雑な結晶(PLCryst)が成長してくる。その後LCrystは徐々に溶けていき、PLCrystが成長を続ける。最終的には原料の全てはPLCrystへと結晶化する。

二つの結晶の構造は明らかになりましたが、「なぜ濃い赤色の結晶は決まってピンク色の結晶の中央部から現れるのか、しかも1枚のピンク色の結晶に対してなぜいつも一つの濃い赤色結晶が現れるのか」という疑問が残りました。共同研究チームはピンク色の結晶の中央部に秘密があるに違いないと考え、原子間力顕微鏡(AFM)[4]を用いて結晶表面を調べました。すると、結晶表面には渦巻状の模様が見られ、その模様は結晶の中央部から一筆書きのように結晶の端まで続いていることが分かりました(図5)。結晶の高さを詳しく調べると、中央部が最も高く、らせんの1段の高さはおよそ1.5ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)で、これは結晶構造で確認された積み重なったシート1段分に相当します。

図5 ピンク色の結晶の表面のAFM像
(a) ピンク色板状結晶の光学顕微鏡写真。点線四角は原子間力顕微鏡で観察した場所を示している。
(b) 結晶中央部のAFM像。矢印は渦巻き模様の方向を示している。
(c) 結晶周縁部のAFM像。結晶の中心から一筆書きのような渦巻き模様が結晶の端まで続いている。

結晶表面の渦巻状の模様は、結晶成長機構の一つである渦巻成長機構[5]として知られています。一筆書きのように渦巻模様が結晶中央部から結晶の端まで続いているのは、「らせん転位[6]」と呼ばれる構造的な乱れである「欠陥」が結晶中央部にただ一つ存在することを示しています。らせん転位の周りに渦巻成長機構を通じて、ピンク色の結晶が成長していきますが、成長するにつれてねじれに由来するひずみエネルギーが蓄積されます。あるところまで結晶の成長が進むと、このひずみに耐えきれなくなり、結晶の一部が違う構造、すなわち濃い赤色の結晶へと変化することで、ひずみを解消していると考えられます。濃い赤色の結晶は、その複雑な構造ゆえ、よりシンプルな構造のピンク色の結晶よりも結晶化されにくいものの、いったん形成されると熱力学的により安定な構造であるために、最終的には濃い赤色結晶へと完全に変化します。

3.今後の期待
本研究では、内部に蓄積されたひずみが、多成分の結晶化経路の選択を可能にすることを偶然発見しました。3成分のうち2成分(亜鉛イオンとポルフィリン)が最初に選択され、構造的な「欠陥」(らせん転位)を持つシンプルな結晶が形成された後、最初に除外されていた成分(アゾピリジン)を取り込むことで、複雑な結晶へ自発的に転移しました。
最も興味深いのは、この自発的かつ位置選択的に進行する結晶転移が、結晶成長に伴って欠陥の周囲に蓄積されるひずみによって引き起こされたという点です。今回の発見は、特異な構造を持つ多成分結晶の設計のための新しい戦略につながるものと期待できます。

4.論文情報                                
<タイトル>
Accumulated Lattice Strain as an Internal Trigger for Spontaneous Pathway Selection
<著者名>
Hubiao Huang, Hiroshi Sato, Jenny Pirillo, Yuh Hijikata, Yong Sheng Zhao, Stephen Z. D. Cheng, and Takuzo Aida
<雑誌>
Journal of the American Chemical Society
<DOI>
10.1021/jacs.1c06854

5.補足説明                                
[1] 固液界面
異なった相が接している面を界面と呼び、固体と液体が接している面を固液界面と呼ぶ。界面では物質の移動や拡散、結晶化などが生じることから、科学における重要な研究対象となっている。
[2] 金属−有機構造体(MOF)
金属イオンと配位子と呼ばれる有機物とが配位結合を介して連結されることで組み上がる構造体。ナノメートルサイズの穴を持つものが多く、分離や吸蔵などの機能を示す多孔性材料として注目されている。MOFは、Metal–organic frameworkの略。
[3] 配位結合
結合を形成する二つの原子の一方からだけ結合電子が提供される化学結合。金属イオンと有機物(配位子)との間に形成されることが多い。
[4] 原子間力顕微鏡(AFM)
試料の表面と探針の原子間に働く力を検出して画像を得る顕微鏡。極めて微細な表面構造の違い(凹凸など)を検知できるため、固体材料の表面観察に広く用いられている。AFM は、Atomic force microscopyの略。
[5] 渦巻成長機構
結晶成長機構の一つ。1949年にFrederick Charles Frank博士によって理論的に提案され、その後実験的に証明された結晶成長機構。
[6] らせん転位
結晶の転位と呼ばれる構造的な欠陥の一種。らせん転位が関与する結晶成長においては結晶表面に渦巻模様が観測される。

6.発表者・機関窓口                            
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 
創発物性科学研究センター 創発ソフトマター機能研究グループ
研究員       フービァオ・ファン (Hubiao Huang)

創発物性科学研究センター 創発分子集積研究ユニット 
ユニットリーダー  佐藤 弘志  (さとう ひろし)
(東京大学 大学院工学系研究科 客員研究員)

創発物性科学研究センター
 副センター長      相田 卓三 (あいだ たくぞう)
(創発ソフトマター機能研究グループ グループディレクター、東京大学 大学院工学系研究科 教授)


プレスリリース本文:PDFファイル

Journal of the American Chemical Society:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.1c06854

理化学研究所:https://www.riken.jp/press/2021/20210929_1/index.html