プレスリリース

低電圧かつ長寿命のハフニア系強誘電体メモリを開発~半導体不揮発性メモリの低消費電力と信頼性の飛躍的向上~

 

1.発表者: 
田原 建人(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 修士2年:研究当時)
Kasidit Toprasertpong(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻講師)
彦坂 幸信(富士通セミコンダクターメモリソリューション株式会社)
中村  亘(富士通セミコンダクターメモリソリューション株式会社)
齋藤  仁(富士通セミコンダクターメモリソリューション株式会社)
竹中  充(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授)
高木 信一(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授)

2.発表のポイント: 
◆1V(ボルト)以下の極めて低い動作電圧で100兆回の書き換え回数を達成できる強誘電体メモリの開発に成功。
◆酸化ハフニウム系強誘電体(注1)の低温作製・極薄膜化・高い強誘電特性を両立させる技術を確立し、配線工程中での作製・低電圧でのデータ読み書き・高信頼性を備えた強誘電体メモリを実現。
◆IT技術や人工知能計算に必要不可欠な要素である不揮発性メモリ(注2)を高性能化し、コンピューティング技術のさらなる発展に貢献。

3.発表概要
東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の田原建人 大学院生、Kasidit Toprasertpong(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻講師)、竹中充 教授、高木信一 教授は、JST戦略的創造研究推進事業のもと、富士通セミコンダクターメモリソリューション株式会社との共同研究により、極めて低い動作電圧かつ長寿命の強誘電体メモリ(注3)の開発に成功しました。
IT技術に欠かせないコンピュータの低消費電力化や人工知能計算の高効率化に向けて、情報を記憶する不揮発性メモリの一層の高度化が強く求められています。特に、動作電圧の低減、データ書き換え回数の向上、データ保持時間の増大、BEOLといわれる半導体製造の配線工程(注4)中での作製が可能、という要求を満たすメモリが望まれています。
本共同研究において、酸化ハフニウム系強誘電体材料を、4ナノメートルまで薄くしても十分な強誘電体特性が得られる技術を確立することで、0.7 V~1.2 Vの低い電圧でデータの読み書きができるようになり、最先端の大規模集積回路と同等の電圧で動作できることを明らかにしました。この低動作電圧に加えて、酸化ハフニウムという半導体製造プロセスに容易に組み込める強誘電体材料を用いていること、半導体大規模集積回路の配線工程で許される温度範囲で作製できること、反転分極量(注5)が実用化上十分に大きいこと、データの書き換え回数を100兆回程度まで伸ばすことができること、一度書き込んだデータを10年以上記憶できることなど、不揮発性メモリとして必要な性能が全て備わった、優れた強誘電体メモリセルの実現に初めて成功しました。
本研究成果は、不揮発性メモリ技術の新たな展開をもたらし、集積回路への混載メモリなどに適用することにより、人工知能技術への応用など今後期待される次世代コンピューティングの技術革新を促進していくことが期待されます。
本研究成果は、2021年6月1日(日本時間)に国際会議Symposia on VLSI Technology and Circuitsで発行される「Technical Digest」に掲載されました。
なおこの研究成果は、主として、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「情報担体を活用した集積デバイス・システム」(研究総括:平本 俊郎 東京大学 生産技術研究所 教授)
研究課題:「強誘電体分極と電荷の相互作用を利用した新デバイス・システム」
研究代表者:高木 信一(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

4.発表内容: 
<研究の背景と経緯>
社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を支えるためのコンピュータ性能向上への強い要求や人工知能技術の急速な発展により、大量のデータを蓄えるメモリ(記憶素子)の実現が、ますます重要になってきています。その中で電源が切れてもデータが消えない不揮発性メモリがコンピューティング技術の発展の鍵を握っています。不揮発性メモリにはさまざまな種類がありますが、特に不揮発性でありながらも低消費電力かつ高速動作が可能という特徴をもった強誘電体メモリが、現在大きな注目を浴びています。
既に実用化されている強誘電体メモリでは、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)やSBT(タンタル酸ビスマス酸ストロンチウム)といった強誘電体材料が採用されており、日本では、交通系ICカードや産業ロボット向け、車載向け、モーター向け、メーター向けメモリとして広く用いられています。しかしながら、PZTやSBTなどの強誘電体を用いたメモリでは50ナノメートル以下の厚みで動作させることが技術的に困難とされており、微細化が進んでいる最先端の大規模集積回路との集積化が困難であること、半導体集積回路の製造プロセスで使用することが難しい材料を含んでいるため特殊な製造ラインが必要であることなどの課題を抱えています。
一方、2011年に初めて強誘電性が報告された酸化ハフニウム系強誘電体材料は、10ナノメートル前後まで薄膜化が可能であり、さらに半導体集積回路の製造プロセスでよく用いられている酸化ハフニウムや酸化ジルコニウムを用いて実現可能という特徴があることから、大規模半導体集積回路との親和性が優れた強誘電体材料として、半導体業界で大きな話題を呼んでいます。しかしながら、酸化ハフニウム系強誘電体は、分極を反転させるために必要な電界(抗電界)が高く、データを書き換える電圧が高くなることがこの材料系の大きな課題となっています。結果として、書き換え電圧が高くなり、1V前後で動作する最先端の大規模集積回路との集積が困難であることや、耐電圧(注6)の観点で、膜の絶縁破壊耐性に問題がありデータの書き換え回数を多くできないという信頼性上の問題を抱えていました。

<研究の内容>
以上の課題を踏まえて、酸化ハフニウム系強誘電体を用いた強誘電体メモリを最先端の大規模集積回路に適用できるようにし、さらにデータの書き換え回数を改善するためには、書き換え電圧を下げる工夫が必須です。
東京大学と富士通セミコンダクターメモリソリューション株式会社との共同である本研究では、強誘電特性を損なうことなく酸化ハフニウム系強誘電体を極薄膜化する技術を確立することにより、上記の課題を克服した強誘電体メモリの実証に成功しました。強誘電体メモリを半導体製造の配線工程に組み込んで集積化できるようにするためには、配線工程で許容される温度以下で作製する必要があり、酸化ハフニウム系強誘電体材料の中でも特に低温で作製可能なHZO(酸化ハフニウムと酸化ジルコニウムの混晶)強誘電体の研究開発に取り組みました。その結果、配線工程の許容温度以下の作製温度を用いながら、HZO強誘電体の厚みを4ナノメートルまで薄くしても、20 μC(マイクロクーロン)/cm2以上の分極反転量が得られ、優れた強誘電体メモリ特性が実現できる技術を開発しました(図1)。強誘電体メモリの書き換え電圧は膜厚に比例することから、薄膜化によって電圧を低下でき、結果として、0.7 V~1.2 Vほどの低い動作電圧で、データの書き換えが可能な強誘電体メモリが実現できました。この低い電圧は最先端の大規模集積回路の動作電圧と合致しており、大規模集積メモリや論理集積回路との混載メモリとして大いに期待できます。
さらに、この薄膜化及び動作電圧化により、メモリの信頼性として非常に重要であるデータ書き換え回数(エンデュランス)とデータ保持時間(リテンション)も、著しく改善されることも明らかにしました。特に低電圧化により、酸化ハフニウム系強誘電体の大きな課題であった絶縁破壊の耐性が大幅に改善されました。4ナノメートルの厚みをもつHZO強誘電体に100兆回まで書き換えても絶縁破壊が起こらないことが示され(図2)、実用化されている強誘電体メモリと同様の書き換え回数まで、信頼性を改善できました。また、薄膜化により低い電圧でも分極状態を制御する電界を十分に確保でき、“0”あるいは“1”の異なる状態をしっかりと書き込むことができるため、データを書き込んだ後そのまま電力を供給しなくても、85℃の環境で、10年以上の情報記憶が可能であることを実証しました(図3)。

このように本研究の研究成果により、
・半導体製造工程で許される材料選択と配線工程における許容温度の要件を満たすこと
・最先端の大規模集積回路に用いられている低電圧で動作可能であること
・強誘電体メモリの安定な動作に必要な反転分極量をもつこと
・100兆回までのデータ書き換え回数を達成できること
・データ保持時間が10年以上であること
のすべてが備わった強誘電体メモリを世界に先駆けて実証しました。

<社会的意義と今後の展開>
今回実証した極薄膜HZOによる強誘電体メモリは、低電圧動作と高信頼性であるほか、半導体製造の配線工程での作製が容易なメモリであることから、低電圧で動作する先端の大規模論理集積回路への混載メモリとして適しており、今後のコンピューティング技術の高速化と低消費電力化に大きく貢献する技術であると期待されます。他の不揮発性メモリと比べても高水準な性能をもっており、ビッグデータや人工知能といった大規模メモリが求められている技術に直接貢献できることが期待され、今後の不揮発性メモリの技術革新への道筋を示した、インパクトのある研究成果と言えます。本研究において、HZO強誘電体の極薄膜化と低電圧化の道が拓かれたことから、今回の強誘電体メモリ応用のみならず、記憶機能と論理演算機能が両方備わった強誘電体トランジスタ(注7)や、力と電圧を変換できる圧電素子などへの応用も期待できます。材料科学の観点でも大変興味深い研究成果であり、極薄膜の強誘電体に特有な物理現象を解明することで、これまでになかった科学的知見や新たな応用への展開も期待できます。

5.発表: 
会議名:「Technical Digest of Symposia on VLSI Technology and Circuits」
論文タイトル:Strategy toward HZO BEOL-FeRAM with low-voltage operation (≤ 1.2 V), low process temperature, and high endurance by thickness scaling(HZO強誘電体の薄膜化によるBEOL-FeRAMの低動作電圧化(≤ 1.2 V),プロセスの低温化及び書換回数の向上)
著者:K. Tahara, K. Toprasertpong*, Y. Hikosaka, K. Nakamura, H. Saito, M. Takenaka, and S. Takagi*

6.用語解説: 
(注1)酸化ハフニウム系強誘電体
 通常の誘電体膜であるハフニウム酸化膜(HfO2)中にSi、Al、Zrなどの種々の元素を混ぜることによって、下記の(注3)で解説する「強誘電体」特性を発現させた薄膜のこと。2011年に刊行された論文で、初めてその存在が報告された。
(注2)不揮発性メモリ
電源が切れてもそのまま記憶内容を保持できるメモリ(記憶素子)の総称であり、フラッシュメモリ、ハードディスク、光ディスク、強誘電体メモリ、抵抗変化メモリ、磁気抵抗メモリなどさまざまな種類が存在する。
(注3)強誘電体
誘電体とは電流を流さない絶縁体のうち、電気分極(束縛された正電荷と負電荷の対)が含まれ、外部電界に応じて電気分極の向きや偏りが制御できる物質のことである。通常の誘電体では外部電界を無くすと偏っていた電気分極が元に戻る。一方、強誘電体とは、一度かけた外部電界を無くしても、電気分極が偏ったままで元に戻らない誘電体のことである。また、強誘電体メモリとは強誘電体を用いた記憶素子のことである。
(注4)配線工程
半導体製造プロセスのバックエンド(BEOL、Back-end-of-line)とも呼ばれ、トランジスタの作製後に金属配線を行う工程のことである。配線用の金属や金属間の絶縁膜に耐熱の限界があるため、一般的にプロセス温度が厳しく設定されている。
(注5)反転分極量
強誘電体に“0”を書き込まれた場合と“1”を書き込まれた場合の分極量の差のことである。反転分極量が大きいほど“0”状態と“1”状態を区別しやすくなり、メモリ動作が安定になる。
(注6)耐電圧
耐えられる最大の電圧のことであり、それ以上の電圧がかかると絶縁破壊が起こる。
(注7)強誘電体トランジスタ
トランジスタとは半導体集積回路において論理演算(計算)などを行う素子のことであり、一般的にはメモリ機能をもたない。強誘電体トランジスタとはトランジスタのゲート絶縁体の部分に強誘電体を取り入れ、論理演算の機能と不揮発性メモリの機能を両方備えた素子のことである。近年のハフニア系強誘電体膜の発見により、強誘電体トランジスタの研究開発も近年活発に行われている。

7.添付資料
図1(左)4ナノメートルまで薄膜化したHZO強誘電体の断面透過電子顕微鏡像、(中)1.2 V動作のヒステリシス特性と(右)0.7 V動作のヒステリシス特性。0.7 Vまで書き換え電圧を低くしても強誘電体のヒステリシス特性が確認できた。(ヒステリシス特性:電圧をゼロに戻しても分極が残留し、さらに電圧の履歴によって残留する分極の向き(正/負)が変わる強誘電体特有の特性)

図2 作製したHZOの薄膜強誘電体メモリのデータ書き換え特性(エンデュランス特性)。現実的な測定時間の制限のため1010回(100億回)まで示しているが、動作周波数と動作電圧から見積もった結果、少なくとも1014回(100兆回 = 測定するのに約30年の時間がかかる)程度まで安定に動作できると見込まれている。

図3 作製したHZOの薄膜強誘電体メモリのデータ保持特性(リテンション特性)。85°Cの環境で10年後もデータを保持できると見込まれている。ここでSSリテンションは、“0”あるいは“1”を書き込んだ一定時間後に、“0”あるいは“1”として正しく読み出せるかどうかを試験する方法である。


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