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工学部/工学系研究科 プレスリリース

海洋生物の接着メカニズムにヒントを得て超強力な水中接着剤を開発

 

1.発表者
程    博涵(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 博士課程)
澁田    靖(東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 教授)
江島   広貴(東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻 准教授)

2.発表のポイント
◆海洋生物からヒント得たバイオミメティクス(注1)により、接着強度10 MPa(注2)を超える水中接着剤の開発に成功しました。
◆スチレンユニットにフェノール性水酸基(注3)を4個および5個もつ高分子を、世界で初めて合成しました。
◆本接着剤は湿潤環境下でも強い接着力を発揮するため、手術用接着剤などへの応用が期待されます。

3.発表概要
一般的な接着剤は、水中で接着強度が大幅に低下してしまいます。この原因の一つは、被着体表面の水和水が接着剤と被着体間の相互作用を阻害するためです。東京大学大学院工学系研究科の江島広貴准教授らのグループは海洋生物の接着機構にヒントを得て、水中でも接着強度10 MPaを超える、超高強度水中接着剤の開発に成功しました。本接着剤は湿潤環境下においても高い接着強度を発揮できるため、手術用接着剤などへの応用が期待されます。
本研究成果は、2022413日(英国夏時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
 
4.発表内容
接着剤はその時代の生活文化を映す材料です。古代メソポタミア文明において既にレンガを積み上げて建造物を作るためにアスファルトが接着剤として使われていました。石の文化であるヨーロッパでは伝統的に天然アスファルトが接着剤の主流でしたが、木の文化の日本では樹液を原料とする漆が木材と相性がよく接着剤として使われてきました。穀物の生産が盛んになると、小麦や米を原料にしたデンプン糊も木材や紙の接着に用いられるようになりました。現代の接着剤の主役は、ウレタン、エポキシ、アクリルをはじめとする合成高分子です。これらの高分子は、自動車、エレクトロニクス、建築、土木、包装、繊維などあらゆる産業において必要不可欠な材料となっています。
現代の接着剤の接着メカニズムは古代のものからほとんど変わっていません。接着剤は液体の状態で被着体に塗布され表面に広がります(濡れ)。この時に接着剤がナノスケールの凹凸に入り込み固化することで機械的な接合が生じます(投錨効果)。また被着体表面と接着剤が分子レベルで近接することで分子間力が生じます。これら一つ一つの点は弱い力ですが、面で接着するため、総合的には強い接着強度を発揮します。例えば、アルミ板をエポキシで接着させ引き剥がそうとすると、母材であるアルミ板が変形してしまうこともあるほどです。
このように空気中では優れた接着力を発揮する合成高分子材料ですが、(1)液状で塗布、(2)表面に広がる、(3)固化、という原理のため水中での接着は困難です。水中では硬化反応を制御することが難しく、被着体表面は接着剤と接するよりも水に覆われている方が界面自由エネルギー的に安定な場合がほとんどです。そのため、水中では接着剤が被着体表面に十分に濡れ広がることができません。シャワーで濡れた肌に絆創膏を貼ろうとして失敗した経験をもつ方も多いのではないでしょうか。このようにいまだ技術的困難が伴う水中接着ですが、沿岸土木工事、船舶、歯科、外科手術などの分野において多くのニーズがあります。
自然界に目を向けてみると、海洋生物はこの難しい水中接着をいとも簡単にやってのけています。例えば、ムラサキイガイは海岸で岩に固着して生息していますが、波にさらわれてしまうと死活問題となるため、水中接着タンパク質を長い進化の過程で獲得してきました。海洋生物学者らがこれまでに接着原因タンパク質の探索を行い、DOPA(注4)を多量に含むタンパク質ファミリーが同定されています(Annu. Rev. Mater. Res., 2011, 41, 99–132)。そのうちいくつかのタンパク質は接着部位である足糸(注5)先端のみで発現しています。DOPAはベンゼン環上に2個の水酸基をもちます。このことにヒントを得て、ポリスチレン(注6)骨格に2個の水酸基を導入すると優れた水中接着剤になることが、2017年に米国の研究グループより報告されました(ACS Appl. Mater. Interfaces, 2017, 9, 7866–7872)。この2017年の論文において、アルミ基板を水中接着させた時の接着強度(3 MPa)は世界最高強度であると述べられています。その後、本発表者らは2020年に3個の水酸基を導入することで4 MPaの水中接着強度を達成しました(J. Mater. Chem. B, 2020, 8, 6798–6801)。
今回の研究では、さらに多くのフェノール性水酸基(4個および5個)を導入した高分子を合成することに世界で初めて成功しました(図1)。高分子側鎖の分子構造を併せて最適化することでこれまでの記録を大幅に更新し、10 MPa以上の水中接着強度を達成しました。この接着強度は、わずか1 cm四方の接着面積で約100 kgの重りをもち上げることに相当する値です。分子動力学シミュレーション(注7)の結果から、フェノール性水酸基数が増えるほど基材表面への吸着に有利になることが示唆されました。一方で、フェノール性水酸基数が増えると高分子鎖はより親水的になります。水中で膨潤や溶解が起こると水中接着強度は大幅に低下するため、水中接着剤は疎水的であることが必要です。このように本水中接着剤の材料設計段階において、高分子材料の疎水性を保ちつつ、界面への接着に寄与するフェノール性水酸基をできるだけ多く導入したい、という相反する二つの要求に直面しました。今回、一つのスチレンユニット上に4個および5個という多数のフェノール性水酸基をもつモノマー(注8)を新たに設計・合成し、疎水性モノマーと共重合することで、疎水性を損うことなく、これまでより多数のフェノール性水酸基を高分子鎖上に導入することが可能になりました。本接着剤は湿潤環境下でも強い接着力を発揮するため、手術用接着剤などへの応用が期待されます。
環境や人体に優しい水中接着剤実現のために自然から学ぶべき事はまだまだたくさんあります。今後もバイオミメティクスに基づく材料工学研究を推進していきます。
 
本研究は、克研究奨励賞、日本医療研究開発機構(AMED)官民による若手研究者発掘支援事業 社会実装目的型の医療機器創出支援プロジェクト「水生生物の接着機構にヒントを得た生体組織接着剤の研究開発」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「微生物の鉄代謝から着想を得た分解性結合の立案と動作検証(JPMJPR21N4)」、野口遵研究助成金、公益財団法人フジシール財団、文部科学省科学技術人材育成費補助事業卓越研究員事業の支援を受けて実施されました。
 
5.発表雑誌
雑誌名:Nature Communications」(オンライン版:413日)
論文タイトル:Ultrastrong underwater adhesion on diverse substrates using non-canonical phenolic groups
著者:Bohan Cheng, Jinhong Yu, Toma Arisawa, Koki Hayashi, Joseph J. Richardson, Yasushi Shibuta, Hirotaka Ejima*
DOI番号:10.1038/s41467-022-29427-w
アブストラクトURLhttps://www.nature.com/articles/s41467-022-29427-w

6.用語解説
(注1)バイオミメティクス:
生物の構造や機能などから着想を得て、新しい技術や材料の開発に活かすこと。
 (注2)MPa:
メガパスカルのこと。メガは106乗倍を表わす接頭語。パスカルは圧力・応力の単位。1パスカルは、1平方メートルの面積につき1ニュートンの力が作用する圧力または応力である。そのため、10 MPa1平方センチメートルにつき1キロニュートンの力が作用する応力に相当する。1キロニュートンは102キログラムの質量が標準重力加速度のもとで受ける重力の大きさにほぼ等しい。
 (注3)水酸基:
ヒドロキシ基、−OH基のこと。特に芳香族化合物のベンゼン環に直接結合した−OH基はフェノール性水酸基と呼ばれる。ベンゼン環上で隣り合う炭素上にフェノール性水酸基をもつ化学構造が水中接着性発現の鍵である。
 (注4)DOPA
L
-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニンのこと。ムラサキイガイの接着性タンパク質に多く含まれている。L-チロシンが水酸化されることで生合成される。側鎖のカテコール基が水中接着に重要な役割を果たしている。
 (注5)足糸:
ムラサキイガイは足糸(そくし)と呼ばれる繊維を何本も分泌して岩石表面に接着する。先端部位の接着性のみならず、波によって繰り返しかかる負荷に耐え得る優れた力学特性を備えている。
(注6)ポリスチレン:
ポリスチレンは高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニルと並ぶ5大汎用樹脂の一つ。側鎖にベンゼン環をもつ。
(注7)分子動力学シミュレーション:
材料を構成している原子の運動について、運動方程式を解くことによりその軌跡を追跡する計算手法。各原子に作用する力および初期位置・速度が分かれば、各時間のすべての原子の位置および速度が一意に決定される。
 (注8)モノマー:
単量体のこと。モノマー(単量体)が重合することでポリマー(多量体、すなわち高分子)ができる。

8.添付資料

fig1

図1.海洋生物の接着機構にヒントを得たバイオミメティック水中接着剤の開発。ムラサキイガイの接着タンパク質にはDOPAが多く含まれる。これまでの研究ではスチレンユニットにフェノール性水酸基を2個および3個もつ高分子材料が研究されてきた。今回4個および5個もつ高分子材料の合成に新たに成功し、高い水中接着強度を示すことが明らかになった。

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications : https://www.nature.com/articles/s41467-022-29427-w