プレスリリース

酸化亜鉛でスピン軌道相互作用と電子相関の共存を実証~新しい電子相開拓への手がかり~

 

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関界面研究グループのデニス・マリエンコ上級研究員、川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、小塚裕介客員研究員(科学技術振興機構さきがけ研究者)、強相関物質研究グループのマルクス・クリーナー上級研究員、強相関量子伝導研究チームの川村稔専任研究員、東京大学大学院工学系研究科のサイード・バハラミー特任講師(研究当時)らの国際共同研究グループは、高品質の酸化亜鉛[1]においてスピン軌道相互作用[2]効果と強いクーロン相互作用(電子相関)[3]が共存することを実証しました。
本研究成果は、スピン軌道相互作用とクーロン相互作用の競合が引き起こす新しい電子相を開拓する手がかりとなります。
スピン軌道相互作用は、固体中で生じるさまざまなスピン依存伝導現象やそれを応用したスピントロニクス[4]技術に必要な相互作用です。これまで、半導体のスピン軌道相互作用に関する研究は、クーロン相互作用が比較的弱い状況下で行われてきました。しかし、スピン軌道相互作用はクーロン相互作用と激しく競合する可能性があり、これらの二つの相互作用が共存する系では、新奇な電子状態が出現する可能性が理論的に指摘されています。
今回、国際共同研究グループは、半導体の中でも比較的強いクーロン相互作用が働くことが知られている高品質な酸化亜鉛において、電子にスピン軌道相互作用効果が働くことを電気伝導測定の実験によって明らかにしました。さらに、酸化亜鉛中の電子濃度を変化させることで、スピン軌道相互作用の大きさを制御できることを見いだしました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(5月26日付:日本時間5月26日)に掲載されました。

スピン軌道相互作用の強さと電子の有効質量の電子濃度依存性

※国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター 
強相関界面研究グループ 
グループディレクター        川﨑 雅司(かわさき まさし)(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
上級研究員             デニス・マリエンコ(Denis Maryenko)
客員研究員             小塚 裕介(こづか ゆうすけ)(物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究拠点 主任研究員、科学技術振興機構 さきがけ研究者)
強相関物質研究グループ
上級研究員 マルクス・クリーナー(Markus Kriener)
強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔 (かわむら みのる)
東京大学 大学院工学系研究科
特任講師(研究当時)サイード・バハラミー(Saeed Bahramy)(現 マンチェスター大学 講師)
ヨハネス・ケプラー大学
教授 アーサー・エルンスト(Arthur Ernst)(マックス・プランク微細構造物理学研究所)
ジェシュフ工科大学
教授 ヴィタリ・ドゥガエフ(Vitalii K. Dugaev)
バスク大学
教授 ユージン・シャーマン(Eugene Ya Sherman)

研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究課題「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」、さきがけ研究課題「量子計算のための高品質酸化亜鉛を用いた材料基盤創出(研究者:小塚裕介)」などによる支援を受けて行われました。

1.背景
電子が持つスピン角運動量の自由度を利用し電子を制御する新しい技術として、スピントロニクスが注目を集めています。半導体中の電子のスピンを電気的に制御するためには、電子のスピン角運動量と軌道角運動量の結合であるスピン軌道相互作用が不可欠です。一方、半導体中の電子には一般的にクーロン相互作用(電子相関)が働いています。また強いクーロン相互作用が働く電子系では、スピンが一方向にそろった強磁性が発現する場合もあります。
これまでのスピン軌道相互作用に関する実験研究では、クーロン相互作用が比較的弱く、電子が互いに独立して運動していると考えられる場合に注力して研究が行われてきました。しかし、スピン軌道相互作用とクーロン相互作用は半導体中で共存でき、しかもそれぞれがスピンに与える影響が異なります。このため、二つの相互作用が競合して、新しい電子状態を引き起こす可能性が理論的に議論されています。
そこで国際共同研究グループは、酸化物半導体である酸化亜鉛中を運動する電子(伝導電子)のスピン軌道相互作用に着目しました。2015年、川﨑雅司グループディレクターらは高品質な酸化亜鉛の単結晶薄膜を作製する技術を開発しました注1)。こうした高品質の酸化亜鉛では、電子は従来の半導体に比べて電子同士の反発が強いことが分かっていることから、スピン軌道相互作用と強いクーロン相互作用の共存・競合が観測できる可能性があります。本研究では、酸化亜鉛の伝導電子の振る舞いを詳しく調べることで伝導電子がスピン軌道相互作用を持つことを示し、その発現機構を特定することを目的としました。 
注1)J. Falson, Y. Kozuka, J. H. Smet, T. Arima, A. Tsukazaki, and M. Kawasaki, Appl. Phys. Lett. 107, 082102 (2015).

2.研究手法と成果
半導体中の電子にスピン軌道相互作用が働くかどうかは、さまざまな方法で確かめることができます。特に散乱が少ない高品質の半導体では、磁場を加えたときに生じる電気抵抗の変化からその様子を知ることができます。半導体の伝導面に対して垂直に磁場を加えると、伝導電子は、進行方向および磁場の方向の両方に垂直な方向に力(ローレンツ力)を受け、軌道が曲がります。その結果、伝導電子は円運動をします。磁場を強くするに従い、この円運動の半径が小さくなることに対応して、電気抵抗に振動(シュブニコフ−ドハース振動[5])が現れます。通常この電気抵抗振動の振幅は、磁場の増大に伴い単調に増大しますが、スピン軌道相互作用が存在する場合には、振動に「うなり」が生じ、振動振幅が小さくなる節が現れます。
国際共同研究グループは、高品質な酸化亜鉛薄膜中の電子がスピン軌道相互作用を持つことを示すために、電気抵抗の磁場依存性を調べました。そして、酸化亜鉛の試料にインジウム電極を取り付け、電流源と電圧計を接続し、磁場を試料面に対して垂直に加えながら電圧を測定しました。その結果、図1に示すような「うなり」を伴った電気抵抗の振動が得られました。

図1 酸化亜鉛における電気抵抗の磁場依存性
ローレンツ力による電子の円運動に対応して、電気抵抗が磁場に対して振動的に変化する。スピン軌道相互作用の影響で、振動に「うなり」が生じ、振動振幅が小さくなる節が現れる。

測定で得られた「うなり」を伴った電気抵抗振動の周期を解析すると、スピン軌道相互作用の大きさが分かります。電子濃度の異なるいくつかの試料で測定したところ、図2の緑色のデータに示すように、電子濃度が増加するに従い、スピン軌道相互作用の大きさも増大することが分かりました。これまでの酸化亜鉛の薄膜ではスピン軌道相互作用は観測されませんでしたが、薄膜を高品質化したことで、スピン軌道相互作用の観測が可能になりました。
次に、観測された電気抵抗振動の温度依存性を詳しく解析しました。この解析によって、磁場中で円運動する電子の質量(有効質量[6])を得ることができます。有効質量は電子相関が強くなると重くなることが知られており、電子相関の強さを表す指標になります。図2の青色のデータに示すように、電子濃度が高い試料では、有効質量はクーロン相互作用が無い場合の値に一致しますが、電子濃度が低い試料では、有効質量が増大しています。この図から、電子濃度の低い試料(左の3点)では、強い電子相関とスピン軌道相互作用が共存していることが分かりました。

図2 スピン軌道相互作用の強さと電子の有効質量の電子濃度依存性
抵抗振動の「うなり」の解析からスピン軌道相互作用の強さが分かる。スピン軌道相互作用の大きさ(左軸)は電子濃度とともに増大する(緑線)。一方、電気抵抗の振動振幅の大きさの解析から得られる電子の有効質量(右軸)は電子濃度を低くすると増大する(青線)。図中の黒線は、クーロン相互作用が無い場合に期待される電子の有効質量を示している。電子濃度の低い試料(左の3点)では、強い電子相関とスピン軌道相互作用が共存していることが分かった。

3.今後の期待
本研究成果によって、従来の半導体では観測が困難であったスピン軌道相互作用とクーロン相互作用の共存が示されました。二つの相互作用の競合は、特異なスピン構造持った新しい電子相の創出につながる可能性があります。こうした強い電子相関によって実現される電子相では、巨大な非線形スピン応答が発現する可能性があり、スピントロニクス技術の高性能化といった新たな展開が期待できます。

4.論文情報
<タイトル>
Interplay of spin-orbit coupling and Coulomb interaction in ZnO-based electron system
<著者名>

D.Maryenko, M. Kawamura, A. Ernst, V. K. Dugaev, E. Ya Sherman, M. Kriener, M. S. Baharamy, Y. Kozuka, and Masashi Kawasaki
<雑誌>
Nature Communications
<DOI>
10.1038/s41467-021-23483-4

5.補足説明
[1] 酸化亜鉛
亜鉛と酸素から構成される半導体である。トランジスタ以外にも紫外線を発光するダイオードとしても開発が進められている。
[2] スピン軌道相互作用
電子が持つスピン角運動量と軌道角運動量の相互作用のこと。相対論的効果で、一般に重い元素で大きくなる傾向がある。
[3] クーロン相互作用(電子相関)
荷電粒子間に働く相互作用。同符号の荷電粒子間には斥力、異符号の荷電粒子間には引力が働く。
[4] スピントロニクス
電子の持つ電荷とスピン角運動量の両方の自由度を利用して、新しい電子デバイスの創出を目指す学術分野。
[5] シュブニコフ−ドハース振動
電気抵抗が磁場の逆数に対して周期的に振動する現象。磁場中に置かれた電子はローレンツ力の影響を受け、円運動をする。この円運動により電子の状態密度が変調を受け、電気抵抗に周期的な変化が生じる。
[6] 有効質量
固体中の電子は、周囲の原子や電子と相互作用しながら運動している。相互作用の影響を電子の質量が変化として取り入れ、質量が重くなった相互作用しない粒子が運動していると考えることができる(有効質量近似)。この相互作用の影響を取り込んだ質量のことを有効質量と呼ぶ。

6.発表者・機関窓口                            
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 創発物性科学研究センター 
強相関界面研究グループ 
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
上級研究員 デニス・マリエンコ(Denis Maryenko)
客員研究員 小塚 裕介(こづか ゆうすけ)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)

強相関物質研究グループ
上級研究員 マルクス・クリーナー(Markus Kriener)
強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔(かわむら みのる)

東京大学 大学院工学系研究科
特任講師(研究当時)        サイード・バハラミー(Saeed Baharamy)



プレスリリース本文:PDFファイル

科学技術振興機構:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210526/index.html

理化学研究所:https://www.riken.jp/press/2021/20210526_1/index.html

日本経済新聞:https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP611010_V20C21A5000000/

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-021-23483-4